エピソード 4ー3 婚約破棄を目指して
――リズの兄であるアルベルト・フォン・リゼルヘイム。この国の第一王子がリズを迎えに来たが、交渉の末に今月いっぱいの猶予を貰った。
だけど期限が来れば、リズは兄と結婚させられてしまう。
それを回避する為には、残り三週間で結果を出さなくてはいけない。なにかをなに遂げなくちゃいけない。
そんな状況で――リズはソフィアの作った部活に入りたいと必死に交渉していた。
「それじゃ、リズさんも今日からシスターズの一員だよ!」
訂正、既に仲間として受け入れられていた。
……リズって、兄と結婚するのが嫌で逃げてきたんじゃないんですかねぇ。
いやまあ、ソフィアの部活って、姉妹としての技量を磨くのが目的みたいだから、入ったからって別に、俺の義妹になるのが確定してる訳じゃないはずだけどさ。
そう考えると、ソフィアとリズが仲良くするのは良いこと、なのかな?
けど、せっかくクラスメイトの感情が、リズに対して好意的に傾いているのだ。身内だけで完結させるのはもったいない。
そんな訳で俺は咳払いを一つ。椅子から立ち上がってみんなを見回した。
「少し話を聞いてくれ」
前置きを一つ。リズが一ヶ月後に帰らなきゃいけないこと。それまでになにも為し遂げられなかったら、確実に望まぬ結婚をさせられることを打ち明けた。
「選択授業を回ってたのは、そう言う理由だったんだ。リズの行動に思うところがある人もいると思うけど、決して軽い気持ちで遊んでるんじゃないって判って欲しい」
俺はそこで一度言葉を切ってみんなを見回す。
ここ数日の流れのお陰か、はたまたさっきの件でリズに同情が集まったのか。どちらにしても、皆は好意的な態度で話を聞いてくれているようだ。
「これから俺達は、リズが望まぬ結婚をしなくてすむようにあれこれする予定だ。もちろん、みんなには極力迷惑をかけないようにする。だから出来る範囲で良い、俺達に協力して欲しいんだ。どうか……頼む」
深々と頭を下げる。その横で、リズが少し慌てた感じでよろしくお願いしますと続け、俺の隣で同じように頭を下げた。
僅かな沈黙の後、ぱちぱちと数人分の拍手が鳴った。
頭を上げて見れば、アリスとソフィア。それにエイミーとアカネ。最後にトレバーの五人が手を叩いてくれていた。
そしてその拍手に釣られるように、次第に教室全体に拍手が広がって行く。
「ありがとう、みんな」
「みなさん、ありがとうございます。それにリオン様も、わたくしのために感謝ですわ」
「乗り掛かった船だからな」
と言うか、リズが連れ帰られてバッドエンドとか、どう考えてもアリスやソフィアのトラウマになる。もちろん俺も、な、
だから、見捨てるつもりなんてサラサラない。本気で今更だ。
「ねぇねぇ兄様、リズさんに協力するのはもちろんですけど、具体的には何をするつもりなんですか?」
おもむろにそんなことを言ったのはエイミーだけど……兄様って誰だよ。いや、もしかしなくても俺のことなんだろうけどさ。
「取り敢えず、俺のことはリオンと呼べ。話はそれからだ」
「リオン兄様?」
……くっ。なんでこう、俺の周りは人の話を聞かない女の子ばっかりなんだろうな。なんか指摘してる暇があったら、話を進めた方が良い気がしてきたぞ。
と言うか、気にせずに話を進めよう。スルーだスルー。
「色々探してみようかなって思ってたんだけど、もうあんまり時間がないんだよな」
あんまりというか、ほとんどない。三週間で適性を見つけた上で、なにか大きな成果を上げる。そんなに簡単にできたら、世の中は成功者ばっかりだ。
「そうなると、リズさんに適性のあるなにかを、早急に見つける必要があるんですね」
「エイミーの言うとおりだ。そして俺は、それに一つだけ心当たりがある」
「――そうなんですの!?」
自分に才能の話になって沈んでいたリズが、俺の言葉に飛びついてくる。
「教えてくださいまし、リオンお兄様」
「お前もかああぁぁぁぁぁぁぁ」
「……なにがですの、リオンお兄様」
サラッと返しやがって。エイミーをスルーという形で黙認した以上、こっちだけ文句とか言いにくいじゃないか。しかも、止めろと言っても聞きそうにない。
あぁもうなんでもいいや。別になんて呼ばれようと、実際に義理の妹になる訳じゃないし、さっさと話を進めよう。
「リズはアレだよ。精霊魔術がずば抜けてるからな。それを使えば色々と出来るはずだ」
「精霊魔術ですか? わたくしは、その……落ちこぼれなんですが?」
「それは戦闘用としての話だろ。あの持続時間を使えば……っと、先に確認だけど、精霊魔術は、一日に何回くらい使える?」
「そうですね……一度使うと、一時間くらいは使えないと思います」
「そう、か……」
少し厳しい……けど、回数に関しては訓練でなんとかなるだろう。それより問題は、三日という持続時間についてだ。
精霊魔術としては破格の持続時間。だけどミューレから主要な街――例えばリゼルヘイムまでは五日かかる。三日の持続時間では届かない。
だけど――と、俺はアカネに視線を向ける。
「なぁ、前に言ってたナマモノを輸送して売る話はどうなってるんだ?」
唐突に問いかけると、アカネは苦笑いを浮かべた。
「なんやの急に。うちがそんな企業秘密を喋ると思うてるの?」
「教えてくれれば損はさせないって言ってもか?」
「それ、グランシェス伯爵としての言葉なんか?」
「そうだけど……アカネはあんまり驚いてないみたいだな」
「まぁ……万が一には違う可能性もあるかなぁくらいに思ってたからねぇ」
……それ、ほぼ確信してたってことだよな。いやまぁ、気付かないフリをしてくれてるんだろうなぁとは思ってたけどさ。
「取り敢えず、受けた恩を仇で返すつもりはないよ」
「……判った、その言葉を信じるよ。そうやねぇ。今考えてるのは馬車の改造。それに中継点の設置の二点やね。街道の整備なんてのも有効やと思うけど、うちにはどうにもならへんからねぇ」
「ふむふむ」
馬車については問題ない。自重しないで作ったうちの馬車なら、少し移動速度は上げられるだろう。
でもって中継地点って言うのは……途中の村で、疲れた馬を交換するって意味だな。それで休憩時間を減らすことが出来る。
それに加えて、街道の整備。これも、グランシェス家がおこなえば問題ない。
それでどれくらい短縮出来るかだけど……
馬車の一般的な街道での移動速度は時速5~10km程度だったはずだから……王都までの道の状態から時速10kmと仮定して、一日六時間走ったら約60km。
王都まで五日だから、約300kmの距離だ。
だけど舗装した道なら時速15~18kmは出ると言われてるし、うちの馬車を使えばもう少し早くなるだろう。くわえて途中で馬を交換すれば休憩時間が減る。
二日でリゼルヘイムに行くことが可能だ。
リズの精霊魔術の持続時間は三日なので、港町の魚や、うちのアイスクリームなどを王都に輸送が可能になる。更に性能の高い保温箱を作れば、帰りにホーンラビットの肉を持ち帰るのも夢じゃない。交易が一気に活性化するだろう。
とは言え、問題もたくさんある。
第一に、一国の姫様にそんな役目をさせて大丈夫なのかと言うこと。これは本人に聞いてみるしかないけど……たぶんリズは了承するだろう。
次に、リズがその役目を負うとしても、必ずしもミューレの街にいる必要はないと言うこと。結婚した上で、リゼルヘイムでその役目をと言う選択肢もないとは言い切れない。
最後。アカネ視点では莫大な利益に繋がるとはいえ、国家単位で考えた場合に、政略結婚を取りやめるほどの価値があるかどうかってこと。
――以上の問題を考えると、あまり良い手段とは言えない。他に良い方法があるのなら、迷わずそっちに飛びつくべきだ。
けど、これ以外の方法は、現状では厳しいと言わざるを得ない。
俺が――グランシェス家の当主が動いているとアルベルト殿下に知られてしまった以上、なにか新しいモノを作ってもリズの手柄とは認められない可能性が高いからだ。
だけど、これは違う。
一度の行使で三日も精霊魔術を持続させられるのは、恐らくはこの世界でリズ一人。リズにしか出来ないことだから、間違いなくリズの功績だと認められるはずだ。
なので、そう言った利点やリスクを話した上で、俺はどうするとリズに尋ねた。
「わたくしの精霊魔術でナマモノの輸送、ですか?」
「ああ。姫様にそんなことをさせるのはどうかとも思うんだけどさ」
「そのお役目は、わたくしにしか出来ないんですわね?」
「一つの馬車に付き一人、魔術師か精霊魔術師を付ければ同じことは出来るけど……」
俺は意見を求めてアカネを見る。
「とてもじゃないけど無理やね。魔術師を馬車一台に付き一人なんて雇ったら、それだけで大赤字やわ。そもそも、そんな数の魔術師を用意出来るとは思わへんね」
「――と言うことらしいから、これはリズにしか無理だな」
本来なら、換えの利かない一人に頼る方法自体が問題なんだけどな。今回は換えが利かないことに意味があるから、その問題は後回しだ。
「だったら、それをわたくしにやらせて頂きたいですわ」
「良いのか? あんまり姫様がやる仕事じゃないと思うぞ?」
「姫と言っても、わたくしは王位継承権十二位のお飾りですから。自分にしか出来ないことがあるのなら、わたくしはそれを為したいですわ」
力強く答えるリズの表情に、仕方なくといった感情は見えない。婚約を逃れる為だけではなく、心から自分にしか出来ないことをしたいと願っているんだろう。
そう言うのと見ると、なにがなんでも応援したくなる。
「判った。それじゃそっちの方向で話を進めよう。と言うことで、アカネの商会に協力して欲しいんだけど?」
「この機会を逃す奴は商人やあらへんよ」
「……リズが強制的に連れ帰られたりしたら、計画自体が頓挫するんだぞ?」
「まあ……いまは、そういうことにしておいた方が良いんやろうね」
にやりと笑われてしまった。どうやら完全にバレているらしい。
実は、リズを必要としない輸送方法も思いついているのだ。
例えば、保温箱の高性能化を図り、魔術師を各中継地点――宿場町に配置する。そうして、到着した馬車の荷物を再凍結していく。
今すぐ出来ることではないし、リズ一人と比べればコストがかかるけど、実行は可能なレベルだろう。
でも、リズにしか出来ないって方がインパクトがあるからな。今のところは秘密にしておく予定なのだ。
アカネには……バレバレみたいだけどな。
それはともかく、やることは目白押しだ。
まずは街道の整備に、馬車の改造と量産。そして保温箱の開発と、中継点の設置。そして輸送出来る街の割り出しと、商品の目録。
商品はソフィアを初めとした生徒たちに協力してもらうとしても、やらなきゃいけないことは無数にある。
どう考えても――仮にアリスチートの限りを尽くしたとしても、三週間じゃ実行に移すまでには至らない。
つまり、プレゼンだけでアルベルト殿下、もしくは国王を味方に付ける必要がある。それを成功させるのは困難だろう。
だけど、他に道はない。俺達は全力で前に進むだけだ。
2016/11/26
馬車が一日に移動できる距離を80km>60kmに変更
それに伴い、リゼルヘイムまでの距離を400kmから300kmに変更しました。
5章まで変更済みです。
もし間違っている部分があれば、ご指摘いただければ嬉しいです。






