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リンとの会合を終えた人狼・・・オスカーは、待ち合わせ場所のダンジョンの入り口付近で、野営する冒険者を演じながら、獲物である闇商人をダンジョンから逃げ出せないように入り口を封鎖していた。
そしてチロチロと燃える焚火の火を眺めている間に、不意に少しだけ感傷的になり思考に耽っていく。
舞台裏の騒ぎと呼ぶには少し滑稽だが、先日のダンジョンでの騒動が大事になった背景には、少々複雑な事情が有った。
あのネクロマンサー・・・たしかリンという名前だっただろうか?
彼女が最初に獲物を狩ったあの場所は、実は実力の弱い人狩の縄張りが重なる場所で、そんな場所で新参者が挨拶も無しに、あそこまで露骨に、そして挑発的に獲物を狩った事で先住者たちは彼女の制裁の機会を伺っていた。
だからこそ、彼女がマインスケルトンを召喚している事を知った先住の人狩たちは、普通の冒険者に扮してあのダンジョンに殺到。
それにつられた普通の冒険者も同じダンジョンに集まったが、まとめて呆気なく虐殺された。
マインスケルトンは普通のスケルトンとは違い、術者本人の骨を媒介して顕現する術者にとって無二の存在であり、その実力は死霊化した術者本人と同等と言われる。
つまり彼女は相当強い、間違いなく。
万が一の応援に呼ばれたオイラですら、慣れない状況に隙を突かれて・・・言い訳は止めよう。
オイラは負けた。
異貌化出来ない状況だったとか、使い慣れていない武器だったとか、そんなものなんの理由にもならない。
獣相すら持たない只の人間に、一対一の状況で負けたのは生まれて初めてだった。
不意に、夜の冷えた空気が僅かに動くのを感じて、
気のせいかと思うほど微かな地面を擦る足音を聞き取り、
俺は顔を上げずに近寄ってくる相手に声を掛ける。
「よう、人が死ぬには良い夜だな。」
声を受けて、フクロウの仮面を被った少女・・・
リンが闇の中から姿を現し、返事を返した。
「ええ、誰かが死ぬには良い夜ね。」
彼女が返事をした時、やっと感じ取れる程にほんの僅かに香る感情の匂い。
俺は心の中で秘かに舌を巻く、潜伏の精度はそこまで高くないが、
賭けてもいい、”たった今まで一切感情の匂いがしなかった”。
感情をここまで隠蔽できるなら、嗅覚に慢心する人狼に不意打ちする事など簡単だろう。
だからこそ分からない、自分より弱い存在である俺に、何故協力する気になった?
今回、彼女を勧誘する前に一通りの情報は調べてみた。
一年前に不意にこの都市にやってきて下級ヒーラーとして活動しているが実力は初心者丸出しで、どう考えても故意に実力を隠している。
何より、今回以前の人狩としての活動の痕跡が一切無い。
消したとか、隠されているとかではなく、文字通り一切情報が無い。
異常な経歴の彼女を警戒する都市の狩人達の妨害を受けながらヒーラーとして活動してきたかと思えば、唐突にネクロマンサーとして先住の人狩を挑発、使役の暴走に見せかけて、武装した20名以上の冒険者を虐殺・・・本性は他国から送り込まれた”暴れ屋”か、この国の貴族が囲った暗殺者だろうか。
思考が悪い方に向かいそうになった瞬間、隣に座っていた相棒が軽い調子で声を上げる。
「あ、取り合えず名乗る流れっぽい?私がエンゼルで、そこの犬野郎がオスカーね。人狩として同胞の秘密は守るから安心してね。」
「誰が犬野郎だよ。」
おどけた発言に鼻でフンっと息を吐き、憮然とした声で返す。
エンゼルは少なくとも空気の読めない女でも無いし、短い付き合いでも無い。
”深く考えすぎるな”って忠告も兼ねての軽口だろう。
「オスカーは見ての通りの人狼だし、私は付与術師だけど実力はあんまり期待しないでね? それであなたのお名前は?」
「リンです、普段は下級でヒーラーをやってます、人狩は自己強化型のネクロマンサーで潜伏と罠が少し出来る程度です。」
そう告げた次の瞬間、焚火の小さな灯に照らされたリンの影が揺れて、その中に潜む掌に乗る程の小さな魚の形の影がフワリと広がって、踊る。
ネクロマンサーの三大秘術の一つに、契約により自分の心の中に影の精霊の本体が隠れる場所を提供して彼等の持つ牙を配下として借りる事が出来る、というものがある。
シャドウサーペント・・・ネクロマンサーの心の中に潜む影の精霊の牙であるそれらは、単純にネクロマンサーの召喚能力の指標であり、上位のネクロマンサーでも数十匹程度しか居ないはずのそれが、影の中に数え切れないほどにひしめき合っている。
自己強化型?
今年聞いた中じゃ一番面白い冗談だな。
何かを感じ取って浮き足立っているシャドウサーペントを見る限り、確かに制御は全くできてないように見えるが、そもそもこの数のシャドウサーペントを自分の影に抑え込めている時点で規格外過ぎる。
そんな俺の心中を知る事も無く、ネクロマンサー・・・リンは不意に呟いた。
「あの・・・件の闇商人って強い護衛が沢山居るんですか?」
発言の意図を読めずに首をかしげる俺に、ダンジョンの中を伺っていたエンゼルが答える。
「オスカー・・・何か中で大乱闘になりそうな感じなんだけど、援軍とか呼んだ?」
・・・は?
***
空中をフワフワと泳ぎ回る火の玉が産み出す明るい光は遺跡の奥で縛られた男と、その前に立ちはだかる全身を装甲服で覆った狩人と、そんな彼等を遠巻きに取り囲んで立ち向かう狩人達の姿を照らし出している。
(狩人=人狩の反対、つまり人狩を狩る正義の味方の事…大抵はその建前で暴れる戦闘狂)
「待ってくれフェニックス!コレは何かのまちがっ…
縛られて地面に転がった男が叫ぶのを、装甲服を着た狩人が鞘に入ったままの両手剣でズンと押さえて黙らせる。
「何も、間違っては、いない。」
装甲服とバケツようなグレートヘルムで顔をスッポリと覆っているので騒動の中心にいる狩人の表情は分らないが、それを取り囲む他の狩人達の険悪な表情から、どう考えても他の狩人達の仲間とは思えない。
バケツヘッド・・・フェニックスと呼ばれた狩人が、兜で籠っていても分かる程に怒りに震える声でつぶやく。
「都市内で堂々と放火とはいい度胸だ、それも依頼したのがお前ら狩人とは・・・今回ばかりは俺も、堪忍袋の緒が切れた。」
・・・その罪と共に、燃え尽きるがいい。
その言葉と共に周囲を舞い飛んでいた焔の玉がフェニックス本人とその足元に押さえつけられた今回の騒動の首謀者らしき闇商人に殺到。
一瞬で火球が火柱へと変わり、自身の身をすら焦がすはずの炎の中から悠々と装甲服の狩人が歩み出た。
・・・といった光景がダンジョンの奥で繰り広げられていた。
あまりの事態にリンが思わず呟いた。
「・・・あれ誰?」
「確かフェニックスとかいう狩人だな。」
オスカーはため息交じりに答えて、エンゼルが話の後を続ける。
「あの人、自分の正義に従って行動するから色んな勢力に目の敵にされてるんだけど…。」
「だけど?」
「馬鹿みたいに見えるでしょ?アレで無茶苦茶強いのよ。」
なるほど確かに凄い火力だ、磔になっていた男はもはや消し炭すら残さずに燃え尽きてしまった。
しかし、私の中のシャドウサーペント達はあの男を警戒していない…それにサーペント達の警戒方向はフラフラと安定していない。
これは多分だけど・・・と前置きの後に自分の予測を伝えることにした。
「もうすぐ援軍が遺跡内に飛び込んで乱戦になると思う。」
漁夫の利を得るチャンス到来…かもしれない。