エピソード 2ー1 内政会議
総合週間ランキング1位頂きました!!
日刊では届かなかったので、むちゃくちゃ嬉しいです! 応援して下さった皆さん、本当にありがとうございました!!
ソフィアを義妹にした俺は、グランシェス領の屋敷へと舞い戻っていた。
ただし、住むのは本宅ではなく離れの方だ。こっちの方が住み慣れてるって言うのもあるけど、そもそも本宅は木造部分が焼けて人の住める状態じゃないからな。
そんな訳で、離れにある応接間。
俺達はグランシェス領の内政改革に乗り出すべく集まっていた。
「早速だけどグランシェス領の抱えてる問題について話し合おう」
俺はそこで一度言葉を切り、出席しているメンバーを見回す。
まずは当主代理のクレアねぇ。そして俺達の補佐を務めるミリィとミシェル。
後は異世界の知識を持つアリスと、ソフィアは……癒し担当かな? 俺の背中に隠れるように出席している。
隠れるように――と言ったけど、ソフィアはこのメンバーには少し打ち解けて来てるように見える。たぶん、帰りの馬車で数時間揺られている間、みんなが少しずつ声を掛けていたからだろう。
まあそれはともかく、まずは本日の議題についてだ。
「今抱えている問題だけど、まずは生産量の低下と、口減らしに売られた子供の問題。続いて炎上した屋敷の取り扱いと、散り散りになった使用人の保護について。後は……インフルエンザかな」
俺はそこで一度言葉を切り、クレアねぇに対策中の内容について報告を求める。
「生産量の低下については弟くんが解決できるって話だから保留中よ。あとインフルエンザについては従来の対策を周知してるけど……それ以外に出来ることは無いのよね?」
「そうだなぁ……」
庶民の家はかなり劣悪だから、出来れば居住空間自体をなんとかしたいけど……そっちは数が多すぎて、さすがにすぐに対策は出来ないからなぁ。
クスリの開発もさすがに無理だし……
「強いて上げれば、ストレスを溜めないようにして、栄養を取って健康を維持するのが対策と言えば対策かなぁ」
「つまり、食糧難の解決が、インフルエンザ対策になるのね?」
「そうなるな」
俺が物心つくまでは、インフルエンザの流行は滅多になかったらしい。
最近になって外国との交易が盛んになって来たって話だから、それが主な原因だと思うけど、生産力の低下で疲弊してるのも原因の一つだと思う。
「それじゃ次は……散り散りになった使用人の保護ね。身請け先で交渉中の人がいるけど、全員の安否を確認済みよ」
「お、そうか! それじゃ、そのまま交渉を続けてくれ」
良かった。一番の懸念事項がなんとかなりそうだ。対応が遅れたせいで行方不明者や死亡者が出てたら、さすがにショックだもんな。
「次に炎上した屋敷についてね。燃えたのは木造部分で、石造りの基礎は無事だから、修理すれば住めるようになるわ」
「ふむふむ。それじゃ修理に取りかかってくれ。とは言っても、俺は住まないけどな」
「……え? どうしてよ?」
「あんまり良い思い出がないからなぁ。それにあの屋敷――と言うか、この国の建物って住みにくいんだよ。だから、俺好みの屋敷を新しく建てようと思って」
「ちょっとちょっと、弟くん? 領地が食糧不足に陥ってるのよ? それなのに当主がそんな贅沢をしてどうするのよ」
クレアねぇは少し咎めるような口調。ミシェルもちょっと呆れ眼を浮かべてる。
でも、アリスとミリィは平然と俺の話を聞いていた。この二人は多分、俺がなにを考えてるか判ってるんだろう。
「ミリィはどうして怒ってないんだ?」
俺の代わりに説明して貰おうと尋ねると、ミリィは満面の笑みを浮かべた。
「決まってます。リオンが間違った事を言うはずがないじゃないですか」
「……え、そう言う理由?」
「ええ。以前にも言いましたよね? 私はいつだってリオンの味方だって」
「……あ~うん、ありがと。でもなミリィ、俺だって間違うことはあるからな? ちゃんと自分で判断しないとダメだと思うぞ……?」
「そうですね。ちゃんと自分で考えてリオンを信じることにします」
違う、そうじゃない。
うぅむ。信頼してくれるのは嬉しいんだけど……まいったな。久々に再会したら、ミリィが親バカになってるぞ。
まあずっと母親だって名乗れなかった上に、ここ数年はずっと離ればなれになってたからなぁ。その反動で子煩悩になるのはしょうがない……か?
なんにしても、俺の代わりに説明を期待するのは無理そうだ。
気を取り直して、俺はアリスに説明を頼もうと視線を向ける。
アリスは俺と同じ転生者だからな。こっちの世界で旅をした経験もあるし、ちゃんと俺の望んだ答えをくれるだろう。
「アリス、みんなに説明してやってくれ」
「うん。みんな考えてみて? リオンが間違った事を言うと思う?」
「……ありすぅぅぅぅ」
「じょ、冗談だよ、冗談だから、そんな泣きそうな声を出さないでよ」
「泣きそうじゃないしっ、良いからちゃんと説明してくれよ」
ジト目で睨むと、アリスは仕方ないなぁとばかりに肩をすくめた。いや、それは俺のセリフだからな?
「食糧難を回避するには、収穫量を増やすのが一番だよね? でもそれだと、今すぐにはみんなを助けられない。それは判るよね?」
「対策を講じて植えた作物が育つまでの時間があるからよね?」
「うん。クレアの言うとおりだよ」
アリスがクレアねぇに向かって親しげに微笑む。
アリスは最近までクレア様って呼んでたんだけどな。奴隷から解放されたのが切っ掛けで仲良くなったらしい。
なんとなく嫌な予感がしないでもないけど……前世の妹と、この世界での姉の仲が良いのは良いことのはず……だよな?
「さて。それを踏まえて、みんなに質問だよ。パンがなければどうすれば良いと思う?」
「どうするって言っても……うぅん。私達が支援するって答えじゃないわよね」
クレアねぇは首をひねって考え込む。
「……パンがなければ、お菓子を食べたら良いのに」
後ろでソフィアがボソリと呟いた。
ソフィア、それは言っちゃったら処刑されるセリフだぞ。
どこかのマリー様はそんなセリフを言ってなくて、周囲の人間にハメられたって説もあるけどな。少なくとも、そのセリフを実際に言ったらやばいのは事実だと思う。
まあ、俺の予想が当たってれば、アリスの答えも大概酷いけど。
「リオンは判ってるんだよね?」
「パンがなければ、お金で買えば良いのに、だろ?」
「うん、そうだよ。と言うことで、後の説明はお願いね」
くっ、アリスに説明を任せようと思ったのに、返されてしまった。あんまり説明は得意じゃないんだけどなぁ。……まあ仕方ないか。
「食糧難って言ってもさ。それはグランシェス領とその付近だけって話だっただろ? つまり、お金があれば食料は買えるって意味だ」
もっとも、この世界の流通はそこまで盛んじゃないからな。今のままじゃいくらお金があっても、個人が食料を買い集めるのは難しいだろう。
でもまぁ、その辺は俺達がフォローすれば良い。
「その理屈は判るけど……不作続きで、みんなお金もないはずよ?」
「うん。クレアねぇの言うとおりだろうな。だからさっきの話に戻るんだ。屋敷の立て替えなんかの仕事を作って賃金を支払う。それで少なくとも、その人達は食料を買うお金が出来るだろ?」
「そっか。だからリオンは新しい屋敷を建てるって言ってるのね」
「うん。それにお金のやりとりが盛んになれば、食料以外の生産にも需要が出る。そうすれば、他の人も――って感じだな」
なんて、それも理由の一つだけど、屋敷に関しては不便だからって言うのが本当のところだ。この世界の建物は日本の建物に比べて本当に住みにくいからな。
「他にも開墾や治水工事。それに新たな作物の生産に、鉄製品の開発などなど、色々仕事は作れると思う。食糧支援と合わせたら、暫くは大丈夫じゃないかな」
なので目下の問題は一つだけ――と、俺はミシェルを見る。
まだ口減らしに売られた子供の対策が話に出ていないからだろう。ミシェルは深刻そうな顔をしている。
なんとかしてあげたいけど、対策が思いつかないんだよなぁ。
口減らしが目的で売られたなら、働けないほど小さな子供が大半のはずだ。そんな子供が数十人、長期的に働けるような仕事……仕事、ねぇ?
なにかないかと視線を彷徨わせていると、こっちを見てたアリスと目が合った。
「ねぇリオン、さっき並べた色々な作業をするには、圧倒的に人材が足りないよね?」
「え、だから領民を雇用するんだろ?」
「そうじゃなくてね。連作障害の対策を指示する人とか、治水や開墾の指揮を執る人。それに農具の説明等々、各町村に必要だと思わない?」
「あぁそっか……各町村を回って説明するにも限度があるし、ずっと付きっ切りになる訳にもいかない。そうすると人を集めて教育を――っ」
まさかと視線を向けると、アリスは穏やかな微笑みを浮かべていた。どうやら、さり気なく俺にヒントをくれたつもりらしい。いや、全然さり気なくないけどな。
「クレアねぇ、奴隷商とかに売られた子供を買い集めてくれ」
「え、それはもちろん構わないけど……良いの? それが切っ掛けで、子供が余計に売られたりするかも知れないんでしょ?」
「そうだな。だからそうならないように、年末になったら子供を一杯集めるって噂を流してくれ。最初は生活費の面倒を見るだけだけど、将来的には給料も支払うって付け加えてな。子供を売ろうか迷ってる連中は、それで年末までは我慢するはずだ」
子供を奴隷として売った場合、収入は二束三文だけ。だけど子供をグランシェス家に預けた場合は将来的に仕送りが期待できる。
そして、食い扶持が減るのはどちらでも同じ。
余程逼迫した状況でもなければ、親は後者を選ぶだろう。そして食糧支援をする以上、そこまで逼迫した状況にはなり得ない。
これで口減らしに売られる子供の問題はなんとかなるはずだ。
「年末になって子供を引き取らなければ批難されるわよ?」
「そこは本当に集めるから大丈夫だよ」
「集めるって……そんなにたくさんの子供をどうするつもりよ?」
「学校を作って、そこで専門知識を学ばせる。そして一人前になったら、グランシェス領の各地に派遣して働いて貰うんだ」
「学校で専門知識って……相手は弟くんと同年代の子供なのよ? …………あれ? そう考えると、なにも問題が無い気がするわね」
「落ち着いて下さい。リオン様は規格外ですよ、クレア様」
「あ、そっか。そうよね、普通の子供はもっと頼りないわよね」
「完全に毒されてますね」
誰が毒だ。と言うかミシェルは俺をそんな目で見てたのかよ。ちょっとショックだ。
それとソフィア。後ろでぼそっと「お兄ちゃんは規格外」とか復唱するのは止めなさい。俺なんかアリスに比べたら思いっ切り一般人だから。
「クレアねぇの心配も判るけどな。子供の方が物覚えは早いから大丈夫だよ。それに教える内容を読み書きと簡単な計算、それになにか専門の知識を一つとかに絞るからさ」
それに加えて、こっちの世界の子供は日本人と比べて少しだけ早熟なのだ。多分、日本と比べて環境が過酷なせいだと思う。
なのでまぁ、実習も含めて一年くらい頑張ればなんとかなると思ってる。
「うぅん。弟くんが大丈夫って言うならそうかも知れないけど……ちなみに、専門の知識ってどんなのがあるの?」
「そうだな。まずは連作障害なんかの対策だろ? それに治水工事のノウハウ。あとは肥料の作り方。そのほか建築技術に、医療、服飾、紡織、料理。あとは鍛冶くらいかな」
「……ええっと。まさかとは思うけど……それら全てに、今まで誰も知り得なかったような画期的なアイディアがあったりするの?」
「ん~……そうだな。軽く世界観が変わるんじゃないか?」
「……サラッと言ったわね。ねぇミシェル、どうしたら良いと思う? 弟くんが凄すぎて、どこから突っ込めば良いか判らないわ」
「クレア様、今更です。あえて言うなら、その存在そのものに突っ込むべきでしょう」
……だから俺の扱いが酷いって。そろそろ泣いちゃうぞ?
いやまぁ、実際異世界で育った前世の記憶があるから、ミシェルの突っ込みは間違ってないんだけどさ。
「取り敢えず、教えるべき内容と必要事項をアリスと俺で纏めておくよ。だから差し当たっての問題は今年どうするかだな」
「仕事を融通する以外にってこと?」
「うん。子供を教育するのは、次の種蒔きまでには間に合わない。だからってなにもしないのはもったいないからな。各農地に最低限の対策だけは伝えようと思うんだ」
そうすれば、次の収穫で少しは効果が出るはずだ。
そうやって実績を作れば、教育の終わった子供を各地に派遣した時、多少なりとも受け入れやすいって利点も出来る。
やっておいて損はないはずだ。
と言う訳で、まずは素養のある使用人に最低限の知識を詰め込み、次の種蒔きまでに派遣。そこから一年掛けて学校を作りつつ、奴隷の子供を教育する。
その後は、数年掛けて本格的な学校を開設するという計画を立てた。
「それじゃまずは、学校を何処に建てるか、だな」
「炎上した屋敷を修理して使うのはどうかしら? 基礎は無事だからすぐに修理できるし、街の中心だから何かと便利だと思うのだけど」
「ごめんクレアねぇ。今後のことも考えて、今回は一通り作ろうと思うんだ」
「一通りっていうと?」
「まずは校舎や住宅だろ。それに用水路完備の田畑。後は各種生産の施設に、上水道と下水道。道なんかもちゃんと舗装したいな」
なんて感じであれこれ並べ立てていると、クレアねぇが呆れ顔になった。
「まさか街を丸ごと作るつもりなの? 相当な手間と費用が掛かるわよ?」
「なにも全部をすぐさま完成させる必要はないからな。一年で校舎と田畑があれば大丈夫だ。他の街を開発する時のモデルとなる街を作りたいんだよ」
「街を丸ごと、ねぇ。資金が足りるかしら?」
「その辺は俺には判らないけど……スフィール家からの賠償金もあるし、なんとかならないか? 別に、何年も掛けて大丈夫だぞ?」
「うぅん……分割払いされる賠償金と、税収をつぎ込めばなんとかなると思うけど……他のことに手が回らなくなるわよ?」
「その辺は調整かな。取り敢えずは、食糧支援が途切れなければ問題ないよ」
初めはきつくても、農業の知識が浸透すれば、各地の収穫量が増えるのはほぼ間違いない。だから税収も増えて、資金にも余裕が出てくるだろう。
異世界の知識を使えば確実に成果が上がる――と、予測出来るからこそ可能な見切り発車だけどな。
「判ったわ。そこまで言うならなんとかするけど、土地は何処にするの? 平地で川の近くが良いのかしら?」
「ミューレ平原にしようと思ってるんだ」
ここから馬車で北に一時間ほど。山と森が近くにあって、川も流れている。うちの領地の中では最高の、どうしてここに街がないのか不思議なほどに良い条件の場所だ。
「ミューレ平原ね。そうね……良いんじゃないかしら」
「よし、それじゃ決まりだな。俺とアリスは職人と協力して建物や農地の図面を引くから、クレアねぇは技術者を集めてくれ」
「判ったわ。直ぐに手配するわね」
「うん。期待してるよ」
「お姉ちゃんに任せなさいっ」
クレアねぇは言うが早いか、技術者を集める為に部屋を飛び出していった。それを見届け、俺はミシェルへと視線を向ける。
「ミシェルは口減らしに売られた子供を買い集めてくれ。それと最初は大人も必要だから、使用人の中から協力者を募ってくれ。手伝ってくれる人には特別手当を出すから」
「使用人は何人くらいが目安でしょう?」
「最低十人。出来ればそれ以上を頼む。でもって、その間にリストを作っておくから、全国から植物の苗や家畜なんかを購入してくれ」
最初は……成長の早い作物を中心に植えて、徐々にサトウキビなど嗜好品も増やしていく感じかな――と、俺は買い集めるモノを思い浮かべていく。
「では、使用人を集めてきますね」
「うん、よろしく頼むよ」
早速仕事に向かうミシェルを横目に、俺はミリィへと視線を向ける。
「悪いけど、ミリィにもお願いして良いかな?」
「もちろんですよ。私に遠慮なんかしないでください」
「ありがと。なら、買い集めた子供達に読み書きなど最低限の教育を施してくれ。後は各種知識をミリィに教えるから、後半はそれの伝授も頼む」
「任せてください。必ずリオンの期待に応えて見せますよ」
「ありがとう。期待してるよ」
後は……と、俺は背中に隠れているソフィアに視線を向ける。ソフィアは今のところ、なにかを頼むのは難しいだろう。
だからって除け者にするのは論外だし……そうだな。
「ソフィアは子供達と一緒に、ミリィから色々習ってくれるか?」
「……ミリィさん?」
ソフィアは恐る恐るといった感じでミリィを見る。
「うん。俺のお母さんで、凄く優しいっていうのは知ってるだろ?」
「んっと……ソフィアがミリィさんに色々と教えて貰えば良いの? そうしたら、リオンお兄ちゃんは嬉しい?」
「うん。ソフィアが色々覚えてくれたら凄く助かる」
「判った、それじゃソフィアは頑張ってお勉強をするよ!」
「良かった。それじゃ頑張ってな」
そう言って頭を撫でると、ソフィアはえへへと微笑んだ。
これで段取りは整った。後はあらゆる技術提供を惜しまずに行う。
教え込む知識は、俺やアリスの持てる全て。グランシェス領に革命を巻き起こす、内政チートの始まりだ。






