エピソード 1ー4 カルロスの墓
ミューレの街からスフィール家までは推定三十㎞ほど。以前なら三時間近く掛かったんだけど、今は馬車と街道のお陰で二時間ほどでたどり着く。
そんな訳で、クレインさんが帰宅した数日後。俺とソフィア。それにアリスとクレアねぇを加えた四人は、スフィール家の屋敷を訪れていた。
ちなみに、リズはミューレの街でお留守番だ。
『わたくしだけお留守番なんて酷いです、お兄様!』
とか言ってたけど、リズは馬車や倉庫に精霊魔術を掛けて、食材やらを冷やすと言うお仕事があるので、この真夏にミューレの街を離れられると困るのだ。
……とは言え、いつまでもリズに頼りっぱなしと言う訳にはいかない。それこそ、リズが実家に帰ったり、病気になったりしたら困るからな。
なので、現在は保温箱や氷室の改良。それに各街への中継点に魔術師を配置する計画が進んでいる。
もう少ししたら、リズにも自由な時間が出来るだろう。
それはともかく、久々に訪れたスフィール家の屋敷。カルロスさんの後を継いで伯爵となったソフィアの兄、エリックさんが出迎えてくれた。
「みんな今日は良く来てくれた。スフィール家の当主として歓迎する。それにソフィア、前回のパーティー以来だな。また少し大きくなったんじゃないか?」
「エリックお兄ちゃん、久しぶりだよ」
ソフィアがサササッと走っていき、エリックさんにギュッと抱きついた。それをエリックさんが慌てて抱き留める。
以前から仲は良かったみたいだけど、ソフィアがトラウマを乗り越えて、ますます仲が良くなった気がする。
「――どうしてだろう。仲の良い二人を見ていると、胸が少し苦しくなった。ソフィアは俺の義妹なのに……」
意味不明な呟きを聞いて振り返ると、アリスがクスクスと笑っていた。
「……おい。人の背後でモノローグっぽいセリフを呟くな」
「リオンの内心を代弁してあげただけだよ?」
「違うし。さすがの俺も、実の兄に嫉妬とかしないから」
「それ以外の相手なら嫉妬するんだ?」
「……………」
ノーコメントだ。
俺はアリスの問いに答えず――無言を貫いたことで逆に笑われたけど、それを無視してエリックさんのもとへと向かった。
「やあリオンくん、元気そうだな」
「エリックさんこそ、元気そうで安心しました。ここに来る時に見ましたけど、スフィール領も順調に開拓が進んでるみたいですね」
「キミが生徒を派遣してくれたお陰だよ。一気に内政事情が改善されたからな」
「そうですか。お役に立てたようでなによりです」
実は――と言うか、当然のことながら、グランシェス領の直ぐ隣にあるスフィール領も、当時はインフルエンザやら食糧難やらで大変だった。
でも、スフィール家はソフィアの実家だし、潰れられたら賠償金も貰えなくなる。とまぁそんな理由で、優先的に技術支援を続けていたのだ。
「リオンくんにはいくら感謝してもしたりないな」
「こっちの思惑もあるので気にしないで下さい。それより、前もって連絡してあると思いますが、今日訪ねてきたのは……」
「聞いているよ。父の墓参りと……母への面会だろ?」
若干の間があった。その躊躇いの理由はたぶん……
「あまり良くない感じですか?」
なにがとは聞かなかったけど、エリーゼさんとの面会のことだ。
「そうだな……正直に言えば、あまりお奨めは出来ない。だが、ソフィアが会いたいと言ったのなら……許可するべきなんだろうな」
やはりエリックさんにも葛藤があるんだろう。クレアねぇと同じように、ためらうような雰囲気を醸し出している。
「エリックさんの心配は分かります。でも、ソフィアは全て判った上で、過去と向き合おうとしてます。出来れば、会わせてやって下さい」
「……判った。ただ面会の準備に少し時間が掛かるだろうから、先に墓参りをしてくると良い。案内はうちのメイドがしてくれる」
「判りました。……それじゃソフィア、先にお墓参りに行こうか。それにみんなも、一緒にお参りに行くか」
みんなを連れて墓参りに行こうとする。
「あぁちょっと待ってくれ。クレア嬢を貸してくれないか?」
「クレアねぇを?」
俺は構わないけど、どうする? とクレアねぇを見る。
「あたしになにか用事ですか?」
「ああ。少し今後の方針のことで相談がしたいんだが……」
「んっと……あぁ、スフィール領で開墾してる農地についてですね。構いませんよ。それじゃ弟くん、あたしはエリックさんと相談をしてくるから、そっちはお願いね」
「ん、判った」
と言う訳で墓参りには、俺とソフィアとアリスの三人で行くことになった。
やって来たのは、スフィール家がある敷地内の片隅。当主の墓がある場所としてはあまりふさわしくない、寂しげな場所だった。
これは俺の予想だけど……俺達の心情を考えての処置だと思う。
世間的にカルロスさんは、自分の命と引き替えにグランシェス家を救った英雄だけど、その実体は俺の家族を殺した罪人だから、な。
ともあれ、ソフィアはお墓の前に膝をついて、静かに目を瞑っている。俺とアリスはそれを少し離れた位置から見守っていた。
そうして考えるのは、今のソフィアがどう思っているのかってこと。
ソフィアは……自分の父親と、その部下であるレジスを殺した。
カルロスさんやレジスは、それ相応の罪を犯していた。けど……ソフィアが二人を殺したのは、恩恵で俺の抱いた悲しみを追体験して、感情移入してしまったから。それがなければ、殺すには至らなかっただろう。
誤解を覚悟で言ってしまえば、ソフィアが父親とレジスを殺したのは自らの意思じゃない。俺の感情に引きずられた結果だ。
「……リオン、なにを考えてるの?」
ソフィアには聞こえないような声で、アリスが尋ね来る。
「別に――」
なんでもないという言葉が口をついて出ることはなかった。アリスのしなやかな指先が、俺の唇を押さえつけたからだ。
「そんな辛そうな顔をして、誤魔化せると思ってるの?」
完全に見抜かれている。俺はアリスにも敵わないんだなぁと苦笑いを浮かべた。
「あの時、俺がソフィアの恩恵に気付いてたら、心を読まれなければ、こんな結果にはならなかったのかなって思ってさ」
「……なにを考えてるかと思えば。そんなの、当然に決まってるじゃない」
クスクスと笑ったアリスが告げたのは、俺が心のどこかで望んでいたのとは正反対の言葉だった。
「そう、だよな。俺のせい、だよな」
「そうだよ。ソフィアちゃんが父親を殺したのも、トラウマを乗り越えたのも、パトリックから救われたのも全部、ぜ~んぶ、リオンがしでかした結果でしょ?」
一瞬なにを言われてるか判らなかった。
「ソフィアがトラウマを乗り越えたのは、アリスやみんながいてくれたからだろ。パトリックの件だって、クレアねぇやアリス達が頑張ってくれた結果だ」
「それを言うなら、ソフィアちゃんの恩恵に気付かなかったのは私の責任だよ。あの日、あの場所には、私もいたんだから」
「それは……」
違うって反射的に思った。でも、側にいて気付かなかった俺に責任があるなら、同じように側にいて気付かなかったアリスにも責任があることになる。
……判ってて、言ってるんだろうなぁ。リオンが自分を責めるのなら、私も自分を責めるよ――って。
「アリスは優しいけど、優しくないな」
「失礼だなぁ。私はちゃんと優しいよ。ただ、甘くないだけ」
「……そう言われると、そうかもしれないけど。まぁなんにしてもありがと」
割り切れた訳じゃないけど、少しだけ気が楽になったと感謝の言葉を伝える。その後は特に会話を交わすことなく、ソフィアの背中を見守る。
程なく、お祈りを終えたソフィアが走り寄ってきた。そしてそのまま、俺の腕の中に飛び込んでくる。
「……お祈りは終わったのか?」
「うん。お父さんのしたことは今でも許せない。けど……ソフィアを育ててくれたのは事実だから。だから、ごめんなさい。育ててくれてありがとうって、伝えてきた」
「そっか……」
本当にソフィアは過去を乗り越えたんだなって、それが分かって少しホッとした。
そんな内心を行動に、俺はふわふわっとした金色の髪を優しく撫でつけた。ソフィアはくすぐったそうに身じろぎし、柑橘系の甘い香りをただよわせる。
ソフィアも今年で十三歳。こうやって密着するのはさすがに恥ずかしい。
「……どうして?」
それはほら、この世界の子供ってただでさえ成長が早いのに、ソフィアは特に胸の成長が……って、
「………………………あ、あの、ソフィアさん?」
「心なんて読んでないよ?」
「…………………………………そうですか」
くぅ。なんというか、必死に表面上は紳士を取り繕ってるのに、心を読まれるせいで全く意味がないというか、よけいに煩悩が強調されてるというか。
そう思いながらも、ソフィアを引っぺがしてない俺はアレなのかもだけど、さ。
「ソフィアは、リオンお兄ちゃんのそう言うところが好きだよ?」
「あ~もう、判ったから、さすがに自重しろっ」
恥ずかしさの限界だとソフィアを引っぺがす。ついでにお前も自重しろと、横でクスクス笑っているアリスをジト目で睨みつけた。
だけどアリスは悪びれることなく微笑んでいる。
「……なんだよ?」
「うぅん。ただ……心配しなくても大丈夫だったでしょ?」
「……そうかもな」
確かにソフィアは強くなった。以前のソフィアなら、父を許せないと拒絶したままか、自分を責めて落ち込んでいたかのどっちかだろう。
だから、この結果には少し安心した。
だけどこの後に控えているのは、エリーゼさんとの再会。エリーゼさんがソフィアをどう思っているか、そのことだけが気がかりだ。






