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  9月27日(火) 新センター出願




 2020年から始まった新センター試験(正式名称「大学入学希望者学力評価テスト」)は、毎年ウン十万人が受ける冬の風物詩テストである。受験する顔ぶれも意外と多彩だ。通っている大学が嫌だ、という仮面浪人生もいれば、問題傾向のチェックに、と会社の経費で受ける受験産業の社員もいる。高卒認定と、その年度末までに18歳以上であれば受けられるため、年齢層も幅広い。

 とはいえ最も多いのは、「卒業見込者」――高校3年生、いわゆる現役生。瀬里澤仙子もその一人である。



 ◆◇◆



 仙子は志願票を見直していた。


 時刻は2限と3限の間、15分休みである。蓮と遥希は早々に机に突っ伏して寝ていた。先日、蓮は一次、遥希は二次まで公務員試験が終わったとあって、放置した炭酸飲料のようである。つまり、気が抜けている。蓮は二次試験がまだある(というか一次試験の合否すら出ていない!)のだが、いろいろな意味で終わった気分らしい。これからが正念場の仙子としては、イラッと半分、心配半分というところであった。


 志願票は新センター試験のものである。出願受付がまさに本日から開始される。仙子たち在校生は高校から一括で申し込むので、昼休みに集めて担任に提出する予定。間違いがあって不受理になっては困るから、仙子は昨夜から何度も見直している。正直、見すぎて目が上滑りだ。


 ――姓と名の間は1マスあけたし、濁点もちゃんと1マス使った。電話番号に現住所は寮で記入したし、受験する教科も間違っていない、検定料は一番高い18800円で、しかも自腹で先払い、仕送り日が恋しいですマイマザー……!


 わりと切実であった。

 検定料の支払い証明書は取り急ぎ写メを撮って送っている。これほどまでに、10月1日が土曜日なのを呪ったことはない。土日は実家近くの郵便局(ATM)が稼働していない、という理由で、瀬里澤家の仕送り日は平日一択である。


「もう出すんだっけ?」


 仙子が志願票をにらみつけていると、隣の席の凛が身を乗り出してきた。3年生では、仙子、凛、陽太が新センター志願者だ。


「いや、お昼だよ。ミスがあっては困るからね、見直している」

「嫌よねー、これ。なんかすっごく細かいとこまで気になってこない?」

「くる。くるね。今年の元号が何年なのか、何回も確認してしまった」

「ほんとそれ! っていうか、生年月日も元号ってどーいうこと!? なんで西暦じゃないの? 覚えてないし!」

「全くね……凛、これ、ここの理科の記入欄のところ、二度書きに見えるかい?」

「……完全に二度書きね。まー、でもわかるわ、Aでしょ?」

「うん、でも……訂正したほうがいいかな?」

「気になるならすれば?」

「悩む……」


 新学期からしばらく、凛は少々ふさぎ込んでいるようだった。無事に出てきたとはいえ、凛の電話がきっかけで3年生の3人は事件に巻き込まれたのだ。元凶とも言えた。仙子としては、どうにもならないことだと思っている。親兄弟が同じ状況に置かれたら、凛と同じことをしただろう。3年生がいなければ杏が出てこれた可能性は低かった。結果的に良かったのだから、と仙子は凛に告げ、凛は「ありがと」と何度も言った。詫びられるよりも、仙子にはよっぽど良かった。

 陽太や葵が学校に戻ってからは調子も出てきたらしく、いつものようにクラスを仕切っている。


「瀬里澤、ちょっと確認したいんだが」


 後ろの席から陽太も声をかけてきた。志願票の上部を指さしている。


「②の『障害等のある方への受験上の配慮』、丸つけたか?」

「ああ! そうだった、すまない! 今年も先生が申請したそうだ、つけなくちゃならなかった。すまない会長、ちょうど会長が休んでいる時にその話が出てね、伝え忘れてしまった……」

「大丈夫だ、どのみち先生には確認しようと思ってた」

「なんだっけ、パソコンの回路認証? あんまりないと思うけどねー。この機能って最新のやつにしかまだないんじゃない?」

「念のためだそうだ。回答ページへのログインには使ってないし、引っかかることはないはず、とは先生も仰っていたがね」


 新センター試験の回答方法が、パソコンを用いたCBT(Computer Based Testing)形式となってずいぶんと経つ。導入前には、設置費用をどこが負担するかで大揉めだった案件だ。今では受験生がパソコン画面とにらめっこするのも見慣れた光景になった。

 新センター試験を管轄しているのはとある独立行政法人だが、何らかの障害を抱える志願者のため、申し出があれば受験時に特別対応を取ってくれる。回路が使えない仙子たちも、その対象になったというわけである。

 近年の電子機器には、起動時に回路を使った認証を行うものもある。多数の生徒が共用する学校PCにそういった設定がなされることは考えにくい。ただ、大事な試験で万が一が起こっては具合が良くない。東京キャンパスの教員たちが相談した結果、回路認証の無いPCを使えるよう、昨年から配慮を求める事前申請を行っている。


「まあいいんじゃないか? こういったことは、僕たちはこれから多いんだろうし」

「……ゆーうつだわ」


 ぽつり、と漏らした凛に、さらっと陽太が返した。



「梶は彼氏に解除してもらうんだろ?」



 あ、やばい、と仙子は直感した。一応それは女子トイレでした女子トークで、よくよく考えたら、男子にはあまり聞かれたくない話をする時使う場所での会話だった。つまり、男子がそれを知っているのは、凛には想定外である。


「はぁっ!? なんでそんな……って仙子! あんたね! しゃべったの!」

「いや凛それは確か話の流れ上やむを得ない事情で出した話題であっていわゆる不可抗力というべきことでっ!」


 女子二人(葵はいつものごとく寝ている)がやいのやいのと騒いでいると、暴露した張本人である陽太は志願票をチラッと見て仙子に尋ねた。


「瀬里澤、成績通知、申し込むのか?」

「痛い痛い凛悪かったから口はつねらないでくれたまえっ……ああ、うん、そうだね、やはり教科の正確な点数がわかったほうが、志望大学の最終決定にはいいかと思って」

「まぁそうなんだろうが……通知、来るのは4月になってからだぞ?」

「!?」

「え、だって書いてあったでしょ、受験案内に。合計得点だけはネットで見れるはずじゃない。受験票にあるっていう専用IDで」

「!?」


 すでに述べたが、新センター試験の回答方法はCBT形式である。回答をデータで回収できる利点を存分に活用し、採点結果(各教科の合計得点だけだが)をネットで見られるようになった。新聞に掲載される正解を使って自己採点をした時代とは、雲泥の差である。

 記述式で答える問題もあるが、昨今は採点用AIの精度も上がった。今では試験日から1週間ほどで、自分の総合得点を確認することができる。


 しかも、無料(タダ)で。


 仙子は、もう一度、手元の志願票を見た。

 支払金額は最も高い18800円。

 うち800円が成績通知代である。得点内訳が簡単に記載された通知書類が郵送されてくる。ついでにいうと、現在、学食で一番高いメニューは「秋の味覚満載! 肉そばエビ天丼セット」、お1人様680円である。


「やってしまった……!」

「残念ね仙子! ほんっとーーーーに残念ね!」

「全くだな。ちょっといい昼が食べられただろうに」


 いいんだ正しい実力を把握することが大事なんだから、という仙子のぼやきは、負け惜しみと言うべきか。

 ちなみに、翌年4月に発送された成績通知書は、未開封のまま、仙子の実家で保管される。


 長く、受取人が不在だったためである。






■次回投稿日:10月9日 23時

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