18:絶望アフタヌーンティ ~新鮮な絶望を添えて~
お茶会に武器を持ち込むのは大変失礼なマナー違反となります、毒殺謀殺暗殺は、お茶会が終わった後で行うことにしましょう。
参照:「正しいお茶会暗殺法」より抜粋
目の前に並ぶ抜けるように白い陶磁のティーセットに静かに紅茶が注がれていく。
銀のティースタンドにはケーキなどの華やかなティーフード、そしてキュウリのサンドイッチ。
温められたスコーンの芳しい香りが鼻をくすぐる。
ミルク、シュガー、クロステッドクリーム、何かの果実を使ったジャム、匂いで分かる毒は無し。
何故か私が主催した事になっているお茶会への参加者は二人。
相変らず柔和な笑みを浮かべる祭祀長・・・人狼王と、
人狼王から、フェニックスの姉として紹介された少女、シンデレラ。
人狼王はオスカー殺害の件として、シンデレラは何故ここに居るのか?
この少女がここに居る理由、恐らくあのダンジョンでフェニックスさんはオスカーさんに殺されたのではないだろうか、つまり姉である彼女から見れば人狩と冒険者が3人がかりでフェニックスさんを騙し討ちにしたと思われても仕方ない・・・なるほど、復讐か。
心は冷える、それでも目の前の少女をどうこうするつもりは湧かなかった。
フェニックスさんが支配に近い苛烈な魅了の力を持つならば、彼女は自分に向く敵意を萎えさせる認識汚染系の魅了能力を持っているみたいだけど・・・。
物事には大抵、理由が付属する。
人狼王はシンデレラの事をフェニックスの姉だと言った。
確かに、二人の外見はよく似ている。
そして、似た特殊能力を持っている。
しかし・・・この姉妹は魔力適正が明らかに違う。
同性側の親から多く遺伝する魔力適正に対して、魔力に依存しない特殊能力は、異性側の親から遺伝する場合が多い。
つまり、この姉妹は多分、母親が違う。
なんというか…意外な所からフェニックスさんが正義を追い求める理由とか、シンデレラが異性に貢がせるような生業をする理由とか。それが誰に対する不満なのかとか、私の知る気の無かった事実がドンドン分かっちゃってるんですけど。
リンさんは、別に貴方が妾腹の妹にどれだけ罪悪感を感じて生きてきて、それを隠してこれからも生きていこうが構わないのですよ?
というか敵に対する憎悪は正当な感情だから、君はもっとこう…遠慮しなくていいんですよ?
シンデレラ、明らかに怯えた目で私の事見てますけど、リンさん別に噛みついたり・・・する時も有りますけど、今回は私が悪いし大人しく制裁されますよ?
だからあの時、私に向けたみたいに、反吐が出そうな憎悪を向けてもいいのですよ!
ふーむ?
何かさっきから目が合うたびに怯えた感じで目を逸らしますねこの娘…。
これだとリンさんが怖がらせてるみたいで心外ですよ…どうするべきか。
・・・コレだっ!
ここは小粋なネクロマンサージョークをお見舞いするしかないですね!
私は意気揚々とスプーンを手に取ってこう言った。
「知ってますか?こういうスプーンで抉るとスッゴク奇麗に目が取れるんですよ!」
爆笑必須の小粋なネクロマンサージョークで、テーブルの向かいに座ってるシンデレラもちょっと笑顔になりました!
やったねリンさん、これで好感度アップですよ!
***
”インペリアルギルドの準幹部”であるシンデレラは怯えていた。
理由は件のネクロマンサー、名前はリンちゃん。
私の居るギルドの馬鹿な人たちが暴走して無茶苦茶やってた事とか、私も騙されてこの子と敵対しちゃった事とか、この子の仲間を殺っちゃった事とか・・・他にも色々と問題を起こしてて、正直もう救いようがない事態だと思うんだけど。
人狼王の仲裁で謝罪の為にここに来ました、でも彼女は私を制裁するつもりみたいです。
・・・それも目をスプーンで抉りたいらしいです。
宣言を聞いた瞬間に引きつった私の顔を見て、彼女は満足そうに微笑んでいます。
フェニックスちゃん、噂で聞く以上にネクロマンサーは恐ろしい存在でした。
ごめんね、お姉ちゃんは・・・もう五体満足で帰れないかもしれません。
黒曜石みたいに光を吸い込む真っ黒な目が私を見てる、目玉程度じゃ済まされない事を私達はやってしまった。
事の次第を聞いたギルド長は逃亡しようとして除名の後に制裁と追放、計画に関わった人間は全員粛清、復活後に除名と追放処分が決まっている。
つまり今、インペリアルの管理者は私と、何も知らなかった上級組織員が1人だけ。
例えお飾りでも、何も知らなかったとしても、ギルド管理側に居た以上責任を逃れる事など出来ない。
震える手で握ろうとしたティースプーンが手を零れ落ちそうに…
【カシャン…】
「申し訳ありません、手が滑りました。」
私の手からスプーンが零れ落ちる音とほぼ同時にナナさんが偶然を装ってフォークを落とし、謝罪する・・・音に紛れて私の手からスプーンが落ちた音は聞こえなかったらしい、助かった。
***
メイド…ナナは、スプーンが落ちるのを誤魔化せた事に密かに嘆息してから念話を人狼王へ向ける。
(アーリー様、何が問題が発生していますの?)
アーリー…人狼王と彼女は短い付き合いは長い、表向き表情が変わらないように見えても彼女には人狼王がかつてないほどに焦っている事が見て取れる。
(ナイトメアが、リンの居た宿屋の部屋で何かを回収して、こちらに向かってきている。)
(まぁ、それは大変。)
(ナナ、最悪の場合は仲裁を・・・)
(お断りします。)
ナナは、ハッキリと拒絶の意思を見せた。
彼女の本当に珍しい態度に、人狼王が絶句する合間もナナの念話は続く。
(貴方もシンデレラもギルドを背負っています。勢力の力を笠に着て、彼女を痛めつけた人達と同じになりたいのですか?)
(しかし、それでは町が・・・。)
(ダメな時は、滅べばいいのですよ、それに・・・)
(それに?)
(アーリー…貴方は見限ってしまったけど、狩人がみんな腐ってしまった訳では無いのですから。)
その言葉と同時に、牢獄の扉が勢いよく開かれ、武装した男が室内に入って来る。
***
部屋に侵入してきた男の顔を見たシンデレラが立ち上がる。
「な…ハナちゃん、下がりなさい。」
「その命令は聞けねぇし、俺を家名で呼ぶんじゃねぇ。」
ハナちゃん・・・花?・・・花守家? マズい。
「おっと…早とちりすんなよネクロマンサーの小娘、今日は仕事じゃねぇ。」
こちらの動揺を見抜いて息巻く男、聖騎士のブリガンダインと青い髪に黄色の瞳、母上が滅ぼした白国の近衛、花守家の聖騎士団。
「では、この場を荒らしたのは何故でしょうか?」
対する人狼王の声は硬い、この人がシンデレラの知り合いって事は現状は一触即発である。
この場に居る全員は”武装していない事になっている”
万が一、この聖騎士が切りかかって来たとして、それを止める手段が・・・。
思考が巡り切る前に、男は人狼王の言葉を受けて着ているブリガンダイン留め金を外し、内に隠した短剣を引き抜いた。
ガシャンとブリガンダインが不満げな声を上げて床に転がり、短剣がきらりと光る。
「謝罪するって時に、部外者が裏からワンワンニャーニャってのは気に食わねえよ。」
男は、短剣を振り上げる。
「謝るってのは…こういうもんだろ?」
男は短剣を自分自身の腹へと深く突き刺し、そのまま躊躇いなく腹を裂いた。
吹き出す血飛沫が床と男の着ていた白いインナーを赤く染める。
「ハナちゃ…オセレイト、何を。」
「黙ってろ。」
わーお、スプラッター…。
オセレイトと呼ばれた男が、そのまま自分の腹を十字に深く広く切り裂いて、その傷口を庇うことなく跪いた。
「ネクロマンサー様、此度は、我が身内が大変な失礼を致しました、されどここに居るシンデレラ含め、今残されたインペリアルの者にその責はございません、どうか今のインペリアルを率いている我が首に免じて、罪をお許しいただけませんでしょうか。」
ハラキリ、確か旧世界の慣習だっけ、初めて見た・・・それ以上に、ネクロマンサーの宿敵である彼が、私に跪いて許しを請う覚悟が計り知れない。
立場が逆だったとして私に出来るだろうか…聖騎士に許しを請う?
まさか…出来るはずがない、それを目の前でやってのけてみせる相手。
何が何だから分からなくても、私の答えはもう決まっていた。
「分かった、水に流す…今回の事、全部。」
「ありがとうございます…、それと、おれは、サンカの家に負けた訳じゃねーからなっ!」
負け惜しみのように告げたオセレイトが立ち上がると、いつの間にか背後に居た黒ずくめの男が素早く距離を詰め、彼の首を斬り飛ばす。
男はそのまま素早く首なし死体を引き倒し、流れる血飛沫が飛び散らないように抑えたまま蹲った。
《ギルド戦、速報をお伝えします。》
《当都市内にてギルド「インペリアル」の【指揮官:上級組織員】が【暗殺】されました。》
「失礼します、オセレイト様より謝罪を受け入れられた後は速やかに介錯するように申し付かっております、首級を改められますか?」
「謝罪は貰ったから大丈夫。」
わー…ニンジャも居たんだ、しかも熟練兵だ。
***
「わ・・・わ・・・こ、このコレは、ハナちゃんは私の副官でして、申し訳ありません。」
ここでやっと状況についていけていないシンデレラが慌てて話し始める。
私は椅子に掛けたまま、全員の顔を見渡した。
空いたドアから黒い馬…ってこの子ナイトメア!!!
誰も驚いてないから多分この子が私が呼んだ子っぽいけど私ナイトメアとか呼べるの!?
とにかく動揺を全力で隠しながら、如何にも”ふふん、実は待機させてたんスよ?余裕ッスよ?”みたいなドヤ顔をしつつも黒い馬の姿に化けたナイトメアを背後に呼び寄せて告げる。
「皆さん、そちらの狩人様の仰る通り、ここで全て手打ちにしませんか?」
コレダッ・・・!
ドサクサに紛れて全部手打ちにさせる事で制裁を避けて戦争も終了してリンさんも無事に拘留終了、みなさんありがとうさようなら明日からはいつも通りの私達だよね作戦っ!
「リンちゃんは、それでいいんですか?」
シンデレラが、そう聞いてくる。
駄目?ダメなの?どうしてもリンさん制裁したいの?そこで腹切ってる人の意思とか完全無視しちゃうの?内心では心臓バクバクしてるし、このままサラっと逃がしてくれるとありがたいんですけど。とにかく全力で言い訳を…覚悟を汚すとかダメっすよね!
「ルールも大事ですが、人の覚悟を汚すのは良くない事だと思います。」
「シンデレラ様、アーリー様、御受けしては如何でしょうか?」
メイドさんナイス!もっと言って!もっと!
メイド…ナナさんの完全なフォローによって頷いた二人を見て、私は改めて会釈して席を立つ。
ありがとうメイドさん!もう色々お世話になりましたが私は逃げます、さようなら。
「それでは手打ちなら停戦もお願いしますね、私はここで失礼します。」
そのままナイトメアに乗って優雅に、あくまで余裕綽々な雰囲気を全力で作りつつも、内心ではいつボロが出るかと心臓がバクバクするのを抑えつつも部屋を出た。
ちなみにメイドさん手作りのスコーンを何個かパクっておいたのは夕飯であって窃盗では無いので許して欲しい。
こうしてリンさんは暴虐と憎悪うずめくお茶会から脱出出来た上に今までのアレコレを全部まとめて手打ちで済ませるというファインプレーで締めくくったのでした。
ありがとう、オセレイトさん!
全然知らない人だけど、何謝ってたのかサッパリ分からないけどありがとう!
手打ちになったから、今度会ったら普通に狩人と人狩として戦うけど!
それでも三日くらいは超感謝します!