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梟悪譚  作者: シープネス
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静かに目を閉じたまま、自らの体内に眠る魔力に目を向ける。


静かな湖畔の水面のような静けさを湛える魔力は、徐々に揺らぎながら動き出し、やがて私の体内を巡る赤い血潮と共に全身を駆け巡り始めた。

魔力の揺らぎはどんどん激しくなり、足の裏から地面を通じ、ダンジョンに貯まるエネルギーすら巻き込み、吸い上げ、私の体の真ん中を軸にして渦巻き始める。


加速度的に激しく成る魔力の流れと切り離されたように、私の心はより静かに、まるで樽の中で眠るワインのように静かに、平穏なままで熟成されていく。

体内を流れる血は、そこに混ざる私とダンジョンの魔力と共に私の中の、何処か意識できない場所に同化して沁み込んでいく。

静けさの中で熟成されていく心は、やがて静寂を超えて私の心の外にある、何処か感じ取れない場所まで遠ざかっていく。


やがて、全てが過ぎ去った後に、私は静かに目を開いた。

私の中で眠り続ける怪物の1体、幼少の頃より見慣れた1体のスケルトン。

編み込まれた魔力によって現世に再臨した彼は、空虚なその瞳に仄暗い光を宿し、静かに片膝を付くと術者たる私に改めて忠誠を誓う。

死霊の忠誠を受けて、私は厳かに彼の名を呼んだ。



「久しぶりね、ホネッコ。」



おかねが、なくなりました。

何故、お金は無くなるのか?

哲学的に考えてみても現実は変わらないのね。

簡単に言えば、食費と宿代で消えました。

働こうにも、何故か先日から下級ダンジョン行きのパーティが激減して募集どころかダンジョンに向かう冒険者すら珍しいのです。


噂によれば、この町の近くにあるダンジョンの三階辺りで、最近調子に乗ってたルーキーが本人に気づかれないくらい一瞬で殺されたとか。

奪われたのが財布の中の銀貨数枚程度だったから、きっと金ではなく己の快楽の為に初心者を狩る危険な暗殺者がダンジョンで徘徊してるとかなんとか、そのルーキーが騒いでるとか。


いや~、そんな危険人物が居るなんてこの辺りも物騒になったもんですね。

次に彼を襲う機会があったら、背中に【私は背中がお留守の雑魚です】って書いた紙を貼って教会に送り返そう。


まぁ、暗殺者呼ばわりは仕方ないですね、何しろ前回は自己強化してからパンチしただけだし。

私、実は召喚より自己強化が得意なんです、ネクロマンサーなのに。

知ってますか、魔法の才能は完全に遺伝に左右されるんです。

だからこそ、魔導士は大抵同業者同士で結婚する訳で、ネクロマンサーの家系なんてものが出来上がる訳ですが、ウチの家系は召喚特化型で、自己強化はほとんど出来ないんですよ。

もちろん、私の母上も自己強化は苦手です、つまり私の父上は自己強化に特化した人のハズなんですが。

母上曰く、父親はどっかの馬の骨だと言っていました、スケルトンホースと人間では子供が出来ないと思いました、まる。


まぁ、そんな私の誕生秘話はどうでもいいんです。

重要なのは、このままだと明日には宿を追い出されるって事なのです。

私の明日の寝床の為に、みんなの稼ぎを少し分けて欲しいだけなんです。


その為に今回は召喚の才能を使い、ヒーラーとしてパーティーを組もうという目論見なのです。

え?人狩り?なんて恐ろしい・・・私はそんな恐ろしい事なんてできません!


少人数でパーティーを組んでいる冒険者の皆さんに”偶然、スケルトンが襲い掛かり”、

そこで上手く助けに入って、ヒーラーとして仲間に混ぜてもらうのです。

そう、きっとこんな感じで・・・。


「助かったよ、君はなんて素晴らしいヒーラーなんだ!是非、俺の仲間になってください。」


エヘヘ、いきなり仲間に誘われるなんて恥ずかしいっ!


「・・・はぁ。」


さて、仮面を外してヒーラーに着替えなきゃ。

(ホネッコ、頼むわね?)

小さく頷くスケルトンを横目に、私は着替える為にダンジョンの奥へ隠れた。



***



普通のネクロマンサーは召喚中に仮面を外したりしない。

では、何故彼らは仮面を外さないのか?


仮面とは、顔だけでなく本心を隠す物である。

死霊は異形の見た目通り、人とは思考回路が大きくかけ離れる。


仮面とは、歪な意思で無垢に自分を召喚した死霊術師に尽くそうとする彼らに、命令だけを明確に伝える為に必要な物であり、人間である術師の剥き出しの感情に従おうとする死霊は、あらゆる意味で大変危険な存在だからである。


ホネッコと呼ばれたスケルトンに普段は仮面に遮断された術師の感情が、魔力に乗って直に届く。

強い空腹、未来への絶望、僅かな期待・・・


そして、人間への深い憎悪。


ほとんど自意思の存在しないスケルトンであっても、彼は幼少より仕え続けた主の魔力に何よりも忠実でありたいと考える。


ホネッコは、先ほどの命令を忘れた訳では無い。


”少人数ノぱーてぃニ、襲イ掛カル”

”術師ハ、ひーらー、トシテ、ぱーてぃニ参加シタイ”


「おい、あんなところにスケルトンが居るぞ。」

「キャ、怖いわダーリン!」

「大丈夫さハニー、僕が守るよっ!」


”空腹、少人数…ヒーラー…憎悪、我が主は、立場を奪われている”

”命令を守らなくては、我が主が、奪われた物を取り戻さねば”

”奪われた、奪い返さなくてはならない、全ては我が主の為に”


術師の命令に従わなくてはならない、我が主の望みを叶えたい。

ノイズのように、ホネッコの思考回路に術師の感情が混ざる。



こうして、惨劇は始まった。



***



ハハッ、ナニコレ。



戻ってきたら。初心者用ダンジョンの広間は惨劇の場と化していた。

ホネッコを待機させていた広間で数名の冒険者がホネッコに立ち向かっている。

周囲に転がっているのは彼らのパーティメンバーだろうか?

部屋に満ちる強い血の匂い、生きている彼らも、既に無傷の者は誰も居ない。


「う…うわぁぁぁ!」


戦士らしき男が、叫びながら果敢にもホネッコに襲い掛かる、

ホネッコは錆びた剣を斜めに構えると、鍔迫り合いのように彼の斧を受け止めながら、くるりと体を横に回して戦士のバランスを崩させつつ、その膝裏を蹴って足を崩し、錆びた剣を背中に突き刺して、捩じる。

絶叫、しかし致命傷ではない、それでももう戦士は動けない。

半死半生の戦士は、斧と腰に装備した短剣を奪われて地面で呻いている。


「くっそ…こんなスケルトン、見た事がねぇ。」

「わ・・私は、逃


盾を構えた鉄騎士の背後から逃げようとした魔術師の少女が、ホネッコの投げつけた短剣に左目を貫かれ、そのまま絶命する。


「・・・隊列を崩すな、全滅するぞ。」


・・・ハハッ、ナニコレ。

渇いた笑いが漏れる、あぁそっか…こんな精神状態で仮面も付けてないから暴走しちゃったのね。

そういえばそんな事を教わった覚えも有ったわ、すいません母上様、今の今まで忘れてました。


ホネッコがカタカタと笑うと、斧を冒険者達に向けた。

なるほど~!

ヒーラーは死んでるしこのパーティなら仲間に入れるね!

頑張ったねホネッコ。

ハハッ、もうどう考えてもこの状況でパーティー再開とか不可能だよホネッコ。

制御しようにもこの状況で突然大人しくさせたら私の正体がバレそうだし、どうしよう。


「号令、俺が時間を稼ぐ…全員バラバラに逃げろ。」

「ごめんね、お先に失礼するわぁ。」

「私も逃げるよっ。」

「そこの人、走って。」



「・・・へ?」



リーダーらしき騎士が叫び、一斉に散り去る冒険者たちの中で、呆然としていた私の手を取って、一人の剣士がダンジョンの出口を目指して走り出した。


「え?…え?…あ。」


”主が腕を掴まれ、動揺している事”を敵に捕縛されたと判断したホネッコが、私を守るために目の前の障害を・・・たった1人で時間を稼ごうとしている鉄騎士を排除する為に襲い掛かる。


私の手を引いて走る少年、見覚えがある銀の髪が生えた後頭部。

コイツ以前に狩った背中がお留守のルーキーの子だ・・・私よりちょっと背が低かったのか。


私が初心者のヒーラーっぽい格好だから連れて逃げてくれたのね、ちょっと見直したわ。

次が有ったとしても【私は背中がお留守の雑魚です】って書いた紙を貼るのは勘弁してあげよう。


「ハァ…ハァ…ここまで、来れば…。」


「あの…手を離してもらえませんか。」


「あっ、ごめん。」


ダンジョンを出た後も手を繋いでいた事を自覚した少年が驚いて手を離し、照れくさそうに周囲を見渡す。



何だこの状況・・・。


アレか?


フラグ?


フラグ立ったの?


ネクロマンサーから始まる恋なの?



馬鹿な事を考えながら、カバンに手を突っ込んで仮面を通した魔力でホネッコに命令する。


(ホネッコ、お疲れ様~今日はもう還ってね。)

(カタカタッ!)


分解されて還元される魔力と共に、私の心にホネッコの概念が還ってくる…どうやら私達がダンジョンから脱出するまでの間に、道中に居る冒険者も含めてほぼ全滅させるほど大暴れしたそうです。


ハハッ…ダンジョンを当面封鎖してでも上位冒険者の調査が入るレベルの大惨事である。

やっちまったよ、大量殺戮で制裁とか来ないよね?


この少年が逃げ切れたのは運と言うより、私が一緒に居るからホネッコが無茶出来なかっただけなんだけど、本人は運が良かったとしか思ってないだろうな・・・。


そう思って少年を見ると、腕の辺りに血が滲んでいる、どこかで切ったか擦ったのかな。

大した怪我ではないものの、折角連れ出してくれたお礼と、結局ヒーラーっぽい事を一切できなかったのでここでちょっとやっておくか。


「腕、見せて。」


「えっ?」


「怪我してるでしょ、ちょっと見せて?」


うむ、思ったより深い…今は興奮していて傷みが麻痺しているんだろうけど。

復活できるからこそ、死なない程度に痛いってのが一番困るよね、治療費もかかるし。


カバンの中から水筒を取り出して傷口を軽く洗い、回復魔法を何度もかけていく。

生憎、深い傷を完全に治せるほど熟練している訳では無いのでこの辺りは勘弁して欲しい。


それにしても随分と大人しいな少年、私がもしも危険なネクロマンサーだったら騙し討ちとか傷口に毒を塗るとか、そういうので殺されて荷物を奪われちゃうぞ…なんてね。

私は可愛いヒーラーさんだからそういう心配は一切ないけど。


「はい、オシマイ。」


「あ、ありがとうございます。」


「さて、それじゃ帰るわね、助けてくれてありがとう。」


まぁ、襲わせたの私なんだけど、とは言うまい。

広間でホネッコが暴れている隙に落ちている銀貨をいくつか拝借しておいたので数日は生活費に困らないだろう、その後はどこかのダンジョンで改めてパーティー募集でもして・・・


「俺の名前、モーリーです。」


「うん?」


「あの・・・あ、貴方のお名前を教えてもらえませんか?」


え?


「ダメですか?」


黙っている私を見つめる青い瞳が不安げに揺らぐ、本人は意識していないんだろうけど、少し背の低い彼は私の顔を見上げるような形になって、とんでもない破壊力だよ少年…いや、モーリー君。


銀髪に青い瞳って、私の母上がいつも付けている指輪みたいな顔しやがって、銀国では比較的多い髪と瞳の色らしいけど、こんなに破壊力が有るならあの国の少年少女は自分の身を守るのが大変なんじゃないかとか・・・。

とにかくそんな目で見るんじゃない、ネクロマンサールートに叩き込むぞ貴様。

まぁ私はそんなにチョロくない、チョロくないから大丈夫、これは只の自己紹介だから。


「リンです。」


「リンさん。」


あぁ…笑うと破壊力が更にヤバいわ。

こいつ絶対将来というか今の時点でハーレム持てるだろ、誰だよ調子乗ってるルーキーとか言ってた奴は、コイツはとんでもない肉食獣だよ、怪物だよ。


「あの…町まで送ります。」


「…うん。」


こうして…哀れなヒーラーの企みは失敗に終わり。

恐るべき怪物に右腕を捕縛されたまま町まで連行されたのです、都会って恐ろしいですね。

(計画は失敗しましたが、お手て繋いで町まで送ってもらいました、やっぱり男の子って手が大きいですね。)

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