エピソード 3ー5 究極の二択
パトリックの巻き起こした騒動から約一ヶ月。
俺が十二歳の誕生日を迎えたり、新しいデザインの洋服が完成したり、畑のあれこれを進めたりと、何かと忙しい日々を送っていた。
そんなある日、俺はクレアねぇに呼び出された。……いや、別に悪いことをしたわけじゃなく、グランプ侯爵から書面が送られてきたと連絡があったからだ。
そんな訳でやって来たのは、クレアねぇの根城となりつつある執務室。
本来は伯爵家当主である俺の部屋だったはずなんだけどな。最近はクレアねぇがずっと使ってるから、その辺にあるのも全部、クレアねぇの私物だったりする。
「弟くんを呼んだ理由は他でもないわ。もう聞いてると思うけど、グランプ侯爵から書面が届いたの」
どうせろくな内容じゃないんだろうなぁ。クレアねぇの表情もそれを物語ってるし。とは言え、聞かない訳にもいかない。
「その書面にはなんて書いてあったんだ?」
「まずはロードウェル家に恥を掻かしたことに対する苦情ね」
「苦情……ねぇ。パトリックはあることないこと報告したんだろうなぁ」
「でしょうね。ロードウェル家はうちの親戚。その跡取り息子に対して理不尽にも恥を掻かすとは、うちに喧嘩を売っているのか――みたいな内容が書かれてるわ」
「うわぁ……予想通りって言っちゃ予想通りだけど……グランプ侯爵の要求は?」
もしグランプ侯爵家に対して謝罪しろとか、慰謝料をよこせみたいな内容なら従っても構わないと思ってる。
でも、学校を閉鎖しろとか、ソフィアを嫁に与えろとかいう内容だったら従えない。
俺は固唾を呑んで、クレアねぇの答えを待った。
「グランプ侯爵の要求は……弟くんとあたしの両名がグランプ家に釈明に行くことよ」
「それは……事情を聞くつもりがあるって意味か?」
「まずはあたし達の言い分を聞かせろってところみたいね。ちなみに指定されたのは約二ヶ月後。少し余裕を持って出発するとして……猶予は五十日ほどよ」
「ふむ、結構猶予が長いな。実は結構気遣いが出来る人なのか?」
「残念ながらそうじゃないと思うわ。たぶんその間に密偵を使っての事実確認。それと、グランシェス領の状況や弱点なんかを徹底的に調べるつもりなのよ」
「なるほど……と言うか、やっぱり密偵とかって居るんだ?」
「屋敷や学園の関係者は、可能な限り身元のハッキリしてる人を雇ってるから大丈夫のはずよ。でも、領地全体はどうにもならないもの」
「まぁそうだよな」
なにはともあれ、一筋縄ではいかないってところか。話し合いがどう転ぶかは判らないけど、これは気合いを入れて掛からないと、本気で潰されそうだな。
「ところで、俺は判るけどなんで、何でクレアねぇまで呼ばれたと思う?」
「あたしが当主代理だから――って理由なら助かるんだけどね」
「婚約の件……か?」
婚約破棄の件を交渉材料にされたり、ちくちく言われる可能性は考えてたけど、クレアねぇ本人を呼び出すって……
「グランプ侯爵は、クレアねぇを諦めてなかったってことなのか?」
「どうなのかしらねぇ。お会いした時は、随分と気に入って頂いてたみたいだけど」
「むぅ……それは厄介だな」
「そうね。グランプ侯爵の目的が判らないと、対策の立てようがないものね」
「だよな。もしソフィアをパトリックの嫁に出すか、それともクレアねぇをうちの嫁によこすか――とか二択で迫られたら困るからな」
刹那、扉の外でがたっと言う音が聞こえた。
「……ん? 誰かいるのか?」
俺は扉を開けて廊下へと顔を出す。すると、走り去る制服の後ろ姿が見えた。あの金髪のふわゆるセミロングはソフィアか?
「誰かいたの?」
「ソフィアが話を聞いてたみたいだ」
「ソフィアちゃんが今の話を? それってまずいんじゃない?」
「……ああ、まずいな」
仮定の話とは言え、ソフィアかクレアねぇどっちかしか救えないみたいな話をしてしまった。もしそれを聞かれてたとしたら、ソフィアはかなり不安に思ってるだろう。
「ちょっと行ってくるよ」
「そうした方が良いわ。あぁでも少しだけ待って」
「うん? なんだよ」
「実は裏でパトリックが動いてるみたいなのよ。それで――」
クレアねぇの話を聞き終えた俺は、ソフィアの元へと早足で向かっていた。ちなみに、すれ違ったアリスによると、ソフィアは部屋の方に走っていったらしい。
なので目的地はソフィアの自室だ。
「……ソフィア、変な事を考えないでくれよ」
最近は明るくなってきたけど、ソフィアが不安定なのには変わりない。なのに、あんな話を聞いてしまったソフィアがどう思ったか、想像するだけでも胸が痛い。
俺もなんでもっと気を付けなかったんだ。あの部屋に防音性がないって知ってたはずなのに。
そうして自分を責めているうちにたどり着いたソフィアの部屋の前。
「ソフィア、リオンだけど入って良いか?」
俺は少しせいた気持ちで扉をノックする。
「え、リオンお兄ちゃん? ダメ! 入ってこないで!」
返ってきたのは予想通り拒絶の声だった。けど、そんな風に言われて引き下がれるはずがない。だってソフィアは誤解してる。それが判ってるのに、落ち込むソフィアを放っておけるはずがない。
だから――と、俺は扉を開けて部屋の中に踏み込んだ。
「ソフィア、不安なのは判るよ。でも隠す必要なんてないんだ。俺はソフィアを見捨てたりしない……か、ら?」
俺の出現に硬直するのは――着替え中のソフィアだった。ソフィアは脱いだ制服で胸を隠して深紅の瞳を見開いている。
――束の間の静寂。
ソフィアは顔を真っ赤に染め上げてパニックに陥った。
「リ、リリオンお兄ちゃん? か、隠す必要がないって、ソソっソフィアのはだっ、裸を、みた、見たいってこと?」
「ふぁっ!? ちち違う、そうじゃないっ!」
「で、でもっ、ソフィアはお姉ちゃん達みたいにお胸が育ってないから――あっ! 不安なのは判るけど見捨てたりしないって、そう言うことなのかな? そ、それだったら、ソフィアはお兄ちゃんに見られても……、その……」
「うわあああああああああ、違うから落ち着けええええええええ!」
体を隠す制服を下ろそうとしたソフィアを必死になって止めた。
その後、なんとか事情を説明して誤解は解けたんだけど、服を着替え終わったソフィアはとってもお冠だった。
「むうぅぅぅ……」
「悪かったって。機嫌を直してくれよ」
「ホントに悪いと思ってるの?」
「うん、思ってる。ホントにごめん」
「ならリオンお兄ちゃんは、ソフィアの裸を見た責任を取るべきだと思います」
「ちょっ!? 人聞きの悪いことを言うなよ!? 下着がちらっと見えた程度だから!」
「ふぅん……下着はちらっと見たんだ」
「うぐっ!?」
こ、これはキツイ。何がキツイって、純真なソフィアに半眼で見られるのが一番キツイ! 止めて、俺をそんな目で見ないで!
「それで、お兄ちゃんは責任を取ってくれるの? それとも責任を取らされるの?」
「それは……」
自主的に責任を取るか、強制されて責任を取るか。どちらか二択なら、自主的に責任を取った方が潔い……って、
「なんで責任を取る以外の選択肢がないんだよ!?」
「お兄ちゃんは反省が足りないと思う」
「……ごめんなさい」






