腹黒王子は嫌いな姉を追放したい
今日はこの国の王子であるトーマスの16歳の成人を祝う式がとりおこなわれる日。
大臣たちが準備のために朝から走りまわっている間、トーマスはあまりの嬉しさに微笑みを隠せないでいた。
今日こそあのいまいましい姉を蹴落としてやれる。
言い逃れができないように王女の親友も味方につけた。
なんたって、この日のために16年我慢してきたんだからな!
準備は万端。
あの女狐を倒して
俺が次の王になる‼︎
「そんなに成人が嬉しいの?」
いつの間にかトーマスの隣に立っていた姉のチェリナが笑顔でトーマスの顔を覗き込んだ。
「め、姉上!そりゃあっ、うれしいですよ!」
喜びのあまり両手を高々と上げていたトーマスは驚いて失言しそうになり2、3歩あとずさりした。
「そうね。私もすごく楽しみなのよ」
トーマスはボロが出なかったことにほっとしながら、つくった笑顔を浮かべた。
「はい!今まで、本当にありがとうございました。姉上!」
「うふふ、トーマス。それじゃまるで今生の別れみたいじゃない。成人するだけでしょう」
いいや。
これが今生の別れだよ!
おまえにくれてやる最後の感謝の言葉だ‼︎
トーマスは心の中で暴言をはいた。
何を隠そう、トーマスは昔からチェリナが嫌いでしょうがないのだ。
3歳年上の姉は昔からおてんばで、トーマスはいつも振り回されていた。
例えば6年ほど前、裏山に秘密基地を作ったと言って一人で出かけていく姉が心配で、こっそり後ろに付いて行ったら迷子になった。
さらに2年前、町娘に恋をした時に、チェリナが首を突っ込んできて、思いっきり失恋した。
なんて最悪な姉なんだ!
と、そういう理由でトーマスは姉を国外追放したかった。
「トーマス様!早くしてください。式が始まってしまいます!」
焦ったようなばあやの声で、トーマスは現実に引き戻された。
「ギギギッ」
城の大広間の重いドアが、ゆっくりとゆっくりと開く。
ラッパが空に響き、王族が一堂に会する中で式典が始まった。
「これより我が国の第一王子の、成人の式を行う!トーマス、前へ出よ」
「はっ」
「汝は今この時より幼子から大人となり、我が国を愛し豊かな国へと発展させ、国民を愛し皆に愛される王子となることを我に誓うか」
「はい。私の命の尽きる日まで、我が国と民のために働くことを誓います」
「神よ、我が国と王子に祝福を」
窓からの光でさえ、自分を祝うために射しているのだとトーマスは思った。
トランペットがもう一度高らかに大広間に鳴りひびいた。
「続いて、王位継承の発表を行う。
第一王女、チェリナ」
「はい」
「汝に次の女王になることを命ずる」
次の女王があの女狐⁈
そんなの納得できるか!
でもまあ、奥の手があるな。
ここでひと騒ぎ起こす!
トーマスは大きく息を吸った。
「国王、恐れながら申し上げます。
第一王女チェリナに謀反の動きがあります!」
席に座っている王族たちから大きなどよめきが起きる。
「なに⁈」
国王は厳しい目でトーマスを見た。
「トーマス、その話は本当か⁈」
「はい。すべて本当の事です。証人も呼んであります」
「絶対に本当なんだな⁈おまえはたった今成人したんだ。偽りであった時、おまえは王族でなくなり、国外追放となるぞ」
「絶対に本当です。王女は国王をしようとしています!」
「申してみよ」
「はっ。昨日、王女の友人から相談を受けました。王女が隣国の王子と密会しているのを見たそうです」
「王女の友人を呼べ!」
ドアが開いて部屋に入ってきたのは、チェリナの親友であるミリアーナだった。
「わたくしはメルシー公爵家の次女、ミリアーナ・メルシーでございます」
「我の子が隣国の王族と密会していたというのはまことか?申してみよ」
「はい。1週間ほど前、港に出かけた時でございました。
それはもう仲睦まじい男女が話していたのです。通り過ぎようとした時、女性の方の顔が見えました」
「ということはその女が、我が国の王女チェリナだったと申すか」
ははははは!
ありがとう、女狐の親友さん!
これですべてが計画通り。女狐はこの国から追放だろうな。
トーマスは心の中で高笑いした。
これで王位継承もできて、姉もいなくなる。
まさに一石二鳥っ!
そう思った次の瞬間、思いがけないことが起こった。
「いいえ、国王様。違います。その女性はチェリナ様ではなく隣国の王女様でした」
は?
トーマスの目は点になった。
何言ってるんだこいつ?
確か昨日の夜、口止めしたはずだぞ。
『はい。わかりました。絶対に言いません。おっしゃった通りに言います』って言ってたよな⁈
状況が理解できないトーマスの前で、彼を裏切った王女の親友は淡々と話を進めていく。
「そして隣国の王女様とご一緒にお話をしていらっしゃったのは王子であるトーマス様です。写真もあります」
トーマスの背中が、すーっと寒くなった。
「なんだと?トーマス、これはどういう事なんだ⁉︎説明しろ!」
いよいよ顔を真っ赤にした国王が、写真を握りつぶしながらトーマスに向かって怒鳴った。
「いいえ国王!私ではありません!
それに、第一、証拠がないではありませんか!」
「ミリアーナ公爵令嬢、証人はいるか?」
「はい。わたくしの付き人です。彼女は確か、話の内容も知っているはずです。来なさい、マーシャ」
「はい。ミリアーナ様の付き人のマーシャ・ローランドです」
「トーマスと隣国の王女は、いったい何を話していたんだ?正直に申せ」
「はい。"国外追放"や、"国を乗っ取る"など、過激な言葉が聞こえてきたので、ボイスレコーダーを使わせていただきました」
付き人のマーシャは、ポケットからボイスレコーダーを取り出して再生した。
『…それじゃあ王女の親友を味方につけるのはできそうなのね?』
『もちろんだよ。君のためなら何だってするさ』
『まぁ、トーマスったら頼もしいんだからぁ』
『へへ、それほどでもないよ。早く国王と王女を追い出して結婚しよう。』
『じゃあ私も王妃になれるんだ!
嬉しいなぁ』
『そうだよね。君んとこは上に10人くらい兄弟がいるもんな』
『トーマス。2人でいい国を作りましょうね。……』
「……ここで、この話に関する会話は終わっています」
いちゃいちゃしているトーマスと隣国の王女との会話にうんざりした様子でマーシャがボイスレコーダーを切った。
「その他の会話ももしかしたら国家機密に触れているかもしれん。要約して話してはくれないか?」
「え…、はい。お互いに愛の言葉を囁き合い、くちづけを何回もされていました。その他の真剣な話はなにも」
「えっ、あ、ああ。わざわざ申し訳なかったな」
さらにいちゃいちゃしていたと知った国王は、トーマスの愚かさに深くため息をつき、大きく息を吸った。
「トーマス!おまえは本当に愚か者だ。今さっき成人したばかりだろう。
散々我は、おまえに本当かと聞いたぞ!よって…」
トーマスを怒鳴りつけた国王は、息をついた。
「…おまえは国外追放だ。そんなに結婚したいなら相手の女の国に行け!」
国王が叫ぶと同時に、大広間のドアが開いた。
あぁ。国外追放か。
失敗した…。
扉の外に出たトーマスに国王が語りかけた。
「もう息子では無くなるが、最後にひとつだけ教えてやる。
我は、おまえの姉のチェリナが王位継承者だと言った。しかし、チェリナはおまえに国王になってほしいと言っていたぞ。
以前、おまえの恋を潰してしまったから、今度はうまくいってほしいとも言っていた。
おまえが嘘をでっち上げることは、チェリナから聞いて我はすでに知っていたんだぞ。だから思い直してほしいと考えて何度も問いかけたんだ。
姉を陥れようとしたその罪は消えないが、恩は忘れるな!」
トーマスの頬を涙が伝った。
「本当に申し訳ございませんでした。国王、いや父上。お元気で」
扉がゆっくりと閉まっていく。
トーマスは、最後にチェリナに向かって深々と頭を下げた。
「姉上、本当に申し訳ございません。
お気遣いありがとうございました」
音を立てて、扉が閉まった。
「…バタン」
トーマスはゆっくりと顔を上げた。
これからは自分のしたことを悔いながら、人生を送ろう。
彼は門を出て町をすぎ、やがて見えなくなった。
そのころ、城からはたくさんの車が出てきていた。
王族たちは、式典がめちゃくちゃになったのを怒りながらそれぞれの領地へ散っていった。
「チェリナ。おまえは優しい娘だ」
国王は、父娘だけになった寂しい大広間でチェリナの頭を撫でた。
チェリナは目から涙をこぼしていた。
「…バタン」
国王は大広間を出て、別棟の王妃と一緒の寝室へ行ってしまった。
「…はっは」
「あっはっはっは!」
誰もいなくなった大広間で、チェリナの笑い声だけが響いた。
物陰から、ミリアーナが顔をのぞかせた。
「ミリアーナ、よくやってくれたわね。これであいつを国外追放できたわ」
「ええ。本当ですわね」
腹黒な王女は親友とにっこりと笑い合った。