26:表舞台にて世界は回る
さて・・・
リンが事件を強引に終結させた出来事は、結局のところ物語の裏側でしかありません。
物事に裏が有るなら、当然ながら表も有るものです。
これより語られるのはコインの表裏のように起こった事件のもう一つの側面、事件中にフクロウと出会わなかった一組の男女の物語。
狼と狐、本来ならば相容れない二人が刻む表側の物語。
***
その事件が起こった時、アタシはオスカーちゃんの使役するコボルトの視界を経由して様子を伺っていたところだった。
そして、ダンジョンの硬い床が嫌だったからオスカーちゃんの足の上に座っていたアタシは、オスカーちゃんが不意に立ち上がった拍子にバランスを崩して硬いダンジョンの床に放り出されて転がる。
痛いじゃん・・・突然立ち上がるとかヒドくない?
ムカついて抗議しようと思って振り返ると、オスカーちゃんが完全に異貌化していて驚いた。
完全に真っ黒な毛皮の人狼になったオスカーちゃんは、ハルバードの石突を地面に当てて伝わってくる何かを感じ取ろうとしているみたい。
何・・・何が起こってるの?
へたり込んだままのアタシをオスカーちゃんが不思議そうに見てるんだけど・・・
アタシを放り出したのはオスカーちゃんだからね?
「シンデレラ・・・お前、気付いたか?」
「何を?。」
「・・・人狐って鈍いのか?」
うっさい、アタシは感知苦手なのよ。
オスカーちゃんはハルバードの柄に頬を寄せたまま小さな声で状況を伝えてくれる。
「下層で大魔法級の爆発が起こった、流石に階層を貫通する威力は無かったらしいが・・・。」
「・・・らしいが?」
「下層のモンスターが上がって来るな。」
下層・・・?
ソレを思い出した瞬間、背筋が凍った。
ここの下層にはワイバーンと同等の脅威度を持つイエウサギの巣が有る。
可愛らしい見た目で獲物を油断させて即死攻撃を放ってくる強敵、
少なくとも下級の冒険者じゃ太刀打ちできない・・・大惨事になる。
咄嗟にギルドへ連絡しようとした手が止まる・・・。
アタシの感知能力の低さをインペリアルのメンバーは知っている。
緊急事態を連絡するなら事件の発生を感知出来た理由・・・オスカーちゃんの事を話さずに済ませられない。
そして、オスカーちゃんはインペリアルと戦争していたギルドの幹部候補、密会の件が知れればアタシはともかく彼が無罪放免で済むとは思えなかった。
でも、嵐の協定で誤魔化す事も出来ない・・・”保身の為に被害が出るまで事件を放置する”なんて狩人として、正義の精霊様に顔向けできないもの。
思考の迷路に入りかけたアタシをオスカーちゃんが止める。
「オイラの事なら気にするな。」
「ごめん・・・ダメだったら私が養うから。」
「それは要らん。」
フンと鼻を鳴らすオスカーちゃんに近寄って胸元に手を伸ばす。
真っ黒で外側は針金のようにゴワゴワなのに、毛皮に指を差し入れれば肌の近くの毛ははフワフワと柔らかい。
こんな姿を誰かに見られれば何故そんな事を知っているのかと思われそうだけど・・・まぁ、只の友人と言い切るにはお互いに少し距離が近いかもしれない。
そうやって毛皮を梳いて精神を落ち着けながら、念話でインペリアルギルドに警報を送る。
【緊急連絡!下級ダンジョン下層にて大規模な破壊工作発生、多数のモンスターがダンジョン内を逆流する恐れ有り、入り口の封鎖と至急援軍を求む!】