3月20日(木) はじまりの日(おとな)
桜一片、異界の風に、舞う――
踏み出した足は、体は、崩れなかった。
開かれた扉の先に、懐かしい天井が高く高く広がっていた。
衝突を防ぐため天井に張られたネットや、あかあかとフィールドを照らす電気の照明。なにより、石でも木でもない、ワイヤーや鉄板。
広がる砂原。
高校に戻ってきたのかと、錯覚する。
施設の作りなど、どこでも似たようなものだ。日本で最初に建てられた、この建物を手本にしているのだから。
けれど、けれど、仙子が、一瞬、本気で学校に戻ってきたのかと、あのセンターに戻ってきたのかと思ったのは、思えたのは――
突風と共に翻る黒いコート。
視界をかすめた、金色の何か。
衝撃。
痛くは、ない。
ただ。
ただ。
抱きしめられた。
目の前。
焦点も合わぬほど近くにある耳を飾る、鈍い輝きと――かつて刻んだ文字。
イアーカフス。
「――」
体に響く、ささやくような、かすれたような、押し殺した、その、声。
どうして君ここにいるんだ、もしかして、もしかして、選抜入りしたのか嘘だろう!?、と混乱する一方で、しまった、やられた、先を越された!、と悔しさが湧く。言われてしまった。聞いてしまった。先に、絶対、先に言おうと思っていたのに、そう思ってきたのに。そうして生きてきたのに。やられてしまった。
なら。
ならば大きな声で言ってやろう。
抱きついてくるこの後輩の、慶司郎の力に負けないくらい、はっきりと、きっぱりと、高らかに。
「私も、君が、好きだ!」
桜一片、故郷の風に、舞った――




