25:知らない場所で世界は回る
恐怖を煽る毛皮はフワフワで、
その瞳は総じて丸く、そして潤んでいる、
長い耳は獲物の絶望の声を良く聞くために長く、
小さく突き出した鼻は風の臭いを感じて常にピクピクと動く。
素早く動くために体重は軽く、大きさは腕に収まる程しかない。
”ウサギ”は、ダンジョンは恐怖と即死の象徴とされるモンスターである。
上級ダンジョンに出てくる巣穴を持たない「ハグレウサギ」や、
変異個体である「クロウサギ」などに至っては中位竜種に匹敵する危険度を誇るが
このダンジョンに居る白い毛皮と赤い瞳を持つ「イエウサギ」は比較的温和で、
巣穴に近寄ったり、それを破壊しない限り命の危険は比較的少ない・・・。
逆に言えば、普段は愛らしく無害な生物に擬態する事で獲物を待ち伏せするイエウサギであっても、巣を荒らされたりすれば周囲の生物に手あたり次第に襲い掛かるだろう。
それは、このダンジョン最下層に居る恐ろしい強さのモンスター共も、そいつらを狩れる人兎達すらも例外ではない、隙を突けば俺だって隠れ里までたどり着ける・・・辿り着いて見せる。
物事には理由が有る物である。
ネコが今回の騒乱を起こした件を含めて、今までの一連の出来事は全てこの瞬間の為に積み上げられた物だった。
リンの住んでいた宿屋を爆破したのは、リン自身を助ける為であり、狩人達の不正を暴くためでもあったが、それ以上に”大騒ぎを起こす”ためであり、ネコの予想通り、爆破事件は彼女を助けたいと望む人狼の目に留まり、人狼の上役から狩人達の不正が発覚する。
オスカーとフェニックス、そしてシンデレラの私兵隊に爆破犯の正体、つまり自分を犯人として密告すれば、古代遺跡にて出会った三者は問題を更に炎上させていく。
オスカーは人狩、フェニックスは冒険者、そしてシンデレラは狩人・・・計画ではこの3人が協力する可能性が高いと考えていたが、リンの行動が予想より遥かに無茶苦茶だった事は予測不能だったが、結果的には目的を果たす事には成功している。
”訳が分からない”って怖いだろ?
何もないはずの古代遺跡で妙に大規模な戦闘が起こったかと思えば、
今まで都市の秩序を保ってきたインペリアルは不正騒ぎで崩壊して、
フェニックスは穏健派の人狼王の部下に殺されちまった、
それなのに次のインペリアルのギルドマスターはその姉だ。
ここまで意味不明で理解不能な大騒ぎが起これば、都市の動向を警戒していた隠れ里の連中は絶対に浮足立つ。
”何が起こってるのか?”
”何故こうなったのか?”
”何故?何故?何故・・・?”
人兎は秘密主義のクソッタレだって言う奴も居るが・・・人兎は臆病なだけなんだ。
・・・そうだろ?
ネコの脳裏に、かつて仲間だった女性の姿が蘇る。
(「必ず迎えに行く。」)
隠れ里に呼び戻される彼女にそう告げて・・・あれから、もう10年になる。
正義を信じるだけの若造の衛兵が、世間の荒波と最下層に居る強敵に揉まれ続けてクソみたいな闇商人になっちまうには十分な時間だった。
今更、彼女に会ってどうなるもんでもないかもしれねぇ、でも・・・。
直ぐに折れると思っていたのに、リンは自分の願いを叶えちまった。
俺は立ち向かう前に腐って・・・いや、まだ腐った訳じゃないさ。
ちょっと長い間準備してただけだ。
彼女に会って、今更戻って来てくれなんて言わないさ、
でも、お別れの言葉くらい言ってもバチは当たらんだろう?
***
「・・・って感じの話が有った訳だ。」
そう語るネコさんは、ボロボロになって人兎の女性に膝枕されてる。
ちなみに現在地は人兎の隠れ里だった場所なんですけど・・・ダンジョン最下層はクレーターと残骸だけが名残の最下層(跡地)になってます。
隣で話を聞いていたモーリーが呟く。
「流石に、これだけの大事になると騎士団が動くかもしれません。」
ピクッと、ネコさんを膝枕していた人兎の手が僅かに動く。
ネコさんはボロボロになったままで不敵に笑う。
「そうだにゃー、ダンジョンをこんな状態にした原因を赤国の騎士団は徹底的に調べるだろうにゃ~・・・俺は、全く困らないけどにゃ~。」
うっわぁ・・・最高にイイ笑顔してる。
というか確かに私とネコさんはどれだけ調べられても困らないのは確かである。
モーリーと人兎の疑問の視線を受けながら、私はネコさんの発言を補足する。
「梟悪譚には、あらゆる違法行為に関する免罪特権が有る。」
例えば、ダンジョンの入り口付近は事実上の中立地帯ですが。
ここに狩人が集まって検問を敷いたら人狩は非常に困りますよね。
そうするとやがてダンジョンから人狩が居なくなってしまう訳です。
私も梟悪譚に入ってから知ったのですが、こういうルールを曲解する馬鹿に地獄を見せるため、という理由で梟悪譚には正義の精霊様より”理由があるなら違法行為をしても許すよ!”というとんでもない権利を与えられているのです。
これは、ダンジョンの入口を人狩に占拠されているという理由で、ダンジョンに向かう冒険者を都市内で無差別にブッ殺しても許されるし、
初心者がダンジョンの怖さを甘く見ているって理由で、初心者向けダンジョンで虐殺を行っても誰にも止められないし、
特定の人狩が余りに強すぎるって理由で、梟悪譚の名で100人ほど有志を募って袋叩きにしても許される訳です・・・。
正義の精霊様から、制限されれば真の悪とは呼べないと考えたそうで、
【理由に制限が無い】【止める側の勢力が無い】【対象すら無制限】というとんでもない特権である。
ネコさんが今まで活動を自粛してきたのか身に染みて分かります、1人でこんな特権を振り回したら絶対に暴走するだろう、教会の祭祀共もビックリのインスタント独裁者の完成だろう。
「チチチ…フクロウ、アンタと逢えて良かったニャ。俺は、今までマトモに活動する事すら出来なかったニャ。」
そう告げるネコさんの頬に、人兎がそっとの手を伸ばす。
それはまるで美しい一枚の絵画のようで・・・。
その姿をひとしきり眺めた後、私はおもむろに告げる。
「あ、お話し終わった?それじゃブッ殺すね。」
「え、ちょっ!?」
と慌てるモーリーを無視して私は一息に告げる。
「梟悪譚のメンバーであろうとも我欲により襲撃を行った事は許しがたし、よって処刑する。反省するように。」
私の宣言とほぼ同時に素早く起き上がったネコさんが全力疾走で私に向かおうとして。
「うおー死ぬ前に一矢…あっ。」
足元に事前に展開しておいたブラッディジェムで滑って体制を崩す。
「おい、てめーひきょ 「隙あり!死ねぇぇぇぇっぇぇぇぇl。」
背後に控えていたホネッコが私の脇を抜けてチャージアタックにより首を貫き、跳ね飛ばす。
一歩も動かなかった私は、足元に転がってきた首を掲げて叫ぶ。
「反逆者、討ち取ったりぃぃぃぃ~♪」
「・・・。」
「・・・。」
・・・あ、何かドン引きされてる。
「えっと、身内の不始末とはいえ首謀者は梟悪譚が倒したので、後は賠償金と制裁・・・多分、都市侵入1年辺りが妥当だと思うけど。そういう罰を与えるので。人兎の皆さんはこれで手打ちにして頂けませんか?」
小さく頷く人兎の女性、この人本当に話さないな・・・。
というかいつの間にか周囲に集まっていた隠れ里の方々も全く話さないから凄い怖いんですけど。
「モーリー、これで事件は解決という事で如何でしょうか?」
「フクロウ…さん、出来れば個人的に貴方に依頼を出したいのですが。」
「あー…それなら、衛兵詰め所の隣に有る【トカゲの尻尾亭】のマスターに依頼してね。」
こうして、この事件は一端の解決を見た訳ですが・・・
この時の私は、最下層から追い出されたイエウサギ達が地上まで脱出していた事や、そのせいで冒険者どころか騎士団にすら多大な被害が出た事。
そして「ウサギまみれ事件」と名付けられたこの事件の捜査を私が特権を使って禁じた事で、世間では梟悪譚が人兎の隠れ里を襲撃してイエウサギが逃げ惑う程の虐殺を行ったなどというとんでもない方向に噂が広まるとは・・・。
それでも人々は徐々に日常に帰っていくのです。
少し変わった事と言えば、この日から寂れた古代遺跡にネコと名乗る新しい闇商人が現れるようになった事や、その闇商人は獣相を持たないにも関わらず、1人の人兎が彼の傍らに居場所を見つけた事くらいでしょうか。
それとギルドに請求された賠償金で今までの稼ぎが全部消し飛んだ上で更に足りないという大惨事になるとは、この時の私は知る由も無かったのです・・・。




