エピソード 3ー8 うたかたの夢
生徒が盗賊に襲われた翌日、学校は臨時休校となっていた。ソフィア立ち会いの下で、捕らえた盗賊を尋問した結果、気になる情報を得たからだ。
まず彼らの目的は生徒や制服であることが判明した。
それなのに、なぜ生徒に向かって矢を射掛けたのか? それは、数人捕らえれば、他は殺しても良いと考えていたから――ではない。
彼らに依頼した人間がいたのだ。
生徒に危害を与えれば、その人数に応じて報酬を支払う――と。
その依頼人を捕らえるべく、聞き出した待ち合わせ場所に網を張ったのだけど――
賊たちの失敗を知って逃げたのか、最初から報酬を支払うつもりがなかったのかは分からないけど、依頼人は姿を現さなかった。
なので、その目的は不明。
だけど生徒を傷つけようとした以上、うちに敵意を持っている人間だろう。
多少恨まれる程度なら心当たりは結構ある。けど、ここまでやる相手となると、すぐに思い当たる人物は一人しかいない。
即ち、うちに喧嘩を売った末に親に勘当された、ロードウェル家のパトリックだ。
そう思って確認すると、顔は隠していたそうで不明だけど、しゃべり方や背丈がパトリックと似ていることが判った。
断言は出来ないけど、パトリックである可能性は高いだろう。
知らぬこととは言え、王族に牙を剥いた。この問題は大きすぎるので、犯人についての対処は、クレインさんに任せることにした。
もし実際に犯人がパトリックで、グランシェス家が捕らえた場合、勘当という対処をした、クレインさんやロードウェル家の顔を潰すかもしれないと思ったからだ。
ついでに言えば、パトリックだった場合に関わるのが面倒だったからという理由もある。どっちかって言うと、そっちがメインな気がしないでもない。
ともかく、犯人捜しはクレインさんに一任。
うちとしては早急に警備を見なおし、可能な限りの騎士や兵士を使って警備を強化。そのためにエリックさんやクレインさんに兵士を貸して貰う――と言う風に考えている。
なので、本日は警備体制の見直しで臨時休校――なんだけど、俺はリズに付き合って学校に来ていた。
リズが校舎の掃除をしたいと言いだしたからだ。
「る~♪ るるる~♪」
静寂に包まれていた教室を、穏やかな音色が満たしている。背中を向けて掃除をしていると、背後に神秘的な歌姫でもいるんじゃないかと錯覚するレベルだ。
振り返った先にいるのは、ただのどじっ娘なのにな。
「ん~? なんですか、リオさん。わたくしの顔をジッと見つめたりして」
「いや、なんでこんなに残念なのかなって思って」
「なにやら酷い言われような気がしますわ!?」
ショックですわ! と言わんばかりの表情が可愛い。ちょっと癖になりそうだ。そう思って笑っていたら、リズにじとぉと睨まれた。
「……リオさん、もしかしてわたくしをからかってませんか?」
「ショックを受けるリズが面白くて、つい」
「この人、認めましたわよ!?」
「いや、だって事実だし」
「そ、そこは否定するところじゃありませんか……? そもそも、面白くてって酷いですわよね? せめてそこは、可愛いとか言うところじゃありませんの?」
だってそう言ったら、リズをからかえないじゃないかとは口に出さない。とは言え、度が過ぎるのは良くないだろう。と言う訳で、自重することにした。
「ホントは、ハミングが綺麗だなって思ってたんだよ。さすがに歌姫なんて呼ばれてるだけあるなって思ってさ」
「そう、でしたの……ありがとう、ございます」
少し照れくさそうに紫の瞳を伏せる。
「リズは歌が好きなんだな」
「もちろんですわ。わたくしの夢は歌でみんなを笑顔にすることですから」
「ほう……そんな夢が。でもそれなら、もう叶ってるんじゃないのか? コンサートだって、時々してるんだろ?」
「そう、なんですけど……みなさん、あまり喜んで下さらないようで」
リズは少し寂しげに呟く。それを聞いて、俺はなんとなく事情を察した。
安全性を優先して高く安全な場所から歌う。姿は見えても、その歌声はあまり聞こえない。そんな状況でみんなを笑顔に――とはいかないだろう。
とは言え、いまそれを教えてもリズを落ち込ませるだけだろう。だから俺は、いつか夢が叶うと良いなとだけ言って、話を変えることにした。
「そう言えば、みんなとは仲直りは出来たんだよな?」
「それは……えっと……」
リズが急に寂しげな表情を浮かべた。……ってあれ?
「昨日、みんなに感謝されてただろ? 俺は途中で席を外したから知らないけど、あの後仲直りとかしなかったのか?」
「いえ、それが……寮に送って頂いた後、各自部屋で休むようにと言うことで」
……エルザか。気が利かない――って言うのは酷か。リズが重要人だって話はしてあったけど、さすがに個人的な事情までは話してないからな。
「まあ、授業が始まれば大丈夫だよ」
「そうでしょうか……?」
リズの紫の瞳が不安に揺れた。数日前よりよっぽど状況が良くなってるのに、なんで逆に落ち込んでるんだ?
「……なにかあったのか?」
「なにかあったというか……ようやく理解したんです。わたくしが、みなさんにどれだけ迷惑を掛けていたかと言うことに」
また言ってるのか? と思ったけど、もちろん口には出さない。なにかそう思う切っ掛けがあるんだろうと思って続きを促した。
「今までのわたくしは、自分が成果を上げることしか考えていませんでしたわ。だから、皆さんを見てなかった」
「それは……自分のことで必死だったんだから、しょうがないんじゃないか?」
そういう意味じゃ、みんな似たようなものだ。俺だって屋敷に幽閉されてた頃は、自分達のことしか考えてなかったしな。
領民のことを考えるようになったのなんて、自分の自由が確保出来てからだ。
「ありがとうですわ。ですが昨日みなさんと行動して、改めてみなさんが本当に一生懸命だと知って……自分がどれだけ邪魔をしていたか理解したんです」
「そっか……」
視野が広がって、周りの状況が見えるようになったんだろう。リズは落ち込んでるけど、それは成長してる証拠だと思う。
「自分のことだけじゃダメなんですよね。でもわたくしはそんなことにすら気づけなくて。だからみんなに嫌われて当然ですわ」
「リズ……」
寂しげなリズを見ていられなくて口を挟もうとする。だけどそれより一瞬だけ早く、リズが小さな微笑みを浮かべた。
「大丈夫、心配しないで下さいまし。もう遅いかもしれませんけど、出来ることをしようと思っていますから」
「――遅くなんてないよ」
不意に二人っきりだったはずの教室に別の声が響く。見れば教室の入り口にたたずむエイミーの姿があった。
「……エイミーさん?」
「ごめんなさい、立ち聞きしてしまって」
エイミーはそう言いつつも、つかつかと教室の中に入ってきた。そうして戸惑うリズの前に立った。
「昨日はありがとう。リズさんが護ってくれたから、みんな無事だったよ」
「いえ、気にしないで下さい。みなさんを護るのがわたくしのお役目でしたから。それに、結局はソフィアさんに助けられてしまいましたし……」
「だとしても、私達を護ってくれたのはリズさんだよ。助けてくれてありがとう」
「えっと、その……どういたしましてですわ」
少し照れくさそうにしながらも、リズの表情が明るくなる。だけどそれと対照的に、エイミーの表情が沈んだ。
「それで、ね。以前、私が迷惑だって言ったことなんだけど……」
「……あの時は、自分のことしか考えていなかったんです。本当に反省してますわ」
「うぅん、そういう意味じゃなくて……えっと、実は、アカネさんやアリスさん。それにトレバーさんから聞いちゃったの。リズさんの、その、家庭の事情を……」
「そう、でしたの……」
どう反応して良いのか判らない――と、リズはそんな面持ちを浮かべている。そんなリズに向かって、エイミーが深々と頭を下げた。
「ごめんなさい! リズさんの事情も知らないで勝手なことを言って!」
「……許して、頂けるんですの?」
「許して貰うのはこっちの方だよ! 私だって、服飾の道を諦めて貴族の妾になれって言われてたら、きっと家を飛び出してたもの!」
……そっか。エイミーも商人の娘だから、その辺は他の子よりは理解があるんだな。なんてことを考えながら、俺は二人のやりとりを見守った。
これが切っ掛けになって、みんなとも打ち解けられれば良いな。
迎えが来るまで、あと二ヶ月半くらい。リズがなにかを為し遂げるというのはスケジュール的に厳しくなってきたけど、協力してくれる仲間が増えればなんとか出来る可能性はきっとある――と、この時の俺は思っていた。
――だけど、翌日。
授業が再開された初日の昼休み。リズがエイミー達とおしゃべりをしているのを眺めていると、にわかに周囲が騒がしくなった。
そして――
「リズ、迎えに来たぞ!」
「……お兄、様?」
この国の第一王子が姿を現した。






