エピソード 2ー1 入学式
学園の敷地に作られた大きな建造物。この世界の常識を打ち破る屋根付きの多目的ホールには、これからミューレ学園の生徒となる四百数十名が集まっていた。
ただ、外部から生徒を募集して一年目で、いきなりこんなに集まるとは思ってなかったので、パイプ椅子的なモノは用意出来なかった。
なにしろ、一期生が十七名で、二期生が三十名。そこから六十、百と段階的に増えてたのが、いきなり四百五十超えだからな。
なので、みんなには申し訳ないけど、適当に立って貰っている。
ちなみに、五期生となる新入生のほぼ全員が本科生となる。けどこれは、平民の識字率が十割に近いという意味じゃない。
本来は半数ぐらいが基本知識から学ぶ予科生となる予定だったんだけどな。
各地の領主が出来るだけ早く子供を卒業させて自治領を発展させようと、優秀な子供を送ってきた結果、予科生となる生徒はほとんどいなかった。
そう言う訳だから、奴隷として売られてきた一期生や、色々な誤解があった二期生なんかと比べると、みんな最初からやる気に満ちている様に見える。
「それにして凄いと思わへん?」
ざわめく場内、おもむろに横から声が上がる。
振り向けば、見覚えのない少女が俺の方を見ていた。俺より少し年下くらいだろうか? 紅い瞳に、紅い髪。少しエキゾチックな雰囲気の女の子だ。
「なぁ、凄いと思わへん?」
「確かに凄いなぁ。まさかこんなに人が集まるとは思わなかったよ」
俺に話し掛けていたのだと気付いて答えを返す。直後、少女は目をパチクリ。なにやらケラケラと笑い出してしまった。
「いややわぁ。うちが言ったんは、この建物を始めとした街の技術のことやよ」
「え? ……あ、そ、そっか」
そうだよな。普通はまずこの街の技術に驚くよな。失敗した。
と言うか、これはまずい。ここで俺が貴族、ましてやリオンだなんてバレたら、アリスと一緒に、普通の学園生活を送る夢が潰えてしまう。
なんとしても誤魔化さなきゃ。
「にーさん、さては――」
俺を見透かすような鋭い眼差しに俺は息を呑む。
だけど、
「この街に入学前から通ってたんやろ? わかるわぁ」
「……え?」
「うちもこの街の魅力に惹かれて、二週間ほど前からミューレに滞在してるんよ。せやから、この街の凄さに慣れてしもうたんやろ?」
「……あ、そう、実はそうなんだ!」
なんか知らないけど誤解してくれたラッキーと喜んで話に乗る。瞬間、女の子の目が細められた。
「なるほどなぁ。なんで身分を隠してるかは知らへんけど、貴族様なんやね」
「ふぁ!? な、ななな、なんのことだ!?」
「にーさん、反応が正直すぎるよ。うちがわざと誤解して見せた時も喜び過ぎやわ」
うぐ。都合よく誤解してくれたと思ったら、それ自体が罠だったのか。こうなったら仕方ないとため息をついて開き直る。
「そんなに判りやすいか?」
「まぁにーさんの雰囲気は比較的判りにくい方かなぁ。ほら、あっちのあの子とか、見るからに上品なオーラを放ってるやろ?」
どれどれとみると、鮮やかな金色のゆるふわセミロングの女の子がたたずんでいた。
艶やかな髪に珠のようなお肌、立ち振る舞いからして上品で、見るからにただ者じゃない……って、ソフィアじゃねぇか。
今日は入学式なのに、なんでソフィアがいるんだ?
……もしかして、今年入学してきたフリをする為か?
本科生に残留組はいないから大丈夫だけど、予科生から上がってきた生徒にはそのうちバレると思うんだけど……まぁ、それまでに友達を作ろうって感じなのかな?
「後はあっちの女の子やな。ぽわぽわっとしてる感じが、いかにもやと思わへん?」
今度は誰だって思ったけど、知らない女の子だった。
青みがかった銀髪に、大粒の紫の瞳。確かに品の良さそうな女の子だ。ソフィアと同じく年齢の割に胸が大きくて、おっとりそうな見た目に拍車を掛けている。
ソフィアに負けず劣らず周囲から浮いている。俺の知らない女の子だけど、良いところのお嬢様であることは間違いなさそうだ。
「見て判ったって言うのは理解したよ。それで、どうするつもりだ?」
「心配せぇへんで良いよ。誰にも言う気はあらへんから」
「そうなのか?」
「うちはアカネ。クラウド商会の娘のアカネ言うんや。よろしゅうな、にーさん」
「へ? あぁ……えっと、俺はリオだ。こっちこそよろしくな」
話がかなり一足飛びだな。気を付けないと話の流れに置いて行かれそうになる。しかも、誰にも言わないと言った後に、よろしくって……そう言う意味なのか?
「いややわぁ、そんなに警戒せぇへんで良いって言うてるやん。うちとしては、普通に仲良くしてくれたら十分やよ」
「そう、なのか?」
「意外そうな顔して酷いなぁ。うちそんなに悪人そうに見えるか?」
「え? うぅん、そうだなぁ……」
俺は改めてアカネを観察する。
歳は俺より少ししたくらいかな? 年相応なのかも知れないけど胸はぺったんこ。異国風の趣があって、着物が似合いそうなイメージ。あと、胸はぺったんこだ。
「……なんや、悪意のある視線を感じるんやけど」
「気のせいだろ」
まあ外見は年相応だけど、言葉には独特のなまりがある。
ちなみにこのなまり、実際に関西弁とか京都弁が混じったような言葉を話してる訳じゃない。あくまで、日本語ならこんな感じかなって言う、俺の脳内変換だ。
「にーさん、いつまで観察してるん? うちってそんなに怪しく見える? それやったら、ちょっとショックやわ」
「あぁ、ごめんごめん。別に怪しくは見えないけどな。ちょっと俺の周りにいないタイプだったから驚いて」
「ふぅん? そうなんやねぇ。それやったら、仲良くして損はないと思うよ?」
「やっぱり損得の問題なんだな」
「あぁ誤解せんといて。うちは商人の卵やから損得を第一に考えてるけど、それだけやあらへんよ。第一、損得だけで動いてたら、信用はされても信頼はされへんからねぇ」
「……つまり?」
「黙ってる言うたんと、仲良くして欲しいって言うのは別の話ってことやね」
「なるほど……」
悪い子じゃなさそう、かな。こんな風に一風変わった女の子が友達なら、学校生活も面白くなるだろう。
それに、俺の正体を知ってなお、それを隠してくれる友達が増えるのは俺にとっても都合が良い。どっちにしても悪い話じゃない。
「それじゃアカネ、これから一年間よろしくな」
「こちらこそ、や。にーさん」
そんなこんなで、入学式が始まるまでアカネと世間話に講じる。その過程で、アカネの家の事情も少しだけ聞いた。
それによるとアカネの実家――クラウド商会はいわゆる交易会社らしい。
全国の特産品などを馬車で輸送。他の街で売るのを生業にしているんだけど、最近は貴族相手に取り扱っていた高級品が売れなくなって困っているとのこと。
ところで話は変わるけど、貴族やお金持ちは、最高級品の入手を権力や財力のステータスとしている。
つまり、トップレベルの金持ちや貴族が求めているのはミューレの商品。今まで買っていたような商品には見向きもしなくなった。
だから貴族相手に商売をするのなら、ミューレの商品を取り扱うしかないんだけど、ミューレの街の商品は生産量が少なく、うちと繋がりのない商人は取引が出来ない。
――つまりは、そう言うことだ。
……なんか、ごめんなさい。
口に出して謝ったらリオン伯爵だってバレるから、心の中で謝るだけだけど……そうだよな。こんな感じで、不幸になってる人もいるんだよな。
もう少し、周囲の状況も考えて政策を進めないとダメだな。
「……えっと、その。色々と大変なんだな」
「確かに大変やけどね。時代の流れに乗らな交易は出来へんからね。腐るんやなくて、これをチャンスや思うて、うちが商売のネタ探しと人脈作りを兼ねてこの学園に来たんよ」
「――アカネ!」
「うわぁ、びっくりした。急に大きな声出してなんやの?」
「アカネの考え方に感動した。これからよろしくなっ!」
「う、うん? よろしゅう、な?」
良く判ってないアカネが首をかしげる。
まああれだ。俺は基本的に頑張る人間が好きだからな――って、別に女の子だからって意味じゃないぞ。クレインさんに過剰な技術支援をしたのだってその辺が理由だからな。
なので、別にアカネに過剰な肩入れをするつもりはない。あくまでクラスの友人として、なにか機会があれば――と、その程度だ。
今のところは、な。
「ところでにーさん。身分を隠してる言うことは、話し方はこのままでええの? あとで、無礼討ちとかにしたりせぇへんか?」
「する訳ないだろ。ってか、身分を明かしてからも気を使わないでくれたら嬉しいかな」
「それは……いつか身分を明かしてくれるっていう予告なんか?」
「うぅん。まぁ卒業するまでには明かすかもなぁ」
友好関係を保つならもちろん、商人との縁を繋ぐって意味でも、いつかは話さなきゃいけないからな。
なんて思っていると、アカネは頬に指を当ててふむふむと頷いた。
「なんとな~く、にーさんの考えが読めてきたよ。身分を隠さなきゃいけない立場と言うより、この学園に一般人として通うのが目的なんやね」
「……へぇ、良くそんなことまで判るなぁ」
「こう見えても商人の娘やからね。観察力には少しだけ自信があるんよ」
アカネはない胸を誇らしげに逸らした。
今は大変だって話だけど、父親の仕事に誇りを持ってる感じなのかな。俺は前世と今世の両方で父を早くに亡くしてるから少しだけ羨ましい。
……ま、俺にはその分、ミリィやみんながいてくれてるけどな。
「けど、学園に通うつもりなら、身分は隠して正解やと思うよ」
「それは貴族が敬遠されてるって理由で? この学園は、身分は関係なく平等って決まりだったはずだけど」
「うちも好き勝手やって退学になったあげく、勘当になった貴族の噂は聞いてるよ。せやけどそれは、必ずしも貴族が約束を守るとは限らへん言う意味でもあるやろ?」
「なるほど、確かになぁ……」
パトリックのようにやり過ぎれば退学になる。
言い換えれば、やりすぎた貴族がいたという意味であり、やり過ぎなければ退学にはならないと言う意味でもある。
そして、そう言った貴族がいると思われても仕方がない。
「俺は別に自分が偉いなんて思ってないんだけどなぁ」
「そう見たいやね。けど初対面のモノにはそれが判らへんからね」
「それもそうか」
俺だっていまだに、貴族が学園に通いたいとか言ってきたら、パトリックみたいな奴じゃないだろうなって身構えちゃうもんなぁ。
ある程度は色眼鏡で見ちゃうのはしょうがないのかもな。
「それになぁ、貴族が敬遠されると思うのにはもう一つ理由があるんよ」
「もう一つの理由?」
「うちもそうやけど、ここに居る生徒の大半は、親や領主様の期待なんかを受けてここに来てるんよ。見てみ? みんな、なにかを背負ってるような顔をしてるやろ?」
あぁそう言えば――と、俺は改めて周囲に視線を向ける。
ソフィアやさっきのぽやぽやっとしたお嬢様はおっとりした雰囲気だけど、他の生徒は何処か張り詰めたような空気を纏っている。
領主や親の期待を背負った数百人の生徒達。
彼らは来年卒業して、故郷へ技術を持ち帰るのを期待されてここにいる。面倒そうな貴族とは、関わり合いになりたくないってところか。
言い方は悪いけど、俺やアリスがここにいるのは遊びが目的だもんなぁ。みんなで面白可笑しく一年を過ごせたらなんて思ってたけど、少し考え直すべきかもなぁ。
「……って、あれ? そのわりに、アカネは俺に話し掛けてきたよな?」
「それはにーさんが、うちの嫌いなタイプの貴族と違ったからやね。それにうちの目的は、商売のネタ探しと、人脈作りやからね」
「なるほど……」
つまりアカネなら、アリスやソフィアとも友達になれるって意味か。悪い子じゃなさそうだし、頼もしいのも事実だけど……何処まで計算してるんだろうなぁ。
もし俺が他の仲間――アリスやソフィアを紹介するところまで計算してるのだとしたら、なかなか油断ならない。
なんて、計算高くても恐れる必要はないな。むしろ、ぜひ家族ぐるみのお付き合いをしたいところだ。主に商売的な意味で。
これから一年あるんだし、ゆっくりと判断させて貰おうかな――と、そんな風に考えていると、壇上にクレアねぇが登場。新歓の挨拶が始まった。






