エピソード 1ー5 見た目は幼女、心は妖女
二月も残り半月となり、四期生の卒業記念パーティーまであと少しとなったある日。
屋敷のサロンにある足湯に浸かり、テーブルに突っ伏してだらけていると、背中に誰かが抱きついてきた。
「だーれだっ」
のしかかってきた女の子は小柄で軽い。そのわりに、背中に押しつけられる膨らみは物凄く存在を主張している。
つまり――
「その声はソフィアだな」
「えへへっ、アタリだよ」
そう言って俺から離れたソフィアは既に準備万端だったようで、俺の隣りに座って足湯にちゃぽんと素足をつけた。
「あったかーい。やっぱり冬は足湯だね」
「だろ~。足湯は最高だよな」
「うんうん。肌寒い日に足湯に浸かってアイスクリームとか最高だよね!」
「ソフィアはアイス派かぁ」
俺としてはみかんも捨てがたいんだけどな。でもこの世界のみかんはそこまで甘くないから、ソフィアのアイスって言いたくなる気持ちも判る。
……ふむ。今度美味しいみかんを栽培するか? でも確か、みかんの品種改良って難しいんだよなぁ。そうなると、最初から美味しいみかんを探してくるか?
なんて考えていると、ソフィアが腕に抱きついてきた。
「リオンお兄ちゃん、なにを考え込んでるの?」
「足湯に浸かりながら美味しいみかんとか食べたいなぁと思ってな」
「みかんかぁ……。アリスお姉ちゃんもそんなことを言ってたなぁ」
「俺達がいた前世の世界では、コタツにみかんって言うのが定番だったからな」
ちなみに、ソフィアには俺達の前世のことを話してある。クレアねぇに教えて、ソフィアに教えない理由はないしな。
と言う訳で、ミリィやミシェルにも話してある。
けどみんな、あんまり驚いてなかった。どっちかって言うと、俺達の知識の出所が判って納得って感じだった。
「コタツって言うのは……熱源を囲ったお布団だっけ?」
「そうそうそんな感じ。感覚的には足湯と同じかな。まあ足湯と違って、あっちは寝転んだまま温もれるけどな」
その辺はコタツに軍配が上がると思う。……いや、浅いお風呂にすれば、寝ながらお湯に浸かれるか? ……溺れたら怖いから止めとこう。
「ソフィアはコタツに興味があるのか?」
「うぅん。ソフィアは足湯の方が好きかなぁ?」
「そうなのか? コタツにはコタツの良さがあるんだぞ?」
「だって、コタツだとリオンお兄ちゃんと混浴が出来ないもん」
「……混浴て。またアリスの入れ知恵か?」
「そうだよぉ。お風呂は警戒心が下がるから、誘惑するには最適だって言ってた」
……はぁ。またあいつはそんなコトを。純情なソフィアになにを教えてるんだよ。
「一応言っておくけど、それはアリスが適当に言ってるだけだからな?」
「そうなの?」
「そうだよ。そもそも混浴って言っても、脚だけじゃないか」
「でもさっき、ソフィアが背中に抱きついた時、リオンお兄ちゃんってば、ソフィアのお胸の感触を楽しんでたよね?」
「――ぶっ!?」
不意打ち過ぎて平静を装えなかった。なんで気付かれた――って、そうだ。最近はかなり、相手の心を読む恩恵が回復してきてるんだった。
なんとか誤魔化さなきゃ――って、ダメだ。恩恵を意識して使ってる時のソフィアに誤魔化しはきかない。よけいに心証を悪くするだけだ。
「あ~なんかすまん。ソフィアも成長してるんだなって思わず、な」
「えへへ。恥ずかしいけど、リオンお兄ちゃんならソフィアを好きにして、良いよ?」
「こらこらこらっ! 女の子がそう言うこと言わないの!」
「女の子だから言うんだよぉ」
「それはそうだけど、そうじゃなくて!」
「ソフィアも今年で十二歳。そうしたら結婚だって出来るんだよ? リオンお兄ちゃん言ったよね、ソフィアのことも考えてくれるって」
「そ、それは言ったけど……」
俺的には十代後半になったら考えるって感覚だったんだけど……そうか。この世界じゃ、十二歳で成人扱いだから、そろそろってなるのか。
「ソフィアね。あれからアリスお姉ちゃんやミリィお母さんに色々と教えて貰って、毎日頑張ってるんだよ?」
「が、頑張ってる?」
「うん。サクランボの茎も舌で結べるようになったよ?」
「アリスのアホは子供になにを教えてるんだ!?」
「うぅん。教えてくれたのはミリィお母さん」
「まさかのミリィ母さん!?」
母さんは一体なにを思ってそんなことを教えたんですかねぇ。
いや、なんの為も、なにも、ナニしかない気はするけど……うわああああ、なんか生々しくて嫌だ!
「アリスお姉ちゃんが言うにはね、ソフィアは恥ずかしがりなままで、技術だけはプロ級って言う路線で行くと、お兄ちゃんは堕ちるって」
あーいーつーはーっ。本気でなにを教えてるんだよっ!?
そもそも、だ。
ソフィアは同年代と比べても比較的幼い容姿をしている。身長も低めだし、成長しているのは胸くらいだろう。
そんな幼くて純情なソフィアが、実はプロ級の技術を習得済みとか………ごくり。
――って、ごくりじゃねぇよ、俺! 乗せられてどうするんだ!?
「えへへっ、リオンお兄ちゃんがソフィアを見てえっちぃコトを考えてる」
「ぎゃああああ、心を読むのはやーめーてーっ!」
い、今更だけど、心を読まれるせいで、煩悩を理性で抑えてもバレバレになるソフィアが一番手強いかも知れない。がっくし。
「と、取り敢えず、その話は置いとこう。もうすぐ十二歳って言っても、ソフィアの誕生日は十二月だろ? まだ十ヶ月くらい近くあるじゃないか」
全力で問題を先延ばしに掛かるヘタレ男子の図。
いや、誤解しないでくれ。これにはちゃんと理由があるんだ。
この世界において、十二歳が結婚出来る歳だとしても、日本人としての常識が残っている俺にとっては抵抗のある年齢だ。
だから、年齢的に時間が欲しくての先延ばし。決して、答えが出ないとか断りづらいからの先延ばしじゃないってこと。
――そう。今の俺はソフィアに対しても、特別な感情を抱きはじめている。
最初は、一人だけを選ぶのが勇気だなんて言ってたけどな。いや、今でも思ってる。でも一人だけを選ぶのが勇気なら、三人を選ぶのもまた勇気だと思うんだ。
……なんて、完全にアリスに毒されたセリフだけどな。
だけど、ソフィアにクレア。それぞれアリスに抱く想いとは少しだけ違うけど、大切に想う気持ちは本物だ。
だけど、いやだからこそ。あと少し、ソフィアがもう少し大きくなるまでは待って欲しいと思ってる訳だ。
心を読めるソフィアには、もしかしたらお見通しなのかもしれないけどな。
「そういやソフィア、学校は楽しいか?」
「凄く充実してるよ。でも、仲の良い友達はあんまり増えてないかなぁ」
「そうなのか?」
「みんなの前でうっかりリアナお姉ちゃんって呼んじゃって、みんなに私が学校にずっといるって知られちゃったんだよね」
「え。それでイジメに遭ってるとか……?」
「イジメ? うぅん、なんか先生達と同列に扱われちゃってるみたい」
「あぁ、そう言うことか……」
実際、今のソフィアは教師に負けず劣らずの知識を保有してるからなぁ。周りの生徒からしたら、自分達より年下なのに凄いって感じなんだろうな。
イジメられてるんじゃなくて良かったけど、生徒が同年代になってきたのに、対等な付き合いが出来ないのは少し可哀想だ。
アリスが入学して、そう言う環境にも変化があったら良いな。






