6:青い鳥は、籠の中
以下の金額を寄付する事を証明します。
「ジョウ・リン」様より 金額:¥1,000,000,000-
参照:「リンの書いた寄付証明書」より抜粋
あの古代遺跡での戦闘から数日後、私は町の教会へと足を運んでいた。
多くの人に使われる中で磨耗して滑らかになった荒削りな木製の長椅子の並ぶ部屋の中を進み、
待ち受けていた祭祀長の前を通り過ぎ、人々が蘇る祭壇の近くで掃除をする女性神官の前で立ち止まる。
そして、背後の祭祀長にもハッキリと聞こえるように少し大きめの声で話しかける。
「精霊様へ懺悔と個人的な寄付をさせて頂きたいのだけど。」
声を掛けられた彼女は、軽くお辞儀をしてから謝絶する。
「申し訳ありませんが、当教会での執り成しは祭祀長を通して頂かなければなりません。」
彼女の言葉を聞いた私は、くるりと振り返った。
通行の便が悪く、しかも近くに大きな教会が有るせいで、この教会の利用者は極端に少ない。
静謐というよりも寂れた祭壇の前で、質素な格好をした祭祀長の男が小さく微笑んだ。
「エンゼル、異性の私には伝えられない言葉も有るでしょう、行ってあげて下さい。」
「分かりました、行って参ります。」
女性神官・・・というか人狩のエンゼルに案内されて、私は奥の部屋へと案内された。
***
「無理を聞いてくれてありがとね。オスカーや私だと祭祀長が寄付を断っちゃうのよ。」
あの人って凄く意地っ張りだから、とエンゼルが笑った。
「別に構わないですよ、今は仲間ですし。」
少なくとも今はまだ仲間のはず。
そして、出来ればその後も仲間で居たいと思ってしまう。
だからこそ、こういう部分で頼ってくれる事を非常に嬉しく感じてしまう。
さっきまでの茶番は、簡単に言えばこの教会にお金を入れる理由付けである。
エンゼルは、小さい頃からこの教会で世話になっている神官で、人狩になったのもこの教会を訪れたオスカーが祭祀長に色々と受けた恩を返そうとした関係からの縁らしい。
人狼は、危険で、凶暴で、嘘吐きで、人誑かしで、狂気に満ちた危険な存在ではあるけれど、
獣人の中では人狐に次いで情が深く、仲間は裏切らないし、恩を受ければ必ず報いる。
そんな訳で、なんやかんや有って2人は祭祀長に恩を返すために教会に寄付をしたいと思っている。
でも、そのまま渡そうにも祭祀長は受け取らない。
そもそも祭司長は二人が人狩とか人狼である事を知らないらしい、だから突然大金が現れるとどこで稼いだか疑われてしまうかもしれないらしい。
そこで私が登場する、完全に無関係な可愛いヒーラーさんである第三者の私が、教会に訪れてたまに寄付をしても、祭祀長は金の出元を絶対に調べない。
懺悔に加えた寄付ならば、何か事情があると思うのが普通である、”許された罪を掘り返す行為”を彼の正義は絶対に許さない。
「折角だから本当に懺悔していく?」
エンゼルが面白そうに笑う、この部屋は構造的にかなり防音が効いていそうだけど、そんなにハッチャケていていいんだろうか。
「はいっ、張り切ってどうぞ!」
「えっと、初心者ダンジョンでスケルトンを使って大量虐殺を引き起こしてしまいました、他にも何人か殺ってしまいました、ごめんなさい。」
私の懺悔を聞き、部屋に安置された聖像が柔らかな光を湛える。
「ふむふむ・・・精霊様は申しております、”罰として金貨8枚を納めよ、さすればその罪を赦そう”。」
「え・・・払いますけど、かなり安いのでは?」
「ウチは祭祀長の方針でギリギリまで手数料を減らしてるからねー、祝福とかもお手頃よ?そっちは祭祀長に相談してね。」
ちなみに懺悔とは正義の精霊にお金を払うことで罪を減免してもらう事、要は罰金で、
祝福は、死んだときに装備品などを奪われないように装備に祝福してもらう保険のことです。
ちなみにどっちも教会でしか出来ない為、手数料などがかなりの高額で、
例えば懺悔ならさっきの私の罪状なら平均でも金貨10枚近くの罰金になる。
「それって他の教会からしたら目の敵に・・・ってああそうか。
何で近くの大通りに大きな教会があるのかと思ったら、嫌がらせされてるわけね。」
「流石に利用者には手を出さないから大丈夫よ。」
そう語るエンゼルは少し寂しそうだった。
手数料は各教会の祭祀長にその権限が一任されている、ある意味独占企業である。
立地が良ければ多少どころか、かなり高かろうが文句を言いつつも誰もが金を払うだろう。
黙っていても金が入り、しかも感謝される、ちやほやされる、そして彼らだって人間である。
以前から教会の腐敗に関しては、高額の請求や露骨な職権乱用など、ちらほらと噂は聞いていたが…ここまで露骨に妨害してくるとか腐敗を通り越してもはや堕落だわ。
あの祭祀長の物腰は柔らかでも、正義を信仰する善良な方であるのは間違いないように思える。
オスカーやエンゼルが彼に報いたいと思わせるのも人柄の賜物だろう。
そんな彼女が、正義の精霊を掲げる神官でありながら人狩になった事情の一端が見えた気がした。
「そんじゃ、今日はありがとねー、寄付はこっちで上手くやっとくから適当に話を合わせてね。・・・それでは皆様に、正義の光が満ちますように。」
前回のアレは非常に儲かった、具体的に言えば私の分け前だけで金貨30枚近く儲かった。
その内の8枚は既に懺悔の対価として精霊様に納めたけど、それとは別に自分の分け前から幾らか金貨を寄付しようかなという考えが一瞬だけ頭を過ぎり、直ぐに否定する。
いくらなんでもこれ以上は深い入りし過ぎだ、私たちはまだ一緒に一回だけ狩りをした程度の関係なのだから。
私が奥の部屋から外に出ても、祭祀長はこちらを振り返らない。
あのフェニックスの独善的で猛火のように暴虐的な正義とは方向性は違えども、同じく高潔な想いを心に秘めているのだろう。
帰り際に祭祀長へにっこり微笑んで小さくお辞儀をする。
「身勝手な望みを聞き届けて頂き有難うございます。」
「いえいえ、皆様に正義の光が満ちますように。」
お辞儀を返す祭司長の感情は落ち着いていて緩やかに感じる…本当に?
何だろうか、彼は、特に何か危険な存在ではないはず…多分?
それなのに・・・
何故・・・
私の本能的な何かがザワザワと警告を発する。
警戒…警戒しなければならない、よく見なければ…何をよく見ればいいの?
目の前の柔和な笑みを浮かべる祭司長には何の危険も無いはずなのに。
感情は先程と一切変わらない、まるで夜の湖畔のように静寂で…自然にしか見えない。
少し癖のある灰銀色の髪、緑の瞳は柔らかな視線を私に向けている。
服の上からでは良く分からないが全体的に体は良く鍛えられているように見える、首元からわずかに見える肩の筋肉は非常に発達していて彼が普段から鍛錬を欠かしていない事が良く分かる、左腕がほんの僅かに長く、肩の筋肉も発達している事から左利きか、もしくは左手だけで武器を支えるタイプで、魔力にも感情にも全く淀みは・・・
「あの、如何しましたか?」
「あ…すいません、ちょっとボーっとしていました。」
しまった…いくらなんでもジロジロ見過ぎたかもしれない。
慌てて謝って、また来ますと告げてそそくさとその場を立ち去った。
ミスったなぁ…【普通の人にしか見えない】のに、何をあんなに焦ったんだろう私。
***
「エンゼル、すいませんが少し奥の部屋を掃除してきますね。」
「はい、って寄付金を机に置いたままでした、すいません。」
「それも納めてきましょう、貴方はゆっくりしていてください。」
「ありがとうございます、祭祀長様。」
コツ…コツ…コツ…
祭司長は木製の廊下を抜けて奥の部屋へと入り、部屋の窓を開くと、一匹の白い小鳥が窓から舞い込んで机に止まる。
「今回は随分、気が早いですね。」
「・・・。」小鳥は何も言わない。
「インペリアルのギルド長と、フェニックスと・・・シンデレラにも伝えて下さい。」
「・・・。」小鳥は何も言わない。
「初心者ダンジョンでの虐殺を、精霊様は初心者の暴走としてお赦しになられました。」
祭祀長…と呼ばれていた男が振返る、日の差し込んでいるはずの部屋は何故か薄暗く、薄闇の中に燃えるように輝く緑の瞳が揺らぐ。
「・・・。」小鳥は何も言わない。
「彼女は能力に経験が追いついていないだけ、不幸な事故だった…それだけです。
それでも罪なき人狩を誅したいと喚くなら、私も久々に狩りを楽しむ事にしましょう。」
「・・・。」小鳥は小さくお辞儀をすると、窓からそそくさと飛び立った。
ルーキーがちょっと数十人を殺した程度で制御不能だと大騒ぎする彼らの軟弱さにはため息が出る
人狩とはもっと飢えた野良犬のように強欲であるべきで、狩人は命どころか全てを賭けてでも、そんな人狩と奪い合い、殺し合う存在であるべきだというのに。
「いつから人狩も狩人も、こんなにも惰弱になってしまったのでしょうね。」
思い出すのは、先程まで私に視線を向けていたネクロマンサーの少女の視線である。
常に相手の心の闇を探ろうとする瞳、少しの違和感も疑い尽くす警戒心、相手から何か少しでも情報を奪おうとする強欲な思考、実に素晴らしい。
未だに私の正体に疑問すら抱けないオスカーやエンゼルにも見習ってほしいくらいです。
それ以前に偶然とはいえあの二人は、自分がとんでもなく貴重で幸運な相手から歓心を買われているとは理解していないのでしょうね。
幸せの青い鳥は実はもう籠の中にいるというのに、籠を閉めるどころか籠の中に既に青い鳥が居る事すら理解できずにどこかに居るはずの青い鳥を探している・・・。
そこまで考えて、またため息が出る。
人狼の基本は人誑かしです。
将来有望なネクロマンサーを仲間として確保できるかどうか、期待していますよ…二人とも。