可愛い魔王様と愛しの勇者様
足元が光ったのは、小学校以来の両片思いを実らせ、初めてのデートで遊園地へ行き、観覧車で夕陽をバックにお互いの顔が近付いていた時だった。
キスしちゃうのかな、どうかな、いっちゃう? やっちゃう!? と目を閉じかけたのに、突然眩しい光が足元からたちのぼり、びっくりして思わず二人で下を向いて、ごつんと額をぶつけ、「痛っ」「ごめんっ」と続けてハモって、ハモり具合のおかしさに目を合わせて笑った、次の瞬間、彼は目の前におらず、石造りの寒々しい大きな部屋に立っていた。
「おおっ、成功だっ!」
「やった! 魔王様が降臨した!」
「魔王様、我らをお救いください!」
わらわらと異形のマッチョたちに詰め寄られた。日本の妖怪が可愛らしく思える姿形だ。悪意の抽象画、狂人の悪夢、そこに筋肉質の手足がついてて、わらわら動くのだ。私、小さいものが集まって、もぞもぞ動くのがめっぽう苦手だ。テントウ虫の越冬とか、耐えられない。
奴らの姿も動きも、生理的な嫌悪しか抱けなかった。今もだ。できるものなら次元に穴を開けて、奴らを放り込み、一掃したい。
だがしかし、恐怖のあまり硬直した私は、奴らによってたかって担ぎ上げられ、悲鳴さえ上げられずにぶるぶる震えているうちに、魔王の玉座に座らされてしまったのだった。
魔王の玉座。この忌々しい、神が作ったマジックアイテム。私はここに座ったきり、動けない。生命を吸い上げ、力に変える機能を持ち、玉座の主が生命を失うまでリンクを解除できないのだ。
座ったとたん、使用方法がダウンロードされるがごとく頭の中を流れ、成り行きが説明された。要は、たいした力のない人間が魔族に駆逐されかけ、かわいそうにと勇者召喚システムを授けたら、今度は魔族が絶滅させられそうになったから、魔王召喚システムを授けた、と。
魔王の力は、魔族を守るためにのみ発動する。つまり、奴らを一掃したくても、力が発揮できないのだ。しかも、守るものが一匹もいなくなったら、玉座は崩壊。リンクされてる私も一緒に崩壊って寸法だ。
可愛いこの子たちを守ってあげてね、よろしくね! 任期はあなたの生命が終わるまで。大丈夫、高次の世界から召喚されたあなたは、こちらの世界では千年の寿命。しかもその間、老いもしなければ病にもかからない。寒さを感じることも暑さを感じることも、空腹を感じることもない。眠る必要すらない。システムが一番いい状態を記憶して、体が劣化するといつでもバックアップをダウンロードするから。
は? てなった。はあああああ!? て。こいつら絶滅したって、私関係ないよね。ここから動けないで、眠りに逃げることもできないで、千年座り続けろって、どんな拷問だ!
パニック起こしたね。泣いて喚いて暴れて無気力になって、でも発狂すらできない。気付けば玉座に繋がれた時そのままの自分に戻ってる。
むかついたね。もーう、ふつふつと怒りがわいて、どうしようもなくなったね。神に復讐するって決めた。一発殴って拘束して目と耳潰して爪剥いでから全身の皮剥いで指先から順々に削ぎ落してやるって、殺す手順を念入りに決めた。でもまだ最後をちょっと迷ってる。腸で首絞めてやるのがいいか、脳みそにスプーン突き立てるのがいいか。食べるつもりはさらさらないけどね。
そうと決まったら、魔法の開発だ。神に受肉させる方法。拘束する方法。殺さずに好きなだけ苛む方法。私の寿命が千年だというなら、生きてる限り、拷問してやる!
魔物たち総動員して、魔力について学んだ。実験も繰り返した。それだけじゃ足りなくて、必要なら魔物の体を作り変えて、人間の世界に送り込み、神官やら魔法使いやら精霊使いの術も学ばせた。
勇者どうしたって? もちろんお決まりのコース、テンプレで彼氏だったもん、篭絡したよ!
ほら、魔王召喚システム前の古いシステムだから、魔族を殲滅する聖剣に意識乗っ取られて、ただの魔力供給源状態になっちゃってたけど、そこは、思い人のキスで! きゃっ、やだ、つい、ファーストキスの顛末ばらしちゃった、二人だけの思い出だったのに!
彼氏とイチャイチャしたいから、玉座の変形にも邁進したよ! まずはソファが欲しくって。二人でゆっくり座れるやつ!
手繋いで座って、どきどきしたね! 横を見れば彼氏も私を見てて、やだ、はずかしい、て視線そらしちゃうんだけど、やっぱり見てたくて。もっと可愛い顔見せてよ、て言われて、もう心臓破裂しちゃうかと思った!
ラブラブに見つめあっちゃった後は、自然にキスになだれ込んで、そのまま押し倒されて、もどかしげに襟の際にキスされて、それで私は決意した。お風呂作るって!
それとね、ふかふかのベッド! 天蓋も付けちゃったよ! 時々羽虫どもが、魔王様ぁ、と進捗報告にやってきやがるからね。
どきどきラブラブの新婚生活送ってるけど、復讐計画は鋭意遂行中だから。家族も世界も将来の夢もなにもかも奪われた私たちがしたいことなんて、他にないんだもの。
愛を交わしたって、子供ができるわけでもない。だって、常に劣化前の体に戻っちゃうから。
私は玉座から離れられないし、彼は私が聖剣を封じていなきゃたちまち意識を乗っ取られる。
人間、将来に希望がないと生きていけないんだよね。同じ夢に向かって協力するんでなきゃ、殺し合いしてるしかない身。そりゃあ、共通の敵を殺る夢見てる方がいいに決まってる。
ほら、また、ウジ虫が報告に来た。なんだか美形の男女を何人も連れて。
姿無き精霊を、とうとう受肉させたって。
やったね、これでまた一つ夢が前進した。
私は心からの喜びで、ウジ虫を元の狂気の姿に戻してやった。狂喜してわらわら手足を振るものだから、目障りで、すぐに二本ずつ残して後は切り落としてやったけど。
「ねえ、どう思う? これを痛めつけたら、同じ元素も傷ついていくのかな。これを狂わせたら、世界も狂っていくのかな。受肉させては殺し、受肉させては殺したら、世界が歪んで、また神がしゃしゃり出てくるかな」
「さあ、どうかなあ。やってみなきゃわかんないな」
「だよね。なんでもやってみればわかるよね」
時間だけはあるんだし。二人で笑みを交わしあった。
彼と、笑顔の絶えない家庭にしようねって話した。そして死ぬときには、私たちの人生に一片の悔いなし、て言える人生送ろうねって。
築くはずだった、平凡な幸せの代わりに。
まだ百年。あと九百年。彼と二人なら、きっと叶う。叶えてみせる。
それは、可愛い魔王様と愛しの勇者様の、生涯をかけた戦いのお話。