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俺の異世界姉妹が自重しない!  作者: 緋色の雨
第一章 自重しない異世界姉妹
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エピソード 2ー1 父親との邂逅

 日が沈み、夜の帳が下りる中庭。

 本宅へと向かっていた俺は、敷地の片隅から響くクレアねぇの必死な声を聞いた。俺は慌てて目的地を変更、声の聞こえる方へと向かう。

 そうして茂みを超えた場所、俺はかがり火に照らされた狂気を目の当たりにした。

 最初に目に映ったのは赤く燃えさかる炎。父らしき人物と数名の騎士が松明を手に、ミシェルを初めとした使用人数名を取り囲んでいたのだ。

 使用人達は、油か何かで濡れた藁と薪で組まれた台の上に座らされている。なにが行われようとしているのかは一目瞭然だ。


「お父様っ、お願いだから止めさせて下さい!」

「クレア。お前の気持ちは痛いほど判る。わしとてお前と気持ちは同じだ」

「だったらこんな事は止めて下さい!」

「それはならん。わしにはより多くの皆を護る義務があるのだ。ここで病の元を立たなければ、どれだけの被害になるか想像も出来ん」

「でも、彼女たちはグランシェス家に仕えてくれてるんですよ!?」

「言われるまでもない。お前と同じ気持ちだと言っただろう。だが、身内だからと特別扱いすれば、他の者もマネをする。そうすれば、病の元を立つ事など出来ぬのだ!」

「でも、安静にしていれば治るんですよ!?」

「それはお前の希望であろう」

「違います!」

「では、お前は何処でそのような知識を得たというのだ」

「それは――っ」

 クレアねぇは唇を噛んだ。その先を口にすれば、俺の秘密が明るみに出てしまうからだろう。だけどその沈黙は、父の誤解を加速させる。


「……もうよせ。これ以上は彼女たちを苦しめるだけだ」

「だけど――っ」

「クレア様、そのお気持ちだけで充分です」

 他のメイド達が震える中、唯一毅然とした態度を保っていたミシェルが声を上げる。


「……ミシェル、自分がなにを言ってるのか判っているの?」

「私とて死にたい訳ではありません。ですが、このままでは私達の大切な人々にまで累が及ぶかも知れません。そんなことになるくらいなら、私は……死を望みます」

「そんな……嫌、嫌よ。ミシェル、お願いだから、そんなことを言わないで!」

「――クレア様、私に近づいてはいけません!」

 ミシェルは縋りつこうとしたクレアねぇを拒絶した。

 文字通りの意味でこれから降りかかる火の粉を想像すれば、ミシェルの恐怖は想像を絶するはずだ。それなのに毅然と言い放つ。

 そんなミシェルを見た俺は。クレアねぇに対する深い愛情を感じた。そしてそれはクレアねぇも同じだったんだろう。泣きそうな顔で、歩み寄る足を止めてしまう。


「……クレア、お前は下がっていなさい」

 父は騎士の一人に指示を出し、動けなくなったクレアねぇを拘束してしまう。


 ……やっぱり、クレアねぇ一人じゃ荷が重かったか。

 クレアねぇが説得してくれるのが理想だったんだけど、こうなったら仕方ないと、俺は今まさに新たな指示を出そうとしている父の前に進み出た。

「父上、お聞き下さい!」

「今度はなんだ? お前は……リオン? 何故ここに居る!?」

 父が狼狽した声を上げ、クレアねぇが驚きに目を開く。さらにはまわりの騎士が一斉にざわめき始めた。

 およそ四年ぶり、二度目の邂逅。

 前世で両親を早くに失った俺にとって、家族という繋がりには特別な意味がある。だから、恨み辛みではなく、自分の父親とのコミュニケーションを取りたいと願っていた。

 ……だけど、今はその時じゃない。今はミシェル達を助けるのが先決だと深呼吸を一つ、父の説得を開始する。


「私がここにいるのは、父上に話があるからです」

「……クレアに妙なことを吹き込んだのはお前なのか?」

「妙なことではありません。病に対する正しい知識です」

「なにを言うかと思えば、離れで暮らすお前に、そのような知識があるはずなかろう」

 まるで信じていない様子だけど、それは俺の予想の範囲内。まずは知っている知識を出し惜しみなしで捲し立てて興味を惹く。


「高熱に加え、倦怠感や食欲不振。ただの風邪とは異なり、急に症状が現れ、体全体に及ぶ症状が特徴。更には乾燥した寒い季節に流行する。彼女たちが患っているのは感染力の高いインフルエンザです」

「……いんふるえんざ、だと? お前はその病を知っていると言うのか?」

「ええ、よく知っています」

 今のは説得する上でのハッタリだ。

 仮にインフルエンザだとしても、様々な種類があるので、領地で流行っているインフルエンザがどの程度のモノなのかまるで想像がつかない。

 でも、それを知られたら、ミシェル達の運命は決まってしまう。俺は父の視線を真っ直ぐに受け止めながら、必死に自信がある風を装い続ける。


「そこまで自信たっぷりに話すからには、治す方法も知っているのだろうな?」

「ええ。よく知っていますよ」

 俺は目をそらさずに答えながら、心の中で安堵のため息をついた。


 次はミシェル達が救えると理解して貰わなきゃいけないんだけど――と、俺は震えるメイド達に視線を向ける。

 体力のない子供や老人なら厳しいけれど、幸いにして彼女たちは二十代くらいに見える。薬がなくとも、安静に出来る環境を用意すれば、回復の可能性は充分にあるはずだ。


「俺の言うとおりの処置をして下さるなら、大半の人が助けられます」

 父を真っ直ぐに見据えて言い放った。直後、周囲の騎士達がざわめき始める。

 それは年端もいかない子供がなにを――と言った内容で、俺の言葉に耳を傾けている人間はいないように思う。

 だけど――

「……ふむ。その処置というのはどのようなモノだ?」

 父だけは、俺の言葉に問いを投げかけてきた。


「湿度が高く暖かい清潔な部屋で、十分な水分と、消化の良い食事を与えて安静にして貰います。そうすれば、十日程で回復するでしょう」

「ほぅ、薬の類いは必要ないと申すか?」

「薬は……必要在りません」

 本音を言えば、解熱剤などは欲しい。でもそれは、本当に薬であればの話だ。

 文明レベルがこの世界と同じ頃の地球では、薬と信じられた毒物が公然と使われていた。正確な効果が判らない薬には手を出したくないというのが正直なところだ。


「ただ安静にしていれば治るというのか?」

「一番重要なのはそう出来る環境です」

 インフルエンザを患って、冬に倉庫に押し込められての生活。そんなんじゃ治るモノも治らない。ただの風邪でも死にそうな気がする。


「お前の発言が事実なら素晴らしいことだが……それをどうやって証明するつもりだ?」

「……残念ですが、現状での証明は無理ですね。俺の言うとおりの処置をすれば、十日後には証明できるはずですが」

「確かにな。試してみれば事実かどうかは明らかになるだろう。だが、それは出来ない」

 ……やっぱりか。


「一応確認しておきますが、俺の話を頭から信じてない訳じゃありませんよね?」

「無論だ。何処でそのような知識を手に入れたか知らぬが……」

 そう言って父が視線を向けたのはクレアねぇ。

 ……あれ? もしかして、クレアねぇがちょくちょく遊びに来てるのがバレてる? いや、クレアねぇと俺が同じ事を言ってるから予想したのか?

 でも考えてみたら、さっき俺のことをすぐにリオンだって理解したよな。俺が父って呼んだから、消去法だったのかもしれないけど……いや、今は考えてもしょうがない。


「ともあれ、お前が嘘を言ってるようには見えぬ。試す価値のあるお話だとは思う」

「では、出来ない理由をお聞かせ下さい」

「リスクが高すぎるからだ。お前は先ほど感染力の高い病だと言ったな? もし彼女達の症状が治まらず、他の者に感染したらお前はどう責任を取るつもりだ?」

「それは正しく隔離することで防げます」

「だが、安静にして貰うには、健康な者に看病させる必要があるだろう。お前の不確かな根拠で、誰かを生け贄にしろと言うつもりか?」

「それは……」

 確かにそのリスクは残っている。薬がないこの世界では死者が出ないと言い切れないし、それが看病した人間である可能性も捨て切れない。


 なので、その問いに対する答えは既に用意してある。誰かが危険を冒さなければいけないのなら、言い出しっぺが引き受けるべきだろう。

 だから――


「――それならば、私が彼女たちの世話をしましょう」

 俺が口を開く寸前、不意に俺の背後から凛とした声が響く。ここで聞くはずのない声を聞き、俺は弾かれたように振り返る。

「ミリィ、なんでここに!?」

「リオン様の説得が上手くいけば、世話をする人間が必要になると予想したからです」

「世話って……彼女たちのか?」

「言いましたよ。私はいつだってリオン様の味方だと」

 ミリィは悪戯っぽく微笑み、俺の隣りに並び立つ。そうして、俺の父へと向き直った。

「ロバート様、ご無沙汰しています」

「……ミリィ。お前が彼女たちの世話をするというのか?」

「はい。その通りです」

「しかしだな……話を聞いていたのなら判るだろ? 彼女たちの世話をすれば、お前の身も危険にさらされるのだぞ?」

「覚悟の上です。なにより、私はリオン様を信じていますから」

 一分の揺らぎもなく、ミリィはキッパリと言ってのける。そんなミリィの態度に、父は僅かに困ったような素振りを見せた。

「……本気、なのだな?」

「ええ、もちろんです」

 暫し無言で見つめ合う。やがて折れたのは父の方だった。

「……判った。そこまで言うのなら、彼女たちの命運はお前達に預けよう」

 こうして、屋敷の患者は俺達に任されることとなった。もっと手こずると思ったんだけど、ミリィが来てから急に流れが変わったな。

 ご無沙汰とか言ってたし、以前はそれなりに交流でもあったのかもな。


 ちなみに、意外なことに騎士達から反論の声は上がらない。俺の発言を信じたと言うよりは、父の判断を信じた。もしくは、皆を殺したくないと思っていたからだろう。


「それでは、今から彼女たちを連れて帰りたいと思います。かまいませんか?」

「うむ。必要なモノは後ほど離れに運ばせよう」

 父の了承を得て、ミリィは寒さと恐怖に震えるメイド達の前へと歩み寄る。寒空の中に放り出されて体調が悪化してるんだろう。彼女たちは凄く辛そうにしている。

「……皆さん、辛いと思いますが、離れまで自分で歩けますか?」

 メイド達は辛そうにしながらも、なんとか自力で立ち上がった。


「リオン様はこれからどうなさいます?」

「俺は……」

 尋問されたり拘束されたりするんじゃないかなと思って父を見る。

「お前には色々と聞きたいが、全ては結果が出てからだ。今は成すべき事を成すがいい」

 ふむ、結果が出るまで保留にしてくれるってところか。だったら、俺もやるべきことをやらないとな。


「父上、ありがとうございます。それと、屋敷に戻ったらうがいと手洗いを忘れずに。それに部屋などに濡れたタオルを干すようにしてください」

「……ふむ?」

「ほかにも感染してる人がいるかも知れませんし、インフルエンザの予防です。感染する確率が下がるはずです」

「判った。屋敷だけではなく、領民にも通達しておこう。しかし、お前が本当にここまで……いや、それは言っても仕方のないことか」

 父は含みのある呟きを残し、騎士達を連れて立ち去っていく。それを見届け、俺は再びミリィへと視線を戻した。


「俺も一緒に離れに戻って手伝うよ」

「……安全な場所にいてくださいと言っても聞き入れてくれないのでしょうね」

「逆の立場なら、ミリィは言う事を聞いてくれるのか?」

「……愚問でしたね。判りました。それでは先に戻ります」

「なにを言ってるんだ? 俺も一緒に戻るぞ?」

「いいえ。リオン様にはまだ大切な用事が残っているでしょう?」

 ミリィがそう言って俺の背後に視線を向ける。そこには、今にも泣きそうなのを必死に堪えているクレアねぇの姿があった。


 あーどうしたものか。ミシェルはともかく、使用人の目がある状態で駆け寄るのはまずいか? なんて思っていると、ミリィは使用人達を連れて行ってしまった。

 そうして人の目がなくなった瞬間、クレアねぇが腕の中に飛び込んでくる。

「うわっと!?」

「ごめんっ、ごめんなさい! あたしのせいで、ごめんなさい!」

「……なんで謝るんだよ?」

「だってあたしのせいで、弟くんの秘密がお父様に!」

「あぁ……見事にバレちゃっただろうなぁ」

 今はまだ半信半疑だろうけど、ミシェル達が助かれば話は変わる。そしてその事実がキャロラインさんの耳に入れば、ミリィは……


「弟くん、私にも看病を手伝わせて」

「それは……ダメだ」

「どうして!?」

「判ってるだろ。キャロラインさんが許すはずない」

 もし強引にクレアねぇが離れにくれば、キャロラインさんが何をするか判らない。最悪、クレアねぇを連れ戻して感染者を殺すかも知れない。

 それが判ったのだろう。クレアねぇは悔しげに唇を噛んだ。


「……ごめんね、弟くん。あたし弟くんに迷惑を掛けるばっかりだね。どうすれば許されるか判らないけど、あたしに出来ることがあったら言って」

「出来ること?」

「うん。弟くんに少しでも恩を返せるなら、あたしはなんだってするから」

 クレアねぇは頬を涙で濡らしながら、真っ直ぐに俺を見つめている。その翡翠の瞳は真剣で、その言葉がどれだけ本気なのかが窺える。

 まったく、女の子がなんだってするとか言っちゃダメなんだぞ。えっちぃ要求とかされたらどうするつもりなんだ……なんて。そんなのが判る歳じゃないか。

 まぁそれ以前、実の姉にえっちぃ要求を突きつけるとか有り得ないけどさ。


「本当に何でもするんだな?」

「ええ、あたしに出来ることならなんだってするわ」

「そっか……なら、クレアねぇは笑っててくれよ」

「……え? 弟くんはなにを言ってるの?」

「だ か ら、要望だよ。俺はクレアねぇが悲しむのを黙って見てられなくて助けた。ただそれだけだから、クレアねぇが笑顔でいてくれれば十分だ」

「で、でも、それじゃ罰になってないわ」

「例え自分の望まない内容でも、ちゃんと言うこと聞けよ。なんでもするって、そう言うことだろ?」

「……ズルイわよ。そんな風に言われたら……逆らえないじゃない」

 罰を受けたかったんだろう。クレアねぇは泣き笑いのような表情を浮かべた。

 気持ちは判るけど、俺はクレアねぇに笑ってて欲しい。哀しい選択をしてまでここに来たのは、それが理由だから。


「笑ってくれ、クレアねぇ」

 俺やミリィの分まで――と、声には出さずに続ける。

「……イジワル。弟くんは優しいくせにイジワルよ。……でも、約束だものね。弟くんが笑えって言うなら、私はずっと笑顔でいるわ」

「ああ、そうしてくれ」

「ぐすっ。……ありがとう、弟くん。本当に……ありがとう、ね」

 涙をぼろぼろとこぼしながらも綺麗な微笑みを浮かべる。俺はクレアねぇが泣き止むまで、その華奢な体をずっと抱きしめていた。


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