12月15日(水) 日常~雑談~
「瀬里澤、僕も言いたくはないんだが」
「ならば言わないでくれ、会長」
「スカートの下にジャージはダサいと思う。あと会長は2年に引継済みだ」
「そうだったのか。しかし『会長』に慣れているから、『陽太』と呼ぶには抵抗が……いっそ『たっくん』と呼ぶべきだろうか?」
「好きにすればいい。で、ダサいぞ瀬里澤」
「……わかっている、わかっているよ会長! だが、部室は容赦なく風が入る。足下が冷える。足が冷えれば腰も冷える。そうして体全てが冷える。つまりは寒すぎるのがいけない。だからこうして、制服の下にズボンを重ねるわけさ、黄色いジャージのね! ところで会長、同級生の女子が寒さに震えているわけだから、その電気毛布、貸してくれないかな?」
「断る。このあったかさは譲れない。ヒーターあるだろ?」
「タイツだけでは、熱が当たるとちょっとぴりぴりする……」
「ならジャージで頑張れ。ダサいが。その格好で廊下を歩ける度胸があるならいける」
「さすがに部室に来てからはいたよ。やあ、慶司郎、今日はセンターじゃ……って今日は水曜日か」
「頭は大丈夫か、瀬里澤」
「お気遣いなく! いやなに、毎日毎日、自習時間もひたすら勉強していると曜日の感覚が薄れてしまう。受験生の鑑だね」
「『ベル○イユの薔薇』読みながらする発言か?」
「これも立派な世界史の勉強さ。先生が推薦されていただろう? 会長の『三○志』よりはまし……というわけで慶司郎、さぼっているわけではないから、うん、気にしないでくれ。何か飲むかい? ほうじ茶ラテ、ストックにあるよ」
「……それでいい」
「瀬里澤、僕は宇治抹茶のやつ」
「砂糖は追加で1本だったか。よくぞあそこまで甘くできるね」
「糖分は勉強に必須だろ?」
「それはそうだが……これだけ甘いものを飲んでもいっこうに太らないことが大きな謎だよ」
「代謝の違いだ。やせてるのもわりと困るぞ。ウエストが合わなくて、この間はレディースを買った」
「女の敵め! 砂糖ましましだ! どうぞ! 二人とも!」
「どうも」
「……」
「しかし慶司郎、君もまめに顔を出すな。テスト明けだ、見ての通り私と会長しかいないよ。こちらは気にせず、好きなことをしてくれたまえ。図書室ばかりで勉強していると飽きてしまってね。あちらこちらを流浪している」
「ここなら飲食自由だからな」
「誘惑が多いことが難点だけれども。あ、そうだ、物理のテスト、助かったよ。当たった、本当に当たったぞ、君のヤマ。7割くらいかな? 似た問題が出た。物理であそこまで点が取れたのは初めてだ! ありがとう!」
「…………当然だろ」
「センターの過去問をもう一度やってみた。自力ではまだ解けないが、解説を読めばどうにかできそうだ」
「どれだ?」
「?」
「解けねぇやつ」
「ああ、すまない、寮にある。……しかし、また質問しても良いのかい?」
「あんだけしつこく聞いて、いまさら引っ込めてどうすんだ。わかるまですりゃあいいだろ」
「……それもそうだ。ではその言葉に甘えて、存分に尋ねよう。あとでメールを送る。長文だ、覚悟したまえ!」
「おう、潰してやる」
「勉強の話とは思えない会話だな」
「まったくだね!」
「……………………」
「…………えーと、慶司郎、何か用があるのかい? 黙ったまま正面から眼をつけられても、君が何を言いたいのかわからない」
「……これ、どうすりゃいい?」
「………………あぁ、君、そうか、まだ、持っていたのか」
「……しまった。僕の手落ちだ」
「いや、私も気をつけるべきだった。会長は休んでいた、仕方ない。……すまない、慶司郎、その形代、扱いに困っただろう」
「……べつに。どうすりゃ、いいんだ?」
「私に預けてもらっても良いかい? 姫ちゃんに返すよ。身代わりの回路の扱いは、姫ちゃんが一番だ。何の影響もなく処分してくれる。私や会長はもう姫ちゃんに返して片づけてもらった。心配ないよ。何もなかった」
「……梶もか?」
「杏ちゃんもすでに済んでいる。……すまない」
「僕のミスだ。確認するべきだった。……悪い、いろいろ思い出させただろ。琴留、あれは……ああいうのは忘れられないと思うかもしれないんだが、時間が経てば、たいして思い出さなくなる。そういうこともあった、そんな話になる。……夏休みのことは、先生の他にばれてないんだろ? 梶とお前が黙ってれば、そのままだ。そのままが、一番いい」
「………………多いのか?」
「……何がだい?」
「あんなのが、よくあったりすんのか?」
「……私たちは、もう、ほとんどないよ。学校は安全だし、いろいろ対策もしている。ああいったことは、滅多にない」
「頼りになる教官もいるしな」
「その通り! おや、もしかして、心配してくれたとか?」
「違ぇし」
「それは残念。……すまなかった、慶司郎。これは私が、必ず、姫ちゃんに返すよ」
「……頼む」
「任せてくれ!」
「悪かったな、琴留。ずっと持ち歩いてたのか?」
「……親が、持ってた。病院の荷物ン中にあって、俺のかって、この前」
「そうだったか……姫川にはちゃんと処分してもらうから、安心してくれ」
「………………」
「…………えーと、慶司郎、まだ何か用があるのだろうか? なぜそこからこっちを見るのかな? ちなみにそこの出入り口、たまに蓮か遥希がとんでもない勢いで開けるから、立っていると危ないよ」
「いつか壊すな、あのきしみ具合」
「修繕費用は自腹だからね!? 部員の連帯責任はごめんだ」
「……た」
「? すまない、慶司郎、何か言ったかい?」
「…………りがとうございました」
バタンッ
「………………」
「………………」
「つまり、琴留の今日の用事は済んだってことか」
「これを返して、私たちに、えぇと、お礼?」
「そういうことなんだろうさ。けど、まあ、驚いた」
「本当にね……慶司郎、たまにああいう不意打ちがあるから」
「ギャップがな。……瀬里澤、これで、全部だ」
「あの子は? さくらちゃん」
「持たせてるんだと。そういう話になったって聞いた」
「……美咲ちゃんのは?」
「あれが出た時に割れた」
「……そうか」
「役割は果たした。そうだろ? 姫川が作ったんだ、あの場で、あれ以上のものは………………瀬里澤っ、姫川が危ないっ」
「は?」
「琴留だっ、僕たちだけじゃない姫川にも言うぞっあいつ! 部室から探しに来たんだろきっと!」
「へ? ……あああああっ、言うか、言うのか! そうだね慶司郎ならちゃんと全員にお礼を言うね!」
「姫川はどこだ!」
「図書室! だめだあの二人だけで会話が成立する光景が想像できない! 姫ちゃんが泣き出す! 慶司郎が固まる!」
「葵っ!」
「慶司郎ーー!」
■次回更新日:12月16日(金) 22時




