私が悪役令嬢ですか? だったら初恋叶えます!
流行りに乗った。
「ソフィア=ハイデンベルク!! 貴様との婚約は破棄だ!! 民を慈しむどころか陰湿な虐めなどという行為をした貴様を王妃になどしたら国が滅ぶ!!」
背中に平民の少女を庇い、私を憎々しげな目で睨みながら私の婚約者である王太子様がそうおっしゃいました。
その言葉に思わず口角が上がりそうになったので、慌てて顔を伏せます。
今このタイミングで、こんな顔を見せるわけにはいきません。
嘆くように両手で顔を覆い、さり気なく表情を隠します。
「そんな……っ、クリス様!! 私は貴方をお慕いしていただけなのに!!!」
ええ、王太子としてはきちんと尊敬していましたし、お慕いしておりました。
恋愛的な意味ではない上に女性の趣味が悪すぎますが……。
「黙れ!! 私にはマリーがいるのだ、性根の腐った貴様などいらん!」
「そんな……酷い……っ」
ちょっとカチンときましたよ。性根の腐ったって……それは私よりも背中のお嬢さんに言うべきでしょう。
今も私を勝ち誇ったような顔で見てますし。王太子様だけじゃなくて他の男性とも仲良くしておりますし。
まあしくしく泣く演技はちゃんとしますが。
「私はマリーを愛している。未来の王妃には彼女しか考えられない。この場で彼女との婚約を宣言させてもらおう!」
本当にどうなさったんですか、王太子様は……。平民の何の後ろ盾もない女性をいきなり王妃になど出来るわけがないでしょう。その前にマリーさん、素行調査したら真っ黒なホコリが出てきますよ?
以前はしっかりした未来の国王に相応しい方だったのに。
もう何を言うのも面倒なのでただただ泣いておきます。
早く時間が経ってほしいです……。
こうして苦痛な時間を過ごしました結果、私は王太子様との婚約は破棄、公爵家からは勘当という運びになりました。
重くもなく、軽くもなく、私の狙ったところドンピシャです。
意気揚々と自室で荷造りをします。
長かったです、ここまで。
───やっと、あの方を探しに行けます。
私はどうやら乙女ゲームの悪役令嬢らしいです。
あ、頭おかしいと思いました? そうですよね、こんな話信じられないですよね。私もそう思います。
でも本当の話なんです!
十五歳になって、貴族の子息や子女、民間からは成績優秀者が入ることの出来る学院に入学し、その門を潜った瞬間に知らない知識が流れ込んで来たんです。
びっくりして頭が熱くなってその場で倒れてしまいました。
どうやらどなたかが知らせてくださったらしく、目が覚めたら自室のベッドの上でした。
そこでよくよく先ほど流れ込んできた知識を探ってみれば、どうやらこの世界は『からふるっ!~どんな色の恋をする?~』という乙女ゲームとそっくりらしいです。それに、そのゲームの舞台は学院みたいで、しかもしかも、私は主人公の恋の妨害をする悪役令嬢だというんです。
もちろん最初は信じられなかったですよ?
頭がおかしくなったのかと疑いました。
でもですね、主人公の子は民間からの入学なので知りませんでしたが、残りの攻略対象の皆さま方は私と同じく貴族なのでしっかりと記憶されていました。
爵位も、お名前も、家族構成も、全て私の記憶と一致します。しかも後ほど調べたら、元々記憶になかったことまで正しかったんです。
これで疑いを持ち続ける方が難しいと思いませんか?
それに……実は、私には、この世界が本当に乙女ゲームだったらいいな、という願望があったんです。
私が悪役令嬢だということは、主人公が私の婚約者を選んだら婚約破棄をすることが出来ますよね?
そうしたら、私の初恋を叶えられるかもしれないから。
その思いを胸に二年間、下準備やら根回しやら頑張りました!
狙うは婚約破棄と実家の公爵家から勘当くらいのところです。国外追放やら修道院送りになってしまったらあの方を探すどころじゃありませんし、かといって今の身分のままでは自由な恋愛など出来ません。
……婚約者である王太子様、国王様や王妃様、家族にも私の勝手な行動で迷惑をかけ、悲しませることは分かっています。
でも少しでも可能性があるなら諦めたくないんです。
今までどんな素敵な方とお会いしても忘れられなかったんです。
今をときめく麗しの貴公子様でも、次代の国王である聡明で心優しい王子様でも。
だから私は全てを捨てます!
持つのは私の身一つ、これで一世一代の大勝負に出てやりましょう。
全力であの方を見つけ出し、私に振り向かせてみせましょう。それこそなりふり構わず。
もしも、万が一、あの方に既にお相手がいらっしゃったら。
その場合、彼が幸せそうであれば潔く身を引きます。
彼が幸せなことを知れることも一つの成果です。全てを捨てたことが無駄になんてなりません。
今もこの胸を焦がす初恋を、終わらせることが出来るのですから。
そうしたら、私はきっと次へ進めるはずです。
……あ、もちろん幸せそうでなかったら全力で奪い取りにはいきますよ?
そうしてゲーム本編が開始され、悪役令嬢になることを回避することもなく───むしろなりきり、望んだ結果を手に入れることが出来ました。
以前から準備しておいた平民の服を着て、これまた以前から準備してあったカバンを手に持ち、私は実家を出ました。
もう二度と、ここに来ることは叶いません。
他人に厳しく、家族にも厳しかったお父様。でも本当はご自分にこそ一番厳しかった。
そんなお父様を支え、誤解されがちなお父様と他の方との仲を取り持っていた、優しく人当たりの良いお母様。
そんな両親を尊敬し、将来お父様のような公爵になるのだと必死に勉強をしていたお兄様。
皆末っ子かつ一人娘の私には、厳しくも何だかんだ甘かったです。王太子様との婚約だって、野心なんてものよりも、私の夫には最高の男性じゃなきゃ認めないなどと言って成ったものです。
そんな家族の愛情を無碍にし、家名に泥を塗ってしまいました。
私は最悪な親、いえ、家族不孝者です。
許してほしいなんて最初から考えていません。
むしろ、私のことを恨んで。
怒ったように眉を潜めながら目を赤くしていたお父様。
ポロポロと涙を零しながら私の頬を打ったお母様。
口では罵倒しながらも苦しそうな顔で私を抱きしめたお兄様。
傷つけた私が言えることではありませんが。
私のことを、恨んで、憎んで、前を向いてほしいと思います。
本当は忘れてほしいですが……私に家族を忘れることが不可能なように、それは無理な願いというものでしよう。
私という存在に囚われないで。
「今まで、たくさんの愛情をありがとうございました。我儘な娘で申し訳ありません。いつでも、皆さまの幸せを願っております」
そう言って閉じた門に深々と頭を下げ、目元を拭い、
───私は歩き出しました。
あの方と私が出会ったのは、私が10歳の時でした。
当時、私はお忍びで街に遊びに行くことにはまっていました。もちろん一人で街に行けるはずがありませんから、両親に了承を得て、護衛を何人か付けた上で、です。
服装を平民に近いものにし、街で直接人々と交流することは、私にとってとても楽しかったし次期王妃としては学ぶことも多かったです。
そんなある日、私はお忍び中に攫われました。恐らく護衛が人攫いと通じていたのでしょう。
私は公爵家の一人娘です。しかも次期王妃。誘拐して身代金を要求すれば莫大な額が手に入るでしょう。
それに自分で言うのもなんですが、私は美しい容姿をしています。豊かな金髪に珍しい赤い目、肌は透き通るほど白く、唇はぽってりとして紅いです。少々つり目なせいで気が強く見えますが、それも個性。奴隷として売ればかなりの値段で取引されるでしょう。
目をつけられるのは必然でした。
人混みに押し出されるようにしてふらり、と少し路地の方に寄ってしまったのが運の尽き。
「むぐっんん!?」
光の速さで口を手で封じられ、誰かの肩に担がれていました。助けを呼ぶどころか声を出す暇もありませんでした。
何が起きたのか分からなかった混乱は、すぐに恐怖に変わりました。
生まれて初めて身に迫る危険に身体が震えました。
その後、手足を縛られ、口を塞がれ、袋の中に詰め込まれた後、馬車の荷台に転がされました。扱いが乱暴なことにいよいよ身の危険が感じられましたが、馬車に乗せられてしまうとあっという間に距離が開いてしまいます。それに比例して助けが来るのも遅れます。
こんなところで私の人生は終わってしまうのか、と絶望に支配されていたその時。
いつの間にかすぐ傍に誰の気配を感じ、私は咄嗟に身体を強ばらせました。人攫いの仲間だと思ったのです。
(やだっ! 怖いよ……誰か助けて!!!)
必死に願っても届かず、その何者かは私の入っている袋に手を伸ばし───と思いきや、私の視界が激変しました。
真っ暗闇だったのが、今は目の前にどなたかの顔が見えます。
青年でした。多分歳は成人したばかりの十五歳くらいに見えます。ちょっと癖のある黒髪に綺麗なマリンブルーの瞳でした。
最初見た時は怖い表情に見えましたが、すぐにきょとんとしている私に向かって眉を下げてふにゃり、と優しく微笑んで、
「怖かっただろ? もっと早く助けに来れなくて悪かった」
と言いながら、丁寧な手つきで手足や口の拘束を外してくれました。
(このお兄ちゃんは助けに来てくれたんだ……)
助けなんて来ないかもしれない、このまま酷い目に遭わされてしまうのかもしれない。
そんな想像をして、とてつもなく怖いのに何故か涙は出なくて、ただ震えることしか出来なかった。
そんな私を救い出してくれたお兄さんを目にして、酷く安心した瞬間、今まで出なかった涙が零れました。
声も上げず泣き出した私を、お兄さんは包み込むように抱きしめて、頭をそっと撫でてくれました。
もう怖いことなんてない、そう気を抜いていました。
次の瞬間、荷台を隠していた布が上げられました。
「うおっ!? テメェ……兵士か!! おい、兵士が一人潜り込んでやがる!!」
そう人攫いは叫び、腰から剣を抜きました。
初めて見る本物の真剣です。明確な殺意に収まっていた身体の震えが蘇ってきます。
───殺される。
視界から外れた瞬間、斬られる気がして剣から目が離せなかった私の目に、背中が飛び込んできました。
お兄さんが私を背に庇ってくれたのです。
「大丈夫だ、君は俺が守る」
お兄さんはそう言って、剣を手に戦いが始まりました。
お兄さんはまだまだ若くて、屈強な大人の男性には力負けしてしまいます。しかもこちらはお兄さん一人に対して敵は十人ほどいました。それに加えて、お兄さんには私というお荷物がいます。
戦況は有利とは言えず、お兄さんの身体にはどんどん傷が増えていきました。
何も出来ずに、縮こまって震えるしかない私。
そんな役立たずの私を、お兄さんは見捨てることはせず、どんなに危なくなっても私を背に庇うことは止めませんでした。
その結果、怪我をしても、です。
お兄さんの仲間の兵士さんたちが駆けつけるまで何とか彼は持ち堪えました。
人攫いは制圧され、私も家から迎えが来ました。
泣きながらお兄さんに向かって感謝する私に、
「怪我がなくて良かった」
そう言って嬉しそうに、またふにゃりと笑った傷だらけの彼に、私は心を奪われたのです。
「いらっしゃいませー!!」
笑顔で、元気よく、ハキハキと!
それを日々心がけて、私は今日も酒場『宿り木』で働いています。
一ヶ月前、家を出た私は真っ直ぐにここへと向かい、店員として雇っていただきました。
何故ここか、というと、
「おう、ソフィアちゃん! 今日も来たぜ~」
「いつもご贔屓に! 兵士さんたち、今日もお仕事お疲れ様です」
───そう、ここ『宿り木』は、兵士の方々もよく利用する酒場なんです!
ゲーム本編が始まる前に、公爵家を勘当されたらどこに行こうか探していた時、ここの存在を知りました。
兵士さんが利用するということは治安もいいでしょうし、あの方がいらっしゃるかもしれないし、こんなに私にとってうってつけな仕事場ありませんよね!?
あ、ちなみにまだ私が公爵令嬢だった頃に、王城で兵士の公開訓練の際に何度かあの方をお見かけしたので、ちゃんとあの方がここ、王都で勤務していることは調査済みです!
評判通り毎日のように兵士の方々がご来店くださるので、私は精一杯愛嬌を振り撒きます。
そのお陰で最近、こうやって声をかけてくださるほど仲良くなりました。
まあ、まだあの方をお見かけしたことはないんですけど……。
仕事終わり、今日もお会い出来なかった彼を思い、私はため息を吐きました。
今私が泊まっている宿屋に帰宅した私は、今日も午後十時になると窓から外の通りを眺めます。
暫く待っていると、ある集団が来ました。
───夜の見回りの兵士さんたちです。
じーっと、部屋から彼がいないかチェックします。どうやら今日もいらっしゃらないようです。
落ち込みながら窓から離れ、ベッドに寝転がります。
毎日毎日、仕事場で彼を探し、家でも彼を探し。
お休みの日は兵士さんの見回りのコースを探して回るのに、未だにお話どころか顔を見ることさえ叶っていません。
一ヶ月経ってもこれです。少し弱気になっている自分がいます。
「これじゃあ、公爵令嬢だった時の方が近かったかも……」
思わず弱音が口をつき、慌てて頭を振って追い出します。
確かに公開訓練でお姿を拝見することは出来ましたが、前の私の立場ではお話など以ての外です。
それに比べたら私は一回でもお会い出来さえすれば、お名前を聞いたり連絡先を聞いたり出来ます。
今の方がよっぽどいい、はずです。
「明日こそ、お会い出来ますように」
そう願いながら、私は眠りにつきました。
今日も私は元気に『宿り木』で働きます。
昨日は弱気になってしまいました。ダメですね、たった一月でめげるような気持ちじゃなかったはずです!
心機一転、初心に返って燃える思いを再確認しました。
さあ、張り切っていきましょう!
そう思い、いつもより気合を入れて働いていたのに、嫌な人に絡まれてしまいました。
「ソフィア~、今日も可愛いね。どう? 今日の夜とか、僕と呑まない?」
ねちっこいその声に思わず顔を顰めてしまいます。
彼はギルバート、冒険者です。巷では金髪碧眼のイケメン冒険者だと騒がれているようですが、口説かれている私からすると下心が見え見えで好きになれません。
私の身体を這う視線を不快に思いながら、笑顔を貼り付けて返事をします。
「いらっしゃいませ! ごめんなさい、今日もお仕事があるので……」
「そんなつれないこと言わずにさあ、ね?」
そう言いながら、彼は私の腰に腕を回してきました。触られたところが気持ち悪くて鳥肌が立ちます。
(なんで!? 今まで断ったらあっさり引いたのに……!)
助けを求めて周りを見渡し、その理由が分かりました。
兵士の方々の姿が見えません。
他のお客さん達は冒険者の方たちが多く、『ギルバートがまた女口説いてやがる』と言って笑っているだけです。
だからこそ今日はこんなにしつこいのでしょう。
誰も助けてくれない状況に血の気が引きました。
「ちょっと! 離してください!」
「ん~ソフィアが僕と遊んでくれるなら離してあげよっかな~」
身体を捩っても力が強く逃れることが出来ません。あろうことか、彼はさり気なくお尻に触れてきました。
本当に気持ち悪くて、怖くて、身体が震えます。
「ちょっと本当に止めて……っ!!」
そう悲鳴を上げた時でした。
ふっと、手が外れたと同時に、誰かの背中が見えました。
ギルバートの手を掴んだその人は、そのまま彼の手を捻ります。
ギルバートの顔が苦痛に歪みました。
「いっ……!」
「兵士の前で女性に絡むとはいい度胸だな?」
その人の声を聞いた瞬間、鼓動が跳ねました。
少し低くなっていますが、間違いなく七年前聞いた声。
呆然としながらその人を見つめます。
私を守ってくれる背中に、少し癖のある黒髪。
ああ。
───顔が見たい。
そう思った時、その人が振り向きました。
切れ長の二重まぶたの下に輝くのは、美しいマリンブルー。
一見冷たそうに見える顔も、
「大丈夫か? 怖かっただろ」
そう言って眉を下げて笑うと、ふにゃり、としか言いようのないほど柔らかくなる。
(ああ……やっと、やっと会えた……)
そう思った瞬間。
ここがどこかとか、今は仕事中だとか、彼の言葉に応えなきゃとか、全てを忘れて。
「好きです!! 付き合ってください!!!」
気付いたらそう叫んでいました。
周囲の喧騒も耳に入らず、一心不乱に彼の顔を見つめます。
ぽかん、と目を丸くしていた彼は、次第に困ったような顔をしながら頬を染め、
「……えっと……友達からで、お願いします……」
そう小声で言いました。
恋をしてから七年。
ようやく初恋の人と『お友達』になれました!
これから私が彼に押しまくったりだとか、たまに彼にやり返されたりだとか、家族に居場所がバレてこっそりお父様やお兄様、挙句の果てにお母様まで『宿り木』に来たりだとか、王太子様と主人公が現れたりだとか、魔王が復活したりだとか。
そういったいろんな事件が起こることなど、今の幸せな私は知る由もないのでした。
結ばれるとこまで書く前に力尽きた……。
続編書きたいなあ、いつになるかは分からないけど。
拙い作品を読んでくださりありがとうございました!