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 10月 9日(日) 学祭と告白

 私立野玖宮高等学校・東京キャンパスは秋に学祭を行う。同好会やクラスの展示・発表があるあたりは他校の文化祭と同じだ。魔語専門コースを持つため、クラス展示の内容は魔語関連が多い。

 去年からはセンターを借りてのAR回路・実技発表も加わった。魔進コース(現在の2年生)のみの小規模なものであったが反応は上々で、その年の志願者数を一気に増やすことになった。今年は1年の魔戦コース生も実施予定。近隣のみならず、遠方の中学校からもパンフレットや入校証(学祭用のチケット)の送付希望が来たため、学校側はウハウハだ。この調子で志願者増&在籍数増を狙っているらしい。ちなみに、志願者が増えるとそれに伴って受験料収入も増える。経営安定のためには見落としたくない数値である。教育機関とはいえ、昨今の少子化で私立学校の財政はイロイロとキビしい。


 今年は8日・9日での開催だが、8日は魔語関連の発表が中心で非公開。翌9日が一般公開日となる。野玖宮高校は私立ながらも地域貢献に力を入れており、出展者を地元民に絞った農産物直売やフリーマーケットも併設される。午前は体育館で吹奏楽同好会や地元の獅子舞保存会が公演、人気の実技発表は午後からだ。




 学祭2日目の一般公開日。

 お昼時とあって、野玖宮高等学校・東京キャンパスは1Fにある学食はなかなかの混雑ぶりであった。生徒父兄や実技発表目当てのAR回路関連関係者。走り回る子どもたち(地元民)に、ドリンク片手に地元の観光業のこれからを論じる自治会メンバー(地元民)、直売スペースやフリーマーケットの店番を交代しながら世間話に興じる奥様方(地元民)。目立つ他校の制服は、学祭見学の中学生だろう。

 学食としての食事販売はないのだが、休憩所として使用ができる。食堂内に設置された臨時購買部の飲み物や菓子類を求める子どもも多いが、なんといっても人々を引きつけるのは、胃を刺激するこの香り――学祭唯一の食品屋台、ヤキソバ模擬店であろう。

 学食外の中庭に設置された屋台は1年生魔技コースの運営である。看板と呼び込み人員を学食入り口に配置して集客、列に並んでいる間に注文と会計を処理、ヤキソバパックを渡した後は学食内にスムーズに誘導。オペレーションを完全に分業し、効率よく客をさばいている。

 仙子の見るところ、昨日あった1学期の成果発表プレゼンテーションよりも手際が良かった。「力の入れどころを間違ったな」とは、本日の魔技コース生の屋台を見た陽太の感想だ。


「会長、差し入れだ」


 にぎわいを抜け、仙子は学食の奥に作られた漫研ブースにたどり着いた。店番をしていた陽太に、漫研の顧問からの差し入れを渡す。


「……瀬里澤、どうしてアイスなんだ?」


 仙子が差し出したビニール袋の中には、坊主頭のキャラクターが描かれた、食べるとガリガリ音のするアイスがたくさん入っている。


「教員室の冷蔵庫を整理していたら出てきたそうだ。捨てるのももったいないから皆でどうぞ、とのことだよ。私はソーダ味にしよう」

「一体いつのなんだか。……瀬里澤、これ、コンポタとソーダの二択か」

「まぁそうだね」

「……早い者勝ちだな。僕もソーダにしよう」

「先生のおすすめはコンポタだそうだ」

「遠慮する」


 余りは漫研備品のクーラーボックスに入れる。あと2人くらいはソーダ味にありつけるだろう。東京キャンパスは山中にあるとはいえ、まだ昼間は暑い時もある。今日の天気も悪くないので、仙子がかじったソーダ味のアイスは美味に感じた。


「今年の会誌の売り上げはずいぶん順調だね」

「場所がいいからな」


 仙子は陽太の手元をのぞき込む。ノートの罫線には「1号」「2号」「3号」と並び、その下には「正」の字が続く。今回発行した「3号」の「正」が最も多いが、バックナンバーである「1号」「2号」もそこそこ売れているようだ。

 今年の漫研販売ブースは学食の片隅である。昨年までは1Fの教室を借りていたのだが、会長の陽太がいつの間にやら学食利用申請をしていた。ヤキソバ屋台への通り道にあるため、来客の目に触れる機会は多い。会誌を並べた机の上には、手書きでレタリングされた「今年の実技発表に出てくる異形も載ってます!」のミニ看板(蓮の制作)。1部400円の安さと物珍しさもあってか、手に取る客は多い。実際に財布を取り出す者の中には、運動部系の体格をした中学生たちもいる。「実技発表」やら「異形」やらの言葉に興味をかられた、という様子だ。


「しかし会長、この看板、大丈夫かな?」

「大丈夫だろ。載ってるのは本当だし、何ページあるかなんてそもそも書いてない」

「それはそうだけれどもね……」


 ちょっとばかり心配になった仙子、「載ってます!」の下に「(2P)」と油性ペンで控えめに書き足す。



 ◆◇◆



 9月上旬に編集長の陽太が休んでいたため、一時は発行が危ぶまれた漫研の会誌だが、関係各位の努力(レイアウト・校正・発注手配)のもと無事に学祭前に納品された。漫研会誌であるが、漫画は蓮が描いた1本だけ。メンバーの適性上、小説やエッセイなどの文字ページが多い。仙子が受験勉強の合間に苦闘して書いたリレー小説も載っている。冒頭、2年生が投げた「父の浮気の発覚からお互いの存在を知った異母姉弟」という設定は、軌道エレベーターを経由して宇宙に進出し、太陽の磁気エネルギーを活用した交通網を築いて一大交易勢力にのし上がる宇宙活劇物で終息した。ラストを担当した遥希が、「銀河の歴史がまた1ページ……」とつぶやいていたのが仙子には印象的であった。どうして宇宙に行ったのか、途中を担当した仙子にはさっぱり不明である。

 看板に書かれた「異形」とは、慶司郎のイラストのことだ。提出された原稿を見るまで仙子も知らなかったのだが、慶司郎は絵が上手かった。描かれた「異形」は写実的で、デフォルメの多い日本のイラストとは少し毛色が違う。描かれた異形は3体で、1体につき見開き2Pの計6P構成。フィールド内で見た異形、というコンセプトらしく、上空から見た図、横から見た図などバリエーションに富んでいる。下から潜り込んで今まさに攻撃を加える瞬間、という構図もあり、プレイヤーならではの視点には勢いがあった。余白に添えられた文章は陽太の担当だ。「異形」の名前や特徴・行動パターンに弱点、エピソードまで書かれており、ちょっとした図鑑、という雰囲気の仕上がり。慶司郎はお盆前には8割がた描き終わっていたので日程に余裕があり、陽太の文もなんとか入稿に間に合った。こうして本になるまで仙子も知らなかった企画だが、蓮の漫画とはまた違ったあじわいがあって面白い。

 今日の実技発表では、慶司郎は3体目の「異形」と戦う。作品としては面白いのだが、いかんせん対象はたったの2Pである。看板を出すのはどうだろうか、と仙子は不安になったのだ。


「琴留自体が宣伝だからな」

「?」


 ガリガリとアイスをかじりながら陽太が言う。


「琴留が異形を描きたいと言うからさ、学祭で戦うやつにしてもらった。今日はこれから琴留が戦うだろ? でまぁ、たぶん勝つんだろうさ、派手に。それを見た中学生が興奮も冷めないまま、2年の部が始まる前に、とここに飲み物やら菓子やら買いにくる。で、そこに、さっきスクリーンの大画面の中にいた異形が載ってる本があるのを見る。しかも500円玉を出せばお釣りがくる価格だ、3人に1人くらいは買うんじゃないか?」

「よく慶司郎が言うことを聞いたね」

「そんなに難しい話じゃない」


 アイスを食べ終わった陽太、手の中に残った棒を上から下までじっくり眺めてから、ぽいっと近くのゴミ箱に捨てる。外れだったらしい。


「絵でも文でも、作ったら見られたいって思うのが作者のさが(・・)だろ? 琴留に、たくさんの人間に見てもらえる可能性が上がる、とかなんとか言ったら即決だった」

「へぇ、あの慶司郎が。意外だ」

「作者なんてたいがいそんなものさ。……琴留の写真を作者近影とかこじつけて出せればもっと売れるとは思うんだが、さすがにそれはやめた」

「私も止めるよそれは!」

「今年は魔技の1年にヤキソバ屋で集客してもらってるから、まぁいいかなと」

「あ、やはり入れ知恵したのは会長か」

「お互い損はしないからいいだろ。僕らの中に料理ができる奴、いるか?」

「いないねぇ……」


 1年生魔技コースの屋台備品を運んできたトラックには、仙子たちの上級生が去年頼んでいたレンタル会社のロゴがあった。もともと関西圏の会社なので、すごい偶然だな、と仙子は思っていたのだ。


「そもそも僕らじゃ人数がいない。受験勉強に学祭プレゼンに魔戦の装備作成、これに模擬店じゃ忙しすぎる。魔技生は発表が終われば暇なんだ。どうしようかと後輩から相談を受けたなら、答えてやるのが先輩の役目じゃあないか」

「それで入れ知恵したのかい?」

「先輩からもらったマニュアルやレンタル備品の連絡先をそのまま回したんだ。大したことはしてない。出店場所は学食がいい、とは言ったけどな」


 ほら、と陽太が出してきたのは屋台で絶賛販売中のヤキソバパック(1ヶ300円)。陽太いわく、「味見してくださいってさ」とのことでタダである。仙子もご|相伴《しょうば

ん》に預かることにした。


「そろそろ時間だな」

「もうそんな時刻か」


 制服姿の中学生たちがぞろぞろと動き出した。もうすぐ13時、1年生魔戦コース生の実技発表が始まる。体育館には大型スクリーンが設置され、センターで行われている実技の映像が投影される。昨年も好評だった、教官たちの実況解説付きだ。

 今年は新企画として、学食にも同じ映像を流すことになった。茶でも飲みながら見たい、というフリーマーケット出店主(地元民)の強い要望や、「教官みたいに解説実況をやりたい!」という1年生放送委員(魔技コース生)の熱意によって実現された。

 放送委員たちが機材のセッティングを始めている。学食の隅に準備されていくのは、30インチほどのディスプレイ(普段は遠隔授業で使用)に、解説用の机と音響セット。マイクの横には、「1年生の部のラストに出てくる異形は漫研会誌に載ってます」の文字がループで流れるタブレットが、ちまり、と立てかけられている。


「……会長?」

「ちょっと手伝った。どの先生に言えば話が通りやすいとかな。だからちょっと宣伝させてもらってる」

「いろいろやっていたんだね」

「口だけさ」


 漫研のブースからは、少しばかりずれれば見える角度である。ズズッ、とイスを動かし、仙子は見やすい位置に調節する。陽太も同様に移動している。3年生としては、半年がかりでつきあってきた制作装備のお披露目会だ。気にならないわけがない。仙子と陽太は運悪く店番の時間帯にあたってしまったが、妹が出る凛はもちろん、蓮や遥希、人混みの苦手な葵も体育館にいるだろう。陽太が放送委員の企画を手伝ったのも、このためかな?、と仙子は思ったりする。


 それに、仙子としては、本日、一つばかり、心に決めていることがあった。つねづね、こうと決めたらやり遂げる人間でありたい、と思っている、1年生は魔戦コースの実技発表が、制作した装備の発動が全て上手くいったら、どうしても、どうしても、したいことがあったのだ。なので、ぜひとも最初から最後まで見たかったのだ。


 手の中の、アイスの棒を見る。

 当たりだった。

 運を使い切ったような気がして、仙子は若干ブルーな気分になる。


「瀬里澤、1年の発表が終わったら呼び込みに立ってもらうからな」

「?」

「放送委員が後夜祭のステージ用に動画編集することになってる。で、そこから琴留の実技中のスクショをもらえるように頼んであるから、そのデータが来たらタブレットを持って入り口に立つ。作者がどうとか言わなくていい。異形と戦うカッコいい1年生が、うっかり(・・・・)写り込んでるだけだからな。で、この異形が載ってまーす、とか言って人を呼び込む」

「か、会長、それはちょっとっ……」

「会誌の制作費、安くなるぞ」

「!?」


 漫研会誌の印刷費は会員たちの割り勘である。学祭後、売り上げに応じて手元に返金される額が変動する。販売部数が伸びれば、還付金も多くなる、という仕様だ。


「センターは遠いからな、休憩時間中には、1年生は戻って来ないさ。……安心しろ、瀬里澤、僕は最高の売り上げ部数を狙ってるだけだ。琴留が写ってるのは、偶然、単なる偶然なんだよ」

「ぐ、偶然?」

「そうだ、幸運な事故だった」


 どうしよう、いやでもそれは慶司郎に悪いような、でも売れれば嬉しい、とても嬉しい財布的に、慶司郎だってたくさんの人に見られれば喜ぶんじゃないだろうか、いやしかし肖像権というものが――と仙子がぐるぐる悩んでいる間に、1年生の実技発表は始まった。



 ◆◇◆



『好きです』


 魔戦コース在籍、1年生実技発表のトリを飾って観客を大いに沸かせた琴留慶司郎がその言葉を聞いたのは、後夜祭で盛り上がっている体育館を抜け出した時のことだ。

 抜け出した原因は簡単である。慶司郎のコートに仕込まれた新装備、この発動場面が体育館の大型スクリーンに編集・音楽付きで流され、同級生のみならず、3年生の男子や教師・教官たちからも大騒ぎで絡まれたのだ。金色で目立つ龍の映像が効果音付きで流れると、体育館内のボルテージは一気に上がった。騒がしいのは嫌いなので、静かになるまでクラスに隠れていようと考えたのだ。ついでに言えば、学祭の後とあって、あちこちで浮ついた雰囲気が漂っていた。なんとなく自分に向かう視線も感じたので、面倒になったのだ。

 後夜祭は19時まで。通学生は事前に申請すれば合宿所に泊まることができる。慶司郎も申請済みなので、合宿所に行くのも手だろう。戦略的撤退である。


 油断していたのだ。

 想定外とも言えた。


 クラスに戻る途中、渡り廊下で体育館と校舎とつながった2Fには、AR回路の実技を指導する教官たちの準備室がある。そこに入っていった3年生の後ろ姿を見て、装備の礼でも言おうかと廊下で待った時は、まさか自分が告白の盗み聞きをすることになろうとは思いもしなかった。


『好きです、教官』




 後ろ姿の3年生は、瀬里澤仙子だった。

 聞き間違いかと思ったが、廊下に漏れる聞き慣れた声は、間違えようもなかった。

 なぜか、汗が出た。

 意味もわからず、慶司郎は混乱していた。

 何に戸惑っているのか、よくわからなかった。


『瀬里澤』

『はい』


 聞こえてきたのは、教官の声だった。

 授業中でもふきだまりの中でも変わらない、落ち着いた声だ。


『私は、お前の気持ちには応じられない』

『…………はい』


 慶司郎は、自分の心臓が妙なリズムで動いているような気がした。

 わけもわからず、胸をおさえる。


『……教官、もし、もし教官が奥様と出会われていなかったら、もし、私が先にお会いしていたら……あの、あの』

『瀬里澤』

『…………はい、教官』

『その仮定は無意味だ。私は妻と出会い、生活を共にしている。多少なりとも、妻は今の私の人格に影響を与えている。お前が気持ちを向けた私は、妻によって変わった私でもある』

『…………っ』


 慶司郎は、立ち去るべきだと考えた。そう考えたが、ひきつった、息をのむ音を聞いた体は、なぜか動こうとはしない。


『瀬里澤。このような時は、泣いて良いのだ』

『……はい、教官。……でも、でも、私、どうやって泣いていたのか、よく、わからなくって』

『3年1組、瀬里澤仙子』

『はい、教官!』

『今のお前で泣け』

『はいっ』


 聞こえてくる泣き声は、それはみっともないものだ。鼻をすすったり、うえぇとろくな言葉になっていなかったり。けれども、慶司郎は耳をふさぐことができなかった。


『落ち着いたか?』

『は、い』

『では、後夜祭に戻れ。最後の学祭だ。仲間と楽しむと良い』


 慌てて、手近な2年生の教室に隠れる。


 扉の開く音、閉める音。

 そして、立ち去る軽い足音。


 慶司郎は詰めていた息を吐き、立ち上がろうとして――喉元を抑えられていた。


「琴留だったか」


 教官が、音もなく、気配もなく、目の前にいた。静かな目で、こちらを見ている。す、と喉から手が離れ、そうしてやっと、慶司郎は首筋の静脈が止められていたことに気がつく。

 動けない。

 体が、動かない。


「盗み聞きとは感心しない」

「……そっちが勝手に始めてんだろーが」


 強い。

 慶司郎には、それだけがわかった。フィールドの外でも、装備がなくとも、この男は苦もなく慶司郎を押さえ込むことができる。


「こういう時は、すぐに立ち去るのが礼儀というものだ」


 そう言って、教官は2年の教室から出る。

 慶司郎はこのまま行かせるのがどうしてか悔しく、何か言ってやりたくて、反射的に口を開く。


「口止め、しなくていいのかよ」


 教官は笑う。


「なんだ、貴様は吹聴するやから(・・・)だったのか?」


 笑って、そのまま教官は体育館へ立ち去った。


「……くそ」


 奇妙な苛立ちを、慶司郎は感じる。

 舌打ちを、1つ。

 それでも収まらず、2年生の机を蹴る。








 体育館から響く楽しそうなざわめきが、慶司郎にはひどく耳障りだった。








■次回更新日:11月11日(金)

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