21:平和な時間に混ざる闇
視線の先でモンスターと戦うモーリーを静観する。
敵は普通のコボルトなのだけど、流石に少年一人では油断ならない相手である。
斬って、斬られて、避けて、避けられて。
短剣と小盾を身に着けたコボルトは足を生かした素早い動きでモーリーを狙うが、幅広の片手剣を両手で持つモーリーは出来る限り移動せずにギリギリの所でその攻撃を避けるか受け流し、或いは意図的にポイントアーマーの装甲で受け止める。
やがて過剰な動きで体力を消耗したコボルトが、一瞬の隙を見せた瞬間。
「そこだぁっ!」
斬っ。
未だ未熟とはいえ、大段上から振り下ろされる剛剣の斬撃はコボルトが咄嗟に向けた盾を押し退けてその肩口から胸までを深く抉りながら叩き斬った。
「キャイン!」
間違いなく致命傷だろう、コボルトはそのままパタリと倒れ伏し、冒険者と同じく仮初の死を受け入れる。
少年が気を抜いたのを確認して、私は静かに彼に近寄った。
私の心の中に居るナイトメアが譲渡してくれる魔力を体内で練り込み、少年に左手を向ける。
そして・・・
「ヒール!」
「おぉ…凄い回復した。リンさん、ありがとうございます。」
拝啓、母上様・・・。
色々有りましたが、無事に人を救うヒーラーになれました。
でも、世間の風は冷たいです、誰もパーティを組んでくれません。
むしろ以前より状況は悪化していて、ダンジョンに私が来るとみんな逃げます。
折角ヒーラーになれたのに、やっぱり私がネクロマンサーだからなのかなぁ。
モーリー少年は普通に組んでくれるのですが、私のせいで彼がパーティを組めなくなるんじゃないかと少し心配です・・・。
***
ここで、少しだけ過去のリンさんを取り巻いていた状況を確認してみましょう。
ネクロマンサーにとっての最大の弱点は魔力の保有量にあります。
それは彼女も例外ではなく、リンさんは普通の魔導士の6割程度の魔力保有量しかありません。
これは心の一部を影の精霊へ捧げるネクロマンサー特有の儀式が原因だと考えられていますが、そもそもネクロマンサーとなるには両親の一方、もしくは両方がネクロマンサーである事が条件になる特殊な職業である事から外部からはあまり理解され難い事実です。
魔力量を比喩的に火力で表現するならば、他の魔導士達は100本の薪を持っているのにリンさんは60本の薪しか持てない訳です、可哀想ですね。
そして残念ながら可愛らしいリンさんは、この事で他の冒険者にかなり馬鹿にされていました。
虫けらみたいに制裁されて死んでいった元インペリアルギルドのゴミクズ共が流した悪評も相まって、可愛らしいリンさんはネクロマンサーになる覚悟を決めるまでの1年ほどの期間、散々馬鹿にされてしまっていたのです・・・なんて可哀想なんでしょう(重要)。
さて、彼女がネクロマンサーになって約一週間が経過した現在ですが、実は魔力量の問題は全く変わっていません。
相変らず、彼女を馬鹿にしてきた魔導士たちは100本の薪を持てて。
リンさんは60本の薪しか持てません・・・しかし、彼女は唐突に太陽 (ナイトメア)を仲間にしました!みたいな状況になっています。
単純な戦力を火力として比べるなら、そこらの魔導士の火力は火打石みたいなものです。
リンさんを散々馬鹿にしてきた魔導士が火打石でカチカチやってる隣で可愛いヒーラーさんは燃え盛る太陽から火を借りて周囲を焦土に変えられる炎を吹きまくってる訳です。
・・・さて。
この状況で、法の支配が一切無いダンジョン内に先週まで散々馬鹿にしてきた可愛いヒーラーさんが居たとして、仲良く出来ますか?
どう考えても目に留まった瞬間に今までの報復で頭からヴァリヴァリ喰われる可能性の方が高そうですね!
結局のところ人は臆病で矮小な存在なのです、哀れですね。
***
イライラする・・・確かに私には回復魔法系統の才能は無い、だからヒールも威力は大した威力は出なかった。
でもナイトメアから送られてくる潤沢な魔力を突っ込んで行使するヒールは回復量もとんでもない事になったし、今なら普通のヒーラー以上に活躍できるのに・・・。
ちょっとだけ悲しくて、そしてほんの少しだけ温もりが欲しくて、モーリーの手にそっと触れる。
「リンさん?」
少しだけ困惑する少年の手の平を開いてみる、皮の分厚くなったガサガサの手。
普段から纏う雰囲気は軽薄に見えても、常に剣を振って努力している人間の手をしている。
「手、硬いね。」
「リンさんの手は柔らかい・・・です。」
穏やかな時間が流れているというのに、不意に視界の端にチラリとコボルトの姿が見えた・・・。
(ああ・・・邪魔だな。)
私の不快感を心の中に潜んだままで感じ取ったナイトメアが、目の前の少年に違和感を持たれないように、ヒールの魔力放出に混ざる様に偽装して攻撃魔法を行使する。
私の視界の端に居たコボルトの足元から唐突に青い炎が湧き上がり、不運なモンスターは悲鳴すら上げる間も無く精神と魔力を焼き尽くされて消滅した、音もなく、熱も無く、そして後には何も残らない。
イライラのもう一つの原因は、魔力の行使に合わせて、ナイトメアが私に情報を伝えてくれている。
私の感知範囲のギリギリ外に潜んでいるコボルト・アサシン、懐かしい・・・というには短すぎる期間だけれど、ほんの数日前に私と魔力を通わせてくれたオスカーさんの魔力の匂いがする使役コボルトの魔力の匂い・・・そこに混ざった他人の魔力を感じ取ってしまう。
人狐の匂い・・・シンデレラの魔力の匂い。
私が、オスカーさんの忠誠を受け入れなかったから?
それとも、その娘がとっても魅力的だったかしら。
そうよね、私から見てもとっても可愛い子だもの。
・・・そうよね。
フクロウなんかと、一緒に居たくないわよね。
そもそも私は、オスカーさんの身内じゃないし。
あの人が誰と組もうが、私の関与するべき事柄じゃないし。
私だって、モーリーと組んでるし、オスカーさんが誰と組んだって・・・。
一通り傷の癒えたモーリーが、またコボルトと戦うべく私に背を向けた後で、
ちらりと、隠形で姿を隠したコボルト・アサシンに目だけで視線を向けた。
・・・なんで私、こんなにイライラするんだろ。
***
リン達が居る広間からかなり離れた場所にて、寄り添って座る一組の男女。
魔力を混ぜてオスカーの使役するコボルトと視界を共有していたシンデレラがポツリとつぶやく。
「あのさ・・・オスカーちゃん、コレって誤解されるとマズいと思うのよ。」
「誤解って何をだよ?」
「その・・・アタシが、オスカーちゃんを篭絡したって思われるとか。」
余りに予想外の発言にブフォっと咽るオスカー。
しばらく後に、立ち直った彼が声を荒げる。
「ハァーッ!?どんなビックリ思考で勘違いするとそうなるんだよ。」
「だ、だって魔力混ぜてるじゃん、普通はやらないでしょこんなの。」
これは余談ではあるが・・・。
人狼は群集型の人獣であり仲間と魔力を混在させる事への羞恥心が低い。
逆に、人狐は単独型の人獣で、他者と魔力を共有させる事に強い羞恥心を持つ。
オスカーとシンデレラは本来であれば種族的にも人狩と狩人という立場的にも相性は最悪なのだが、”リンと和解して出来れば仲間になりたい”という共通の願いから出会い、優性種たる人獣の誇りとか、同族より思想が中立寄りで孤立してきた過去とか、色んな部分が化学反応を起こした結果、非常に意気投合して今に至る。
誤解の無いようにこの場で保証するが、オスカーとシンデレラの関係は悪友に近く、彼にとっては共犯者であるエンゼルとは立場が違えども近い位置とも言える。
そして彼にとってのリンは忠誠を誓い従うべきリーダーであり、可能ならば共に生きたいと思うたった1人の相手なのだが・・・。
人獣なら見分けが着くこういった微妙な関係の差は、獣相を持たない人間種には誤解されやすく、誤解から多妻多夫も辞さないミラクルハーレムや修羅場を引き起こす事で有名である。
そしてネクロマンサーは慈悲深くもボッチであり、嫉妬深い訳では無いが愛情に対して非常に鈍感である。
リンは自分が何に対してイライラしているのかすら分かっていないが、”イライラ”が誰に向けられた感情なのかを、仮面を通していない魔力越しにホネッコとナイトメアは理解している。
平和な下級ダンジョンの一角にて、新たな火種が巨大に燃え広がろうとしていた・・・。




