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  4月19日(火) 宿泊研修(1年)2日目

 





 私立野玖宮(のくみや)高等学校・東京キャンパスは、その名の通り東京都にある(本校は関西)。東京駅から電車に揺られること数時間。乗客が減り、電車の車両が減り、景色から人家が減って木々が増え、マジでここ東京都?、という山中が所在地だ。


 山のど真ん中の駅は当然のごとく無人。

 駅前広場もロータリーもコンビニもない。

 簡易改札にピッ、と定期券を当てれば、すぐ目の前はのどかな民家の庭先。

 猫が日光浴をしている。


 駅から直線距離で700m、高低差100mを息切れしながら歩けば校舎に到着。


 キャンパスは廃校になった学校を利用しているが、もともとの生徒数が少なかったためかこぢんまりとしている。

 学校入り口すぐには鉄筋コンクリート3階建ての校舎と、同じく鉄骨製の体育館。辛うじて少年野球ができた校庭は、合宿所や寮、大型バスを置く駐車場になった。

 建物と駐車場の間を奥に向かってずんどこ進めば、左手にテニスコート(1面)とプールが並ぶ。右手は山からの排水路がせせらぎ、脇の道を下れば駅への近道。


 で、その先は山である。


 学校に来るまでも山なのだが、奥に進むとザ・山!、とばかりに木々がざあざあ枝を鳴らす。ところどころ竹林が群生し、空間は緑で密に埋まる。

 上空からわずかに見える細い舗装道路(車線無し)で10分も車を走らせれば、倉庫にも似た、巨大な鉄筋の建物が現れる。


 東京回路研究・運用センター。


 東京でも有数のだだっ広さと「力」の濃さを誇るフィールドをいくつも持ち、「異形」を倒す国の選抜チームの訓練場としても利用されている。「力」を変質させることで設定できる地形も、海から山まで種類に富んでいる。


 高校はこのセンターと協定を結んでおり、在校生はこの施設を基本無料(一部有料)で使用できる。

 現在、1年生は4泊5日の合宿研修でここを利用中だ。


 研修の目的はずばり、

「基礎固め! 『力』を感じてフィールド外でもAR実体化に成功しよう!」。


 夜は学校の合宿所に寝泊まり、昼は座学と実技をみっちり。4月中に「力」の濃度が薄めのフィールド外でもAR実体化ができるようにし、5月の連休明けから本格的な授業を行う予定。




 宿泊研修・2日目。

 仙子と慶司郎は、とうの施設を追い出されていた。


 原因は慶司郎である。研修の目的をとっくに達してしまった彼は、今日も実技の最初から装備の実体化と解除を繰り返し、周囲の「力」を大量に消費。

 結果、「力」の濃度変動が激しくなって、他の生徒は実体化のきっかけをつかめないでいる。やる気を失っていないのが救いであった(魔語運動コースを進学先にした生徒たちなので負けん気は強い)。


「瀬里澤。琴留に周囲を案内してやるといい」


 教官の静かな目は、仙子に有無を言わせなかった。

 仙子は速やかに慶司郎の黒コートをつかんで――「っんだよまだやってんだろが」「いいから君ちょっと空気を読みたまえ」「……空気は吸うもんだろ?」「(帰国子女帰国子女、天然の帰国子女……!)」――センターから出た。


 センターのそばには山肌が迫る。

 山は新緑萌え萌えまっただ中。

 天気は晴天。

 空気はまったりと暖かく、ときおり、「ピーヒョローー」とトンビが鳴く。

 隣に無表情と不機嫌さをぶつけてくる170cmがいなければ、さぞかし心地よい昼下がりだったろう。


 AR回路の使用は厳しく制限されている。施設外では特にだ。実体化に必要な端末はセンターに返却したので、慶司郎も黒づくめ装備からジャージ(学年色:青)に着替えた。しかしこの170cm、ジャージを着てもイケメンである。筋肉の厚さはさほどではないが、骨格は大きく、将来のデカさを予感させる。学校指定のだっさいジャージを、「属性:イケメン」がイカすジャージに昇華させていた。


(制服にして正解だったな)


 仙子は自画自賛した。

 ――ジャージ(学年色:黄)ではなく、制服を着用した今朝の判断は素晴らしかった。イケメンの隣に黄色ジャージで並ぶとはどんな拷問だろうか! 制服ならば「制服3割増し」法則によって多少は見栄えが良いはず。多少は。


 仙子が女子高生らしい思索(しさく)(ふけ)っていると、慶司郎が、顔の前で何かを振り払う仕草をした。


 嫌な予感がした。


「……まさか、ここでも見えているのかい? 『力』が」

「うっとーしい」


 感知できる「力」の濃度は人によって異なる。「力」を集める機能を持つ施設の周囲とはいえ、ここは完全に敷地外だ。一昨日まで感知できなかった一般人が見えて良い濃度では、決してない。

(選抜レベルじゃないか)

 年に一度、国をあげて行われる対「異形」戦の候補選手たちは、「選抜」や「代表」と呼ばれる。その名の通り、数百団体・数千人から選ばれたエリートだ。

 なにこの15歳、と仙子はおののいた。


「少し離れよう。今まで見えなかったものを見ているんだ。頭に負担もかかっているはずだろう」


 センターから離れて学校に戻る道に入る。素直に従ったあたり、慶司郎も不調を感じていたらしい。気をそらすため、話しかけてやることにした。


「君はどんなふうに『力』が見えているんだ?」

「……川、か? でかい川があって、その中を、細いのや、太いのが、流れてる」

「色はついているかい?」

「……ない。水に、色はないだろ」

「そりゃあそうだ」


 だいたい仙子の見え方と一緒である。慶司郎のサポートとして「力」の感じ方をそんなふうに説明していたので、そのような見え方になったのだろう。「力」の感知の仕方は人それぞれ、五感それぞれだ。人によっては、錆の臭いや騒音として感じるケースもある。


「色がないなら楽なほうだね。慣れれば気にならなくなる。飛蚊症(ひぶんしょう)と似たようなものだそうだ」


 言ってから、仙子は後頭部に視線を感じた。

 振り返ると、慶司郎がじっ……と見ている。

 説明しろ、と言われている気が(物理的に)する。


「……えーと、虫がいつも飛んでいるように見える目の症状だよ、飛蚊症」


 知らないことは恥ずかしいことじゃないけれど、と仙子は内心ぼやく。

 難しい年頃なのだろう、15歳は。




 しばらく歩くとセンターも木立に隠れ見えなくなった。

 慶司郎も楽になったようで、話しかけてくる。


「『力』が見えれば、集めやすくなるのか」

「そうだね。『ある』、と認知できれば、『力』に干渉することは難しくない。無いものを信じるより、あるとわかっているものを動かすほうが簡単だ」

「どうすりゃいい?」

「…………集めるには、かい? まぁ、最初は『来い来い来い来ーーい』とか、犬にやるのと同じが良いそうだよ」


 残念な事実であった。

 「力」は生きもののイメージによって変質する性質がある。そのためか、愛犬がわっふわっふと尻尾を振って駆け寄ってくる場面を想像すると成功率が高くなる、という実験結果が出てしまった(大型犬だと集める「力」が多くなってさらにベター)。


 「力」の濃度は「異形」との戦闘中に激しく変動する。回路に流す「力」が不足すれば実体化は解除され、人は身一つで「異形」の前に投げ出される。


 装備の無い人間など、戦車に素手で挑む民間人に等しい。


 地味ではあるが、「力」を意識的に集め、装備の実体化を安定させることは、「異形」と戦う選抜選手には必須の技能といえた。

 だからこそ学校も、仙子たち3年生を動員してまで1年生にフィールド外での実体化訓練を行っている。


 仙子は想像する。

 この堅気には見えないイケメン15歳が「来い(略)」を笑顔全開でする光景を。

 ……そもそも笑顔を見ていないので無理だった。


「あんたは?」

「?」

「あんたはどうやって集めるんだ?」

「……参考にはならないよ。君と私では、集める方法がだいぶ異なる」


 その後も自分のやり方は慶司郎には全くあてはまらない、と説明したのだが、慶司郎も専門コースに入るくらいだ。技術の習得には貪欲で、仙子の言葉にさっぱり納得しなかった。

 しまいには「役に立つかどうかは俺が決める」とのたまわった。

 君はいったい何様だい!?、そうか俺様か!、という一人ツッコミはなんとか心の中に留めた。

 見せなければ納得しないのならば、見せるしかない。


「本当に、参考にはならないんだがね……」


 仙子は、空中に指を伸ばした。




 指先から「糸」を伸ばす。

 太さは習字の筆ほど。

 大きく堂々と、「糸」で文字を作る。

 世界に向かって、「結果」を求めて意思を宣言する。



   『糸を紡ぐ』



 世界が変質する。

 漂っていたか細い「力」が、どっ……と流れて渦をなす。

 渦に手を入れ、「糸」を作る。

 細い細い「力」の流れを、ねじり、より、「糸」にし、手に巻きつける。

 繰り返せば、それは「糸玉」になる。

 幼い頃、それでよく遊んだ、毛糸玉。




 慶司郎は息をのみ、仙子の手元をつめている。


 またも、仙子は嫌な予感がした。

 仙子が集めた時点で「力」は「結果」に変わっている。仙子の「糸」の色は「透明」だ。それが見えている、ということは、この高校1年生は「結果」を感知する能力も選抜レベルということだった(異形は爆発や衝撃を「結果」として発生させるので、これを感知できると攻撃回避率が上がる)。

 15歳ってすごいな、と仙子は15歳への疑問を放棄した。


「あんたは」


 空気が、張り詰める。

 肩を捕まれた。

 ぐぅ、と、慶司郎の長い指が食い込む。


「あんたは、書けるのか」


 その青い目に浮かぶのは、嫉妬だ。

 「力」を大量に集める技術を持つ仙子に対して、嫉妬しているのだ。


 ――どれだけ欲深いのだろう!

 この若さで、幼さで、多くのものを持っているのに、この少年はまだ欲しいのだ!

 ……いや、きっと、この欲深さは向上心の表れなのだ。したいこと、やりたいことを磨くために、突き詰めるために、彼は容赦しないのだ。そういう心持ちだから、きっとここまでの能力を持っているのだ。


 仙子は、そう、思って、思い直して、慶司郎に向き直る。


「いつでも、どこでも書けるよ」


 肩の痛みが、増す。


「……どうしたら、書ける?」


「個人の体質だ。君にはどうしようもない」


 あげるよ。

 「糸玉」を差し出せば、反射的に慶司郎は両手で受け取った。

 とたん、「糸玉」は崩れ、はらはらと散って消えていく。不意をつかれたのか、きょとんとしたその顔はあどけない。

 仙子が初めて見た、慶司郎の、年相応の表情だった。


 わらって、仙子は告げる。


「安心したまえ。そもそも私は回路が使えないから、君のライバルにはならないよ」






 ◆◇◆






 ~座学・二日目~ 魔語編

 仙子が空中に書いたのは「Mare」と呼ばれる異世界から伝わった言語である。

 当初はその読みからマァレ語、マ語、と報道されていたが、ネット上で使われた「魔語」がしっくりきたのだろう。いつのまにか、公文書以外は「魔語」と呼ばれるようになった。

 この言語はその名の通り、「力」を消費して魔法のように世界を変える力を持っている。初期は手書きでしか書けなかったが、魔語で作られた回路が普及するにつれ、大量に印刷・刻印することが可能になった。

 魔語は発展途中の技術だ。単語の組み合わせによっても効果が変わる。どんな組み合わせがどんな「結果」となるのか、わかっていることはまだ少ない。


 ちなみにこの魔語、ちょっとした特徴がある。

 「力」を持つと意味が「結果」になるとでもいうのか、言語の違いを越えるのだ。魔語を刻んだ回路を携帯端末(スマホやタブレット)に組み込んだところあらびっくり。そこに表示された文字、流れた音声は、なんと全ての人の頭の中で、それぞれの母国語で、きれいに再生されちゃったのである。地球ではこのあおりをくらって翻訳業界が壊滅した。無念。


 魔語の手書きは、「力」の濃度が高い施設内ならばわりと簡単にできる。線や点が限度という実用レベル未満も含めれば、日本では人口の半分くらいが可能だ。

 ただ、仙子のように施設外で書ける人間はまれである。外で書ける単語・文章は多くないが、施設の有無に関係なく「力」を持った魔語が書けるとあって、回路関連企業からの引き合いは多い(つまり就職先には困らない)。


 因果関係は明らかにされていない。

 どこでも自由に魔語を書けるのに、回路に「力」を流すことはできない。自ら魔語を刻んで回路を作れても、その回路を起動できない。AR実体化技術も、魔語による翻訳も、回路による他の多くの恩恵を、仙子は、彼らの多くは、享受できない。






 ◆◇◆






 慶司郎はスマホの画面を眺める。

 ネットはAR関連での調べもので使う。


 頑丈で軽い装備データはないか(好みがあえばなおいい)、より効率的な「力」の集め方はないか、そのコツは、どんな「異形」がいるのか、どんなスキルが「異形」に効果的か、それはどんなモーションデータか……。


 検索先は日本だけにとどまらない。ジャンルがアクションモノだけあって、海外サイトの攻略情報はかなり充実している。


 攻撃スタイルにあった装備セットとそのデータ、それらに対してどのスキルを選ぶべきか、またそれにあわせたジムのメニューは、どうすれば「力」をうまく回路に流せるか、「異形」の出現条件や「結果」による攻撃パターンとその回避方法は……。


 「異形」との戦いは、いまや健全なスポーツだ。検索結果は(よっぽどのものでなければ)未成年向け有害フィルタにも引っかからない。


 調べているうちに消灯時間になったのだろう、同じ部屋のクラスメイトが緊張した面もちで、「こ、琴留、くん、まだ起きてる……ます?」と声をかけてきた。他の男子も、別のことをしているフリをして、こちらを伺っている。


「……寝る」


 舌打ちを、なんとか、こらえる。


 部屋の空気が、ほっ、とゆるみ、照明が消された。


 日本の学校に通うようになってから、妙な緊張感をしょっちゅう感じる。まとわりつくこの空気が、慶司郎は大嫌いだった。アジア系に混じると体が大きすぎるのだ。目を向ければ顔をそらされ、話しかければ身構えられる。1年にもなるのに、日本ではろくに友達がいない。


 暗闇の中、光が漏れないようにして、画面を眺める。検索結果の続きをたどれば英語圏外のサイトに飛ばされた。

 魔語の翻訳機能をONにする。

 右から左に読み進めれば、魔語によって翻訳された意味が頭の中に流れる。


 ふと、上級生を思い出す。 

 あれだけ鮮やかに、強力に「力」を集めながら、回路が使えない、「力」を回路には流せないのだという。

 なんという無駄な能力だろう!

 自分はフィールド内ですら、「力」を持った魔語を書くことができない。

 どんなに努力をしても書けない体質が、慶司郎は悔しい。


 …………ふと、思う。

 回路を起動できない、使えない生活というのは、どんなものなのか。

 画面を見返す。

 どんな言葉でも、魔語によって翻訳され、楽に読むことができる。

 それができない、というのか。


(不便なもんだ)


 スマホを放り、毛布をかぶる。 






■次話投稿日:4月20日 22時

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