エピソード 4ー1 アルベルト殿下の思惑
リズの兄と使用人っぽい老紳士。それにエルザを初めとした騎士が数名が突如として現れ、昼休みの教室は騒然となった。
「……お兄様、どうしてここに?」
「言っただろう、お前を迎えに来たと」
「ですが、予定ではあと二ヶ月以上先だったはずです」
リズが戸惑いの声を上げる。それに対してアルベルト殿下は鼻で笑った。
「判っているぞ。その日まで待てば、お前はまた逃げるつもりだったのだろ?」
「そそっ、そんなことは在りませんわよ!?」
「同じパターンで、城から逃げ出した奴がなにを言っている?」
「そ、そそっそうでしたかしら?」
思いっ切り動揺してるし。まあ家出してきたって言ってたしな。……って、暢気に考えてる場合じゃないんだけど……相手はこの国の王子。
下手に介入は出来ないし……どうしたものか。
「さあ、リズ。俺と来るんだ」
「待って、待って下さい! お願いです、せめてあと少しだけ時間を下さい!」
「その手には乗らんぞ。お前は昔からそうだ。直ぐに問題を先延ばしにしようとする。それに、俺がなんでもかんでも、お前のお願いを聞くと思うなよ?」
「そこをなんとかお願いします、お兄様!」
「……悪いようにはしないから、とにかく一度俺と家に戻れ」
アルベルト殿下がリズの手を掴もうとする。だけどそれをエイミーが阻んだ。
「……なんだ貴様は、どういうつもりだ?」
「や、止めなさいよ! リズが嫌がってるじゃない!」
まずいと思った瞬間に席を立ち、俺はリズ達の方へと歩き始める。
「……止めろだと? 何処の誰かは知らんが、この俺に――アルベルト・フォン・リゼルヘイムに命令しているのか?」
「……え? アルベルト・フォン・リゼルヘイムって、まさか……この国の王子様? 嘘、ですよね……?」
エイミーはまさかそんなとばかりにリズを見た。けれど、リズは否定するでもなく。困り顔を浮かべている。
それで理解してしまったのだろう。エイミーはみるみる青ざめていった。
「判ったのなら、そこをどけ。今なら知らなかったこととして不問にしてやる」
今なら不問にする。逆に言えば、これ以上邪魔をするなら――と言う意味。それを理解したのだろう。エイミーは怯えるように後ずさる。
――だけど、それは一歩だけ。
エイミーはぎりぎりのところで踏み止まってしまった。
「わた、私は、リズさんに守られたんです。だから――」
これ以上は本当にまずい。そうと知りながら平民が王族にたてつくなんて、その場で首を落とされても文句は言えない。
そう思った俺は、思い切って二人の会話に割って入った。
「アルベルト殿下。お話に割って入ることをお許し下さい」
「なんだ、お前は」
「俺は――いえ、私はリオン・グランシェス。グランシェス伯爵家の当主です」
名乗りを上げた瞬間、教室のそこかしこから驚きの声が上がる。
みんなが一体どう思ったのか、気にならないって言えば嘘になる。けど、今はそれを心配する余裕はなかった。声を掛けたものの、なにを話すか考えてなかったからだ。
……いや、だってさ。そんなの考える余裕なかっただろ? と言う訳で、俺は必死に、どうやってこの状況を切り抜けるかを考える。
「ほう? なるほど、お前がリオンか。噂はイヤと言うほど聞いている」
「……噂、ですか?」
なんかろくでもない噂な気がする――と思ったんだけど、アルベルト殿下はその噂とやらには触れずに「それで、俺になんの用だ?」と続けた。
……どうしようかな。エイミーを助けに入っただけで、なにも考えてなかったとか口が裂けても言えないぞ。
ええっと、ええっと……ええい、まずは場所を移動して時間を稼ごう。どのみち、他の生徒がいる場所であれこれ話すのは危険すぎる。
「アルベルト殿下にご提案があります」
「良いだろう、言って見ろ」
「……ここでは人目につきすぎます。理事長室がありますので、そちらに移動しませんか? もちろん、リーゼロッテ様も一緒にです」
「……ふむ。良いだろう。ではそこに案内しろ」
教室の方はアリス達に任せる。そして俺はアルベルト殿下とリズ、それに殿下の付き添いらしき老紳士を連れて、理事長室へと移動した。
ちなみに、本来はクレアねぇが使うべき部屋なんだけど……部屋の主はいまだにどこかに出かけたまま帰ってきていない。
こういう時にいてくれたら頼もしいんだけどなぁ……
「それで、話というのはなんだ? わざわざ足を運ばせたのだ。それなりに意義のある提案なのだろうな?」
ぐおぉぉ、時間を稼いだせいでハードルが上がってる。いや落ち着け。ちゃんと移動中になにを話すかは纏めてある。
俺は深呼吸を一つ、出来るだけ平然とした素振りで口を開く。
「リーゼロッテ姫様は、予定より早く帰ることに納得がいっていないご様子。せめて予定通りに過ごさせてあげる訳にはいきませんでしょうか?」
「……何故その様なことを言う?」
「リーゼロッテ姫は平民の考えを知らず、クラスの中で浮いていました」
「……ほう? そうなのか?」
アルベルト殿下がリズへと問いかける。リズは怖々ながらもこくりと頷いた。
「わたくしは自分のことばかりで、皆さんの都合を考えてなかったんです。それで、皆さんに嫌われてしまったんです」
「……お前が、か? それはなかなか驚きの事実だな」
アルベルト殿下は軽くを目見開き、考えるような素振りを見せた。
そこまで驚くことかなって思ったんだけど、そういやリズは、リゼルヘイム王都で絶大な人気を誇ってるとか言ってたな。
「しかし、嫌われているというのであれば、悪評が広がる前に帰すべきではないか?」
「いいえ、お兄様。実は先日――」
「――先日、ようやくリーゼロッテ姫様と、他の生徒が解り合う出来事がありまして」
アルベルト殿下の言葉を遮ったリズの横から、俺が更にセリフを被せた。
本当は口を挟むこと自体が不敬なんだけどな。いくらリズが了承したとは言え、平民の護衛をさせて、しかも危ない目に遭わせたなんてバレたらシャレ抜きでやばい。
そんな訳で、リズに全てを話されるよりはと、俺は話を続ける。
「それで、今日からようやくみんなと話し始めたところなんです。ですから、もし連れ帰るとしても、もう少しだけ時間を頂けないでしょうか?」
「ようするに、平民との別れを惜しむ時間が欲しいという意味だな?」
「ええっと……有り体に言えばその通りです」
アルベルト殿下の言い様を考えても、鼻で笑われてお終いかもと思ったんだけど……意外にも彼は考える素振りを見せた。
「一つ聞きたいのだが……何故そこまでリズに肩入れする? 俺に味方した方が得だとは思わぬのか?」
「私は学園を纏める立場にあり、皆を守る義務があります。ここでリーゼロッテ姫様がすぐにお帰りになった場合、他の生徒にも影響が出ると考えます」
みんなの学園生活に、苦い思い出を残したくない。特にアリスやソフィアには――と、声には出さずに付け加える。
「なるほどな……言い分は判った。だが、さっき教室にいた平民どもに、リズの正体がばれてしまったぞ? 危害を加えられる可能性がないと言いきれるか?」
「それは……ないと考えますが、自分が責任を持って守ると約束しましょう」
「お前がだと? お前は――」
アルベルト殿下がなにかを言おうとしたところで、横に控えていた老紳士がアルベルト殿下になにかを耳打ちした。
その直後アルベルト殿下の口元がにやりと吊り上がった。
「良いだろう。ただし待つのは今月一杯だ。今月の終わりには、お前が責任を持って、リズを無事に俺の前にまで連れてこい」
今月の終わり……今は月の始めで、リゼルヘイムまでは五日ほど。三週間くらい学園生活を過ごせる計算か。
なにかを為し遂げるには厳しいけど……友人との別れの時間といった手前、それ以上の譲歩を引き出すのは不可能だろう。
「判りました。月の終わりには必ずリーゼロッテ姫様をお連れします」
「グランシェスの家名に誓ってか?」
「はい。グランシェスの家名に誓って送り届けると約束します」
「良いだろう。ではその約束を違えれば、お前に責任を取って貰うぞ」
つまり約束を違えたら、グランシェス家を潰すぞって意味ね。いやどっちかって言うと、自分のモノにするとか、そんなところか?
リズを逃がすことも出来ないし、あんまり良い提案とは言えないけど……今更後戻りは出来ないし、今すぐ連れて行かれるよりはマシなはずだ。
俺はかしこまりましたと恭しく頭を下げた。
「リズ、話は聞いての通りだ。今月の終わりには城に戻ってこい。いや、帰りたくなければ逃げても良いぞ。ある意味その方が都合が良い」
「……いえ、今月中に必ず帰ります」
「ふん、相変わらず機転の利かぬヤツめ」
アルベルト殿下はぼそりと呟いた――って、なにそのやりとり!? 露骨すぎるだろ。そんなにうちが欲しいか。いや、欲しいんだろうけどさ。
「では、俺は帰るとしよう。邪魔をしたな」
アルベルト殿下は意外にもそんなセリフを残して立ち上がる。だけど部屋を出ようとしたところでおもむろに振り返った。
「そう言えば……この街にはアリスブランドと呼ばれる服があるそうだな。俺の為に一着作らせろ」
「洋服ですか? どのようなデザインがご希望でしょう?」
普段に着るのか、公務で着るのかと言った趣旨の質問だったんだけど、帰ってきたのはこの街で一番流行りのデザインという答えだった。意外とミーハーだ。
「もちろん報酬は支払う。望みの金額を要求するが良い」
「いえ、まさかアルベルト殿下からお代を頂く訳にはいきません」
「ふっ、その程度では貸しを作ったうちに入らんぞ?」
……ばれてーら。なんて思ったけど、もちろん顔には出さない。俺は要望を聞き入れて下さったお礼ですと言っておいた。
そしてその後、メイドに採寸をさせた後、アルベルト殿下は外に待たせていた護衛を引き連れて帰っていった。
それを見送り、俺はようやくリズへと視線を向ける。
「……悪い。そんな訳で、月末にはリズを届けることになっちゃった」
「いえ、それは……今すぐ連れ帰られるところだったので、感謝していますわ」
リズの言葉に他意は感じられない。たぶん、本当に感謝してくれてるんだろう。
――だけど、
「月末になったら、俺と一緒に王都に行ってくれるな?」
俺はあえてもう一度確認をした。
リズが逃げるなんて思わないけど、もしリズが逃げたら俺の大切なモノが全て壊れてしまうから。不確かなままではいられない。
――果たして、リズはしっかりと頷いてくれた。
「リーゼロッテ・フォン・リゼルヘイムの名に懸けて誓いますわ」
「……ありがと。それと、ごめんな。疑うようなマネをして」
「いいえ、こちらこそご迷惑を掛けてしまって申し訳ないですわ。……と言うか、リオさんが、リオン様だったんですね」
「あぁうん。黙っててごめんな?」
「いえ、それは構わないんですが……どうして学園に通ってるんですか?」
「それは……趣味?」
「はい?」
思いっ切り首をかしげられるけど誤魔化しておく。前世で出来なかった青春をしてるなんて言えるはずないからな。
「それより、リズのお兄さん、アルベルト殿下は思ったより――って言うと問題だけど、まともな人なんだな。もっと融通の利かない人だと思ってた」
「お兄様は基本的に優秀で良い人ですわよ。わたくしにも良くしてくださいますし、世間にも仲むつまじいと言われてますわ」
「確かにリズを気づかうような素振りは見せてたけど……じゃあ、なんで政略結婚なんてさせようとしてるんだ?」
「それはお兄様が乗り気だからですわね。でも、わたくしはどうしても異性としてみることが出来なくて」
「ふぅん。そうなん……え? ど、どういう意味だ?」
「あれ? ええっと……言いませんでしたか? まだ内々のお話なんですけど、わたくしの婚約者は腹違いの兄、アルベルトお兄様ですのよ?」
それを聞いた瞬間、俺は理解した。
腹違いの姉妹への求婚。クレアねぇの言ってた、俺の見習うべき部分はそれか――と。






