エピソード 1ー6 たぶん、みんなお見通し
アリスを学校に通わせる準備は完了。後はアリスにサプライズで教えるだけと言う事で、待ちに待った四期生の卒業記念パーティーが始まった。
学校には顔を出さないようにしてる俺だけど、パーティーだけは参加している。卒業生になら、俺やアリスが顔を見られても問題ないからな。
と言うか、このパーティーはグランプ侯爵も出席してるので、どう考えても逃げられない。なんか、色んな意味で気に入られちゃったんだよな。
そんな訳で、アリスを探して会場をふらふらしていると、グランプ侯爵に捕まった。
「久しぶりだなリオン。会うのは去年のパーティー以来か?」
「ですね。最近の調子はいかがですか?」
「お前が提供してくれた技術のお陰で食糧難は脱した。それどころか、今年はかなり余裕が出てきたからな。もはやグランシェス領に足を向けては寝られん」
「大げさですね。でもグランプ侯爵の期待に応えられたようで安心しましたよ」
「おいおい、俺のことはクレインで良いって言ってるだろ?」
「じゃあ……クレインさんで」
「散々世話になっているリオンにそんな風に呼ばれると、背中が痒くなるんだがな。だがまぁ、年の差を考えればそれが普通なのか?」
「そうですね。俺も年上の、しかも侯爵様に馴れ馴れしくして、周囲に世間知らずとか馬鹿にされたくないですから」
「はっ、もしそんなこと言う奴がいれば、それこそ状況が見えてないアホだと思うがな」
身も蓋もない意見に、俺は苦笑いで答える。
俺達が提供した技術で侯爵領の問題が解決したのは事実だけどな。世間一般の認識では、侯爵が俺の後ろ盾として支えている形だ。
爵位的にもクレインさんの方が上だし、そんな風に考えてるのはクレインさん自身ぐらいだと思う。
「そういやリオン、一つ頼みがあるんだが聞いてくれるよな?」
――訂正。クレインさん自身もそんな風に思ってないっぽい。だって、聞いてくれるよなって、どう考えても俺が断らないの前提じゃないか。
……いやまぁ良いんだけどさ。
「なんですか? クレアねぇをよこせとかいう内容でなければ聞きますよ」
「ふむ、それは残念。あれだけの才覚を持っていると初めから知っていれば、意地でも手に入れたんだがなぁ」
「そんな風におだてても絶対にあげませんよ」
「判っている。さすがに今のお前を怒らせようとは思わん。頼みというのは、来期の生徒枠を一人増やして欲しいという話だ」
「クレアねぇに頼めばなんとかなるとは思いますけど……なんでわざわざ俺に?」
グランプ侯爵の枠は十分に取っている。それに絶対この人数と決まってる訳じゃないから、わざわざ俺に頼むような話じゃないはずなんだけどな。って思ったら、入学希望者は侯爵領の平民ではなくて、ツテを頼ってきたとある知り合いの娘らしい。
「そういう事情なら、クレアねぇに伝えておきますよ」
そんなこんなでクレインさんの居る席を立った俺は、クレアねぇを――探すまでもないな。一番ひとだかりの出来てる場所の中心にいた。
周囲にいるのは……来期からうちに生徒をよこす各地方の貴族や権力者だな。卒業記念パーティーなのになんでいるんだ?
「――あら?」
と、クレアねぇは俺に気付いたのか、周囲の人に少し席を外しますと会釈し、俺の方へと近づいてきた――と思ったら、そのまま俺の腕を掴んで歩き出した。
「ク、クレアねぇ?」
「取り敢えずこっち」
「お、おう?」
良く判らないけどとついていく。そうして連れてこられたのは、さっきの場所から離れた、学生達が楽しんでいるスペースの片隅だった。
「さて、弟くん、あたしになにか用?」
「用事はあるけど……良かったのか?」
「良いのよ。大半がうちに対する売り込みと、あたしに対する見合い話なんだから」
なるほど、それで俺を口実に逃げてきたってコトね。
「対外的なことを全部任せてる俺が言うのもなんだけど、ホントに良かったのか? 見合いはともかく、人脈作りは大事だろ?」
「平気平気。有用そうな人はちゃんとチェック済みよ。特に、弟くんの名前を出した人は、顔と名前をしっかりと覚えたわ」
「クレアねぇ……」
いくら俺のことが好きだからって、俺贔屓の人を優先するのってどうなんだ?
「グランシェス領を管理してるのはあたし。でもそれはあくまで建前上のこと。本当にグランシェス領を動かしてるのは弟くん。それを知りうる能力、または人脈を持っている人をチェックしてるのよ」
「あ、あ~っ! そっか、そうだよな!」
あ、あぶねぇ。良かった、クレアねぇってば、俺を好き過ぎだろ――とか、勘違い発言を口にしなくて良かった。本当に良かった。
「ふふっ、いくらあたしが弟くんを大好きでも、そんな理由で人選はしないわよ?」
バレてるうううううっ!?
い、いや待て、落ち着け。俺は口に出した訳じゃない。クレアねぇはソフィアみたいに心が読める訳じゃないし、惚ければ誤魔化せるはずだ。
「べ、別にそんなこと思ってないぞ?」
「顔に書いてあるわよ」
ダメでした。
「なんてね。弟くんが誤解するようにわざと紛らわしい言い方をしたから」
それどころか、最初から手のひらの上でした。
ちくしょう、やっぱりクレアねぇも手強いな。最初の頃は、背伸びしてお姉ちゃんぶるところが可愛いなぁとか思ってたのにな。
いつの間にか、前世で培った経験分をひっくり返されてる気がするぞ。
「それで、弟くんはお姉ちゃんになんのご用? 弟くんも学校に通いたいって言う件なら、ちゃんと準備してあるから大丈夫よ?」
「ほえ? 俺は学校に通わないって言わなかったか?」
「……あら? 弟くん、まだアリスに学校の件を話してないの?」
「まだだけど……?」
それとどう関係があるんだって聞いたら、それなら良いのよと誤魔化されてしまった。
「取り敢えず、弟くんが通いたいって言えば、いつでも枠の一つや二つは取れるからね」
「お、そうなんだ。それじゃ丁度良かったかな」
「うん?」
どういう事とクレアねぇは小首をかしげる。緩いウェーブの掛かったプラチナブロンドがふわりと揺れ、甘い匂いが俺の鼻をくすぐった。
クレアねぇは今年で十六歳。子供っぽさが抜けて、どんどん大人びて綺麗になってきた。これならお見合いの話が殺到するのも納得だ。
出会った頃は、ただクレアねぇの望まぬ婚姻をなんとかしたいってだけだったけど、今はもうそんな風には思えないな。クレアねぇを誰にも渡したくない。
……………って、今なにを考えてた俺。クレアねぇを誰にも渡したくないって、シスコンの子供かよ。うわぁぁ、さっきの記憶を消し去りたい。
「……弟くん?」
「はっ!? なんでもない、なんでもないぞ!?」
「なんでもないって……学生の枠がどうのって話じゃないの?」
「そうだったっ!」
「……そうだった?」
「気にしちゃダメだ。と言うことで、実はさっき――」
と、俺はクレインさんから枠を一つ欲しいと頼まれたことを伝えた。
「へぇ……グランプ侯爵様をツテに持つ娘、ねぇ?」
「気になるのか?」
「そりゃ気になるわよ。今一番勢いのある侯爵を使いっ走りに出来るほどの存在よ?」
「……クレインさんって、パトリックの時も出張ってきてた気がするんだけど」
「あれは利害関係とか、プライドとかの問題でしょ」
それもそうか。あの時のクレインさんは仕方なくって感じだったもんなぁ。
「まぁパトリックの件は別として――クレアねぇが同じことを頼めば、クレインさんは聞いてくれるよな?」
「それはそうよ……って、自分で言うのもなんだけどね。うちがどれだけ貢献したか考えたら当然でしょ? でも逆に言えば、それくらいじゃなければダメって意味よ?」
「なるほど……」
グランプ侯爵家に多大な貸しがあるか、それ相応の権力者。もしくは、多大な貢ぎ物でもしたか……なんにしても大物そうだ。
「なんてね。もう一つの可能性もあるんだけどね」
「可能性?」
「その子自身、もしくはその子の妹が幼くて可愛い女の子、とか」
「あぁ……」
そういやクレインさんにはロリコンの疑惑があったな。
いや、多分疑惑じゃなくて事実だ。例えば、ソフィアとかが「ダメ?」とか小首をかしげたら、ダメじゃないとか即答しそうだ。
……いや、俺も言いそうだけど。
「どっちにしても面白そうだから、後でちょっと探ってみるわ」
「……面白そうって。程々にな」
 






