初めての買い物は
悠哉が手を触れた瞬間、首輪に施された魔法が消え首輪は勝手に外れた。
あまりの出来事に声を出さずにいたが
「な、なにをしたんですか!?」
驚いた様に獣人の少女であるモカは大声を上げた。
「いや、なにをと言われても」
「・・・明らかに悠哉さんが手を触れたのが原因でしたよ。それ以外には考え難いです。」
「そ、そうですよ!」
言葉が出ない時も積極的にジェスチャーをして意思疎通を図っていたので予想はしていたが、モカはよく喋る。
「奴隷の首輪は触れた人に後遺症の残るレベルの電撃が流れるんです!本当なら貴方は黒焦げの炭一歩手前くらいになってる筈なんです!」
「そんなレベルの罠なんて誰が予想するか!?・・・っていうか原因って言われても」
そう言って考えてみる。
「・・・・・・・あ」
「何か心当たりでも?」
「それかは分からないけど1つだけ。」
「今後の為にもお願いします。」
「えーと、俺のスキルに」
「お、おまえらー!!?」
その声はレストランから出てきた1人の男から上がっていた。
男はかなり歳若い感じだ。
12か13歳といったところか。
少し小太りで偉そうな態度、ガキ大将を思わせる見た目の少年は街の他の人と比べてもかなり高価な服装をしている。
その後ろには用心棒であろうガタイの良い男が2人と執事の様な格好をした叔父さんが付いている。
「僕の犬の首輪を外したのはおまえらか!?」
「犬って、この獣人の女の子の事か?」
モカの方を見ると彼女は俺の袖を掴んで身を震わせていた。
「・・・・・」
俺は静かに4人を視界に入れると天眼を発動する。
・・・流石に今度は忘れないよ。
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〜トロイ・ガーガン〜
種族:人間
Level:2
腕力:15
耐久力:5
素早さ:5
魔力:28
職業:なし
スキル・特殊技巧
・火炎魔法 lv1
〜セス・ヴァンティス〜
種族:人間
Level:48
腕力:80
耐久力:60
素早さ:150
魔力:286
職業:執事長
スキル・特殊技巧
・身体強化 lv8 ・水魔法 lv6 ・隠密 lv6
〜ガート・オル〜
種族:人間
Level:20
腕力:45
耐久力:58
素早さ:15
魔力:95
職業:用心棒
スキル・特殊技巧
・身体強化 lv4
〜ゴード・オル〜
種族:人間
Level:20
腕力:48
耐久力:62
素早さ:15
魔力:92
職業:用心棒
スキル・特殊技巧
・身体強化 lv4
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「な、なんだよ」
「いや、なんでもありませんよ。」
レベルをみる限りでは執事が最高戦力の様だ。
『悠哉さん。』
『?』
スキルを見終わるとタイミングを見ていたのかゆとりが小声で話しかけてきた。
『あの執事さん、かなり出来ますね。』
『ああ、かなり強い。両隣のマッチョ男と比べてもあの人1人だけ群を抜いてる』
『では、余計ないざこざは避ける方向でお願いします。』
そう結論付けたのだが、イライラが収まらない様子のトロイくんの顔は赤くなっていた。
「お前ら、なにを話しているんだ!」
「内緒話しです。」
「私を無視して話をするな!」
我儘なガキである。
「おい、そこの女!お前らはどうやって首輪を外したのだ!」
「わかりません、彼が触れる前に勝手に首輪は外れたのです」
「首輪が勝手に?」
そう聞き返したのは執事長のセスさんだった。
いきなり嘘をついたゆとりに驚いたが、彼の刺す様な眼光に一瞬だけ息が止まった様な気がした。
残りの用心棒の2人も心なしか彼の気迫に押された様に見える。
「おい、犬!こいつらの言った事は本当なんだろうな!?」
そう口にしたのはトロイの方だった。
その問いに対しモカはぶんぶんと縦に首を振っていた。
「・・・トロイ様。首輪はともかくあれの身体にある奴隷印の効果で奴は嘘をつく事が出来ません。」
「そ、そうだな。」
「それに、そろそろお時間です。」
「ぐっ!もうそんな時間か。」
セスが懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。
「おい、犬!こっちに来い!」
「・・・・・!!」
呼ばれた彼女は身を強張らせながら袖を掴む力を強くする。
「・・・・・」
「・・・悠哉さん、可哀想ですけど」
「・・・・・モカ」
モカの方を見る。
小刻みに震え、顔は恐怖の色を浮かべる。
「悠哉さん」
ゆとりさんはもう一度声を掛けてくる。
『余計ないざこざは避ける』それは分かっている。
あの執事は強い、こちらに向けられた彼の視線から発せられた強い圧迫感、その中には"殺気"の様なものも含まれていた。
ゆとりさんはその殺気を感じてか、彼らからは見えない様に苦無を握っている。
戦闘を避けるにはモカを帰らせ、何事も無く立ち去るのが正解だ。
それでも、恐怖に震えても助けを求められない彼女を目にすると厳しい祖父の言葉を思い出す。
『人生の選択には正解も不正解もない。だったら、例えどんな道を選ぼうと自由に後悔の無い様にせよ』
・・・俺は彼女を帰らせて後悔しないのか?
そこまで考えて気付く。
『俺は彼女を』という考えが傲慢である、と
これはまだ『長道 悠哉』の道では無い。
1人の少女、『モカ・ラーヴァンティア』の道なのだ。
「・・・モカ。」
「・・・?」
「あそこに帰りたいか?」
「・・・!」
知っていた、首輪が外れた時久し振りに声を出せて暗く沈んだ表情だったモカの表情が笑っていた事。
レストランで食事をして入り奴らに対し彼女が碌な生活を送っていなかった事。
簡単な考えだ、声を出せない生活。
そんな生活がいったい何時まで続いたのか。
想像の出来ない程の精神的苦痛、そんな彼女の痛みは俺には分からない。
だからこそ、彼女の答えは明白だった。
「か、、りた、、ない」
「大きな声で」
「帰りたくない。」
「・・・君はどうしたいんだ?」
「わ、私は、あの人達の元になんか帰りたくない!!」
その目には大粒の涙がポロポロと流れていた。
そして声を抑えられ、感情を押し殺していた彼女は決壊したダムの様に次々と言葉が溢れ出していた。
「人間の罠に嵌って、捕まった!
仲間とはぐれて泣いている私に『五月蝿いから』って奴隷商のやつが声が出せなくなる首輪を嵌めた!
わ、私は半年も、声の出せない生活を送ってたんだ!!
周りの話せるやつが羨ましかった!
私は、自由に他の人たちと話したいんだよ、、、」
「・・・・・」
久しぶりに声を出した反動か、最後の方はかなり掠れた声になっていた。
疲れたのか座り込み肩で息をする彼女に最後の道を示す。
「君は俺に何をして欲しいんだ?」
「・・・・・」
俺の言葉に反応し、ゆっくりと顔を向けるモカ。
その目元からは涙が流れ、顔もクシャクシャな状態だった。
そして掠れた声で
「もう、声を奪われるのは嫌。自由を奪われるのは嫌。お願いします、助けて、ください。」
精一杯の一言だった。
その一言は彼女の道を俺の道へと繋がる。
そして今度は俺が選択する番だ。
選択し、後悔しない答えを彼女に返す。
「わかった。モカ、これが終わったら色々と話をしよう。」
そう言って俺はモカの事を『犬』と呼ぶ彼らの方を向いた。
「な、なんだよ!」
「彼女の言葉を聞いて、なにも感じなかったか?」
「・・・・・」
「思うわけ無いだろ!あいつを連れて帰ったら今度はちゃんと解けないほど強力な首輪をしてやる!」
執事の方は口を閉ざしていたがトロイの方は止まらない。
「今度は声だけじゃなく自由に体も動かない様にしてやるよ。」
「させない。」
「何か言ったか?」
「させないって言ったんだよクソガキ」
「クソガキ!?」
「ああ、クソガキ、言ったよクソガキ」
「貴様、私が誰だか分かっているのか!」
「トロイ・ガーガンだろ?」
「?」
「知っているなら話が早い。あれは私の物だ!」
そのトロイの一言に口角が上がるのを感じた。
必要な一言がひきだせたのだから。
「ではトロイ様、取引をしましょう。」
「は?」
「私は彼女を買い取ります」
「・・・は?」
静寂
その言葉がしっくりくる時間が流れる。
『こいつはなにを言っているのだろう』という様な顔で彼らは固まっていた。
「お前は何を言って、」
「貴方は今彼女を『物』と言いました。では私は今この時だけ彼女を物として受け取り、貴方から買い取ろうと思います。」
「・・・ぐ、貴様!」
「さぁ、いくらですか?」
「・・・・・」
『買い取る』と言ったが勿論ハッタリである。
今自分達のお金はクレアから貰った金貨が20枚しか無い。
クレアからは『これだけあれば生活には困らないわ』と渡されたがどの程度の額かは分からないのが現状だ。
人を買い取るのだ、これくらいでは足りないだろう。
足りない場合でも自分の持ち物で物々交換を持ち込んでみようと考えていた。
曲がりなりにも異世界の物だ決して安くは無いだろう。
ゆとりさんは『しょうがない人ですね』と呆れた様な表情を浮かべていたが、厳しく怒る気は無い様に見える。
しかし、トロイから出た言葉は予想の斜め上をいく金額だった。
「金貨2枚だ!」
「「は?」」
ゆとりさんと一緒に素っ頓狂な声を出してしまう。
「金貨2枚だ!どうした払えないのか!!」
「え、いや」
20枚の金貨があるので簡単に払えはします。
予想に反して直ぐにでも払える金額だった為に一瞬、このクソガキにも人の心が残っていたのかな?
と考えたが執事が口を開く。
「トロイ様、あの犬は大銀貨2枚で購入したのです、それは流石に要求し過ぎでは無いですか?」
「構うものか、こいつは私を愚弄したのだ。」
考え過ぎだった。どうやらクソガキは法外な値を要求した様だ。
2人の会話を聞く限り金貨って相当な金額なのか?
クレアはいったい俺たちにいくら預けたのか全く予想ができない。
「さぁ、どうした、払えるのか?」
勝ち誇るクソガキ。
歳下の癖に一々上から目線である。
「・・・いいかな、ゆとりさん。」
「ハァ、しょうがないですね。」
「?何を話して・・・」
頭に?を浮かべるトロイに歩み寄り、懐から2枚の金貨を取り出して執事に手渡す。
「これで彼女は僕の物ですね。」
執事に手渡された金貨に目を点にして驚いていた。
異世界に来て初めての買い物は栗色の毛が特徴的な狼の獣人の女の子だった。
次話は2日後に投稿予定です。
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