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梟悪譚  作者: シープネス
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拝啓


母上様、お元気でしょうか。

代々続く死霊術士(ネクロマンサー)の家系に生まれたというのに、回復役職になりたいなどと世迷い事を言って大喧嘩した挙句に家を飛び出してから、もうすぐ1年が経ちますね。

あの時の私は世界の見えていない小娘でした、改めて本当に申し訳ありませんでした。


色々ありました、本当に色々有りましたが、世間の風は想像以上に冷たかったです。

なんとか仲間に入れてもらっていたパーティーも先日、方向性の違いから解散しました。


良く考えなくても明らかにお荷物扱いでした。


魔法の勉強どころか毎日の食事も侭ならぬ中で何とか蓄えた僅かな貯金も先日尽き、宿は5日前に追い出されました。

昨日の食事は噴水の水でした、我ながら笑えますね、夜中に独りで泣きました。



・・・。



母上様、家を出ていく時、確かに私はこう言いました。


”絶対にネクロマンサーの力なんかに頼らない”


ごめんなさい、調子乗ってました、無理です、お腹空いたんです、もう死にそうなんです。


昔、母上はこう言いましたね。

パンが無いなら・・・他の奴が持ってるケーキを奪って食べればいいじゃないかと。



***



「さて、殺るか。」


決意表明と共に出す宛てのない手紙を書き終え、軽く伸びをして体を馴らす。


現在地は下級者向けダンジョンの地下三階、適度に調子に乗った初心者が少人数で現れやすい絶好のポジション・・・もちろん、初心者を狩る上で絶好という意味である。


実家から持ち出した物の中で、結局お金に替える覚悟が出来なかった黒装束を身に纏い、同じく黒いフクロウを模した仮面をしばし眺める。

フクロウの仮面はネクロマンサーの証、売らなかったというよりこれを売って身元がバレるのが怖かっただけというのが正しいだろうか?


それとも本能的にこういう結末になる事を自分でもわかっていたのかもしれない。


寒い、お腹空いた、宿無しは嫌だ、お金が無いのも嫌だ、今までも散々弱音は吐いてきた、それでも夢を諦める気には不思議とならなかった。


家を飛び出したときの覚悟を撤回して、幼い頃から培った才能と力に頼る覚悟を決めても、その為に他の冒険者を襲う覚悟を決めてでも、それでも夢を叶えたかった。


誰かを助ける生業で大成したい。


我ながら狂った願いだと思う、それでも願いを叶えたい。

例え、救うべき相手から奪ってでも・・・。

仮面を被ると、もう震えは止まっていた。


「大丈夫、ちょっと1回休みの間に荷物を拝借するだけだから。」


自分に言い聞かせるようにそう呟いた、大丈夫、完全に殺すわけじゃない。

精霊の祝福を受けるこの世界におkる死は仮初であり、天命をすべて失わなければ死者は教会にて復活する。

衛兵の居ないダンジョンは【天命を奪うこと以外のあらゆる罪が黙認される】無法地帯である。

ダンジョン外まで逃げれば内部での罪は問う事は出来ない、逆に言えばダンジョン内での行動は全て自己責任・・・つまり、私刑や報復も許されている。


こんな世界で他の冒険者を襲う輩が死ぬ前にどういう目に遭うかは火を見るより明らかだろう。

この世界は、どこまでも優しくて、恐ろしい。



「まぁいっか・・・全裸で教会送りとかは勘弁して欲しいけど。」


知る限りでは、捕まって火炙りにされて死亡、全裸で教会送りとか、とんでもない報復を行う人も居るらしいけど・・・まぁ、負けなきゃいいんだよ。



アレコレ悩んでいる間に獲物が、かなり若い少年の剣士が不用心に独りでやってきた。

やったぜ、これで私も晴れて人狩デビューである。

獲物の彼も貧乏そうな見た目だけど、せめて今夜の食費くらいは奪いたい。



ちなみに今回は、ちょっとした罠を用意してみた。

通路のど真ん中に堂々と置かれた木箱、もはや怪しさしか感じないそれが少年剣士の目に留まる。

そう、この怪しさ抜群の木箱に獲物が警戒している間に背後から襲撃を・・・


「おっ、木箱じゃん。開けてみるか。」


・・・。


仮面がシッカリと自分の顔を隠しているかを再確認、手を閉じたり開いたりして手甲の感触を確かめる、全身に巡る魔力を自己強化に振り切りながら背後に近寄っても彼は振り向きもしない。

少年剣士は箱の中のガラクタから使えそうな物を選別するのに夢中である。


他人事ながらこの子の将来が少し心配になった。

冷静に状況を判断して指示できる仲間と組む事をお勧めします。

まぁ、今回は遠慮なく狩るんだけどね。


木箱に夢中になっている少年の、防具に守られていない首の後ろに、渾身の拳を叩き込む。

黒檀製の手甲越しに、ゴリッとした嫌な感触が腕から肩を通じてこちらの頭の芯まで響いたが、声も無く木箱に突っ込んだ彼の後頭部に、念の為にもう一撃。


死んだ、いや…殺した。

仮初の死とはいえ与えたのは私である。


初めて、それも自分の手で人を狩った事に対する嫌悪感や違和感は、不思議と湧かない、それよりも…。


「お腹空いた。」





***





初心者らしき少年から流石に全財産を奪うのはさすがに心が引けたため、財布の中身を1割ほど拝借して屋台にて買い食いをしつつ思う。



たまに”人から奪った金で食う飯は旨いのか?”とか人狩りの事を悪く言う人も居るけど・・・

もちろん美味いよ?

初心者っぽい人から奪ったお金で食べてるゴハン、最高に美味いよ?



殺人鬼が人道を語るなとか怒られそうだけど、実は人狩にも協定みたいな物が一応ありまして、あんまりヤンチャすると同業者たちに捕まえられて、文字通り死ぬまでトンデモない目に遭わされるらしいから、私も気を付けないと。



まぁ、こんな感じで私の初めての狩りは終わりました。

人を救うヒーラーになりたい、その為にはお金が必要で、そのお金を得る為に人を狩る。

我ながら矛盾している自覚は有る、それでも私は夢をあきらめきれない



他の奴が持ってるケーキを奪って食べればいいと、告げた母上の笑顔はどこか悲しそうでした。

きっと母上も私と同じ、矛盾した夢を持ち続けているのでしょう。

血は争えない物です、私もきっといつかこの矛盾に圧し潰される日が来るかもしれません。


そうして、今宵も夜が更けていく・・・。



「あー・・・家賃、払わないと。」

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