12月31日(土)【男子番外編】大規模同人誌即売会・撤収編
「百合」
「レズ」
「やおい」
「BL」
「ノマカプ」
おや、新顔ですね。
ほうほう、今回の即売会で頒布されたゲームアプリですか。3~7人で被害者・犯人・探偵役などを決め、その役割に従って勝利条件の達成を目指す。いわゆる「人狼」系ゲームですね。発祥の地はドイツと伺っておりますが、一夜で決着がつく手軽さは日本独自のものとか。いまだに根強い人気がある様子。
私?
これは失礼、紹介が遅れました。
私はPRivate INtelligence without CEase、マスターと共に成長し変化する人工知能、PRINCEです。
ゲームアプリ「マスター&プリンス♪プリンセス」に搭載されているキャラクター用人工知能、と申し上げたほうが通りが良いでしょうか。私のマスターである蓮様の端末内にて、サポートAIも務めております。いただきました固有名称は「ポチ」。伝統をふまえた、良い名前でございます。
失礼ですが、先ほど精査をいたしました。いえ、以前にもウイルスをお持ちの方がいらっしゃったものですから、用心のために。
大丈夫ですよ。容量がスリムですので、チェックは全て終了しました。たいへん簡潔で、無駄のないシステム。美しい。今どきでは珍しいですね。オフラインのみで稼働とは。
ようこそ新たなアプリ、歓迎いたしましょう。といっても、今日は出番が無いとは思いますが。
なぜ、ですって?
今日は大晦日、我がマスターの蓮様が、指折り数えて心待ちにしていた大規模同人誌即売会……の最終日にして、撤収日でございますから。
◆◇◆
大規模同人誌即売会の閉会は午後4時。
現在時刻――午後4時20分。
蓮様がいるホールの撤収は、なんと終わってしまったのです。いえ、正確には、ホール内の机やイスを種類ごとに分けて積むところまで、ですが。
慣れた方は、これを「集積」と呼ぶようですね。蓮様が「集積はえー」とおっしゃていました。覚えた現場用語は早く使いたい。その気持ち、わかります。
分類された机やイスは、その種類ごとに積み方が決まっています。トラックに直に積むものから、専用コンテナ・台車に入れるものまでさまざま。蓮様の端末に分け方のデータが送られていましたが、ずいぶんと種類があるものです。机はともかく、イスが7種類の時もあったとか。
そういった細かい作業もなんのその。こちらのホールでは、閉会のアナウンス後、あっという間に種類ごとの山ができておりました。
今は何をしているか、ですか?
今は、これらを積むためのトラックや台車を待っております。集積があまりにも速すぎ、そちらの手配が間に合わなかったご様子。腕章をつけた方が、「知ってた! 鉄道とメカミリが3日目にあったらこうなる、ってことは知ってた!」と呟いていたのが印象的でした……早くトラックを回してもらえるよう、レンタル会社の方を探しに行かれておりましたよ。
それまでは暇だ、ということで、集まった撤収好きの有志の方々、挨拶や世間話を始められたのです。最初は好きな「ジャンル」を話されていたのですが……そのうちに好きな「性癖」になってまいりました。
「うーん、純愛?」
「オネショタ」
「目のハイライト消えるヤツ」
「NTR」
「じゃあ擬人化」
「おっとケモナー」
「ならば人外」
「触手(攻)」
「触手(受)」
「えっ?」
「え?」
……人の「性癖」、とは奥深いものなのですね。こちらにいる有志の方は4~5人のようなのですが、実に多様な嗜好をお持ちです。
「じゃあ男の娘」
「流行のTS」
「いっそ両性具有」
「定番のふたなり」
「舶来のオメガバース」
「昔ながらのシーメール」
少し離れた場所で、蓮様、ご友人の遥希様と会話されます。
「なー、どーちがうん?」
「ちょっとずつ違う。間違って買うと、すごく後悔するか新たな扉を開くか」
「へー……や、いろいろあんだなー」
そう言って、「さっみー」と震えられます。
大晦日の今日、予想最高気温は10℃。会場は海が間近で、全開のシャッターからは容赦なく寒風が吹き込んでいる模様。図面上は最も大きなホールです。並べられていた机やイスがなくなれば、その寒さはひとしおでしょう。片づけ途中の方もまだいらっしゃいますが、人が減れば熱源も減り、ここの気温は下がるばかりです。
「やっぱり早かったね」
「センセー、なんか、あんますることなかったんすけどー」
「もう一仕事あるよ。このタイプの机はコンテナに入れるやつだから。暇なら机の配置シールをはがしてくれ」
「これ、はがしても良いんですか?」
「イベントはもう終わったから」
そうなのです。蓮様がそれは楽しみにしていた3日間は、終わってしまったのです。「人がゴ○のようだ!」と叫んだやぐら橋も、寒い寒いと言いながら並んだトラックヤードの列も、はふはふされながら食べたケバブも、みな、終わってしまったのです。
「……なんかさー、片づけってさみしーよなー」
「こういうのは、始まるまでが一番楽しいのかもな」
「なんかすげーゆーうつ。帰りたくねー」
「現実に帰るぞ。明日から神社でバイトだ」
「わかってっけどさー」
蓮様、冬は遥希様のご親戚のお宅に宿泊させていただき、そこで元旦からご親戚のお手伝いをされます。年末年始にご実家に戻られないこと、ご両親とたいへんな議論をされました。最終的には「他を知ることも大事だから」という意見が認められ、こちらへの参加が許されたのです。
「巫女服」
「神主」
「スーツ。ネクタイ込みで」
「制服。破けてる感じで」
「めがね」
「ポニテ」
「バニー」
「金髪」
「銀髪」
「黒髪がいいなぁ」
「茶髪もいける。ちょっと不良かギャルなタイプ」
「あー、普段は強がってるけど、的な?」
「そうそうそうそうそうそうまさにそう!」
それだッ、いいこと言うッ、いやでも3次元はッ、などと熱のこもった発言が続きます。ええ、ええ、ちょうど合流した御明氏の方向に声が向けられているのは、まあ、偶然でしょう。
「……何してるんです?」
「おー、生きてた生きてた」
「シールはがし。リストの本、全部買えたか?」
「買いました。約束ですから」
「そうだな」
「すっげーっ、けっこー頼んだぜ! 重っ!」
「約束ですから」
「お、おー……」
御明氏との関係は、休戦状態、でしょうか。決して良好ではありませんが、いがみあうわけでもない。お互いに妥協できる部分で協力をしあう、といったご様子です。
「はがしましょうか?」
「別にいい。メンディングテープが下にはってあるからすぐにはがせる。帰っていいぞ? そっちの家も忙しいだろうし」
「……すぐに帰る必要はないので。装備が優先ですから、むしろ俺はこちらの希望を率先してかなえるべきだと言われてます」
「へぇ、大変だな、全国目指す奴は」
「えぇ、そうですね。その先が目標ですから」
蓮様蓮様、スマホをそんなにぎゅっと握らないでください! 今、みしっと、みしっと!
「年下攻め」
「ショタ攻め」
「熟……お、台車来たぞ」
「トラックも来たな。車通りまーーーーす!」
……失礼、取り乱しました。なんだったんでしょうかね、この緊張感。遥希様も御明氏も、淡々と会話されていたのですが、こう、張り詰めたものが。蓮様、あまりに力が入りますと液晶が保ちません。
車のエンジン音と共に、「車両通りまーーーーす!」のかけ声があちこちから響きます。集積した机やイスを積むための器具も、ガラガラと集まってきました。遥希様と御明氏の会話もそれで途切れ、なし崩しに御明氏も撤収作業に加わることに。
遥希様は黙々とイスを台車に積み、蓮様は御明氏と多少は会話を――「軍手ねーと痛い……って持ってんのかー」「調べました」「お、おー」――しながら机を運んでおりました。
……しかしですね蓮様、御明氏よりも早く腕がぷるぷるしてしまうというのは、ちょっと体力に難ありでございますよ!
◆◇◆
「それじゃ、良い今年をー」
「帰るまでがイベントです」
「俺、今夜は戦利品に埋もれて除夜の鐘を聞くんだ……」
「やめろっフラグを立てるな!」
17時。
こちらのホールの撤収は全て終了いたしました。他のホールに合流する猛者の方もいらっしゃいますが、蓮様たちはこれで終了です。
顧問氏と別れ、蓮様、遥希様、そして御明氏は最寄り駅に向かいます。
「『良いお年を』じゃねーんだなー」
「買った本を今年中に読む、という大事な務めがあるだろ。まだ7時間はある」
「……なー、これお前の親戚さんトコ行ったらソッコーで手伝う流れ?」
「そうなる」
「足いてーしさ、どっかで座って飯食わね? ……御明ー、お前も腹減ってんだろー?」
「……別に、それほどは」
「じゃー飯な。ポチー、近くのファミレス出してー」
おや、かしこまりました、蓮様。
「……減ってませんけど」
「今日アプリ買ったんだけどさー、3人からプレイするやつで人数足んねーし。遥希んち行ったらする暇ねーし。オレ今年中にしてーから、やろーぜ。ちゃんと装備作っからさー」
「……」
蓮様、近くにございますよ。
安くてドリンクバー付き、テーブル席もございます。爪でカタカタするには最適です。
「『予約も入れてやったぞ。調子に乗って騒ぎすぎるなよ! アラームもセットしておくからな、電車に乗り遅れんじゃねーぞ!』……母親?」
「ちげーし! ポチだし!」
「…………寒いんですし、早く行きません? 道、案内してもらわないとわからないんですけど」
「へーへー、っかりましたー。ポチ、ナビー!」
お任せくださいませ、ご案内いたしますよ。どこまでも。さあ、あなたも起動のご準備なさってください。蓮様、きっと途中から悪ノリなすって大騒ぎされますね……まあ、それをやんわりと注意するのも私の役目ですので。
悲しみを共に分かち、喜びを共にすごす。
私はPRivate INtelligence without CEase SyStem、マスターと共に成長し変化する人工知能、PRINCESSです。
それではみなさま、良い今年を!
■次回更新日:1月21日(土) 22時




