『旅の理由Ⅱ』
『英雄が目を開けると光は治まっており、祭壇には星剣がなくなっていた。英雄は星剣が天に返ったのだと考え、事の経緯を民に説明した。その後、星教徒は星剣は無くなったが、再び大きな戦が起きないように主要都市に教会を建てた。
それから数千年大きな戦もなく世界は平和であった。ある旅人が光る剣を見つけるまでは。星剣は天に返ったのではなく、各地に散らばっただけであった。 -星歴書より-』
酒場は緊張した空気に包まれていた。酒を飲んでいた者、ご飯を食べていた者、皆手を止めアスクたちに目をやる。エトワールの言った言葉にはそれほどの重みがあったのだ。
「星剣を集める」、この言葉の意味を理解していない人間などこの世界にはいない。なぜなら、約五千年前の魔徒との戦争“星戦”がどのような理由で起きたのか知らないものがいないからである。
二度と星戦が起こらないように教会は各地に眠る星剣を探すため調査隊を派遣するが、その時には必ず事前に付近の町や村には報告がくる。
だが、その事前報告がなく星剣を求めて来たということは、魔徒である、異教徒であると言っているようなものである。エトワールは自分の発言でこの酒場、いやこの村の全員を敵にしたと言っても過言ではない。
「自分が何を言っているのかわかっているんだろうな。返答によってはお前の首を刎ねることになる。」
アスクは警戒したままエトワールに話しかける。脅すように言ったがエトワールは変わらずアスクを真っ直ぐ見つめる。先程までの幼く儚い少女の様子からは一変し、凛然とした顔には力強さと気品すら感じさせる。
エトワールは手を胸に当てて大きく深呼吸した後、ゆっくり話し出した。
「アスク様は私がどのような立場の人間なのかご存知なのですね?そのことについて今ここでは言えませんが場所を変えていただけましたら、私自身については全てお教えします。」
「そんなことよりお前が俺たちの敵でないことを証明しろ。」
エトワールはアスクの問いに少し考えたが、覚悟を決めた様に強く言葉を放つ。
「では、ここで衣服を全て脱ぎ私の持っている物を全てお見せします。それでよろしいですか?」
エトワールはそう言うとローブを脱ぎ始めた。ローブの下も白を基調にした服とスカートで金のラインが施されている。ローブを着ていたのでわからなかったが、幼さの残る顔とは裏腹にまだ発展途上といったところだがしっかしと主張した胸がある。
少女の行動に動揺して酒場がざわつく。だが、そんなことも気にせず少女は服を脱ごうとする。そして、少女が服の裾に手をかけまくり上げようとした時エリザが止めに入った。
「ちょ、ちょっと待って!もうわかったわ、私たちはあなたを信じる!だからこれ以上脱ぐのはやめなさい。……いいでしょアスク。」
エリザがエトワールの手を掴んで止めたとき、おへそが見えるまでまくり上げていた。さすがに同じ女としてこれ以上見ていられないと思ったのか、止めたエリザの方が顔を赤くしている。
エリザの問いかけにアスクも仕方なく警戒を解く。そして、先程座っていた席に着いた。
酒場の客たちはアスクたちの行動から少女に敵意がないことがわかり安心するが、中にはなぜか「惜しかった」や「もう少し」などの言葉が漏れる。その方向にエリザが本気の殺意を向ける。
エトワールが服を整えローブを着なおした後、アスクは少女に向かって話し始める。
「ひとまず魔徒とは無関係なことは認める。だがここではっきり言ってほしい、魔徒とは何の関係もなく俺たちの敵でもないと。」
先ほどのエトワールの行動からもう十分だと思ったエリザとダリウスだが、ここで村人の不安を完全に無くしたいとアスクは考えていた。
「私は教会と星剣にこの世界の平和と安寧を誓った身です。決して闇に足を踏み入れることはありません。」
エトワールはアスクの目をしっかりと見て力強く、また祈るように答えた。エトワールの答えを聞いて安心したアスクは立ち上がり、店から出ようとした。
エトワールは出て行こうとするアスクを見て慌てる。自分は何か間違っていただろうかと不安な顔をする。その表情は先ほどの凛然としたものではなく、年相応の幼さの残る可愛い顔だった。
「さすがにそれは酷いだろ。せめて話くらいは聞いてやれよ。」
ダリウスはさすがにかわいそうだと思い、エトワールの代わりにアスクを止める。だが、ダリウスの行動を不思議に思ったアスクはエトワールの方を向いて言った。
「場所を変えればあんたのことを全て話してくれるんだろ?だから場所を変えようと思って出ようとしたんだが。」
「それならそうと一言言えよ。」
ダリウスは呆れたと言わんばかりに溜息をつく。そんなやり取りを見てエリザが笑う。エトワールもつられて笑ってしまった。彼女の笑った表情はとても可愛く思わず目を奪われる程であった。
そんな出会ってから表情がコロコロと変わる少女がおかしくアスクは笑った。エトワールは自分が笑われていると気付き怒ったように頬を膨らませる。
「すまない、笑うつもりはなかったんだ。だが、険しい顔はやめといたほうがいいぞ。せっかくの可愛い顔が台無しになるからな。エトワール。」
アスクはそんな冗談を言って外に出る。
エトワールは初めて自分の名前を呼ばれたことに少しドキリとした。