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四季花  作者: 大石次郎
3/8

秋 ~前~

 皆が釣りをしている川の脇にあった車道へと続く小路を上ってゆく、肌寒い。結婚相談所のスタッフが山は街より寒いと言っていたけど、ほんとに寒い。まだ10月の頭なのに初冬並みだ。

「寒っ」

 思わず口に出して肩を竦める。7月から土日を中心に色んなイベントに参加しているけど成果ゼロ。結婚相手云々以前に『彼氏』を作るのってこんなに難しかったっけ?

 女子は入会費タダで、あたしの行くイベントの参加費は1000円からせいぜい2000円だから(参加費タダのイベントはショボい上に冷やかしだらけで大体荒れるし、高いイベントは金銭的にも社交コード的にもハードル高い)出費はそうでもないし、正直、遊馬を親に任せて息が詰まることの多い実家から離れられる口実にもなっていた。

 が、モテない。清々しいほどやんわり避けられる。アラサーだけどまだ一応二十代なんだけどなぁ。茶髪か? バツイチ子持ちだからか? ダルそうなテンションか? 正直に家事は苦手とプロフィールに書いちゃったからか? 煙草吸うからか? 左足の甲に根性焼きの痕があるからか? 右の腿にトマトの刺青があるからか?

 たぶん、全部だね。

「まあね」

 あたしは軽く笑ってしまう。今回の『釣り婚活会』は特に失敗。まず、山も寒いが川辺はもっと寒い。あたしは低血圧で冷え性だ。加えて餌の細長い虫のリアリティーも激し過ぎる。餌の細長い虫が臭過ぎる。餌の細長い虫をよく見ると餌の細長い虫の腹にもっと小さい別の虫が喰い付いている。・・・・無理っ!

 うんざりと小路を上りきった。車道の消えかかった路側帯の内側で茫然とする。で? どうする? これまでにもあった外れイベントも街中なら途中でバックレられたけど、こんな山の中じゃね。

「おっ」

 車道の向かって左手の方の山側の木陰に人がいた。確か岡村さんだ。イベントで何度か見掛けたことはあって、参加者の少ないイベントで全員への自己紹介する時に話を聞いたことがある。ファミレスの厨房で働いている人で、あたしより四つくらい上。趣味はスーパー銭湯通い。おお? 意外と頭にデータが入ってる。でも同じ組になったりしたことは無い。岡村さんは何かをスマホで撮影しているようだった。

「岡村さんっ!」

 少し離れているからと張った自分の声に自分で驚いてしまったが、岡村さんもギョッとしていた。山が街より静かなのを忘れてたよ。

 岡村さんはすぐに柔らかい表情をして、片手を上げて合図して、それから手招きしてきた。

 あたしは一応車道の後ろを確認してから路側帯沿いに岡村さんの方に近付いて行った。と、岡村さんの前の山の斜面の開けた部分に青紫色の花が群生しているのが見えた。一瞬紫陽花かと思ってしまったが、季節が全然違うし、よく見ると形も違った。

「桔梗です。野生のモノは珍しいと思いますよ?」

「へぇ、そうですか」

 あたしは応えながらまた車が来ていないか軽く確認して、川沿いの路側帯から岡村さんのいる山沿いの路側帯に渡った。

「岡村さん、花、詳しいんですか?」

「村岡です」

「は?」

「『村岡』誠一です」

 固まってしまうあたし。笑う『村岡』さん。

「ああ、すいません。思いっきり岡村さんって呼んじゃいましたね。今日のイベント、名札無いからっ」

「ですね」

「そうそうっ。あの、あたしは高倉藍子です」

「はい」

 並んで群生する桔梗の花を見る形になった。土から生えてる花は間近で見ると迫力がある。匂いも強いし、生きているから湿気も感じた。

「寒さに強い品種ですかね? 詳しいワケではないんですよ」

「そうなんですか?」

「以前勤めていたレストランのオーナーが生花を飾ることに拘りのある人で、名前と形は結構覚えているんですが、それ以上はあまり」

「ふうん?」

 それくらいなのに釣り婚活を放って、わざわざ川原から車道に上がって見にきたのだろうか? あたしの疑問は顔に出たらしい。村岡さんは今度は苦笑した。

「川が苦手なんです。子供の頃、溺れたことがあって。釣りならいけると思って20年ぶりくらいに川辺に来たんですけど、間近でずっと見てると足がすくみますね」

「20年ぶりですか」

 そうか、30代の人になってくるとそういうフレーズが当てはまる出来事を持ってるもんなんだね。

「ええ、ダメでした。高倉さんは何で上がってきたんですか?」

「あたし冷え性なんです。釣りの餌も気持ち悪くて、ほんと無理っ」

「釣り餌はまぁ確かに。高倉さん薄着ですしね」

 あたしの格好を見てまた苦笑する村岡さん。靴はさすがにしっかりした物を履いてきたし、動き易い格好だと思うけど、少し厚手のパーカを着てる以外は普段パートに出掛ける時と大差無いような格好だった。今更ちょっと恥ずかしい。

「お互い今日は外れでしたね」

「そうです、ね」

 あたし達はそのまま何となく群生する少し怖いくらい咲き乱れている桔梗を見詰めていた。横目で村岡さんがどういう顔だったか、改めて確認したかったけど、眼球が緊張して上手くコントロールできない。

 離婚してからはちょっとそれどころじゃなかったし、誰とも付き合っていなかったので『対身内以外の男子スキル』が自分でもビビる程、低下している。こういう場合はどういう風に対応するのが正解だっけ? やっぱ無難に仕事の話に持っていくか。

 等と考えていると、

「高倉さんっ! 村岡さんっ! よろしいですかっ!」

 あたしが上ってきた小路の方から声がして、驚いて振り向くと結婚相談所のスタッフの確かナガタさんという40代くらいの痩せた男性が小路の下り口の辺りに来ていた。

「はいっ、どうしましたっ?」

 村岡さんが応えた。中々いい喉仏をしている。

「そろそろバーベキューなんでっ、移動して下さいっ」

「バスっ、あっちでしたよねっ」

 あたしはナガタさんのいる小路の下り口のさらに先を指差した。行きと同じなら指差した辺りにまたバスが来てるはず。川原での昼食のバーベキューは許可が下りなくて、近くのキャンプ場でやる予定だった。

「そうなんですがっ、すいませんっ。一旦川原に降りて移動してもらえませんかっ? この車道、危ないんでっ。よろしくお願いしますっ」

 ナガタさんは言うだけ言ってペコリと頭を下げると、さっさと小路を下って行ってしまった。

 あたしと村岡さんは顔を見合わせた。確かにここの車道は少し見通しが悪く、ややカーブにもなっているけど、ちょっと大袈裟な気もした。遠回りだし、下ったり上ったりしなくちゃいけない。タルいなぁ。

「川原に下りましょう。すぐですよ?」

 あたしが構わずそのまま車道を行こうと言い出す前に村岡さんが言ってきて、川沿いの路側帯に渡って行ってしまった。

「ま、いっか」

 村岡さんに続き、川沿いの路側帯に渡って桔梗の振り返ると改めて綺麗で、あたしも撮影しようかと思ったけど、スマホは鞄の中。取り出すのはめんどくさかった。

「村岡さん、後でさっき撮った桔梗の写真、スマホに送ってくれますか?」

「いいですよ」

 村岡さんは路側帯を歩きながら何気なく応えて、その後実際、私達は連絡先を交換することになった。

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