エピソード 3ー7 意外な才能
まさかと思った瞬間、盗賊達は一斉に矢を放った。生徒を傷つけるような攻撃は有り得ない。そう思っていたから、いきなり降り注ぐ矢の雨に俺は反応が遅れる。
「――くっ」
焦る気持ちを抑え込み、魔力素子を魔力へと変換。精霊魔術で風を起こし、正面から襲い来る矢の雨を吹き散らした。
――生徒達は!?
俺が対処出来た攻撃は正面だけ。他の方向からも同じように攻撃が放たれていたら。そんな不安に駆られて振り返る。だけど幸いにして生徒達は無事だった。
生徒達の周辺に矢が散っているから、アリスが精霊魔術で防いでくれたんだろう。
……助かったぁ。
アリスならなんとかしてくれると思ったけど、さすがに心臓に悪い。
と言うか、いきなり弓で攻撃してくるなんてな。彼らの目的は生徒の捕獲じゃないのか? それとも、何人か手に入れられれば、他は死んでも良いと思ってるとか?
……現時点では分からないけど、とにかく時間を掛ける訳にはいかなさそうだ。
そう考えた俺は、まずは正面に敵を片付けるべく視線を戻す。彼らは全ての攻撃を防がれて動揺しているようだ。
放っておいたら立ち直って攻撃してくるだろうし、先に無力化してしまおう。
炎――はまずいから、ええっと……風、風にしよう。風の精密射撃は自信がないから、弓の弦が切れる程度の威力で無差別に――放つ!
これで弓の弦を断ち切れば、後は個別に対処する――
「うぎゃああああっ」
「腕がっ、俺の腕があああぁっ!」
「いてえええええっ!?」
……あ、れ? 敵の大半が地面を転げ回っちゃったんだけど……え? 腕? も、もももしかして、威力ミスった!?
……ま、まあ相手は敵だからな。仲間の安全が優先だ。残ってる連中も含めて一人残らず確実に無力化しておこう。
と言う訳で、俺は敵に向かって突撃。
呆然としている敵の鳩尾を殴って意識を奪い、地面を伏せっている敵は顎先を蹴り飛ばして意識を奪う。そんな感じで、あの手この手で全員の意識を刈り取っていった。
ちなみに腕が――とか叫んでる奴がいたから焦ったけど、ちょっと皮膚が切れて派手に血が出てるだけだった。全く、驚かさないで欲しい。
それはともかく、俺は近くに他の敵がいないのを確認。
他のみんなは――と振り返る。
生徒の大半は真ん中に集まって伏せている。そんな生徒達を護るアリスは――既に自分の受け持つ敵全員を無力化していた。
続いて、反対側を受け持つエルザも、自分の前にいた敵をきっちり無力化している。
だけど、騎士二人が受け持つ敵は三人。そのうちの一人が騎士の横を突破し、驚きに硬直するエイミーを初めとした生徒や先生の集団に肉薄していた。
少し遠いけど、精霊魔術で打ち抜けない距離じゃない。そう思って意識を集中した直後、射線上に人影が飛び込んできた。
生徒を護るように立ちはだかったリズである。彼女は一振りのショートソードを、それらしく構えている。
だけど――
「み、皆には指一本触れさせませんわ!」
護身術はそれなりに実力があるとは言え、やはり実戦は怖いのだろう。リズの声は明らかにそうと判るくらいに震えていた。
「リ、リズさん、なにやってるの、危ないよ!」
「し、心配しないで下さいまし。皆さんには、指一本、ふれ、触れさせませんわっ!」
「リズさん……」
なんだか良い感じに友情が芽生えそうな雰囲気だ。ここは少し様子を……いや、ないな。あのドジっ娘に戦わせるとか不安すぎる。
俺はすぐに助け船を出そうと、盗賊への射線が通るように移動する。
次の瞬間――
「皆さんはわたくしが護りますわっ!」
リズは凛々しい声で叫び、ショートソードを持っていない左腕を天に掲げた。刹那、リズを中心に、淡い光りがまるで無数の蛍のように広がっていく。
……嘘、だろ。あれは魔力の光り、なのか? あんな広範囲に光りが舞うなんて、アリス以上の魔力だぞ。一体どれだけの精霊魔術を――と、思ったのは俺だけじゃなかったようで、盗賊の顔が恐怖に引きつった。
直後。辺りに穏やかな風が森に吹き始め、盗賊の前髪を優しく揺らした。そして………………………………なにも起きない。
……え? 起きない? 起きないの?
「――やっぱりダメですの!?」
ダメですのじゃねぇよ!?
「このっ、脅かしやがって!」
自分が無事だと判って激高した盗賊がリズに襲い掛かる。だけど、慌てたリズはドジっ娘モードに移行したのか、その動きに反応出来ていない。
だけど、リズのドジっ娘を正しく理解していた俺は慌てることなく魔力を生成。精霊魔術を――使えない!?
驚きつつも、すぐさま行程をやり直すけど、やはり精霊魔術が発動しない。風の精霊が呼びかけに答えないのだ。
一体どうなって――いやそれよりリズは!?
リズは恐怖に身をすくめて動けない。そんなリズに向かって盗賊が剣を振り上げ――銀光が二筋、盗賊の体がゆっくりと崩れ落ちた。
そうして開けた視界の向こう側。短剣を持った手を広げて一回転、スカートの裾を翻すソフィアの姿があった。
うぉぉぉ、ナイスだソフィア、後で撫で撫でしてやろう! なんて思った俺の意思を恩恵で読み取ったのだろうか? 短剣をしまったソフィアが俺を見てピースをした。
最近ソフィアが可愛すぎて辛い――じゃなくて。
「リズ、大丈夫か!?」
慌ててリズの元に駆けよる。
「……リオさん? わたくしは、大丈夫ですわ。それより、みなさんは?」
言われて周囲を見回す。恐怖に怯えている子はいるけど、怪我をしてる生徒は一人もいなさそうだ。
「大丈夫、みんな無事だよ」
「そう、ですか。良かった、ですわ……」
「お、おい?」
リズが急に崩れ落ちる。それを見て慌てて支えた。
「……ありがとうございます。少し気が抜けてしまっただけですわ」
「そっか……」
ひとまずは安心だと一息。
盗賊についても気になるけど、今はリズの方が先決だ。俺はエルザに盗賊の対処を任せ、あらためてリズへと視線を向けた。
リズは力なく微笑んでいる。その顔を縁取る青みがかった銀髪が、そよ風に揺られていた。と言うか、さっきから心地の良い風が周囲を包んでる。
これって……もしかして。
「リズの精霊魔術……なのか?」
「え? あ……この風のことですわね。これは確かにわたくしの精霊魔術ですわ。どうしてか、威力が持続時間へと変換されてしまって……」
「持続時間に変換……」
確かに前にそんな話を聞いた気がするけど……これはちょっと異常じゃないか?
アリスですら、術を解除した後の持続は数秒が限界だって話だ。
だけど今この瞬間、リズはへたり込んでいるだけで、精霊魔術を使い続けている様子はない。にもかかわらず、精霊はいまだに命令を実行している。
しかも、俺が精霊魔術を使えなかったし……一体どうなってるんだ?
「リズさんは精霊魔術の天才だね」
おもむろにアリスが感心したように呟く。
「どういうことだ? 変換速度とイメージ精度は凄そうだけど、変換効率に致命的な欠点を抱えてるって話だぞ?」
「違うよ。その変換こそが天才なの。もっとも、戦闘技術として考えれば、リズさんの変換の癖は致命的だけどね」
「……どういう意味だ?」
「普通の人が変換した魔力は飲み物なんだよ。でも、リズさんのは甘いアメ玉」
「普通は飲み物なのに、リズの魔力はアメ玉? ……もしかして、すぐに食べられないって意味か?」
だから、こんなに持続時間が長いのかと、周囲に目を向ける。未だに、見渡す限りの木々はそよ風に揺られてさざめいていた。
「じゃあ、俺が精霊魔術を使えなかったのは?」
「言ったでしょ、甘いアメ玉だって。リオの作る飲み物なんかより、リズさんの作るアメ玉の方がみんな美味しいって」
「ひでぇ……」
いやまあ、俺だって自分で作る料理より、リズの作った料理を選ぶけどさ。でもそう言う理由なら、他の精霊なら使えるのかな――と、意識してみたら反応があった。
ふむ。この辺、後で検証してみるべきかもなぁ。
それよりも、だ。
「なぁリズ。当然、他の精霊魔術も使えるよな? 例えば……氷らせるとか」
「え? ええっと……威力が皆無なので、自力で氷らすのはかなり厳しいです。氷っているモノが溶けないようにするくらいは可能なんですけど」
「……ふむ。なら、どれくらいのあいだ氷らせておくことが出来るんだ?」
「以前、風の精霊魔術で試したときの結果で良いですか?」
「うんうん」
「その時は確か……三日ほど風が吹き続けました」
――冷蔵庫、ゲットだぜ。
………………いや、もちろん冗談だぞ?
さすがにこの国の姫様を捕まえて、冷蔵庫の代わりをさせる訳には……いやでも、精霊魔術ってことは、指定した箱を冷やし続けるくらいの融通は利くよな?
それで馬車の荷を冷蔵すれば、往復三日以内にある各地の食料なんかが……じゅるり。
意外――かは不明ですが、リオンは目の前で人が殺されるところは何度も目撃しているものの、自分で殺したことは一度もないんですよね。
戦闘で苦戦することがあれば、手加減が出来なくて葛藤――なんて展開があると思うんですが……あるんでしょうかね、そんな状況。






