エピソード 4ー2 増える姉妹
アルベルト殿下を見送った後、まずは教室に戻ることにした。俺達の正体がばれたことで、どんな反応をされるか不安だったんだけど……
俺達が教室に姿を現すと、みんなはホッとした表情を浮かべた。どうやら、心配してくれていたらしい。
「リズ様、無事だったんですね!」
エイミーを初めとしたクラスメイトが詰め寄ってくる。一瞬アルベルト殿下の言葉がよぎって警戒したけど、それは杞憂だった。
彼女たちは純粋にリズの心配をしているようだ。
さすがに姫と判って、今まで通り話すのは無理だったみたいだけどな。でもそれも、リズが普通に喋って欲しいと申し出て、みんなはそれを受け入れた。
普通は恐縮して無理だと思うんだけど……ミューレ学園の生徒は、もしかしたら感覚が色々と麻痺してるのかもしれない。
ともあれ、そんな微笑ましい風景を眺めながら考えるのは、これからのこと。
リズを王都に送り届ける日数を考えたら、学園で過ごせる時間は三週間ほど。クラスメイトとの別れをするには十分な時間。お別れ会だって開催出来る。
だけど、だ。
リズがこの学園に来た目的は、なにか成果を上げて自立した女の子だと認めてもらい、婚約を取り消して貰うこと。そう考えると、三週間という時間は余りに短い。
けど、今回の件を切っ掛けに、みんなが協力的になってくれれば、もしかしたら……
なんて風に考えながら、自分の席に座ってリズ達を眺めること数分。おもむろにリズのもとを離れたエイミーが俺の前にやって来た。
「……どうかしたのか?」
「あ、あの、リオさんが、グランシェス伯爵のリオン様だって本当ですか?」
そ、その質問か。リズがお姫様だってバレた衝撃で、俺の方は都合よく忘れられてると言いなぁなんて思ってたんだけど甘かったか。
「どうなんですか?」
「えっと……そう、だけど?」
俺がそう答えた瞬間、エイミーが目の色を変えた。なにをと思った瞬間、エイミーが飛び掛かってきた。
「――ちょっ!?」
慌てて身構える。だけどエイミーは俺の寸前で留まり、突進を止めようと突き出した俺の手を握った。
「リオさん――じゃなかった、リオン様」
「う、うん?」
「リオン様、私をお妾さんにしてください!」
「――はああああああぁ!? 意味が判らないんですが!?」
「……だって、リオン様がこの学園に通ってるのって、お妾さんを探すためですよね?」
そ、そう言えば、そんな噂が流れてたな。最近は噂も下火だったから忘れてたぞ。
けど、エイミーが妾になりたいってどういう意味だ? このあいだだって、服飾を諦めて妾になれとか言われたら絶対嫌だとか話してたはずなのに。
「エイミーは服飾を頑張るんじゃなかったのか?」
「だからですよ! あのアリスブランドを擁するグランシェス家ですよ!? アリスブランドで働かせて貰えるなら、私なんだってします!」
この娘、服飾のことしか考えてない!?
「ねぇねぇ良いでしょ、リオン様。私、見ての通り胸がちっさいんですよ?」
「……だからなんだよ?」
「リオン様って、小さな男の子や女の子が好きなんですよね?」
反射的にため息をついた。
まさか、パトリックの流した噂がまだ残ってたなんて。マジで許すまじパトリック。
「取り敢えず、それはデマだから」
「えぇ、デマなんですか? じゃあ……お に い さ ま、って呼んでもダメですか? 姉妹じゃないと興味ないって噂は本当ですよね?」
その噂まで知ってるなんて、エイミーは情報通なんだな。
……情報通、なんだよな? グランシェス領の当主は、周囲の女の子を姉妹にしてるって噂が公然と流れてる訳じゃないよな……?
「……取り敢えず、俺は妾を探す為に学園に通ってる訳じゃないから」
「えぇぇぇぇ、そんなぁ~」
エイミーはがっくりと項垂れた。そんなエイミーの肩をソフィアがぽんぽんと叩く。その表情は、なんとも言えない笑顔が浮かんでいた。
それを見た瞬間、俺は言いようのない不安を覚えた。いや、言いようのないというか、どう考えても嫌な予感しかしない。
「なんだか楽しそうなお話をしてるね」
「ソフィアちゃん? あれ? ソフィアちゃんって確か、リオくんをお兄ちゃんって呼んでたよね……? でも、リオくんはリオン様で……あっ」
色々と気付いてしまったのだろう。エイミーの表情が引きつった。
「ちちちちっ、違うの! 私は別にソフィアちゃんからリオン様を取ろうなんて大それたことを思ってる訳じゃなくてね!?」
必死に捲し立てる。そんなエイミーの両肩を、ソフィアがやんわりと掴んだ。
「リオンお兄ちゃんが好きなの? それとも、アリスブランドが目当てなの?」
小首をかしげてセミロングの金髪をふわりと揺らす。そんなソフィアが浮かべるのは、精巧なクリスタルガラスの様に透明で無色の微笑み。
正直、怖い。むちゃくちゃ怖い。
「え、あの。それは、その……りょ、両方、かな?」
「ふぅん……そうなんだぁ」
抑揚のない口調で呟いたソフィアは、エイミーの心を覗き込むかのように、その瞳を見つめている。
いや、実際に心を覗いているのだろう。何処まで回復したのかは判らないけど、少なくとも前回は、俺が考えてた内容を読み取ってたからな。
一体どうなるのか。もしソフィアがスカートの裾に手をかけるようなことがあれば全力で止める。そんな覚悟を持って身構えつつ、固唾を呑んで成り行きを見守る。
果たして、ソフィアは天使のような微笑みを浮かべた。
「エイミーさん、ソフィアの部活に入らない?」
――そうして告げたのは、まるで脈略のない内容。同じように固唾を呑んで見守っていた生徒達が目をパチクリ。
エイミー自身もブラウンの瞳をぱちぱちとしばたたいた。
「えっと……どういう意味?」
「そのままの意味だよ? 入れば、リオンお兄ちゃんと一緒にいられるよ?」
「入部する!」
――即答っ!?
「それじゃ、エイミーさんも今日からソフィア達の仲間だね」
「ありがとうソフィアちゃん!」
二人は仲良く手を取り合ってはしゃいでいるが……いやいやいや。ちょっとは突っ込もうよ。そこでどうして部活? それになんで入部したら、俺と一緒にいられるんだよ、意味判らないよ、どんな部活だよ、とか。
「……なぁソフィア。本気でなんの部活をしてるんだ?」
「えぇ、秘密って言ったじゃない」
「いやいや。だって思いっ切り俺に関係してるだろ?」
俺と関係がなく、危ないことでなければ、ソフィアがすることに干渉はしないようにするつもりだ。……気にはなるけど。
でも、今回の件は明らかに俺と関係している。気になることを聞き出す建前としては十分……………こほん。当事者として、ちゃんと聞き出す必要があるだろう。
「俺に関係してるなら、俺にも知る権利があると思うぞ?」
「うぅん……しょうがないなぁ。そんなに知りたいなら教えてあげるね」
よしっ――って思ったけど、よくよく考えたら、内心の言い訳も全部読み取られてる可能性があるんだよな? そう考えると、今のセリフむちゃくちゃ呆れられてる気がする。
……い、いや、深く考えるのは止めよう。ソフィアの恩恵は、読もうと思った時しか、心を読めなかったはずだし、たぶん大丈夫だろう。
「それで、どんな部活なんだ?」
「ソフィアが作った部活はシスターズって言うの。姉妹としての器量を磨く部活だよ」
姉妹としての器量を磨く、ねぇ? 想像よりはまとも、なのだろう、か……?
「ちなみに、具体的な活動内容は?」
「ん~っとねぇ。お裁縫に料理のお勉強でしょ? それに、礼儀作法」
想像以上にまともだ――って思ったんだけど、ソフィアのセリフはまだ続いていた。
「それにお兄ちゃんがどんなシチュエーションに弱いかの研究や、体を柔らかくする体操。それに――お兄ちゃんに近づく敵を一撃で始末する剣術のお稽古だよ!」
やっぱりまともじゃなかったか――って最後のなに!?
ふ、普通に考えて、俺に近づく(賊みたいな)敵を始末するって意味だよな? 間違っても、俺に近づく(ソフィアの)敵を始末するって意味じゃないよな? よな!?
エイミーは大丈夫だったみたいだけど……
『このドロボウ猫、ソフィアのお兄ちゃんになにするつもり? ――死んじゃえ』
とか、普通に言いそうで怖い。
「大丈夫だよ。一度目はちゃんと警告するから」
「二度目はなにするんだよ!?」
って、やっぱり読まれてたぁぁぁぁぁ!
「……ちなみに、今いるメンバーは?」
「ソフィアの他にはアリスお姉ちゃんとクレアお姉ちゃん。後はティナお姉ちゃんとリアナお姉ちゃん。それと今日から入ったエイミーさんだよ?」
……知ってる名前過ぎる。いや、知らない名前だった方が驚きだけど、今度ティナとかリアナに会う時、どんな顔をすれば良いんだよ。
なんて思ってふと顔を上げると、いつの間にかリズが目の前にいた。そして、リズはなにか言いたげに、俺達の方をじっと見ている。
うん。そういやリズのことを忘れてた。あと三週間しかないんだ。早く、リズになにが出来るか考えないとな。
そう思って口を開く――寸前、リズが先に口を開いた。
「わたくしもシスターズに入れてくださいですわ!」
――そっちっ!?
管理が大変だから姉妹増やしたらイヤだって言ったじゃないですかああアアア(作者の魂の叫び






