32:偽りの正義とは
さて・・・事態をとんでもなくややこしくしたフェニックスが何故この場に居たのかに関しては、世界樹の種とフェニックスの関連性を疑った梟悪譚の事情聴取の中で原稿用紙500枚を超える言い訳を含む彼女自身の自白によって明らかとなる訳だが。
結論から言ってしまえば、一目惚れである。
正確に言えば、彼女は見た目が幼い少女に対して特に愛情を感じる種類の人間であり、更に言うなら、とある古代遺跡にて起こった事件にて奇襲で斬撃を放ったにも関わらず、紙一重で避けて見せた上に罠に嵌めてきたリンに対して、非常に・・・好意に分類される感情を持っていた訳である。
ちなみに事情聴取の最中にその事実を予想したネコにより、リンが速やかにギルド詰め所の外に追い出された後、フェニックスは恥ずかしがらず正直に事情を白状するようになり。
調書の備考欄の端っこには【不治の病だにゃー。】と書かれている、至言である。
閑話休題
フェニックスは町中でウロウロするリンをかなり早い段階から見つけていた。
というか普段の生活でも幾度となく彼女を視界に納めていた。
しかし、彼女はリンに声すら掛けられなかった。
モーリーに頼んでまで仲を取り持って貰おうと思った挙句に姉に誤解されて大迷惑を掛けた上に、
人狼に尾行されて止むを得ずとはいえ、魔眼でリンを魅了してまで彼女から情報を引き出した。
しかも、彼女は全くのシロ・・・死んでも詫びきれない大恥である。
挙句にリンとモーリーは人狼の伏兵と思わしき誰かに爆殺され、自分も人狼に敗北。
まぁ・・・その後も、街中で似たような外傷の爆殺通り魔騒ぎが続発していてあの人狼の伏兵、エンゼル?とかいう女が拘束されてあっちはあっちで大変らしいが、
モジモジと我ながらバカなんじゃないかと思いながらも声を掛けられずにいる間に先日のウサギの大暴走と、あの人狼が勇者候補になったとかなんとか・・・。
”オレが”最近のリンがどこかおかしいと思ったのは、そこからだった。
(フェニックスの本来の一人称は”オレ”、リンの前では猫被って”私”って言ってました。)
狩人でも斬った殺ったで色々と精神が削れて弱る子も居るらしい、
まさかリンがそういう事にはならないだろって思ってたんだが、
どうも様子がおかしくて・・・その、後を追けてみたら。
襲い掛かってきた所属不明の狩人達を鎧袖一触に焼き払うナイトメア、
そんなに離れている訳でもないのに、都市に登録されていない不明ダンジョンの入り口、
挙句に、見た事すら無い怪物が、人に化けてリンを取り込もうとしている・・・。
それを見て思わず魔法弾を撃ち込み、気が付けば飛び出していた。
普段の自分だったら絶対に出来ない・・・恥ずかしい話だが、オレは臆病者なんだ。
正義を騙りながら、姉のように本物の狩人にもなりきれない、ヒーローに憧れるだけの雑魚なんだ。
でも、好きな娘の1人くらい守りたいじゃないか。
女に化けた怪物が頭を吹き飛ばされて、夜空色の粘液で出来た大蜘蛛に姿を戻す、
左右を守るのは凄まじい殺気と熱気を放つ青い炎を率いた6本足の亡霊馬、ナイトメアと
光を照り返さない暗色の騎士鎧を身に纏い、全く感情を感じさせないテラーナイト。
死ぬかもしれない・・・いや、
御伽噺の勇者様は、泣き言なんて言わないな。
”悪いお姫様”に攫われた”ドラゴン”を助けるために、勇者様はいつだってこう言うんだ。
「彼女を離せ。」
そう言って、剣を向ける。
痛いのだって・・・死ぬのだって怖くない。
リンを、彼女を助けるんだ。
***
結末から言えば、フェニックスは超しぶとく足掻いた。
普段のフェニックスを知る人がここに居れば、彼女の装甲服を着た別人が戦っているんだろうと思うほどに彼女は足掻いた。
対するリンを守っている死霊達は、攻めあぐねていた。
それは装甲服の耐火性能や防御力云々の話ではなく、純粋に彼等を率いるリンの意思に付随する。
彼らは上級から超上級のダンジョンに出没する災厄級の死霊達だが、この場においては限りなく”リンの意思を守り、その助力する為”ここに居る。
つまり召喚術などと違って契約などによる強制力がない分、彼等は”リンがやりたくない事”に対しては力を大きく削がれて発揮できない。
もしも、リンが先ほどまでの様に発狂したままであれば、フェニックスなど数分で装甲服ごと消しとばされているだろう。
しかし、彼女は名も無き迷宮の怪物の力によりその心をかなり癒していた。
もしも、フェニックスが本当にただの臆病者だったなら、リンは直ぐにでも彼女を見限っていただろう。
しかし、フェニックスは文字通りの死を覚悟した上で突撃してくる。
恐れていない訳ではない、拒絶している訳でもない、覚悟した上で乗り越えるために立ち向かう。
フェニックス自身は気付いていないが、その姿は泥臭くとも紛れもなく美しく、
そして何よりも、リンの知る限り彼女は己の中の正義を守り続けている。
一緒にダンジョンに潜っていた時、リンが人狩だと知っても、フェニックスはリンを排斥するような事は無かった、それが恋慕から来るものだとしても、別れるその瞬間までフェニックスは仲間として彼女を守ろうとしていた。
そんな彼女の高潔な正義をリンは知っている、だから死霊達は、力を出し切ることが出来ない。
それでも、実力差は如何ともしがたい物である。
むしろ、圧倒的上位に位置する死霊3体を相手取りたった一人で足掻き続けたフェニックスは賞賛に値するとも言えるだろう。
戦闘は長いようで、実際に戦っていたのは30分にも満たない時間だった。
ボロボロになった装甲服を纏い、剣を杖にフラフラと立つ彼女は、それでも戦意を失っていない。
剣を向け、声を上げる。
「彼…女を…離せ。」
死霊達は動かず、その姿を見ていた。
この死に抗う尊い人間に死を賜るべきかどうか判断ができなくなっていた。
手を出せば間違いなく、このフェニックスという女は仮初とはいえ死ぬだろう。
それがリンの望みなのか、そうでないのか、本人が判断できない内に決めてしまって良いものか?
改めて眠り姫様の姿を借りてリンを胸に抱き、その心を癒している名も無き迷宮の怪物ですら、
頭を吹き飛ばされた最初の怒りなど、とっくに消し飛んでしまった。
ほんの短い時でありながら、一瞬とも永遠ともつかぬ時が過ぎた後。
リンが小さな声で呟く。
「(ホネッコ、倒して。)」
短い命令を聞き、テラーナイトとなったホネッコが盾を振るい、その首に槍をかざした。
「・・・母上、じゃないよね。」
「申し訳ございません。」
怪物は、胸に抱くリンの声に小さな失望の色を感じ取って謝罪する。
「違うの、ごめん、凄い無理させて、ごめん。」
「いいえ、貴方が望むならば、喜んで。」
術師が正気でない時に、無理矢理目覚めて契約する事への負担を詫びているリンに対して、名も無き迷宮の怪物は改めて深い慈悲と恩を感じて安堵する。
こうして我々の事を慮ってくれる事が何よりも嬉しく思う。
ホネッコも、ナイトメアも、そこの種も、方向性は違えども彼女の慈悲に感謝している。
この想いは人間の言葉にしてしまえば十分に伝える事が難しい。
だから、名も無き迷宮の怪物は、何者にも成れずに揺らぎ溶けていくはずだった自分を、どうか使い勝手のいい道具として使って欲しいと密かに思った。
リンは、トコトコと大の字で倒れたまま動けないフェニックスに近寄る。
「・・・リン。」
「フェニックスさん。」
そのままフェニックスの頭の脇に座り、彼女の装甲服の留め金を外して兜を脱がせる。
金色で短めの髪、青い瞳、ホネッコが首元に槍を向けたままなので起き上がる事すら出来ないが、
そうでなければ今すぐにでも襲い掛かって来るであろう程には、気迫に満ちている。
「何で、私がここに居るって分かったの?」
「・・・。」
リンは思った。
フェニックスさんが、犯人の仲間なのかな?
・・・違う、きっと人質とか弱みとかそういうのを握られてるんだ。
相性の悪さも有ってリンはシンデレラが嫌いだが、それと同じ程度にはフェニックスとは相性が良く、彼女のことを憎からず思っている。
そして、フェニックスは特に狩人でも何でもないと知っているから余計な気後れも全く無い。
「フェニックス、正直に話して?」
「・・・言えない。」
「何で?」
「・・・。」
兜を脱がせればまた魅了してくるんじゃないかと思った物の、そんな素振りも全く見せない。
どっちだ・・・分からん、仕方ない、拘束するか。
フェニックスを拘束してナイトメアに乗せる前に確認する。
「おとうさ・・・ナイトメア、ごめん。」
「%♯%::&」
「・・・ごめん、もう正気だから言葉がわかんないや。」
「(載せても構わない、とおっしゃっています。)」
「(そっか、種もごめんね。)」
「(いいえ、貴方が望むなら、喜んで。)
こうして物語は冒頭に戻る事になるが、世界樹の種を始めとしたとんでもない事実を知ったネコの胃薬使用量が倍になるのはまた後の話である。




