エピローグ リオンの決意
婚約は内々の話だったので、そのまま立ち消え。精霊魔術をもちいて流通の要となり、ちゃんとみんなに聞こえるような場所でのコンサートも開催した。
リズの夢は叶ったといっても過言じゃないだろう。
ソフィアも着々と成長して友達を増やしているし、クレアねぇはついに国を相手取って手腕を示した。みんな着実に、自由に生きて、幸せになると言う目標を叶え始めている。
だけど俺の今回の目的は、アリスに学校で得られる青春をプレゼントすること。
途中からは、アリス達の学校生活を守るためにリズに協力し、いつしかリズ自身を守ることへと目的が変化していった。
けど、最初の目的を忘れた訳じゃない。
俺がリズの問題に振り回されていても文句一つ言わず、俺と行動を共にしてくれたアリス。そんなアリスの精一杯のメッセージを、俺は既に受け取っている。
だから俺はその想いに答えるために、コンサートが終わったら来て欲しいと、アリスを校舎裏へと呼び出した。
そんな訳で、世界樹の木の下。
少しの緊張と共にアリスを待っていると、一つの足音が近づいてきた。
「……はぁっ、はあ。お待たせ」
夕焼けに照らされた世界樹の下、桜色の髪を風になびかせながらアリスが姿を現した。
ステージが終わって走ってきたのだろう。ゴシック調の衣装に身を包んだアリスの息は荒い。けど、頬がほのかに赤いのは、きっとそれだけが理由じゃないはずだ。
「リオン、こんなところに呼び出して、どうしたの……?」
その問いに答えず、俺は無言でアリスの顔を覗き込む。出会った頃は見上げなきゃいけなかったけど、今ではほとんど同じ。俺の方が少し見下ろすくらいになった。
俺は無言でアリスの髪に手を伸ばし、シルバーの髪飾りを取り払った。
紋様魔術による偽装が解けてあらわになった、虹彩の異なる左右の瞳が、少しの戸惑いを持って俺を見つめる。
俺はそんなアリスの瞳を覗き返し――
「――好きだよ、アリス。この世界で会った時から、ずっと」
前置きなんて要らない。ただ真っ直ぐに、自分の思いを伝えた。
「……リオ、ン。……本当に?」
アリスの瞳が驚きに見開かれる。
「こんなこと、冗談で言ったりしないよ」
「……でも、私の前世は妹なんだよ?」
「そんなの今更だろ」
今は血が繋がってないし、クレアねぇをけしかけた奴が言うセリフじゃない。それになにより、ここまで惚れさせておいてから言われても、な。
「それは、そうだけど……ホントに良いの? 私はエルフだよ? リオンがお爺ちゃんになっても、私はずっと若いままなんだよ?」
「それに関しては俺の方が聞きたいな」
大切な人を残して死んでいく者と、大切な人に先立たれた者。
どっちが辛いかは……一概には決められないだろう。だけど残された人間は、その後もずっと悲しみ続ける。
それは……俺自身がよく知っているから。
「俺はいつかきっと、アリスを残して死んでしまう。それでも、良いのか?」
「……良くないよ。リオンがいつか先に死んじゃう。そう考えるだけで泣きそうになる」
アリスは整った顔を哀しげに歪ませた。
「だったら――っ」
同じくらい長生きのエルフの相手を探すべきだ。そう続けようとした口が、アリスの唇によって塞がれた。
左右で虹彩の異なる瞳の中に、驚く俺の姿が映り込んでいる。だけど、それはほんの僅かな時間だけ。アリスはゆっくりと俺から距離を取った。
「…………アリス?」
「リオンは――裕弥兄さんは、私が死の病を患っていても、最後まで私の側にいてくれた。私も、リオンがいつか先に死ぬとしても、最後までリオンの側にいるよ」
「そう、か……」
側にいると言われて嬉しい。
だけどそれと同時、エルフとしての寿命を持つアリスにとって、人間の俺はいつ死ぬともしれない相手だと言う事実にショックを受ける。
……でも、考えてみたら当然か。
アリスの姿は、出会った頃と少しも変わってない。最初の十数年で少年少女の姿になり、そこから数百年掛けて緩やかに歳をとる長寿の種族。
アリスから見た俺は、人間から見た小動物と同じくらいの寿命なのだろう。
……いつか俺が死んでも、アリスが悲しまないような環境を作ってやらないとな。
なんて、湿っぽくなりすぎか。
いくらアリスより先に死ぬとは言え、それはまだ何十年も先の話。今から心配なんてしていられない。これから少しずつ考えていけば良いだろう。
「アリス、これからも俺と一緒にいてくれ」
「……うん。大好きだよ、リオン」
「ああ、俺もだ」
もう一度、触れるような口づけを交わす。そうしてゆっくりと顔を放すと、アリスが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「なら――これからは、私だけを見てくれる?」
「もちろん――って言ったら喜ぶのか?」
アリスのイジワルに、俺もイジワルで問い返す。とたん、アリスは拗ねるように唇を尖らせた。
「まさか、そんなはずないよ。でも、私だけ見て欲しいって気持ちもあるの。そう言う乙女心は理解して欲しいなぁ」
はいはいと、俺は苦笑いを浮かべる。
「俺はアリスのことが好きだけど、クレアねぇやソフィアを放っておけない。だから、アリスだけを見るのは無理だよ」
「酷いセリフだなぁ……」
アリスがため息まじりにこぼす。
「俺もそう思うよ。でも、それが偽らざる俺の本音だ」
アリスが俺と付き合うために、二人をけしかけたようなモノだ。それなのに、目的を果たしたから、二人はもう必要ない――なんて、言えるはずない。
二人とどう向き合うかはまだ分からない、だけど、ソフィアやクレアねぇのこともちゃんと考えるつもりだ。
「それでも、アリスは――」
「それでも、私はリオンが大好きだよ。前世からずっと、ね」
揺るぎない眼差し。何処までも本気で言ってるんだろう。だから、俺も覚悟を決める。
「もう一度言うぞ。俺はアリスだけを見ることは出来ない。だけど、俺がアリスを好きな気持ちは本物だ。だから――」
俺はそこで言葉を切り、アリスの華奢な体をもう一度抱きしめた。
「一緒に幸せになろう。アリス、これからもずっと、俺と共に歩んでくれ」
「うん、よろこんで」
夕焼けに染まる世界樹の下。俺達は誓いの口づけを交わした。






