5:三つ巴って怖いよね
とにかく人狼の声だらけで気が狂いそうだった、連中はそこら中を駆け回って、吠えまくりやがったんだ。
参照:「インペリアルギルド構成員の報告書」より抜粋
漁夫の利を狙う、とは言ったものの正面から立ち向かえば間違いなく即死です。
私は強くないのです、だからこそ策を練り、機を伺い、敵も仲間もその他も、ありとあらゆる全てを利用して、圧倒的強者を蹴落とす方法を考えなくてはならない。
この辺りの機微に対しては二人とも心得たもので、エンゼルは私が中の様子を伺っている間に焚火の火を消して周囲の荷物を纏め、オスカーは私の背後に立って人狼の目で見える物の情報を補足してくれる。
暗闇の中で自分の真後ろに身長2メートル近い人狼が立っているなんて、状況だけ見ればホラーにしかみえないけれど、ほとんど音のしない呼吸音と音程の低い少し掠れた声が少しだけ耳に心地よかった。
そうして様子を見ていると、やがて古代遺跡の中に指向性の高い魔力が流れ出し、一瞬後に空中に突如現れた転送陣と共に18名の武装した男女が出現した。
こういった転送陣は術者の実力によって転送できる人数が限られるため、大人数の襲撃に使われる場合は、複数の術者が陣を重ねて行使する事で術者の実力と人数を誤魔化すのだけれど。
「陣は3重、パーティーも3組、人数は右から8・5・6人、右のパーティに姿を隠してる奴が1人居るけどそいつだけ少し弱いな、他は全員中級の中堅くらいだ。」
人狼の目は、相手の役割を簡単に暴き出す。
「ヒーラーは何人?」
「3人、各パーティーに1人づつ、全員ヒーラーの装束を着ているな。」
話を聞きながら手を少しだけ背後に伸ばして、オスカーの手にそっと触れて魔力を伝える。
鋼線のように硬くてゴワゴワした毛に包まれた手は、一瞬だけほんの僅かに驚いたように揺れたが直ぐに努めて平静を装い私と同じように僅かな魔力を伝えてくる、オスカーの反対側の腕に触れているエンゼルの魔力もオスカーのそれに混じって、そして私の魔力が少しだけ彼らのそれと混じり合う。
互いの魔力に自分の魔力が十分に混ざっていくのを確認しながら、私は作戦を話し始めた。
***
その後、襲撃者たちは速やかに散開してフェニックスと魔法の応酬戦をしているが、直にこの均衡は崩れるだろう、その時こそ最大のチャンスが訪れる。
「いくわよ・・・」
弓を引き絞るエンゼルの声を背後に聞きながら、ネクロマンサーの黒装束の上から着慣れたヒーラーのローブを身に纏う。
「3・・・」
仮面を外していても、影の精霊は私の意を汲んでシャドウサーペントでローブごと私の身を覆い隠していく。
「2・・・」
私の全身を覆ったシャドウサーペント達が次々と硬化して漆黒の鎧へと姿を変えた。
いつもの手甲を着けていないせいで、少しだけ両手の辺りが頼りないけれど、代わりに爪先で軽く地面を突いて靴の調子を確かめる。
「1・・・」
フェニックスが戦線を押し上げるために狩人達に大量の火炎弾をばら撒いた、遺跡が爆発と轟音に包まれ、その爆音と共にエンゼルが限界まで引き絞った弓から矢が放たれた。
「今っ!」
魔法を付与された矢は爆発に紛れるように戦場を駆け抜け、矢に籠められた嵐の魔法が戦場のど真ん中で炸裂、魔力のこもった風の刃が無差別に戦場を駆け巡る。
エンゼルの合図を背後に聞きながら、私は嵐の中に真っ直ぐに駆け抜けていく。
無差別な魔力の嵐や風の刃はの中に突っ込めば、本来ならば少なからずダメージを受ける事だろう、しかし、私に向かってくる風の刃は、私の魔力に混ざったエンゼルの魔力に反応してダメージを与える事はない。
ただし、この魔法は範囲が広い代わりに大した威力が無い、咄嗟とはいえ威力の低い風の刃は防具や魔力障壁によって簡単に防がれてしまうだろう。
しかし、暗い遺跡の内部を照らす光球や只の火にはそんな障壁は存在しない、光源は嵐によって搔き消され、遺跡を一瞬で闇が包み隠す。
風の刃は戦闘が始まった直後に物陰に逃げ込んだスクイーク達にも襲い掛かり、軽傷とはいえ傷を負わされた彼らはパニックを起こし、遺跡内を無茶苦茶に逃げ回る。
「全員けいか…ワオォォォォォォン…ワン!」
「ワン?」「ワォォン!」「ウー・・・ワン!ワンワン!」
誰かが警告を発しようとした声は、オスカーの能力によって犬の声に変えられてしまった。
人狼が人狩になりやすく、集団行動を取り難い理由の一つに、彼らが自分の周囲で会話が通じないようにする縄張りを展開できることがあげられる。
犬の声なってしまえば、発動条件に正しい発声を必要とする上位の魔法やスキルが使えない、なにより複雑な伝達や連携が出来なくなる。
これらは襲撃者の正体が即座に発覚するとはいえ襲撃を受けた側の人数が多ければ多い程、そして不意が討てれば討てる程に致命的な事態を引き起こしてしまう。
人間は、臆病な生き物なのです。
魔法で攻撃されて、突然真っ暗になって、スクイーク達は暴れ回り、言葉も通じず、人狼が襲撃してくる、単独ならば対応できる異常事態でも、一度に圧し掛かって来られればもう動けない。
状況を把握しきれずに身動きの取れなくなった狩人達の合間を縫って、私は目的の場所を目指して一気に駆け抜ける。
人間は、臆病な生き物…だからこそ、それを克服できた上位の狩人は恐ろしい存在になるのです。
「ワンワン、ワン!」
一瞬で目の前に広がる火炎の渦を地面に転がって咄嗟に避けると同時にシャドウサーペントを解除する、影の鎧を身に纏っていればネクロマンサーにしか見えない私も、仮面が無い今は只の可愛いヒーラーさんである。
未だ遺跡内は暗いとはいえ、白いヒーラーのローブは暗闇の中でさぞかし目立つだろう。
「ウー…ワンワン!!!」
炎の光で襲撃者の正体を確認したバケツヘッド、…フェニックスが私を指指して叫ぶ。
あー多分、狩人に人狩が混ざっていたとは、貴様は悪であるとか言いたいんだろうなぁ…。
などと場違いな考えが頭に過る中、フェニックスが、嵐に負けない高火力の火炎弾で飛んでくる矢を焼き払いながら構えた剣を私に向けて振り下ろす。
「ワンワン!ワ…「ガルル!!!」」
ギィンッ!
「ワオーン!」
しかし、振り下ろされた剣は私に届く前に白い鎧を着た聖騎士によって阻まれた。
あ・・・あれ?
予定ではここで斬られて「うわーやられたー。」みたいな。
一回斬られる位ならローブの下に仕込んだシャドウサーペントで受け止めて死んだふりで乗り切るハズだったんですが。
中級しか居ない狩人側でも咄嗟にここまで動ける人が居たとは…正直、かなり予定外です。
ちなみにここまでの流れは全部フェニックス自身が出した炎で照らされているので、周囲の狩人は全員フェニックスがヒーラーに襲い掛かって聖騎士に妨害されたようにしか見えません。
というか魔法矢を焼き払うほどの高威力で周囲を照らすフェニックスの火炎弾は無茶苦茶目立っています。
一瞬の空白の後、誰かが呟いた。
「ワンワン…あ、喋れる。」
誰かが叫ぶ。
「警告、フェニックスが人狩と手を組んだ恐れあり。」
「援軍を呼べ、ここのメンツじゃ対応しきれんぞ。」
「奇襲を警戒、陣形組み直せ。」
この時点でネズミの残した私財から目ぼしい物を回収した私たちはさっさと脱出。
残されたフェニックスと狩人の面々は遺跡内で同士討ちを含む泥沼の乱戦を繰り広げたそうです。
・・・めでたしめでたし。
***
【翌日の朝刊より抜粋】
・・・尚、今回の件に関して、狩人ギルド「インペリアル」の幹部は、当ギルドにネクロマンサーや人狼が所属していない、今回の戦闘はあくまでフェニックスと当ギルドのメンバーによる私闘であり、第三者による介入は一切無かったと公式見解を発表しているものの。
今朝のフェニックスによる”あのネクロマンサーと交渉させろ。”発言、及び、現時点では噂に過ぎないものの…
”内通者による同士討ちの誘発が有った”
”10名以上の人狼が一斉に襲撃してきた”
”情報漏れにより待ち伏せされていた”
”フェニックスこそが人狩と協力している”
”謎の黒い鎧を着た暗殺者”
”大量のスクイークを使役している”
などなど…玉石混合とはいえ、日の無い所に煙は立たず。
今回の事件の真相は、一体何なのでしょうか?
今後の展開に目が離せませんね、どうか続報をご期待ください。