エピソード 1ー3 グランプ侯爵の頼み事、再び
あれこれ話し合った結果、ソフィアの里帰りは来週になった。
スフィール家の都合は問題なかったんだけど、クレインさんが尋ねてくると連絡があったので、そちらを先に済ませることにしたのだ。
そんな訳である日の昼下がり。クレインさんが屋敷を尋ねてきた。
「よお、リオン。相変わらず美少女に囲まれてるな」
「……一人はクレインさんが原因だと思うんですけどね」
応接間。クレインさん――グランプ侯爵の向かいに座る俺の両隣には、クレアねぇとリズ。そして後ろにはティナが控えている。
当主代理のクレアねぇにその補佐のティナはともかく、この国の王女であるリズがここにいるのは、クレインさんとアルベルト殿下が共謀したせいだ。
……まあ、その思惑にまんまと乗ってしまったのは俺だけどな。
「グランプ侯爵様、その節はお世話になりました」
リズが青みがかった銀髪を揺らし、優雅に頭を下げる。その姿は、まさしく王女と言うにふさわしく見える。どじっ娘の癖に。
「お気になさらず。王族に貢献するのも貴族のつとめですから」
クレインさんもそつなく答えてるけど……嘘だ。リズを助けたのは、絶対王族とのコネのために決まってる。
王女の皮を被ったドジっ娘と、貴族の皮を被った狸と言ったところだろうか? 俺はそんな二人の社交辞令が終わるのを見計らって口を開く。
「それで、クレインさんが尋ねてきたのは、パトリックの件ですか?」
パトリックの件というのは、森での襲撃事件のことだ。王女とその友人である生徒達が森での課外授業を受けていた際、賊達に襲撃された。
その首謀者が、パトリックかも知れないと言うことで調査してもらっていたのだ。
……え? リズは護衛として同行してたんじゃないのかって? なんのことか分からないな。事実、報告書にも一切書かれていないし、そんな事実はこの世に存在しない。
例え真実がどうであろうと、な。
と言うか、アルベルト殿下のシスコンっぷりは半端ないからな。いくらリズが望んだこととは言え、バレたらまた、剣術の稽古とか言ってしごかれる。
ただでさえクレインさんにバレて、むちゃくちゃ説教されたのに……と、まぁそれはともかく、その件ですかとクレインさんを見る。
「ああ。それ以外にも頼みがあるんだが……取り敢えずはパトリックの件だ」
微妙に気になることを言われた気がする。そう思ったけど、クレインさんは俺が追求するより先に話を続けてしまった。
「結果から言うと、確固たる証拠は見つからなかった」
「そう、ですか……まぁ、そうですよね」
この世界には指紋を採取してなんて概念もなければ、写真やカメラも存在しない。似顔絵での聞き込みだけでは、確実な証拠なんて得られないだろうとは思っていた。
「一応、パトリックらしき人物がグランシェス領にいたことは確認済みだ。なので、グランシェス領で発見出来れば捕縛するように命令してある」
「……うちの領地にいたら捕縛?」
なにそれ、どんな名目なんだと首をかしげると、微妙な顔をされた。
「お前が約束させたんだろ。グランシェス領に一歩も踏み込むなって。まさか、忘れてたとか言うつもりじゃないだろうな?」
「そんなまさか。ただ、それでいきなり捕縛されるのかって疑問に思っただけですよ」
嘘である。実は完全に忘れてた。なんて内心を隠して取り繕ったんだけど、クレインさんにはバレバレだったんだろう。これ見よがしにため息をつかれた。
「……別に忘れていても構わんがな。しばらくは身の回りに気を付けろよ。既に野垂れ死んでいる可能性は高いが、まだ復讐を考えている可能性も捨てきれん」
「ご安心下さい、学園や街の警備は強化してます」
「そっちも心配だが、いま言ったのはお前自身のことだ」
「……まさか、俺が襲撃されるって言うんですか? さすがにあんな目にあって、俺の前に現れるとは思わないんですが」
「可能性の問題だ。お前になにかあったら……俺が困る」
クレインさんが少し視線を逸らして呟く。なにそのツンデレっぽい反応と思った瞬間、横からクレアねぇが俺の上に抱きついてきた。
「ちょっとグランプ侯爵様、弟くんはあたし達のだから、狙ってもダメですよ!?」
「そうですわ。グランプ侯爵様。リオンお兄様を狙うなら、わたくし達の許可を取ってからにしてください!」
クレアねぇに続いてリズまで抱きついてくる。お前らなに言ってるのと感じで呆れていると、クレインさんが笑い声を上げた。
その目は、お前も大変だなと言わんばかりである。
「くくっ、心配するな。俺は幼くて胸の大きい娘にしか興味がないからな」
「それなら――」
「良いんですけど」
納得して俺から離れるクレアねぇとリズ。
――って、いやいやいや、良くない! そこで納得したらダメだよな!? クレインさんは今年で三十五歳。幼い娘にしか興味がないって、どう考えても犯罪だぞ!?
……って、この世界では合法だったな、そう言えば。
この世界に生まれ変わって十六年。
さすがにこっちの常識に馴染んできたけど、十二歳で成人とか、年の差二十歳とかが普通と言う感覚だけはいつまで経っても馴染めない。
「後は子爵家の問題だが、こっちで煩わしいことは全て処理しておいた。だから、その辺りは心配しなくて良い。そう言う訳で、パトリックの件は以上だな」
「なにからなにまですみません」
「俺とお前の仲だからな。この程度なら、いつでも頼むが良い」
「……ありがとう、ございます?」
疑問系になったのは、なにやら嫌な予感を覚えたからだ。そして予想どおり、クレインさんはにやりと笑みを浮かべた。
「ところで話は変わるが、少し頼みがあるんだが引き受けてくれないだろうか? 俺とお前の仲なんだから聞いてくれるよな?」
……そんなことだろうと思ったと、俺は苦笑いを浮かべる。
「可能な範囲なら聞きますけど……今度はどんな厄介事なんですか?」
「別に厄介という程じゃないぞ。ただ、お前の推奨していた冒険者ギルドと学校を作ったので、視察に来て欲しいと思っただけだ」
「視察、ですか……」
ちなみに冒険者ギルドというのは、魔物退治や素材集め、そのほか護衛等々の仕事を斡旋する組合のことだ。
とは言っても、この大陸にはそれほど魔物が多くない。
だからどっちかって言うと、商隊の護衛や、薬草採取みたいな仕事。それに狩人的な仕事の斡旋が主だったりはするんだけど……とにかくそれ系のギルドがなかったので、各街に作るよう推奨したのだ。
学校も同じで、ミューレ学園だけじゃ限界があるから、各自でも教えるよう推奨した。
だから、ギルドや学校を作るのは判るし、それを視察して欲しいと言うのも理解出来るんだけど……前回は生徒を一人受け入れて欲しいって頼みを聞いただけで大事になった。
ただの視察だからと言って油断は出来ない。
「……今度はなにを企んでいるんですか?」
「企むとは人聞きが悪いな。……だがまぁ少し思惑はある。視察にはリオン、お前自身が来て欲しいんだ」
学校やギルドの視察なら、他に適任がたくさんいる。なのになんでわざわざ俺にと首をかしげる。
「視察に行くのは構いませんけど、俺を指名する理由はなんですか?」
「そうだな。オーウェンを知っているな?」
知ってて当然という口ぶり。
知らないと言える雰囲気じゃないぞと困っていると、後ろに控えていたティナが、グランプ侯爵様と並び立つフルフラット侯爵家のご当主だと教えてくれた。
「フルフラット侯爵がどうしたんですか?」
「あいつとは昔から因縁があってな。このあいだうちに遊びに来た時に、あいつなんて言いやがったか分かるか?」
知らんがな――とは口が裂けても言えない。いや、意外と言っても大丈夫かもしれないけど、さすがに試す勇気はない。
なので無難に、なんて言われたんですかと聞き返した。
「オーウェンの奴、グランシェス伯爵はアルベルト殿下と仲良くなったから、お前はお払い箱になったんじゃないか? とか言いやがったんだっ」
なんとなくオチが読めたのでため息をついた。
「……もしかして、ですけど。そんなことはない、今度うちの領地に来るからな――とか言いましたか?」
「良く判ったな。その通りだ。と言う訳で、今度うちの領地に視察に来てくれ」
予想通り過ぎてため息しか出ない。
けど、そう言う事情なら視察に行くしかないだろうなぁ。うちにとってグランプ侯爵家は必要な存在だ。不仲だなんて噂されたら困るからな。
とは言え――
「視察に行くのは構いませんけど……そんなはずないの一言で良かったんじゃないですか? うちとグランプ家の関係が良好なのは、少し調べれば判るはずでしょ?」
「ついカッとなったのだ。それに、お前達との仲をオーウェンに見せつけて悔しがらせてやりたかったというのもあるがな」
「そうですか……」
あれだ。どっちもどっちだ。
多分だけど、似たもの同士で言い争うのが趣味みたいな感じだ。
話を聞く限り、喧嘩するほど仲が良い的な関係っぽいから、血を見るような展開にはならないはずだけど……侯爵同士のじゃれあい。その規模が予想出来なくて恐ろしい。
とは言え、さっきも言った通り、不仲を噂されるのはまずい。と言う訳で、スフィール家での用事を済ませた後、グランプ侯爵領へ赴くことにした。






