エピソード 4ー5 手のひらの上
「クレアねぇ……どうしてここに?」
「あら、当主代理としてのお仕事で出かけるって言ってあったでしょ?」
「それは確かに聞いてたけど……え、お仕事の行き先って王城だったのか?」
「最初はグランプ侯爵領ね。そしてそのあとが王城よ」
「……グランプ侯爵領と王城?」
と言うか、こんなタイミングで現れたってことは、リズがらみ? いやそれ以前、王城ってもしかして、アルベルト殿下と?
まさかと視線で問いかけると、パチリとウィンクされてしまった。……どうしよう、クレアねぇが凄く頼もしい。
「さてさてアルベルト殿下。さっきも言いましたけど、あたしの弟くんを余りイジメないでくれませんか?」
「なにを言う、お前の弟が頼りないせいだろう」
「あら、頼りないところがあるから、護ってあげたくなるんじゃないですか。アルベルト殿下ならご理解出来ると思ったんですけど?」
リズのことを言ってるのだろうか? クレアねぇの意味ありげな視線を受けて、アルベルト殿下はフンと鼻を鳴らした。
――と言うかクレアねぇ。頼りないところがあるから護ってあげたくなるって酷い。
……いやまぁ、自分が隙のない人間だなんて思ったことはないけどさ。クレアねぇには、頼りがいのある弟だと思われてるつもりだったのに。
いつの間にそんな風に思われてしまったのか。屋敷に閉じ込められた頃は、すっごい頼りにされてたのになぁ……なんか時の流れを感じる。
なんて考えているあいだに、二人の会話は進んでいく。
「そんな訳でアルベルト殿下。貴方の当初の計画通りリーゼロッテ様との婚姻はなかったことにしてください」
「それで俺に益はあるのか?」
「ええ。貴方の思惑通りに」
「しかしその割りに、お前の弟はまるでそんな素振りを見せていないが?」
「弟くんは天然だから問題ありません。さっき別室で可愛い義妹にも確認済みです。リーゼロッテ姫様は乗り気のようですよ」
「なん、だと……」
急にアルベルト殿下の眼光が鋭くなる。そして視線だけで人が殺せるのなら死ねと言わんばかりに俺を睨み付けてくる。
……ええっと、なに? どういうことなの? 可愛い義妹ってソフィアだよな? ソフィアに確認して。リズが乗り気?
意味が判らないと思っていたら、詰め寄って来たアルベルト殿下に胸ぐらを捕まれた。
「おい貴様っ、一体リズになにをした!?」
「な、なにをしたって……」
ちょっと、ドジっ娘なのをずばずば指摘して落ち込ませてみたり、平民の護衛をさせて危険に晒したくらいで……
俺はふいっと視線を逸らす。
「きーさーまーっ!?」
「ちょっとアルベルトお兄様!? リオンお兄様になにをするつもりなんですの!?」
いままで黙っていたリズが少し怒ったように声を上げる。それを聞いたアルベルト殿下はピシリと固まった。そして信じられないといった面持ちでリズの顔を見た。
「リ、リズ。お前いま、この男を兄と呼んだ、のか……?」
「え、それはその……えっと。わ、わたしくし、リオンお兄様をお兄様だなんて呼んでませんことよ!?」
……嘘が下手すぎると、俺は思わず頭を抱えた。
第一王子の婚約者を寝取った――と言うと語弊があるけど、そう思われても仕方のない状況。本気で殺されるんじゃないかと心配したんだけど、アルベルト殿下の口から漏れたのは怒りではなく大きなため息だった。
そうしてアルベルト殿下はクレアねぇへと視線を向ける。
「……非常に面白くないが、リズはお前の弟を慕っているようだ」
「ご満足頂けましたか?」
「ふんっ、まあ良いだろう。お前の修正プランに乗ってやろう」
意味はまったく判らないけど、凄く嫌な予感がする。
正直、クレアねぇに任せてここから逃げ出したい気分だけど……恐ろしいことに、二人は揃って俺を見た。
「さぁ弟くん。お膳立てはしたわ。後は弟くん次第よ」
「……俺次第って?」
「弟くんに、リーゼロッテ姫の願いを叶える覚悟があるか否かよ」
「そんなの、あるに決まってるだろ」
最初はアリスやソフィアのためだった。だけど今はそれだけじゃない。一生懸命に前に進もうとするリズを応援してやりたいと思っている。
俺に出来ることがあるのなら、努力を惜しむつもりはない。
「本当に?」
「ああ。二言はないよ。俺に出来ることならなんだってする」
「そう。だったら――リーゼロッテ姫をハーレムに加えてあげなさい」
「おう! …………………おぉう? 意味が判らないんですが?」
勢いで返事をしちゃったけど、クレアねぇは一体なにを言ってるんだ?
「アルベルト殿下が、リーゼロッテ姫と結婚しようとしてた目的は判ってるわよね?」
「ええっと……リーゼロッテ姫の名声が欲しいから、だっけ?」
「正解。だけど、リーゼロッテ姫の名声が欲しいだけなら、別に結婚をする必要ってないのよね。だって二人はもとから、仲が良いことで有名だから」
「そう言えば……」
クレアねぇは、リズが第一王子に可愛がられていると言っていたし、リズ本人も仲の良い兄弟で通っていると言っていた。
「なら、どうしてリーゼロッテ姫様と結婚しようとしたんですか?」
俺はアルベルト殿下に向かって尋ねる。正直、全く状況について行けてない。
「俺がリズと結婚しようとしたのは、その方がリズの人気を利用しやすいからだ。だが同時に、リズが乗り気でないことにも気付いていた」
「だったらどうして……」
「鈍い奴だな。リズがお前の経営する学校に逃げ込んだのが、ただの偶然だとでも思っているのか?」
「……そうじゃないんですか? ウェルズさんから噂を聞いて、グランプ侯爵のツテに頼ったって聞いてますが?」
「はんっ」
鼻で笑われた。本気で意味が判らない。そう思っていたら、クレアねぇがあのねと助け船を出してくれた。
「グランプ侯爵様がしたことは、プリンセスの家出幇助よ? あの侯爵様が、そんな危険で利のないことをすると思う?」
「支援したのがクレインさんじゃないって言うのか? 俺は、クレインさんから直接頼まれたんだぞ?」
「疑う部分を間違ってるわ。グランプ侯爵様は、危険がなくて利があると判断したから、リーゼロッテ様をうちに送り込んだのよ」
「………それって、まさか!」
驚いてアルベルト殿下を見る。すると殿下は満足げに頷いた。
「そうだ。リズに学園の噂を聞かせるように、ウェルズに指示を出したのは俺。そして、クレイン侯爵が動いたのも、リズが頼んだからじゃない。俺が指示を出したからだ。リズがミューレ学園に行きたいと言い出したら、協力するようにとな」
「な、なんでそんなことを?」
「この状況を見れば明らかではないか? リズはお前の庇護下にある。あのグランシェス伯爵の庇護下だ。そしてそんなリズは、俺を慕っている。それを世間はどう見る?」
「……グランシェス伯爵は、アルベルト殿下の味方だ、と。そう言うことですか?」
「そう言うことだ。もっとも、最初はリズの自由を取引材料に、お前と交渉する予定だったのだが……彼女が乗り込んできてな。若干プランを修正した訳だ」
「……マ、マジですか」
今回の一件、最初から全部アルベルト殿下の手のひらの上かよ。
「そう言う訳だから、リオン。お前にはリズと結ばれて貰う」
「――ちょ、待って、待ってください! 俺にはアリスとクレアねぇとソフィアが既にいるんです!」
「……三人もいるのなら、一人くらい増えても問題なかろう?」
うああああああ、反論出来ない!?
いや待て、落ち着け。確かに人数で言えば、三人も四人もたいして変わらない。けど、三人のところに一人増やすのには大きな問題がある。
クレアねぇは……全く反対してないな。でもソフィアは……リズをシスターズに加えた張本人だったな。とは言え、アリスは……義妹なら問題ないとか言ってたか。
……あれ? 断る言い訳が見つからない。
いやいやいやいや、みんなが良くても俺が良くない。
確かに俺はアリスだけじゃなくて、クレアねぇやソフィアを受け入れる覚悟をした。けどそれは、来るモノ拒まずってスタンスになった訳じゃない。
だから――と必死に頭を働かせていると、アルベルト殿下が笑い声を上げた。
「ふっ、そんなに困った顔をするな。冗談だ」
「……え? どこから、ですか?」
「結婚の話だ。俺のリズがお前と結ばれるなど、想像しただけで腹が立つ。クレアが提案してきたのは、リズをお前の義妹にするって話だ」
「……ええっと、それって結婚するのと一緒じゃありませんか?」
尋ねた瞬間、アルベルト殿下が思いっ切り怪訝な表情を浮かべた。
「お前はなにを言ってるんだ? 義理の妹にするのと結婚が同じ訳なかろう」
「……………………はっ!? そう言えばそうですね!」
い、いかん。アリス達に毒されすぎだ。今ちょっと本気で、結婚と義理の妹にするのが同じ意味だと思ってた。
……でも、そうか。普通の意味で、義理の妹にするだけか。
ただ義理の妹にするだけなら構わないけど……
「アルベルト殿下にお尋ねします。うちに対して、一体何処までお求めでしょう?」
「お前を手駒にするつもりはない。あくまで名声を利用させて貰うだけだ。その点については、クレアと話がついているから心配するな」
「クレアねぇと?」
そうなのかとクレアねぇを見ると、にっこりと微笑まれた。
まあクレアねぇが判断したのなら、信頼出来るのは間違いない。と言うか、普段任せっぱなしなのに、こんな時だけ文句を言う訳にもいかないしな。
なにより、他に選択肢はなさそうだ。
「判りました。お許し頂けるのなら、リーゼロッテ姫様を俺の義妹にさせてください」
「リオンお兄様、よろしいんですの?」
「リズが嫌じゃなければな」
「嫌なはずありませんわ! ありがとうございます、リオンお兄様!」
リズは席から立ち上がって飛びついてくる。俺はそれを慌てて抱き留めた。だけどその直後、ドンと机を叩くような音が響く。
「……おい、リオン。リズを義妹にしたと言うことは、俺の弟も同然だな」
「え? いや、それは違うんじゃないでしょう……か?」
「ええい、うるさい! 今から義弟のお前に剣術の稽古をしてやる。だからさっさとリズから離れて中庭にまで着いてこい」
「ええええええぇ」
体格的にも地位的にも抵抗出来るはずがなく、リズから引っぺがされた俺は、そのまま中庭にまで連れて行かれ、日が暮れるまで剣術でしごかれた。
途中から見てたソフィアがお兄ちゃんの仇とか言って参戦し、アルベルト殿下に圧勝してたのは……まぁ別の話である。






