35:分かり合えないって悲しい事なの(色んな意味で)
リンは、梟悪譚のギルドハウスにある窓から外を眺めていた。
青い空は澄み渡り、白い雲がのんびりと流れる、初夏の風は滑らかに吹き抜けて、どこかの路地裏で内臓ブチ撒けて死んでいる誰かの死臭を運んでくる。
大通り沿いに立ち並ぶ店舗は昼下がりの少し気怠げな雰囲気を纏いつつも、一体何処から湧いて出たのか明らかにこの町の人間ではない露骨に”英雄っぽい”可愛らしい女性が街中に溢れ返っていて・・・。
それでも街はいつものように活気に満ちていて、時折そこかしこで響く剣戟と魔法の行使音や、怒号と断末魔が響くたびにまるで虫食いの様に日常と平穏を食い荒らしていく。
不意に訪れた使い魔の小鳥が、窓枠に止まった。
小鳥は堂々とした態度で無遠慮に近付くように見せかけつつも、物理的に攻撃されても回避できる位置取りを慎重に見定めた位置を選んでから、徐に口を開く。
「改めて・・・”初めまして”、先日はインペリアルの件で失礼した、オレは脚本家を名乗らせてもらっている者だ。」
窓枠に乗って慇懃無礼にお辞儀をする小鳥、前回の失敗から学んだのかかなり強化された使い魔を使ってるわね。
黙ったまま外を眺める私に、脚本家は次々と状況を伝えていく。
今起こっている物語には黒幕が居た事、そして彼は”行方不明”になった事、
勇者候補が暴走している事、それに英雄候補が関わっている事、
複数勢力が物語の主導権を奪おうとして場外乱闘を繰り広げていて、
脚本家である自分は、現在の物語の軌道修正をしたいと考えている事。
そして、その為に私に敵役になって欲しいと・・・
(正直、ホラ吹いてるとしか思えないんだけど・・・。)
言ってる事は確かに筋が通っている、しかしこの脚本家を名乗るコイツ自身がそもそも全く信用できない、使い魔越しの物言いは丁寧でも、言葉越しに感じ取れる感情は怯懦、独善、他罰的、選民思想、主導権を確保したがり、単独では自尊心の確立に難があるタイプ。
加えて言えば、使い魔の行使は見事でも魔導士相手にこの距離で使い魔を置く時点で対人戦の経験が浅すぎる。
想定される立場は、大抵の事を金か権力でゴリ押しできる立場の人間、貴族か有力な財閥の二世か何かかしら?
温室育ちのゴミ如きが本人の主張するそのままの危機に自ら真正面から立ち向かうとはとても思えない。
・・・結論。
「なるほど、お話はよくわかりました。」
小鳥の話を遮り、笑顔で使い魔と視線を合わせる。
これだけの使い魔が作れる時点で、コイツは少なくとも馬鹿じゃない、こうやって露骨に視線を合わせられれば視線を経由する呪術とか瞳術で使い魔から情報を抜かれる事を警戒して、防御しようとするだろう。
防御しようとすれば使い魔と主の魔力パスは太くて強くなる、防御には魔力を多く必要とするのだから。
「今回の件は勇者の権能を悪用して都市の機能を破壊させた、つまり物語自体が原因であり、貴方はその共犯者なんですね。」
「なっ、違・・・!!!
告げると同時に、死霊達に送って貰った魔力を視線を通じて使い魔に急速に流し込む。
簡単に言えば、魔力を水とすれば使い魔はホースで、使い魔の主はホースに繋がった風船みたいなもの・・・ホースを逆流させて大量の水を一気に流し込んだら風船はどうなるでしょう?
高濃度の魔力飽和は正常な判断能力を失わせる、熟練したネクロマンサーですら対処できない事もある程に危険なのだから、対人戦に馴れていないボンクラが正常に対処できるわけがない。
使い魔越しに何かを必死で喚いている脚本家に、トドメとして鉄砲水のように圧倒的な魔力を一気に流し込みながら告げる。
「あぁ、そういえばお返事がまだでしたね・・・”死を以て償いなさいな”。」
パァン!
使い魔が爆散すると共に、ギルドハウスのすぐ外の大通りで死霊の魔力が爆散した。
・・・流石に術者本人ではないと思う、多分この都市の外から超遠距離で使い魔を制御する為に中継になっていた術者だろう。
死霊の魔力は人間のそれとは違って性質は瘴気に近い、魔力の到達地点になる術者本人ほどではないとはいえ、中継地点を務めた誰かであっても、限界を超えて詰め込まれるのは比喩抜きで”死ぬほど痛い”のは保証しましょう、ご愁傷様。
あー、それにしても凄い威力だったわね。
最終的に中級の魔導士なら10回は余裕で死ねる量の魔力を流し込んだから仕方ないんだけど、前回ホネッコに使い魔を一瞬で殺されたのが大分堪えたのか、この使い魔も相応の魔力許容量を持っていたみたい、ギルドハウスの窓が壁ごと吹っ飛んでるし、大通りで中継していた誰かは文字通り魔力爆弾みたいになって死んだらしく、道路はゴッソリ抉れてるし、爆発の余波で近くに有った馬車も壊れ・・・。
・・・。
吹き飛んだ道路、吹き飛んだギルドハウスの窓、爆発の余波を受けて半壊した・・・ギルド幹部用の装甲馬車。
恐らく梟悪譚のギルドハウスを訪問しようとしていたその馬車は横倒しになり、所属を示す馬車の表札がここからでもよく見えた、”ギルド:世界樹”。
・・・。
壊れた馬車の中から1人の黒メイドが残骸を蹴り破って出てくる。
余りの事態に、リンはこれが世界樹の仕込みではないかと疑った事で、ほんの一瞬思考が硬直する。
そして黒メイドの視線がリンに向いた事で・・・偶然にもお互いの思考が一瞬だけ硬直する。
中継になる人員を馬車の側に待機させていたのは、脚本家が万が一交渉が失敗した際に、ギルド世界樹を経由した和解を試みる程度の保険のつもりだったのだが、ここで今まで巡り巡って来た火種が炸裂する。
リンは結局、オスカーから貰った魔力を捨てる事が出来なかった。
人狼は群集型の人獣であり仲間と魔力を混在させる事への羞恥心が低く、”相手に魔力を与える事で意思表示をする事などいくらでもある”。
常識としてそれを知るリンは、オスカーが自分に与えた魔力がただの同胞に与えるそれと同等の物だろうと誤解していた。
獣相を持たないリンには施されたマーキングの微細な差など理解出来ない。
しかし、この黒メイドは”中立ギルドである世界樹に出向しているアストロ家の人狼”であり、マーキングに含まれる魔力からその意思を明確に読み取る事が出来る。
その場にいたメイド隊が全員、黒メイドである彼女の率いる群れだった事も事態に災いした、彼女たちは人狼王とは縁がなくリンとオスカーの混み入った理解していない。
彼女達から見れば、リンが受けているマーキングはオスカーが忠誠を誓い従うべきリーダーへ向ける物であり、可能ならば共に生きたいと思うたった1人の相手としてのマーキングを持っている訳で・・・
彼女達にとって今の状況は、一族から追放された一匹狼が、新たなリーダーを仰ぎ、そのリーダーが自分に攻撃してくる・・・これはつまり。
誉れ高きアストロ家の末席に名を連ねる黒メイドは、喉を大きく仰け反らせて遠吠えを放つ。
それは狩るべき獲物ではなく、叩き潰すべき挑戦者への敬意の遠吠えであり、
この都市における主要なギルドが全面戦争を引き起こす引き金となる鬨の声であった。




