34:静かに壊れる世界
一部の例外を除いて衛兵は、現行犯以外の犯罪者を逮捕することはないが、国の認めた狩人ギルドには、その国の領内に居る冒険者に対してのみ一時的な拘束権を持つ。
名目上は現行犯以外で犯罪を起こしている、もしくはその疑いのある冒険者を一時的に拘留、その間に調査を進めて犯罪行為の証拠を得た時点で衛兵に引き渡す都市の自浄機能の一つとして作られたルールである。
そして、その”名目”の為に、インペリアルのギルドハウス地下には軟禁用の部屋がある。
窓こそないものの相応の家具を用意されたその部屋は牢獄ではなくちょっとした宿屋の部屋のようにも見えるその部屋に軟禁されているエンゼルの所へ、一人の男が訪れた。
聖騎士のブリガンダイン、青い髪に黄色の瞳・・・今やインペリアルの副ギルド長にまで上り詰めたオセレイトは、以前と変わらぬ堂々とした態度でドッカリと椅子に座ると、前置きもなく話を切り出す。
「率直に聞きたい、お前は誰の命令で動いてる?」
「あら、なんのはな…「【MIND BLAST】。」
恍けようとしたエンゼルの言葉を遮り、オセレイトが”言葉”を告げる。
その言葉は人には発せられぬような異形の発音を成しながらも明朗に聞き取りやすく、そして何よりも”受ければ即座に精神を破壊される”天使言語による能力の行使であった。
エンゼルは咄嗟に自分の精神内に魔力奔流を起こす事で身を守ろうとして・・・自分が致命的な失敗をしたことに気付く。
「なぁお前、何でコレが危険な物だって分かったんだ?」
そう告げるオセレイトは椅子から立ち上がり槍を構え、その目は既に黄から金へと変質している。
そしてエンゼルは、ここでやっとニンジャが背後へ回り込んでいる事に気が付いた。
腹芸もカマの掛け方も見事としか言いようがない。
エンゼルは彼への第一印象を訂正しながら一度嘆息してから両手を挙げて降参する。
「私は・・・エンゼル・タウンゼントは、ただの街娘よ。」
正直に話した所、オセレイトは一瞬意味が分からないような顔をしてから、聞き返してくる。
「一般市民?」
「そうよ。」
「それなら、何故天使言語を知っている?」
「あら・・・貴方は、もう心の中では理解してるわよね?」
私は微笑んだ。
物語は素晴らしいわ。
主人公、英雄、識者、黒衣、背景・・・みんなで敵役に立ち向かって一つの結末を奪い合うの。
でも、私は弾き出された・・・只の村娘として。
私、何とか役目を果たそうとして、とっても努力したのよ?
防衛装置を倒して、管理塔にも昇ったわ・・・。
でも、ダメだった・・・私は、失敗作で、役目を果たせずに取り残された。
この心の昂ぶりを示すように、私の背から服を貫いて純白の翼が解放される。
「貴方の導いた答えは正しいわ・・・理由は、私が天使だから。」
このおぞましい純白の翼を見ても、オセレイトの平静は揺らがなかった。
天寿に縛られる儚い人間だからこそ、彼の受容が狂おしいほどに羨ましい。
舞い散る羽根すら気にせずに、強い意思を秘める黄色い瞳が私に近寄り・・・
「物語から弾き出された。つまり、お前は、物語とは・・・・無関係なんだな?」
「え・・・ええ、そうよ?」
ガッシリと強く私の両手を握るオセレイトの言葉に気圧されて答えると。
「やらかしちまって事態の収拾が付かん・・・協力してくれ。」
救いを求める人間はそう願ったのだった。
***
あの事件の直後から、オスカーの許には世界中の英雄候補が集結していた。
アストロ家は由緒正しき勇者の家系である。
正確に言えば、家系”だった”・・・アストロ家は既に衰退している。
御伽噺に語られるアストロ家の勇者は、完全人狼である。
しかし或る時を境に、アストロ家では獣相を持つ子供が生まれなくなった。
近親婚を繰り返した報いなのか、
富と金貨の輝きに目を奪われたせいなのか、
それとも・・・精霊の加護を失ったのか。
理由は分からない。
だからこそオスカーが生まれた時、どれだけの期待が降り注いだのかは言うまでもないだろう。
しかし、彼は正義の不正を知り、正義の敵に味方してしまう。
その結末は・・・永久除名
そして、一度は腕の中に納めた大事なものすら、放り出してしまった。
きっとこれは、オイラへの罰なんだろう。
だからこそ・・・全ての仲間を失った彼は思う。
こんな世界なんて、壊れちまえばいいんだ。
そして全ての仲間を失ったオスカーは、ただ路地裏で空を仰いでいた。
人狼は獣人の中で人狐に次いで情が深く、そして人狐と違って群れ単位で活動する。
それは恐らく本能的な物なのだろう・・・”1人になる事は何よりも恐ろしい”。
かつて数奇な運命の果てに全ての仲間を失ったとある人狼は、自種族に掛けられた枷に気付いた。
枷を外したその人狼は、多くを殺し、多くを奪い、多くの悲劇の果てに世界を救う事になる。
他にも数多存在する獣人の家系を制して人狼であるアストロ家が勇者になれた事には理由が有る。
全てを失った人狼は、ただ路地裏で空を仰いでいる。
その視線から放たれる彼の心を満たす絶望が空から降り注ぐ光に混じり、音も無く都市全体に降り注いでいく。
光に混じる絶望は容易に人の心に紛れ込み、その心に小さな芽を育てるだろう。
絶望の光を浴びて育つ”疑心暗鬼”の小さな芽は今はまだ大多数の者には何も影響を与えないだろう。
とあるネクロマンサーの様に、信用している相手への精神耐性が極端に弱くない限り、直ぐにその心に影響を与える事は、今はまだない。
街に住む人狼達はアストロ家と関りがないが、この若い人狼を仲間として認めていた。
だからこそ事態に気付いた人狼たちは人狼王を含めて誰一人逃げ出すことなく、音無き遠吠えによってオスカーの絶望をを和らげようとしていた・・・それでも彼の絶望は止まらない。
重ねて記す・・・人狼は人狐に次いで情が深く、仲間を裏切ることなどありえない。
だからこそ町に住む土着の人狼達はアストロ家の仕打ちに激しく憤り、街に居るアストロ家の息が掛かった勢力・・・。
つまり、狩人ギルドであるインペリアルの構成員への暗闘が繰り広げられていた。
舵取りをする暗躍者たちを失って、主役の居ない場所で物語は暴走を始めた・・・。
歪に歪み始めた物語が、次はどちらに進むのか・・・結末は、まだ分からない。




