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「おー、燃えてる燃えてる。」
あの後、宿屋に戻ったフリをして日が暮れてから逃げ出したのは正解だったらしく、私が泊まっていた宿屋で爆発が起こったのが少し離れた公園からでも確認できた。
ダンジョン内は無法地帯なので、ダンジョン内で発生した罪を外で問う事は出来ないものの、狩られた側が大人しく涙を呑む相手ばかりではないのは当然で、腹いせに襲撃者の部屋を爆破するのは割と一般的な報復なのです。
もちろん街中で誰かの部屋を吹っ飛ばすのは犯罪であり、衛兵に犯罪行為が見つかれば即座に逮捕されます。
逆に言えば”衛兵にバレない行為”は犯罪にはならないのが公然の事実であり、衛兵が見ていない場所で、しかも被害者が相手を特定できない犯罪の場合、加害者は滅多に逮捕されないのです。
例えば、食事に毒を盛るとか、相手が寝ている間に外から爆弾や魔法で部屋ごと爆破するとか・・・。
そういう訳で、冒険者デビューを目指す諸君も何かミスった時は素直に宿屋に泊まらずに、私のように衛兵の頻繁に巡回する公園などに潜んで野宿しましょう。
私の現状は決して衛兵の巡回する宿が高くて泊まれないとか、そういう話ではないのです。
冒険者は常在戦場、街中では法の支配を受けられるなどと甘い考えではダメダメです。
全く…どこで正体がバレたのか分かりませんが、こんなに可愛いヒーラーさんが、ちょっとしたミスで数十人くらい初心者を狩ったからって当日の夜に襲撃してくるとか、襲撃者は血も涙もないのでしょうか、もし犯人を見つけたら相応のお礼をせねばなりませんね。
「・・・寒い。」
無茶苦茶寒いですよ…子猫みたいに震えている可愛いヒーラーさんを助けてくれる人とか居ないんですか?・・・居ませんね。
流石に公園で寝るのは辛いので酒場で夜明けまで粘る事にします。
さて、良い酒場とは、どんな酒場でしょうか。
目立つ場所に有って、色んな料理と酒が有る店?
いいえ、重要なのは人があまり来なくて、衛兵が定期的に巡回して、そして安い店が良いのです。
例えばここ、隣に衛兵詰め所が有るから騒ぎが起こればノータイムで衛兵が乗り込んでくる寂れた酒場【トカゲの尻尾亭】なんてオススメでしょう。
この店の欠点といえば、提供される酒類が水で薄められた文字通りの水増しだったり、マトモに食べられる料理が蒸した芋くらいしか無い事とか、椅子のクッションが古くて長く座ってると腰が痛いとか、店主が無茶苦茶不愛想で注文しても返事すらしない事くらいです。
訂正します、この店は全くオススメできませんので余程の事情が無いなら来ない方がいいです。
「コーヒー。」
カウンターに銅貨を一枚置いて注文を告げれば、黙って差し出される黒い液体の満たされたマグカップ。
地獄の泥水かと思うくらい熱く、苦いそれを少しづつ飲み干していると、音もなく隣の席に誰かが腰かける。
「コーヒーを。」
カウンターに銅貨を置くその手は逞しく、何故か防寒服を着ていないが長身で良く鍛えこまれた体と、短く刈り込まれた茶色い短髪が無骨な雰囲気を醸し出している、本職は盾役だろうか?
この店に唯一居る客である私の隣に何故か座ったにもかかわらず、男はこちらを見ることも無くコーヒーを飲み始めた。
私も、店主も、この男も何も話さない、そんな奇妙な沈黙を最初に破ったのは、男の小さな声だった。
「フクロウの巣を焼いた悪い奴を知ってるんだが、狩らないか?」
「あの、何の話でしょうか?」
「オイラ、隣の部屋を借りてたんだ。」
あっ、これ詰んだな。
この人、昨日ホネッコと対峙していた鉄騎士の人だ。
どさくさに紛れて彼の財布からも銀貨を少々貰ってるし、あのままパーティは崩壊しただろうし、宿屋の爆発音はかなり大きかったから、今頃隣の部屋も消し炭になっているだろう。
こんなに寒い夜に何故男は防寒具すら着ていない理由に思い至り沈黙する私を見て、男が更に続ける。
「ああ、オイラは全然怒ってないよ?・・・全然、怒ってない。」
男の声は常に平坦で、感情の欠片すら感じ取れない事が逆に恐ろしい。
全力で叫んで逃げる?何故か私の正体までバレてるし、逃げてもどっちにしろ詰んでるわね。
「えっと・・・確認なんですが、ネズミはどういう目に遭えばいいと思うんでしょうか?」
「街中で火遊びするような悪いネズミは、すごく、酷い目に遭えばいいんじゃないかな・・・巣を焼かれたフクロウが、どう行動するのか教えて貰えるだろうか?」
こちらを見る茶色の瞳が一瞬だけ金色の光を帯びるのを私は見逃さなかった。
金の目は人間をエサとして見る人狩の証、しかも、さっき気付いたけれどこのヒト・・・完全人狼だ。
同じ人獣種であっても、体の一部分だけを変化させる獣相持ちと、全身が異貌化出来る完全人獣では、文字通り危険度の桁が違う。
「フクロウはオオカミの味方をすると思います。」
「それは重畳、この出会いを感謝したいものだ。」
私の返答を聞くと、男はメモを一枚残して店を出て行った。
なんというか襲撃者の方、ご愁傷様です。
考えてみれば私も被害者なんだから、遠慮することなんて何もないよね。
窓の外の夜闇は深い、まだまだ夜はこれからだろうか・・・。
***
酒場を出た男は、そのまま薄暗い裏路地へと歩を進めると、
物陰から弓で店の中を狙っていた女性が、問いかける。
「オスカー、前回のアレを警告するって話はどうなったの?」
「実際に逢って分かった、アレとは敵対しない方向で行く。」
「そんなに強そうな子には見えなかったけど?」
「影の中に相当ヤバいのを隠してる、あと服の中とカバンから爆薬の匂いがした、ちょっとでも怪しい動きをしたら店ごとドカン。」
「うわぁ…全然気づかなかったんだけど。」
「オイラもそれなりに経験を積んだつもりだったけど、上には上が居るもんだな。」
「味方してくれるならいいじゃない?犯人にはご愁傷様だけど。」
「犯人を狩った後に『私の平穏の為にお前もここで死ね。』って来ない保証は?」
「えっと・・・ご愁傷様?でも正体がバレてるのって貴方だけだし。」
「オイラ、ネクロマンサーに拷問されるくらいなら相棒の事なんてペラペラ喋るぞ?」
「ヒーラーはパーティに必須だよね!このまま仲間に引き入れる案を推奨したいと思います!」
「頼もしい相棒が居てオイラ感激!もちろん襲撃には参加してくれるよね?」
「もちろん私達は一蓮托生だよ!でもオスカーはいつか酷い目に遭って一人で死ねばいいと思うよ!」
「ハハハこやつめ絶対死なねぇ、あのネクロマンサーにお前を売ってでも生き残ってやる。」
「ウフフ、月の無い夜は覚えときなさいよ。」
「ハハハ」
「ウフフ」
夜が更けていく・・・。