エピソード 3ー6 小悪魔ソフィア
「それで、お兄ちゃんは責任を取ってくれるの? それとも責任を取らされるの?」
再び繰り返されるのは、どっちにしても責任を取らされる理不尽な二択。だけど、不慮の事故とは言えソフィアの着替えを覗いてしまった俺に反論の余地はない。
「む、むぅ……責任って言うけど、ソフィアは俺になにをさせるつもりなんだよ?」
「ソフィアをお嫁さんにするとかどうかな?」
「いや、どうかなって聞かれても……」
「……いや、なの?」
ソフィアの顔が悲しみに歪む。いきなり落ち込むソフィアに俺は動揺する。
「リオンお兄ちゃんにとって、ソフィアは要らない子なのかな?」
「要らない子のはずないだろ」
「嘘だよ」
「嘘じゃないよ」
「なら、クレアお姉ちゃんと、ソフィアのどっちか差し出せって言われたら、リオンお兄ちゃんはどうするつもりなの?」
……あぁ、やっぱりあれを聞いちゃってたのか。もしかして、それで引き渡されるかもって不安だったのか?
「あれは言葉の綾だから。どっちかを差し出すなんてことはないよ」
二択を迫られたらどうしようも無くなるのは事実だ。だけどそれは、交渉の余地が無くなるという意味で、決してどっちかを引き渡すという意味じゃない。
ソフィアを差し出す選択なんて有り得ない。
「ホントに?」
「ああ、ホントだ」
「なら、ソフィアを引き渡したりしない?」
「ああ、引き渡したりしない」
「なら、ソフィアをお嫁さんにしてくれる?」
「ああ、お嫁さんにして――おいっ」
「……むぅ、残念。もうちょっとだったのになぁ」
ちょっと奥さん。なんかソフィアがぺろっと舌を出したりして、小悪魔っぽくなってるんですが? 誰だよ、純真なソフィアにこんな小技を教えたのは……あっ。
「なぁソフィア。アリスから色々と習ってるって言ってなかったか?」
「うん、教えて貰ってるよ?」
「もしかして……さっきみたいなやりとりも?」
「うん、そうだよぉ。ソフィアが頑張ったら、アリスお姉ちゃんも嬉しいんだって」
「やっぱりあいつかああああああああっ!」
後で校舎裏に呼び出し決定な!
……って、あれ? だったらさっきのソフィアが落ち込んでたのは演技なのか? 俺とクレアねぇの会話を聞いて落ち込んだり、不安に思ったりしてた訳じゃないのか?
「なぁソフィア、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ無いよ、凄く恥ずかしかったんだからね?」
「それはもう忘れてくださいお願いします!」
「むぅ……じゃあなんの話?」
「パトリックの一連の話だよ。前も自分のせいみたいなことを言ってただろ? 今回もそう思って落ち込んでるんじゃないかなって思ったんだけど」
「もしかして心配してくれたの?」
「そりゃするよ。さっきだって、部屋の前で話を聞いて走り去っただろ?」
「あれは……うん。偶然聞いちゃって驚いたのは事実だよ」
「だったら――」
やっぱり落ち込んでるんじゃないかと続けようとしたんだけど、ソフィアは首を横に振って俺のセリフを遮った。
「確かに驚いたし、ショックだったよ。それにソフィアのせいで迷惑を掛けるくらいなら、パトリックさんを消してしまおうとも思ったりもしたよ」
うあぁぁぁ、やっぱりか! 慌てて会いに来て良かった……って、あれ?
「思ったりもした? 今は思ってないのか?」
「アリスお姉ちゃんに『ソフィアちゃんのやるべきなのはそれじゃないでしょ。リオンの望まないことをしたらダメだよ』って言われたの」
ほうほう。アリスの奴、ちゃんとメンタルケアもしてたんだな。
校舎裏は許してやろう。
「ソフィアのやるべきなのは、義妹としてリオンお兄ちゃんを籠絡することなんだって」
やっぱり校舎裏だ!
アリスの奴はまったく。最近はっちゃけ過ぎだ。ソフィアを心配した結果なんだろうけど、もうちょっとやり方ってモノがあるだろうに。
「リオンお兄ちゃん。ソフィアもグランプ侯爵家に一緒に連れて行って?」
「え、なんで急にそんなことを?」
「リオンお兄ちゃんを籠絡するには、リオンお兄ちゃんの役に立つのが一番だってアリスお姉ちゃんが言ってたの」
「う、うぅん……」
間違ってるような、間違ってないような。まあソフィアが頑張ろうとするのは良いことだから、取り敢えず否定はせずにおくかなぁ。
「それでね。リオンお兄ちゃんの役に立つにはどうしたら良いのかなって考えたの」
「それがグランプ侯爵に一緒に会いに行くこと、なのか? まさか、まだ自分を犠牲にしようとしてるんじゃないだろうな?」
もしそんな理由なら、絶対連れていかないぞという意思を込めてソフィアを見る。だけど、ソフィアはふるふると首を横に振った。
「ソフィアね。もう一つだけ特技が――恩恵があることを思いだしたの」
「……人の心を読む恩恵」
確かにそれがあれば、交渉を断然有利に進められる。だって、相手が何を考えていて、何処まで譲歩出来るのか、全部判るんだから。
でも……
「ソフィアは人の心が読めなくなったんだろ?」
「最近は少しだけ、人の感情を見られるようになってきたの。まだ、相手の心を読むのは、怖くて出来ないんだけどね」
「そう、だったんだ」
ソフィアの恩恵があれば凄く助かるけど……ソフィアやみんなを護る為に、グランプ侯爵に会いに行くのだ。ソフィアに負担は掛けられない。
「気持ちは嬉しいけど、無理はしなくて良いんだぞ?」
「うぅん。ソフィアが頑張りたいの。リオンお兄ちゃんの為だったら、人の心を読めなくなったトラウマも乗り越えられるって思うから」
……そっか、ソフィアも努力してるんだな。
うぅん。今回は正式な訪問だからな。グランプ侯爵が武力行使に出てくるとは思えないし、多少の荒事なら護ってやれるけど……精神的な意味で大丈夫なのかなぁ。
「ん~……そうだなぁ。アリスに許可を貰えたら、連れて行ってあげるよ」
「ホントに?」
「うん。アリスが許可をくれたら、だぞ?」
アリスに丸投げは気が引けるけど、俺よりは冷静な判断が出来るはずだからな。アリスが大丈夫だって言うなら、ソフィアを連れて行っても平気だって信じられる。
「判った! それじゃ許可を貰ってくるからね!」
言うが早いか、ソフィアは部屋を飛び出そうとする。だから慌ててその腕を掴んだ。
「待った待った。直ぐには行かないから急がなくて良いよ」
「そうなの?」
「期日は二ヶ月後なんだよ。だからそれまでに情報収集をするつもりだ。それになにより、グランシェス領で問題が起きてるんだよ。だからまずは、そっちの解決が先かな」
「問題って……何が起きてるの? 飢饉は食料援助のお陰で落ち着いてるんだよね?」
「うん。そっちは大丈夫なんだけどさ。パトリックがうちの領地で、俺の良くない噂を流してるみたいなんだよな」
「……良くない噂? どんな噂を流してるの?」
「俺が子供を集めただろ? 学校で勉強を教えるって言うのは口実で、実際は集めた小さな女の子達をどうのこうの――って感じらしい」
「……あの人、本当にろくなことをしないね」
うわぉ、ソフィアの蔑むような目が凄い。多分ソフィアにこんな目で睨まれたら、パトリックは崩れてそのまま立ち直れなくなるな。
「まあそんな訳だから、噂を聞いた親達が心配しちゃってさ。子供を返してくれって訴えて来てるんだ」
「え、でも……みんなの親って、リオンお兄ちゃんがそう言う目的で集めたって誤解してたんだよね?」
「まぁそうなんだけど。少なくとも俺は勉強を教えるのが目的って言ってたからな。本当に裏があると聞かされて、許せなくなったって感じじゃないかな?」
――と、ソフィアには説明したけど、本当は少し違う。
さっきはオブラートに包んだ言い方をしたけど、噂の内容はかなり酷い。少なくとも俺なら、そんな貴族の家に預けるくらいなら、奴隷商人に売り渡す方を選ぶ。
「事情を説明したらダメなの? リオンお兄ちゃんは悪いことはしてないんだし、ちゃんと話したら判ってくれるんじゃないかなぁ?」
「それがさ。噂を広めた連中が民衆を煽ってるみたいで、巡回の騎士とかが説明した程度じゃ信じてくれないらしいんだ」
むしろ報告によると、石を投げられたりする事態にまで発展した村もあるらしい。騎士達が我慢してくれたから良いけど、下手をしたら暴動になってただろう。
「それじゃあ、その煽ってる人達を捕まえたらダメなの?」
「そう出来れば良いんだけどな。民衆からしたら領主が隠したがってる真実を教えてくれた正義の味方だろ?」
「そっかぁ……村の人達から見たら、お兄ちゃんが悪者になっちゃうんだね」
「そう言うこと」
騎士達も地道に説得を続けてくれてるそうだけど、あまり成果が出ていない。このままではよろしくない結果になるだろう。
最悪の場合は、暴動になる前に生徒を村に帰すしかないかもしれない。少なくともそうすれば、両親達の誤解は解けるだろう。
授業が大幅に遅れるから、あんまり取りたくない手段なんだけどな。
「うぅん。難しいね。みんなも文句を言うだけじゃなくて、この街に来れば良いのにね。そうしたら、お兄ちゃんが悪くないのはすぐ判るのに」
「……え? あ、ああああああ! それだっ! そうだよ! ソフィア、偉いぞ!」
「え、え? なにがそれなの?」
「だから、さ。生徒達の親に来て貰えば良いんだ」
この街を見せて、生徒達と会わせる。
パトリックがまったく信じてくれないから自然と選択肢から除外してたけど、言われてみればその通り、普通はうちに来れば判るはずだ。
農民が一、二週間も旅に出る余裕はないだろうけど、そこは旅費やその他の問題をうちがフォローすれば大丈夫。よし、いける! いけるぞ!
「――生徒の親御さんを招待しよう!」






