24:悪名の理由
「その力が有れば、人を殺さなくても生きていけるんじゃないのか?」
そんな疑問をモーリー少年が投げかけてきたのは、ダンジョンの奥へ進もうとした所で道に立ち塞がったヘルハウンドの命をホネッコが刈り取った直後だった。
ふぅむ・・・?
少年はどうやらネクロマンサーの存在意義を御存じないらしい。
身も蓋もない事を言えばネクロマンサーの役目とは、ダンジョン内で油断してる人間を手あたり次第にブッ殺して【死ぬのって怖いっ!死にたくない!】って死への恐怖と絶望を人々に与える事なのです。
財布の中身を勝手に頂くのは、そのついで・・・というかお布施みたいなもんです。
正義の精霊を信奉する教会の祭祀達が祝福や懺悔によって正義の実在を保証するのと同じように、世界から失われた死を祀るネクロマンサーは死が実在する事を一方的に保証するのです。
例えば、悪が無くなってしまえば正義はその存在意義を失うでしょう?
正義の精霊が人狩の存在や、ダンジョン内での犯罪行為を黙認するのは、悪に対抗する正義の実在を証明する為なのです。
それと同じように、死が忘れ去られてしまえば命は存在意義を失ってしまうのです。
死が忘れ去られていないからこそ、人は天寿を迎えれば真の死を迎える事が出来るのです。
それでは、もしも世界から死が完全に失われたらどうなるでしょうか・・・?
これは単なる予想ですが、死の精霊に従う死霊達は、きっと死が完全に忘れ去られた世界から来
(」」¥お*^E。})
私の意思に紛れ込む小さな狂気の意思、気付けばナイトメアの無感情な瞳が私を映す・・・あら怖い。
大丈夫よ、リンさんだって誰にもこの予想を話す気は無いし、これ以上を知る気も無いわよ?
私の心からその意思を理解したナイトメアは静かに視線を逸らし、瀕死になったスクイーク・アサシンの頭部を蹄で踏み潰す。
・・・一つだけ言える事、ネクロマンサーが天寿を迎えて仮初ではない死を賜る時、その心に居る死霊達は共に死んでしまう、そうやって死んだ彼らは、もう二度と蘇る事は無い。
それが悲劇なのか、念願なのか私には分からないけれど。
そして、一つだけ間違いなく本心から言える事が有る、だから私は徐に話し始めた。
「殺したいんだ。」
「・・・え?」
「ネクロマンサーの生まれだとか、力の有無とか才能なんて関係ない。私は人を獲物にしたい、殺して奪いたいんだ、だから人狩として生活している。・・・王族だって同じだろう?王の家系に生まれたから王になるんじゃない。王になりたいと心の底から願い、兄弟姉妹の未来を奪ってでも国を得たいと願う者だけが王になる。」
私が話している間も私たちはダンジョンの薄明るい通路を進んでいき、ホネッコは視界に入るモンスターを手当たり次第に刈り取っていく。
ブレスを吐こうとしたアイアンリザードが口を開いた一瞬の隙に口に槍を付き込まれて、喉の奥に見える火炎袋にナイトメアが着火する。
中級の中でも強敵とも言われる強靭な鱗を持つ低級亜竜であっても内臓へ直に攻撃されれば耐えられない。
アイアンリザードは爆発と共に肉片と脳漿を周辺にブチ撒け、頭部を失った体だけでバタバタと無意味に暴れまわっている。
「・・・。」
堂々と本音で語ってみた訳ですが・・・モーリーは黙ってしまった。
ふふーん、リンさんのイカレっぷりにビビっちゃったかな?
引いたの?ドン引きしたの?ドン引きしてるよね?
もしかして、身の危険とか感じちゃった?
誤解の無いように言うけど、リンさんは正義の味方とか反吐が出るわって感じの悪人だからね?
今は嵐の協定が有るから君に協力しているだけであって、善意は全くないからね?
むしろ、人狩なんて警戒度が限界突破するくらい怯えてくれていいんですよ?
今は仮とは言え仲間だから、リンさんが全力で君を守ってあげるけどね。
しばらく黙っていた少年が、不意に顔を上げた。
最初に私を見た時のどこか怯えた雰囲気はスッカリ鳴りを潜めている。
まるで重大な覚悟を決めたように・・・。
「君は・・・貴方は、美しい。」
・・・少年、ビビり過ぎてどっかイカレちゃったのカナ?
リンさんが可愛いネクロマンサーである事には完全に同意するけど、今は仮面付けてるから顔とか分かんないと思うってか・・・。
なんかその丁寧な口調、リンさんはちょっと嫌な予感がするんですが・・・。
***
【王の家系に生まれたから王になるんじゃない。】
フクロウの語る言葉は、モーリーの心に何よりも強く響いていた。
常ならば、誰の進言も諫言も彼の心には本当の意味では響かなかっただろう。
斜に構えて世を見ているモーリーには誰かの言葉など酷く薄っぺらなものだった。
どこにでもある話である。
モーリーは、産まれた時から”特別”だった。
特別だった彼は、特別な教育を受け、特別な生活をして、特別な人々に囲まれて生きてきた。
モーリーは、特別過ぎた。
彼は、周囲の大人が自分の未来の王としての立場に近寄って来ているだけだと理解してしまっていた。
モーリーは、特別・・・”だった”。
ある日、モーリーは真の仲間を求めて祖国を去った。
世界を知った彼は、立場が無ければ自分が只の人間に過ぎない事を思い知る、
理想を失い、特別であること失い、支えを失った彼の心は、緩やかに渇いていた。
そして、渇いた心にフクロウの言葉が染み渡る。
梟悪譚のフクロウ・・・リンは、正真正銘の悪人である。
しかし、彼女の語る言葉は上面で奇麗事を抜かすクズ共とは違う。
赤い血と欲望の脈打つ、文字通りの生きた言葉である。
見た事も、掲げた事すらない正義を机上で語りあう銀国の名ばかりの賢者たちの言葉と、
リンが文字通り血を流しながら奪い合ってきた悪と欲望の言葉は、その重みがあまりにも違う。
【兄弟姉妹の未来を奪ってでも国を得たいと願う者だけが王になる】
リンの語ったこれも、本来ならばモーリーの心には響かない言葉のはずだった。
しかし、それを語るフクロウは、今まさにその言葉が口先だけでないことを証明している。
文字通り目の前で、獣が喉を槍で貫かれて絶命する。
炎を浴びた甲虫が、歪な羽音を立てて暴れ回り藻掻きながら死んでいく。
首を失った亜竜が狂ったダンスを舞いながら、地面をのた打ち回る。
ダンジョンを進む一歩に多くの命が奪われ、それを見た冒険者や狩人達が恐怖を叫び、逃げ惑う。
今目の前で失われている命のすべてが・・・
恐怖のあまり響く絶叫のすべてが・・・
僕が、フクロウに助力を頼んだ事で奪われている。
”彼女は僕の為に奪っている”
あの下らない王室で、口先だけの忠誠を誓う配下達。
国の為ではなく、僕の為に何かを奪ってくれる人など誰も居ない。
「君は・・・貴方は、美しい。」
貴方は気高い。
きっと、僕が王になっても、その翼を奪う事なんて出来ないだろう。
それなら・・・。
【兄弟姉妹の未来を奪ってでも国を得たいと願う者だけが王になる】
貴方が飛ぶ空を全部、僕の物にして見せる。