表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季花  作者: 大石次郎
2/8

夏 ~後~

 動物園には『獣』達が集っていた! つぶらな瞳で意外と狂暴なコアラっ! つぶらな瞳で意外と狂暴なアザラシっ! つぶらな瞳で意外と狂暴な孔雀っ! つぶらな瞳で意外と狂暴なウォンバットっ! つぶらな瞳で意外と狂暴なニホンカモシカっ! つぶらな瞳で意外と狂暴なメキシコウサギっ! どいつもこいつも狂暴だぜっ!!

「遊馬っ! シマウマだぞっ?!」

「う~ん?」

 俺はケージの向こうのシマウマ達を見上げようとした小さな遊馬を肩車してやった。

「ほらっ!」

「わぁっ」

 はしゃぐ遊馬。ちょっと重くなってきたな。 

「お前、名前に『馬』って入ってるから前世で仲間だったんじゃないかっ?」

「お父さん、『ゼンセ』って何?」

「そんなこともあったってことさぁっ!」

 俺が肩を揺すって、「ほっほっ」と言うと遊馬は喜んだ。何遊びかはよくわからないけど遊馬は肩車しても大丈夫な歳になってからこの遊びがお気に入りだった。遊馬のウェイトが増した分、首と背と腰に地味にくる感じではあったがそれが嬉しい。

 当のシマウマ達はケージの向こうで騒ぐ俺達には無反応で、干し草に人工の緑色の粒の餌を混ぜたものをもしゃもしゃ食べたり、長方形の桶の水を飲んだり、歩き回りながら時折尻からプリプリと例の『ブツ』を噴射したり、強い日差しの中で立ち尽くし目の前に配置された『岩』を見詰め続けたりと、ただ生きてるだけだった。

「あ、ソフトクリームっ!」

 肩の上で遊馬は急に体を捻って後方を指差した。

「ん?」

 ソフトクリームの売店はここから少し離れているはずだが? と俺も振り返ってみると、ソフトクリームを持った高校生くらいのカップルが困惑していた。

「あ、ごめんね。遊馬、買いに行こう」

「やったぁ!」

 俺はカップル二人に軽く謝って、肩車したままシマウマのケージを離れることにした。頭の上で遊馬が「バイバーイ」とシマウマ達に手を振っていた。

 歩いていると、家族連れだらけの日曜の園内の人の流れは人気のある動物のケージと、動物園と隣接しているミニ遊園地に向かうものが主流派のようで、入り口からの順路的にも流れから外れるような動きになってしまい、大した距離じゃないが人にぶつかりそうなってきてしまった。俺は遊馬を肩から降ろした。

「もう降りるの?」

 不満げな遊馬。

「手を繋ごうぜ?」

 俺は遊馬の手を取った。小さくて柔らかくて温かくて湿っぽい。ソフトクリームは今の季節なら塩練りのやつが売っているはずだ。買おう。藍子が、麦茶を入れた水筒を持たせてくれていたから合わせて飲ませよう。夏場はミネラル重要。

 遊馬の歩調に合わせて、俺はこんなにゆっくり歩ける人間だったのか? 改めて思いつつ、ソフトクリームの売店までに来た。

「いらっしゃいませ」

「遊馬、塩が入ってるやつでいいか?」

「塩ぉ? どれ?」

「塩入りでしたらブルガリア塩トロピカルと、能登塩フルーティがありますよ? お子様用のハーフサイズもございます」

 全体的に細長く、狐のような印象な若い女の店員が勧めてきた。以前は確か土産物売り場で働いていたはず。どういう経緯の配置転換か? 理由はわからない。

「遊馬、トロピカルはミント入ってるみたいだぞ?」

「スー、スーするやつ? 嫌ぁいっ」

 遊馬は実際口に入れられたように顔をしかめた。俺はちょっと笑ってしまう。

「なら、フルーツのやつにしよう」

 あまりうだうだしていると、遊馬は食べきれないのにあれもこれも言い出すし、塩が入ってるのはこの二種だけだ。ハーフサイズのフルーティを遊馬に頼み、俺は昨日少しだけ広瀬と飲みに行って塩辛い物を食べ過ぎたので無難にペパーミントを頼んだ。

「ありがとうございまーす」

 支払いを済ませると、店員は流れるような手捌きで俺達のソフトクリームを作り、プラスチックのスプーンを付けて、差し出してきた。

「お待たせしましたぁ」

「ありがとう」

「やったっ! お父さん、そっちだよ? スー、スーしない方っ」

「わかってるって。お姉さんにお礼もいいな」

「お姉さんありがとうっ!」

「いいえ、ごゆっくり~」

 店員は目を細めると益々狐風だった。後ろに他の客も並び出していたので、それとなく肘の辺りを軽く引いて遊馬を売店の前から誘導する。

「あっ! これっ、しょっぱいっ、甘いっ、ミカンだっ!」

 何とか塩フルーティに感動している遊馬。

「ミカンじゃないよ、ザボンだよ」

 ザボン、カムカム、マンゴーのベースだった。遊馬はザボンの所をスプーンで掬ったらしい。

「ざぼんって何?」

「ん~、まっ、ミカンだな」

「ミカンじゃあんっ!」

「よしっ、ミカンだ。蜜柑味、食え!」

 遊馬はウケて、ソフトクリームを食べながら笑って俺の腕を小さな手でパシパシと叩いてきた。

 俺が頼んだペパーミントも安定して美味かった。藍子と付き合う前に他の女子達と来た時も、藍子と来た時も、浮気で付き合った女達と来た時も、今付き合っている里香と来た時も、いつも安定してペパーミントソフトクリームは美味い。こいつは俺何かよりよっぽど誠意のあるヤツだな。『師匠』と呼びたいくらいだ。

 俺達はソフトクリームを食べながら、やたら動物の絵の描かれたパラソル付きの休憩スペースへ歩いてきた。休憩スペースには元気な家族連れやカップルもいたが、どちらかというと暑さや意外な動物園の広さにダウンした人々が多く、テーブルにへたり込むような人が多数連なる様は野戦病院風でもあった。夏の昼間に行楽地に出掛けるってことはそれなりの覚悟が必要だからな。

 ふと顔を向けると、休憩スペースの向こうに花壇が見えた。休憩スペースが少し離されているのは虫が寄るからだろう。向日葵が一面植えられていて、遠目にも日差しに映えた黄色が目に眩しいくらいだ。

 俺はもうコーンまで食べきってしまっていたが、遊馬はまだハーフサイズのソフトクリームに夢中だった。間が空いた形になった俺は何気なくスマホを取り出した。あまり使わないSNSに広瀬からメッセージが連投されていた。今日休みだと思ってない常連客から会社ではなく俺のスマホに留守電が一本入ってもいた後で確認しないとな。藍子からは動物園に着いた時に着いたとメールした俺に「わかった。よろしく」と簡潔な返信が入ったきり。それから、普段は遊馬と出掛ける時は連絡しないようにしてくれてる里香からも一件メールが着ていた。里香、か。

 まず、広瀬の連投を確認してみる。昨日飲む時にも話していた。地域農業の何だかんだというNPO活動の画像だった。毎回ではないが今回は軽度の自閉症の人達と行っているらしい。参加者の直接的な写真は無く、自分達運営スタッフと協力してくれる農家の人達の写真が中心だった。

 写真の中で泥塗れで朗らかに笑ってる俺の旧友広瀬涼大28歳。先輩の紹介で今の中古車販売の仕事を始める前は裏DVDを売り捌いたり、農家から桃等を盗んで都会の路上で『産地直送』等と言ってやはり売り捌いたりと、ロクでもないことばかりしていたが変われば変わるもんだ。ヤバいことしていたよくわからねぇ『会社』を抜けるのにボコボコにされて、よくわからねぇ『違約金』を200万円も払わされていたがな。

 具体的に何があって変わったのかは絶対に言わないが『潮時』って思ったんだろう。俺も離婚してワンルームのキッチンも無い会社の寮で暫く暮らすことになった時、一人ぽっちの部屋で夜学時代から続いていた他のヤツらは果たさなくちゃならないが、俺だけは特別に知らん顔して済まされていた何かをどうしようもなく、目の前に突き付けられた気がした。逃げてる自覚も無かったが、もう、逃げられねぇ。

「凄ぇ、笑ってるな」

「何ぃ?」

 たくさんの広瀬の写真を見ながら思わず呟くと、ソフトクリームで口の回りをベタベタにした遊馬が振り返ってきた。

「あらら。遊馬、待ってな」

 藍子が7~8本持たせてくれていたお絞り(濡れてるから地味に重い)の中の1本をいつでも使っているトレッキング用のリュックから取り出す。今はだいぶ大きくなったからそうでもないと思うのだけど今より小さい頃、遊馬は肌が弱かったから藍子は市販の薬品を使ったウェットティッシュを信用していなかった。

「ほら、自分で拭きな」

「ん~っ」

 拭いてもらえると思って口元をぐいっと差し出してきた遊馬にお絞りを渡すと、不満そうに自分で拭き始めた。これで、よしっ。

 俺はさすがに少し気まずいので、椅子に斜めに座って肘等でスマホを隠すようにして里香からのメールを見た。何かトラブルの可能性もあるし、かといって遊馬をここに置いて離れた場所で見るワケにもいかない。

 とにかくメールを開いた。


『ごめんね。今回の素焼きの仕上がりが良かったから』


 と頭にタオルを巻き、素焼きの器を持った小豆色の作務衣姿の里香の写真と共に送られてきていた。真面目な顔で、真っ直ぐカメラのレンズを見ていた。

 一つ年上の里香は毎週いくつかの窯に通っていた。元は取れないが出来の良い物を知り合いのやっているカフェの雑貨コーナーで売ったりもしていた。昔は絵を描いていたそうだが、それは20代中盤で辞めていた。

 絵は一枚も残っていないのでどんな絵を描いていたのかはわからないが、今の里香が焼く器は好きだった。芸術はわからないが何というか、里香の焼く器はシュッとしていて結構イケてると思う。

 俺は『いい出来だっ!』と返信しておいた。何で送ってきたとか、あまり直接的には会っても話さない気はした。

「お父さん」

「おぅっ?!」

 不意に遊馬に話し掛けられ、俺は危うくスマホを取り落としそうになった。遊馬はとっくに口元を拭き終わっていた。

「麦茶飲みたい」

「おっ、よしっ! 麦茶なっ」

 俺は慌てて水筒を取り出し、蓋のカップに注いで渡してやった。

「ほら、ゆっくり飲めよ」

「うん、ありがと」

 遊馬は真剣な顔で麦茶を飲みだした。釣られて俺も水筒の内カップに一杯注いで一息飲んだ。

「んっ」

 相変わらず濃く煮出すな藍子。一年振りくらいに飲んだ藍子の麦茶にこんなに特徴的だったか? と戸惑っていると、遊馬がこちらを見ているのに気付いた。

「どした? トイレか?」

「お父さん、コンカツって何?」

「コンカツ?」

「お婆ちゃん達がお母さんに言ってるんだよ? 『コンカツしなさい』って」

「婚活、だな」

 まぁ藍子もまだ二十代後半だし、再婚を勧められても不思議じゃないな。

「お母さん、今日もコンカツ行ってくるって」

「今日っ?!」

 麦茶を軽く吹いてしまった。ド、ドライだな! 藍子っ!

「この間も行ってた。お休みの日にいっつもだよ? 僕、つまんないよっ」

 蓋カップの麦茶を手に、遊馬は頬を膨らませた。

「コンカツって何なの? お父さん」

「それはアレだ、藍子の」

「お母さんの?」

 俺は脂汗が出てきた。俺も里香と付き合っているし、藍子にも彼氏くらいいるだろうとは思っていたが、グイグイ毎週? 婚活しているとはっ!

「・・・あっ」

「あ?」

「新しい『お仕事』じゃないかなぁっ」

「何だぁっ、お仕事かぁ」

 一気に興味を失った様子の遊馬。

「そうそう、仕事仕事っ。はははっ」

 笑うしかない。説明し辛いわっ、藍子っ!

「お母さん、仕事ばっかり、大変だねぇ」

「そうだなぁ。藍子、大変だなぁ」

「お父さん、手伝ってあげて」

「ん~っ? それは難しいなぁっ」

「ええっ? お父さんのケチっ!」

「いや~っ、参った参った。はははっ」

 ほんとに参った。それは、手伝えないんだよ、遊馬。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ