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境目のエデン

作者: 楸 椿榎

ノックの音がした。

頭に直接、何の前触れもなく訪れた。

平衡感覚がなくなり、男はその場に崩れた。

ここはとあるVRゲーム『エデン』の中の、一つの農園である。太陽はさんさんと輝いて、動物に暖かみを、植物に恵みの光を与えている。

今地面に倒れている男、楠木樹久(くすのき みきひさ)は、五年前からこの世界に幽閉されている。

原因はこのゲームを運営している人工知能『エデン』の暴走である。

規定では、五年前にこのゲームはサービスを終了するはずだった。しかし、サービス終了の約一時間前、『エデン』はその時ログインしていたユーザーの意識のほとんどを、そのゲームの中に閉じ込めたのである。

最初の間は、彼も戸惑い、現実に帰ろうとしていた。しかし時間が経つにつれ、彼はこの世界に満足し出していった。

先程も言ったように、太陽はあり、人々も生き生きと生活していて、適度にストレスのかかる農作業や狩り仕事もある。これらは、『エデン』による微調整の賜物である。ユーザーの言動、動作を調査し、それをNPC(ノンプレイヤーキャラ)に導入する。組み込まれた動物データを元に朝夕の動き方や人への対応も自然に近いものを実現した。

これらのせいか、現実世界での生活よりも、こちらでの生活に充実感を見いだしてしまったのである。

それに加えて、こちらで所帯を持ったのもこちらに居る理由を作ってしまった。

それらが組み合わされて、いままでここを『現実』と受け止めて生きてきたのである。

それが今日、ノックの音を起点として、変わってしまった。

崩れた姿勢を戻そうとして体に力をいれると、妙に重たかった。目を開けて自分の今の姿を確認しようとすると、まぶたすらも重たかった。ただ、薄く開けた目に見えたのは、あの農場ではなかった。白く、無機質な天井。少し目を下に向けると、体にはいくつかの管が入れられ、検査器具が取り付けられていた。胸は痩せこけて、腕も骨ばって、見るに絶えない姿になっていた。

間もなく、先生のような人が部屋に入ってきた。何だかんだと聞かれたが、口もろくに動かせないので、ある程度曖昧な答えしかできなかった。

それよりも、なんで今更、彼は現実に引き戻されたのか。先生の話では、今まで外部干渉を弾いてきた『エデン』に、内部干渉、つまり『エデン』自体へのテコ入れをしたのである。

五年前には安全性に問題があるとされ、実現されなかった技術が、五年間の研鑽を経て実を結んだのである。

喜ばしそうに語る先生の横で、彼はひたすらにうちひしがれていた。五年間、死にながら生きていたようなこの体に、なぜ今更意識を戻させたのか。こんなやつを雇いたいと思う人など、この世界にいない。これから厳しいリハビリが何年も必要なんだろう。そんなことを考えると、彼にとっては一生あの『エデン』にいた方が、幾分か、いや、大分マシだっただろう。

先生は部屋を出ていく前に、優しく、静かにこう言った。

「楠木さん、焦らなくていいから。ゆっくりがんばっていきましょうね」

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