エピソード 4ー6 対決
「それじゃ……扉を開けるぞ?」
互いの準備が整ったのを確認、俺はゆっくりと扉を開く。そこにはカルロスとレジス。それに護衛らしき二人組の騎士が待ち構えていた。
「……ふむ。どうやらこちらの待ち伏せに気付いていたようだな。娘は……気絶しているのか? まさか殺したわけじゃないだろうな?」
「騒ぎそうになったから寝て貰っただけだ。怪我一つさせてないよ。それより、本当にあんたが黒幕だったんだな」
「黒幕とは人聞きが悪いな。俺はキミの願いを叶えてやったというのに」
「……は?」
なにを言ってるんだこいつは。俺の家族を殺しておいて、願いを叶えた?
「キミが言ったんだろ? 妾の子だと疎まれていて、自由を奪われていると。だから、キミが伯爵の地位を継げるようにしてやったんじゃないか」
「……まさか、俺の為に父やキャロラインさん、それに兄を殺したって言うのか?」
「そうだ。現当主だったキミの父。それに継承権が一位の兄と、発言権のある夫人は死んだ。クレアリディルもこちらの手の内にあるし、キミは晴れてグランシェス伯爵だ」
「ふざけるな! 俺はそんなの望んでない。ただ自由になりたいって言っただけだ!」
俺が望んだのは、自由になって幸せになりたい、ただそれだけ。誰かに死んで欲しいなんて思った事は一度だってない。それなのにどうしてと、俺は怒りをぶつける。
「確かにキミの望み通りではないだろうな。だがそれでは俺が困るんだよ」
「……どういう意味だよ?」
「俺がキミとソフィアを結婚させようと思ったのは、グランシェス家との繋がりが欲しかったからだ。だが、疎まれている妾の子では繋がりが弱すぎる」
「だから、俺を傀儡の伯爵に仕立てようって言うのか?」
俺の問いかけに、カルロスはその通りだとばかりに頷く。それを見た俺はカルロスが本気で言っていると理解する。だから、俺を支配したのは絶望だった。
「……なんで、だよ。力が欲しかったなら、俺の申し出を受けてくれれば良かったんだ。なのに、どうしてこんな事をしたんだ!?」
「申し出? あぁ……あの暖かい地域でも砂糖を作れるとか言う夜迷い言か。あんな話は初めから信じていない」
「――なっ、なにを言ってるんだ。ソフィアが信じてくれてるからって、信じてくれたんじゃなかったのか!?」
「娘が見抜けるのは相手が嘘を言っているかどうかだけで、内容が真実かは別の話だ」
「それは……」
「そもそも、本当にそんな作物があれば、誰も気付かないはずがない。それにろくな教育もされずに離れに閉じ込められていたキミに、その様な知識があるはずがなかろう?」
「――っ」
そんな風に疑われる可能性は予想してた。だからこそ、疑われたらインフルエンザなどの件を話すつもりだったんだけど――
あっさりと交渉に応じてくれたから、実績や知識を示す機会はなかった。信じてくれた結果だと思ってたけど……そう、か。俺は初めから信用されてなかったのか。
「――一応言っておくけど、リオンの言っている事は本当よ?」
「小娘。お前が彼に夜迷い言を吹き込んだ張本人か? なにが目的かは知らんが、嘘ならもう少しマシな嘘を吐くんだな」
「……まあそれが普通の反応、なのかな」
アリスは少し寂しげに呟く。すまんアリス。俺のせいでアリスまで嘘つき呼ばわりされてしまった。
「ありがとうアリス、もう良いよ。どのみち今から信じて貰っても手遅れだ」
「ほう? それは、交渉決裂という意味か?」
「当然だろ。俺の家族を勝手な理由で殺した奴と取引なんて死んでも――いや、例え生まれ変わってもごめんだ」
「ならばどうする。こちらにはお前の姉が――」
カルロスは最後まで言わず、ベッドに寝かされているソフィアに視線を向けた。いや、あんたと違って、俺はソフィアを人質なんかにしないぞ?
なんて、勝手に勘違いしてくれてるのをわざわざ教えてやるほど親切じゃないけどな。
「……良いだろう。あくまで従わぬと言うなら、実力で従わせるまでだ。お前達、夢見がちな少年に現実を見せてやれ!」
「――はっ!」
レジスが真っ先に俺の方に突っ込んでくる。それと同時に放たれた一撃を、俺はとっさにショートソードで受け止めた。
「……殺す気か? 俺を従わせるのが目的だろ?」
「ご安心下さい。受け損ねても、殺さない程度に加減はしています。それに、多少の怪我は構わないと許可を頂いていますから」
「このっ!」
受け止めた剣を押し込み、レジスが押し返してきたところで、その力に任せて飛び下がる。そしてすかさず、剣を持っていない左腕で魔力素子の変換を始める。
「またハッタリですか! 二度は引っかかりませんぞ!」
「どうかな?」
詰め寄ってきたレジスに向かって左腕を突きつける。
「炎の精霊よ。我が魔力を糧として我が願いに応えよ」
呪文――正確には、炎の精霊に呼びかける感覚と結びつけた言葉を呟き、魔力を代償にして腕に精霊の炎を宿す。ちなみに中二っぽい呪文なのは俺の趣味だ!
「なんですとっ!?」
レジスがとっさに足を止めて避けようとする――けど、遅い。
「――フレイムランス!」
目標をイメージして叫ぶ。刹那、腕に集まっていた炎がレジスに襲い掛かる。それは狙い違わず、足を止めたレジスに直撃した。
だけど、
「……なかなかやりますな」
そこには、少しだけ火傷を負いながらも、平然とたたずむレジスの姿があった。
「嘘、だろ? 今のを喰らって平気なのか?」
「それはまともに食らえばの話ですな。その年で精霊魔術を使えるのは驚きですが、一流の精霊魔術師に比べればキレがありませんな」
「直撃を避けたって言うのか? だったらっ!」
倒れるまで打ち込むまでだと、再び魔力を操作する。
「させるとお思いですか?」
いつの間に距離をつめていたのか、レジスが横薙ぎに剣を振るう。魔術に集中していた俺はそれに反応できなくて――俺は剣の側面で殴り飛ばされた。そして為す術もなく、部屋の端まで吹き飛ばされる。
「――リオン!?」
騎士二人と交戦しているアリスが不安そうな声を上げる。
「ごほっ。だ、だいじょうぶ、だ。アリスは、自分の方に集中して、くれ……」
近くに転がっていたショートソードを掴み、ふらふらと立ち上がる。
今の俺は隙だらけなのに、レジスが無表情でたたずんでいる。それどころか、彼は抜いていた剣を鞘へと戻した。
「……どうして追撃してこない?」
「我が主は、貴方の心を折れと仰せです」
舐めやがってと言いたいところだけど、実際それくらい実力差はあるだろう。
せめてアリスが騎士を片付けてくれれば状況は好転するけど――と視線を向ける。
アリスは善戦しているけど、相手が二人で決め手に欠けるらしい。二人の連携の前に攻めあぐねている。
「彼らは騎士団でも指折りの実力者ですから、援軍は期待するだけ無駄ですぞ」
俺の視線に気付いたレジスが心を折りに来るが無視。心の中で呪文を唱えてイメージを思い浮かべると同時、魔力素子を魔力へと変換しながら右腕を突き出す。
――フレイムランス!
「なっ、無詠唱!?」
レジスが驚愕しながらも体を捻る。そうしてバランスを崩しながらも俺の魔術を回避してのけた。――が、俺は既に懐の中。
「はあああああっ!」
全力でショートソードを振るう。その一撃はレジスへと吸い込まれる――寸前、俺は側面から衝撃を受けて吹き飛ばされた。
……なにが、なにが起きた? 脇腹が痛いってことは、死角から蹴り飛ばされたのか?
「驚きましたな。まさかその若さで無詠唱まで使いこなすとは、空恐ろしいですな」
「カウンターまで仕掛けておいて、良く言う、な……」
「いくら無詠唱とは言え、その様にみえみえの攻撃では意味がありませんな」
「実戦経験の差か……」
「そうですな。数年ほど実戦経験を積んでいれば、わたくしにも届いたでしょうな」
声が近づいてくる。俺はなんとか起きようとするけど、体が思うように動かない。恐らくは脳しんとうを起こしているのだろう。
「さて、次はどんな隠し球を見せてくれるのですか? 貴方様の心が折れるまで、ことごとく打ち破ってご覧に入れましょう」
冗談じゃない。さっきのが今の俺にとっての奥の手だ。
しかも、レジスは無詠唱だって驚いてるけど、俺が使ったのはまがい物だ。
本当の無詠唱は、アリスがやってるように、イメージを浮かべるだけで即座に魔術を行使する技術。だけど俺は心の中で詠唱をして魔術を行使しただけ。
ようするに、相手には聞こえない形で詠唱をしているのだ。だから、本物の無詠唱と比べると、発動までの時間も自由度も圧倒的に劣る。
そして、その小細工ですら、レジスにはまるで通用しなかった。さっきの一撃も、なにが起きたか判らないし、まるで勝つ為の方法が思い浮かばない。
「……さぁ、どうしました? 起きないのなら、追撃を加えますよ?」
「――くっ」
これ見よがしに放たれた蹴りを、俺は地面を転がって避ける。そうして無理矢理立ち上がるが、その直後に腹に一発を貰った。
だけど、手加減をしているのだろう。その一撃はそれほど衝撃がない。これなら反撃が出来る――と、俺が腕を振り上げた瞬間、
「もう一発! さらにっ! これでっ! いかがですかっ!」
続けざまに四連撃を喰らい、俺は為す術もなく膝から崩れ落ちた。
……痛い。凄まじく痛い。
手加減――と言うより、痛めつけ方を知っているのだろう。意識はハッキリしてるし、何処も骨折など大怪我をした感じはないのに、全身が痛くてしょうがない。
「リオンっ、しっかりして、リオン!?」
不意に柔らかな感覚が俺を包み込む。直ぐ目の前にアリスの顔があった。
「……バカ、自分の戦いに、集中しろって……言った、だろ」
「大丈夫だよ、こっちは倒したから」
「二人相手に勝ったのか……アリスは凄いな」
「うん。そうだよ。だからもう大丈夫。リオンは心配せずにそこで休んでてね。後は、私が片を付けてあげるから」
アリスは俺をそっと床に横たえて立ち上がり、見る者を安心させるような微笑みを浮かべた。その姿はまるで――
「物語の主人公……みたい、だな」
「だったらリオンがヒロインだね」
アリスは笑って、肩口にこぼれ落ちた桜色の髪を指で払った。そうして、ゆっくりとレジスの方へと向き直る。
「……待たせたね」
「お気になさらず。私の仕事は、あなた方の心を折る事ですから。と言うわけで、準備が出来たのなら始めさせて頂きますが……よろしいですか?」
「……いつでも。私の大切な人を傷つけた報い、受けて貰うよ」






