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  4月21日(木) 宿泊研修(1年)4日目





 

 泥水のように濁った「異形」は巨大なその身を震わせ、内側から無数の針を飛ばした。ゲル状の、俗にいうスライムのような柔らかい体でありながら、射出された針は堅く、地響きをたてて砂漠をえぐり砂を舞い上げる。


 砂塵の幕。


 視界は悪い。

 「異形」は針を飛ばすのを止め、その場に淀む。

 汚泥の巨体から、大小さまざまな触手が伸びた。

 あたりを、伺うように。


 ドンッ


 地を揺らす振動とともに、砂のカーテンが破られる。

 黒い影は勢いそのままに「異形」の真上まで軌道を描き、そしてその天頂から黒い槍を落とす。

 上空からの攻撃に「異形」は身をよじり逃れようとするが、その大きさゆえに槍をかわすことができない。

 槍は「異形」の真ん中に刺さって周囲を大きく削り――そこへ黒コートをはためかせて慶司郎が轟音とともに着地した。




 その後は独壇場であった。

 慶司郎の、慶司郎のための、慶司郎による一方的な殺戮であった。

 慶司郎が黒い槍を振るたびに「異形」の体は崩れ、はらはらとただの「力」に戻っていく。巨体はいつしか慶司郎を恐れ、もはや攻撃もせず逃げるばかりだ。


 仙子は涙した。


 合宿研修も4日目。

 今日のためにチョイスした「異形」は日本でもコアな人気のある、愛称「泥スラ君(触手型)」である。体色がちょっとあれだが、「感触が良い」「挙動が意外と生き物っぽい」「触手!」と好評の「異形」である。

 資料から慶司郎の装備は判明していた。おもいっきり軽装備かつ近接仕様の武器だったので、遠距離攻撃が主体の「泥スラ君」にしたのだ。


 ――だというのに、だというのに!

 この15歳は「当たらなければどうということはない」を地でいく俊敏な戦闘スタイルで、これまで大きな被弾無く中級レベルの「異形」を削っている!


「おーーーー、わー……」

「キンリュー鬼だな」

 休憩時間になったのか、サポート役の3年生がモニタールームにやって来た。慶司郎が大写しされているモニター前でたむろする。サブモニターには慶司郎のステータスが表示された。

「うっわー防具軽っ」

「軽すぎて装甲紙じゃん紙」

 おとなしそうな3年生女子が、慶司郎のメインウェポン名に気がついた。

「…………アイテム名『鉄パイプ(削り出し)』?」

 隣にいた女子が反応した。

「は? え、うっそなにこの鉄パイプすんごく重いんだけど」

「追加バフなんもねーぞ。単なるアイテムだ」

 眼鏡男子が眼鏡のつるをくいっと上げる。

「……つまりあれは、鉄の塊をただ出現させているだけなのか?」

 3年生のどよめきの中、「最大の疑問は」と仙子は重々しく口を開いた。

 今日まで慶司郎のさまざまな規格外っぷりを目の当たりにし、多少のことでは動じなくなった仙子だが、さすがにこれは気になる!、という点があった。

 3年生たちが、ゴクリ……と息をのんで仙子を見つめる。

「最大の疑問は、名称が『鉄()()()』(※)なのに、なぜ中が空洞ではないのか、ということだね」

 ちげーよバカ、とツッコミが飛ぶ。






 ~座学・4日目~ 「異形」編

「異形」は「力」でできている。イメージによって変質する「力」は、その場でより強いイメージ、より多くの共通したイメージに変質する。


 最初の一体が、なぜ、その姿を(かたど)ったのか。


 それは今でも明らかにされていない。


 黒い翼、ねじれた角、多くの生き物が混じった奇怪な顔。


 細部に差異はあれど、欧米圏で、時にアジア圏でも広く「悪魔」と認識される姿で最初の「異形」は顕現した。そしてそれはネットの網にのってひとときの間に世界中で目にされ――すでに満ちていた「力」は、各地でさまざまな「異形」へと変質した。人々の、恐怖に汚染された想像力によって。


 とはいえ、回路の優位性(回路での攻撃が「異形」にむっちゃ効く)がわかった今では、人類滅亡のシンボルであった「異形」も「一狩り行こうゼ!」と狩られてしまう存在だ。モノホンもダミーも「力」の固まりでできているので、「異形」を削る→「力」に戻る→「力」の濃度が高くなる→「回路」に使える「力」が増える→俺TUEEE!、という正の循環がぐるんぐるん回る。回りすぎて、慶司郎のような――「くらう前に潰しゃいーだろ」――とんがったプレイヤーが成立しちゃったりする。

 AR回路を流れたは「力」は、だいたい次の3分野に分配される。


 ①装備の実体化

 ②モーションアシスト

 ③特殊効果


 ①は使用する防具や武器の実体化に用いる。常に「力」を消費。


 ②は移動や攻撃に、あらかじめ登録した一連の動作をオートで行う時に使用。一般的なゲームでいう技・スキルに近い。


 ③はいわゆる魔法。バフやデバフと称されるプレイヤーの強化・防御や弱体化、周囲の物質を変化させる「結果」(例:水を凍らせる・土の槍を作る・空気を動かす)をもたらす際に消費。


 一定時間に使用できる「力」の量は、回路の性能による。良い回路を求めるのは当然として、それらをどう配分するかがプレイヤーの腕の見せ所だ。


 ①~③で特に「力」を大食いするのが、③に分類される防御システムである。

 フィールド内でプレイヤーが受ける衝撃は、身につけている端末を通し、別室に設置された身代わり用の回路に流される仕組み。防げる上限を越えなければ、衝撃による体勢の崩れや怪我をなかったことにできる。


 「異形」との戦闘が安全になったのも、この仕組みが確立したためだ。


 受ける衝撃が大きいほど、回路がプレイヤーを守るために消費する「力」は多い。

 AR回路はこの防御システムに最優先に「力」を流すように設定されている。慶司郎のように、防御システムの消費を抑えて攻撃に回すため、高速機動が主体の「当たらな(略)」戦法を取ることは一理ある、と言える。

 ただし、当たらなければ、の話。




 夕食後のまったり時間。

 寮の共有スペースで、仙子は機嫌も上々にPCのキーボードを叩いていた。上機嫌過ぎてキータッチの音がガンガン響く。尊敬する教官からレポート作成を頼まれたのだ。気合が入りすぎてはみ出している。


「瀬里澤、うるさい。パソコンが壊れる」

 読書中の眼鏡男子から苦情が入った。

 寮の共有PCは今年7年目の古参兵。作業中にフリーズすることも多くなったが、こまめに保存すればまあ我慢できる。これが壊れるとまた回路非搭載の古いPCを探さなければならないので、3年生にはわりと面倒な話。


「すまない! うっかりしていた……」

 指の力を抜いたものの、仙子の頬はにやけたまま。

「……瀬里澤、顔。そんなに嬉しいのか?」

「もちろん! さすがは教官だね! あの慶司郎が負けるとは! あんな小さな『異形』でも、数は力なんだな!」


 仙子の次に教官が慶司郎に戦わせたのは、小さな(ねずみ)の「異形」たちだった。集まって大きな固まりになるとそこから砲撃のように多くの鼠玉を撃ちだし、広範囲に衝撃と鼠をばらまく。鼠はまた集まって大きくなり……といった攻撃が基本パターン。ばらまかれた際に近くのプレイヤーに群がってかじるため、多くの者が嫌悪感を抱く。回路で噛まれたダメージは逃がせても、自分が「食われる」感覚は耐えがたいのだ。


「結局、琴留は装備が薄すぎて負けたのか?」

「うーん……まあ、それもあるけれど、慶司郎があの手の攻撃に対して対応策を持っていなかった、というのが敗因だね。教官だったら同じ装備でも勝たれるだろう」

「教官だったら大概の異形には勝つと思うが。……しかし、意外だな。装備も戦闘も熱心にやりこんでいるようなのに、今日みたいな複数タイプには弱いままなのか」

「対戦履歴を見たらだいたいは勝っていたよ。あの素早さを活かして全部たたきつぶしていたんだろうね。今日の勝利要因は、ネズミ玉の衝撃のおかげだ!」


 慶司郎の戦闘スタイルは軽装備・高速機動・低燃費高火力だ。

 これを実現するため、慶司郎は装備などで常時消費する以外の「力」を③の魔法(主に身体強化)に全振りしていたのである。強化された体は大地を砕いて空に舞い、投げる鉄パイプは衝撃波を産み、その体への負担はまた、補強された肉体が担った。

 さて、ここで気をつけなければならないのが、AR回路は衝撃を身代わりしてくれる「防御システムに()()()に『力』を流すように設定されている」点である。

 今回、鼠玉は慶司郎の周辺のみならず、広い範囲に、数多く、止み間なくまかれた。1つ1つは強くなくとも、それが10も20も50も重なれば、その衝撃は回路の防御システムをフル回転させることになった。


 慶司郎が身体強化に回す分の、「力」を奪って。


「なるほど。衝撃を飽和させて動けないようにしたのか」

「まさに、数は力さ」


 結果、高速機動に回す「力」を失った慶司郎は足止めされ、鼠に群がられる。そこで防御システムがさらに「力」を食ってついにその上限を越え、規定によりフィールド内全てのAR回路が強制停止。

 つまり訓練終了となったのだった。


「『泥スラ君』も方向性は悪くなかったんだがね!」

 針の狙いが良すぎて逆に避けやすかった、というのが敗因である。


「しかし、あれだけいると…………気持ち悪いな」

「……そうだね。本当に、そうだったね……」


 ――仙子を含め、3年生はどん引きした。

 うじゃうじゃとうごめく鼠、その鼠に埋まり全身をかじられながらなお戦おうとする慶司郎、それを見て「良い気概だ」と笑む教官。

 どちらかと言えば技術系寄りの魔研コース3年生には、ちょっとついていけない映像だった。

 しかし3年生をさらにどん引きさせたのは、途中から見学した1年生たちである。この光景を見て、彼らの多くが「やる気が出た」と興奮したのだ。

 数名は青い顔をしていたが、「あたしならあれに勝てる」「琴留でも負けるのか! 俺も努力しなくっちゃな」「やっぱリアル系はイイっ迫力があるっ潰したいっ」といった熱意に満ちた感想が出た。

 教官の笑みが、深まっていた。

 魔語運動コース、通称「魔戦」。

 略称の「魔運」で呼ばれないのは語呂がカッコ悪いだけではない、戦闘が好きだからなのだ、と3年生が気づかされちゃった瞬間だった。 

「モチベーションが上がったのは良いことなんだろうが、どうにも……わからないな、あの考え方は」

「まあ、うん、でも、ほら、良い刺激になったようだし。実体化は全員成功したんだろう?」

「ああ、明日は全員がフィールド入りする」

「楽しみなような、ちょっと怖いような」

 雑談を交わし仙子はレポートの続きを進める。

 これで最後、とキーを叩き――固まった。


 PC画面が。


 仙子も固まった。


「どうした?」

「ふ、フリーズ……あ、え、電源が落ちた!」

「保存は?」

「……タイトルが決まってなかったからファイルを作っていなくて、でももしかしたら自動保存があるかもしれないっ……」


 再起動した。

 無かった。

 さっぱりも見つからなかった。


「嘘だろうーーーーー!」

「ご愁傷様」




 その夜、仙子の夢に鼠も出てきた。

 踏んだり蹴ったりである。







■次話投稿日:4月22日 22時


※パイプ(pipe)[穴のあいた棒状のものが本義] 

 ①導管、パイプ。

 ②タバコのパイプ、きせる。 (以下省略)

  出典:小西友七 ほか編『ジーニアス英語辞典〈改訂版〉』(大修館書店、1998))

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