エピソード 4ー5 ソフィアの恩恵
そうしてたどり着いたソフィアの寝室前。扉の前で、アリスが部屋の中の気配を探って、小さな子供が一人だけいるのを確認した。
「ソフィアだな。じゃあ俺が先に入るから、アリスは続いて入ってきてくれ」
「うん。中に入ったら、精霊に頼んで声が外に漏れないようにするね」
「頼む。それじゃ行くぞ」
俺達は部屋の中へと滑り込む。瞬間、驚いたソフィアが椅子から立ち上がり、スカートの裾をまくって短剣を取り出した。
「待った待った! 俺だよ、ソフィア」
「……リオンお兄ちゃん?」
ソフィアは侵入者が俺だと知って驚きに目を丸くする。それを見た瞬間、俺はとっさに距離をつめた。
「リオンお兄ちゃん、どうし――むぐっ」
大きな声を上げかけたソフィアの口を塞ぐ。アリスの精霊魔術が、どれくらい声を遮断するか判らないから一応な。
「ごめんソフィア、大声は上げないでくれ」
いきなり口を塞がれたらパニックになるところだけど、相手の感情を読む恩恵を持つソフィアには、俺に敵意がないと判るのだろう。
目を白黒させながらもこくりと頷き、今度はアリスへと視線を向けた。
「初めまして、ソフィアちゃん。貴方に危害を加えるつもりはないから安心してね?」
「彼女は仲間だから心配しないでくれ。ソフィアなら悪い奴じゃないって判るだろ?」
ソフィアはこくこくと頷く。それを見た俺はゆっくりと手を離した。
「……リオンお兄ちゃん、どうしてここに?」
ソフィアはスカートの裾をまくって先ほど抜いた短剣をしまう。みえ……じゃなくて、なんでそんなモノ持ってるんだよ。
……そう言えば、レジスから少しだけ剣の手ほどきを受けてるとか言ってたな。それで抜く動作によどみがなかったのか。
まさか、俺より剣が得意なんて事は……さっきの動作を見るとありそうな気がする。
「リオンお兄ちゃん?」
「あぁ、えっと……クレアねぇを連れ戻しに来たんだ。何処にいるか知らないか?」
「クレアお姉ちゃんなら南側の一番奥の部屋にいるけど……それよりリオンお兄ちゃんは大丈夫なの? 屋敷を襲撃された時に行方不明になったって聞いて心配してたんだよ?」
「そんな風に聞かされてるのか……」
それもある意味では嘘じゃない。だからソフィアはそれを信じたのだろう。と言う事は、ソフィアはなにも知らないんだな。
「……リオンお兄ちゃん? ソフィアになにか隠そうとしてる?」
「――っ」
失態に気付いてとっさに別の事を考えようとする。
だけど、
「……慌てて誤魔化そうとしてる。でも、ソフィアを気遣ってる感じがする。ソフィアの為に、なにかを隠そうとしてるの?」
相手の感情を読み取れるソフィアが相手では手遅れだった。こうなったら仕方ない。まあこうなるのは、ある程度は予想出来てたしな。
「……正直に言うよ。確かに俺はソフィアに隠し事をしてる。でも、ソフィアにはそれが誰の為か判るだろ? だから、聞かないでくれ」
ソフィアを傷つけたくないという感情を込めて視線を合わす。
「そんな風に言われたら、余計に知りたくなるよ」
「だよな。だけどごめん。ソフィアには教えられない」
ソフィアのお父さんが、俺の家族を殺したかも知れない。なんて言えるはずがない。だから、この選択は間違っていなかったはずだ。
だけど、ソフィアは不満気に頬を膨らませた。
「……むぅ、良いよ。リオンお兄ちゃんが教えてくれないなら、自分で読み取るから」
ソフィアが拗ねた口調で言い放ちつつ、俺の手を握りしめた。
「え、なにを?」
「――リオンっ、その子から離れて!」
「……え?」
「良いから早くっ!」
襟首をつかまれ、強引に引き離される。
「急にどうしたんだよ?」
「恩恵は力を調整できるって言ったでしょ? たぶんソフィアちゃんは普段、恩恵の力を押さえてるんだよ!」
「それって、まさか!?」
慌ててソフィアに視線を向ける。
ソフィアは信じられないとばかりに目を見開いていた。
「そんな、そんな、嘘っ、嘘だよ! お父さんがそんなことするなんてっ!」
「ソフィア、落ち着け!」
「いや、いやぁ、いやああああああああああっ!?」
「くっ、アリス!」
「――うん、精霊よっ」
アリスが精霊に呼びかける。程なく、ソフィアは糸が切れた様に眠りに落ちた。
「今のは……俺の記憶を見たせいなのか?」
「彼女の恩恵がどの程度の能力なのか判らないけど……記憶を知るだけなら、ここまで取り乱さないと思う」
「記憶を知るだけなら?」
「あくまで予想だけど……リオンから読み取った記憶を追体験したんだと思う」
「追体験……って、あの日に俺が見て感じた事をさっきの数秒で全部?」
ソフィアになにが起きたかを知って恐怖する。
俺には前世の記憶と経験があり、側にはアリスがいてくれた。その上で何度かに別けて経験した悲しみと怒り。それをソフィアはたったの数秒で体験した。
それが事実なら、ソフィアがどれ程の衝撃を受けたのか想像もつかない。
「……ごめん、私がもう少し早く気付いてたら」
「いや、俺の失態だよ」
今にして思えば、ソフィアは時々俺の手を握る癖があった。
義理の妹にするという話をした時もそうだ。あの時は、不安の表れだと思っていたけど、本当は俺の心を読み取っていたんだろう。もっと早く気付くべきだった。
「ソフィアは大丈夫なのか?」
「……判らない。でも取り敢えずは様子を――嘘っ!」
アリスが弾かれたように扉を凝視する。
「……見張りか?」
「廊下に、一人、二人……全部で四人。待ち伏せされてるみたい」
「――なっ。俺達の存在がバレてるのか?」
「たぶん、ね。この部屋はあらかじめ警戒されてたんじゃないかな」
「……ちくしょう、見張りが少なかったのは罠か」
侵入を阻止するのなら、見回りを多く置く必要がある。だけど、侵入者を捕らえるのが目的なら、奥まで引き込んだ方が逃がす確率は下がる。
初めから、ソフィアやクレアねぇがいる部屋はマークされてたのだろう。
「……窓は?」
ここは三階だけど、アリスの精霊魔術があれば飛び降りるのだって不可能じゃない。そう思って窓辺に走るけれど、そこははめ殺しになっていた。
「ダメ、こっちの窓は塞がれてる。全部予想済みだったみたいだね。どうする? 一気に飛び出してみる? 少しくらいは、不意を突けるかも知れないよ」
「どうかな……」
外の連中は、俺達が待ち伏せに気付いてるとは思ってないだろう。だけど、俺達がそのうち出てくるのを待ち構えているのだ。
いくら飛び出したからって不意を突けるとは思えない。
「……相手の目的を聞いてみよう。場合によっては交渉する」
「それで、無理だったら? もし、クレア様が人質に取られたら?」
「その場合は……」
「私にだけ逃げろなんて言わないよね?」
先手を打ったアリスの言葉に俺はため息を一つ。
「交渉が決裂したら、精霊魔術で無力化してくれ。後は気合いで包囲を食い破ってクレアねぇを助けに行く。クレアねぇが人質に取られた場合も同じだ」
「りょーかいだよ。クレア様を助けてみんなで逃げようね」
「……そうだな」
クレアねぇが人質に取られた場合は、口で言うように上手くはいかないだろう。その場合は、俺はまた究極の二択を選ばなきゃいけないかも知れない。
そんな考えを頭の隅に追いやり、腰に吊した剣を確認する。
グランシェス家で拾った剣ではなく、アリスママから貰ったショートソードだ。マジックアイテムの類いじゃないけど、俺の体の大きさにはあっていて使いやすい。
剣術の腕は上がってないんだけど……精霊魔術は初歩的なのだけ使えるようになったからな。詠唱の時間稼ぎくらいにはなるだろう。
俺は深呼吸を一つ、ドアノブに手をかけた。






