4月20日(水) 宿泊研修(1年)3日目
1年生の宿泊研修も3日目――を終えた夜、20時。
仙子は頭を抱えていた。およそ一人ではこの難問に立ち向かえそうになかった。仙子は寮生(学校敷地内・通学時間徒歩1分)である。寮の共有スペースにはゲーム(国産据え置き機)でくつろぐ、同じく寮生の同級生男子2名がいたので、彼らを頼ることにした。
「君たち、これを見て欲しい」
「新作AV?」
「そうそう、アニマルビデオだよ」
「いい加減このネタ飽きたわ」
「なー」
授業で死ぬほど走ってゲロを吐いた仲だ。この程度の下ネタは挨拶である。
仙子は据え置き機にデータ媒体を差し込み、ぽちっとな、と50インチTVで画像を再生した。
(動画の長さは2分ほど。無音。「力」が砂漠に変質したフィールド内を、黒いコートをひるがえして慶司郎は走り、跳躍し、固定された的を蹴りとばして破壊する。一連の動作は淀みなく行われ、駆ける姿は見る者の目を奪う。)
「……どこのゲーム会社のプロモ?」
「PVだったらどんなに良かったか……! 生だよ生! 未加工! 今日の慶司郎の! フィールド内で、慣らすために入れただけなのに、勝手に中でがんがん動いて自分がやりたいようにやって!」
「ちょい仙子ちょい待ちおまえなんか変なこと言っとる」
「センセーー仙子が○ージンロストしたってーあした赤飯だわ赤飯ー」
お前らそういう冗談は俺の首とぶから止めてくれる?、という説教が寮監(学校教諭)から落ちた。
仙子は落ち着きを取り戻した。
「……すまない、取り乱した」
「『けいしろう』って、あれか、キンリューか」
「『ことどめ』だ。だいたい君たちが『きんりゅう』『きんりゅう』と言うから、私も間違えて覚えてしまったんじゃないか」
「どー見たってあの写真エージェント・キンリューってかんじだろ」
「キンリューでいいじゃん」
「…………慶司郎は、今日、見ての通り何の問題もなく、フィールドでの慣らしを終えてしまった。『力』が見えるようになったことも、最新のAR実体化端末を初めて使っていることも、通常より濃いめの『力』の濃度である状態も、何もかも問題が無かった!」
「まあそーなんじゃね?」
「キンリュー初日から起動に成功してるような奴だし」
「今の2年だって3日目からだったなー」
「そういや昨日1人成功してたぞ」
「今年の1年はすげーな」
「相談したいのは、明日の慶司郎が対戦する『異形』を何にするか、なんだ」
人類が今までに討伐した「異形」はデータベース化され、ネット上に公開されている。施設ではそれを読み込んでフィールド内に模擬「異形」を実体化し、対戦することができる。
「そんなん俺らに聞いてもしょーがなくね?」
「そうなんだけどね……ほら、3人寄ればなんとやらって言うだろう? 私たちはAR実体化回路は使えないからあれだが、凡人でも3人いれば慶司郎の実力に適した『異形』が選べるんじゃないかと思ってね」
「なに仙子お前凡人とか言っちゃってケンカ売ってる?」
「とんでもない!」
私立野玖宮高等学校・東京キャンパスの3年生は6人しかいないのだが、実はその6人、全員が施設外で魔語を書くことが可能で、6人とも回路を起動できない体質である。4年ほど前、高校はこういったニッチな生徒を集めて特徴ある新コース「先端魔語研究コース」(略称「魔研」)を作ったのだが、ニッチ過ぎて生徒が先細りし、仙子の代であえなく募集停止となった。
「そもそもさー、なんでお前が『異形』選ぶの? そんなん教官の仕事だろ?」
「もちろん教官もご用意されるさ! だが、今日、帰りがけに仰ったんだ。『瀬里澤、お前が選ぶとしたら、琴留に何をあてる?』って。それなら選ばないわけにはいかないだろ!」
「無駄に物真似しなくていいから」
「似てねーから」
「さすがに私も即答できなくてね、寮の皆で考えてみます、と答えたんだ。そうしたら教官が、『楽しみにしている』と言って、なんと、なんと、微笑んでくださったんだ! やったね!」
現在、この寮には魔研コースの3年生しかおらず、その3年生は全員1年生のサポートを行っている。つまり、ここにいる男子2名も、明日の研修スタッフMTGで教官と顔をあわせる。
「……って巻き込むなよバカ!」
「おま、ちょ、おま、仙子、それ早く言えよ! そこ一番マジな話じゃねーか! お前がロクなもん思いつかなきゃぜってー教官俺らにも話ふるだろ! んでなんも考えてなかったら、俺らめっちゃ訓練増える流れじゃんコレ!」
「だからこうして相談しているんじゃあないか」
「うぜーこいつうぜー」
「ドヤ顔マジうざいわ……」
このままでは埒があかないので、人気ネットゲームの攻略サイトや運営サイトをのぞくことになった。「異形」情報が載っているだろうから、それをパク……参考にしよう、という魂胆である
~座学・3日目~ 近年のゲーム業界編
AR回路とゲーム業界のつながりは古い。
きっかけは偶然だ。
当初、回路は現実に存在している物にしか影響を及ぼせない、と考えられていた。その研究は回路に流せる「力」の変換効率を主とし、各国の大手電機メーカーで行われていた。回路に使用する3Dデータは添え物で、データ同士が同じ位置で重なるようなミスがなければどんなものでもかまわなかった。
運命のその日、3Dデータ担当の若手は寝不足だった。
前日に趣味のオンラインゲームでイベントがあり、貴重なアイテムを確保するため夜なべしたのだ。ぼけぼけした頭で作業を行った結果、自キャラのゲーム装備(ダークファンタジー系アクションもの)の3Dデータを回路に突っ込んだのである。休日に3Dプリンタで作る予定だったそうだ。
結果、現実には存在していなかった装備はきちんと実体化した。素材が現実にあれば問題なかったらしい。若手は「解雇!?」と青ざめ、周囲は驚愕し、性能を試した被験者は「グッジョブ!」とサムズアップした。
AR実体化回路の原型が「できちゃった☆(テヘペロ)」した瞬間である。
この事実は瞬く間に知れ渡った。
全世界のゲーム業界(主に3D系)が3Dデータの提供をじゃんじゃか行い、「異形」は駆逐され、大手ICT企業による買収合戦が始まり、関連株は連日ストップ高し、ゲーム業界には投資と人材が殺到し、余った資金で良作が何本も制作され、ゲーマーは徹夜した。
誰もが幸せだった。
AR実体化回路が普及してからもこの蜜月は続いている。
なにせ実体化ができる施設の数は多くない。人気があるのでその利用は予約制、1ヶ月に2回使えれば良いほうだ。これではプレイヤースキルの上達も望めない。ゲーム会社はその不満の受け皿として、AR回路の規格に対応したコンテンツを発表した。
真の狙いは、新規ユーザー(非ゲーマー)の取り込みである。
実体化用のデータを逆にコンテンツ内に取り込んでキャラクターを作成。そのキャラクターを使って格ゲーやらアクンションゲーやらをできるようにしたのだ。
ゲームによってはキャラクターのステータスに下方修正が入る(ゲームバランスとの兼ね合い)が、訓練回数を増やしたいガチ勢にはおおむね好評である。
業界はニヤニヤが止まらない。
3人が参考にしたのは、アクションに加えて派手な装備が人気の国産ネットゲームである。国産であれば日本語表記の攻略サイトも多く、「異形」の情報も調べやすい。
だが限界もあった。
おのおのの携帯端末(回路非搭載)でざっくり調べてみたのだが、運営サイトの会員にならないと閲覧できない情報や、受けられないサービスもあるのだ。
「あー、詳しいのは公式にログインしないと見らんねーや」
「PCなら『異形』のデータもダウンロードできそうだね」
近年、回路を応用した個人認証が盛んだ。
研究が進み、回路の起動時に流れる微弱な電流の波形が個人によって異なることが判明している。指紋や虹彩と同様の認証方法として開発が進んでおり、SNSやオンラインショッピング、ネットを介したサービスなどの個人認証にも転用されはじめている。
3人とも回路が使えないので、これにはお手上げだ。
会員登録をしても、ログイン時の認証で弾かれてしまう。
そこで、助っ人を呼ぶことにした。
「センセーーー! ログイーーーーン!」
俺の名前はログインじゃないしお前らの父親でも母親でもないからきちんと文章で話せ文章で、という説教が寮監(学校教諭・現国担当)から落ちた。
とにもかくにも、面倒見の良い寮監が会員登録をしてくれたおかげで「異形」のデータは寮の共有PC(回路非搭載)に無事に保存。
3人はあーでもないこーでもないと議論を行い、「これなら慶司郎も勝てないはず」という仙子の私怨がちょびっと混じった「異形」を選出して、研修4日目に備えたのであった。
■次話投稿日:4月21日 22時