エピソード 2ー4 一人では出来ないこと、二人でも出来ないこと
リズ達に妾にして欲しいと頼み込まれた俺は、さっそくアリス達に相談――せずに、ミリィ母さんのもとを訪れた。
「……まあ、私としては、リオンが相談してくれて嬉しいけどね。そういう内容は、私じゃなくて、お嫁さん達に相談するべきだと思うわよ?」
ミリィ母さんの部屋を訪ね、実はと事情を打ち明けた。その感想がそれだった。
「いやまぁ……もし妾にするとなったら、みんなに相談はするよ? でも、なんと言うか、相談しても、なら妾にすれば良いじゃない――って答えしか返ってこない気がするんだよ」
「まぁ……そうでしょうね。でもそれは、私も一緒よ?」
「……理由を聞いても良いか?」
「あら、私にそれを聞くの? 私はロバート様のお手つきだったのよ?」
「分かってるよ。だからこそ、相談したんだ」
ミリィ母さんは、父が亡くなったいまでも思い続けている。そして、俺を産んで幸せだと言ってくれている。だから、妾がダメだなんて言わないのは分かっていた。
だけど――
「ミリィ母さんは、キャロラインさんに煙たがられていただろ? もし立場が逆だったとしても、妾を受け入れるべきだって言えるのか?」
煙たがられていたなんてオブラートに包んだけど、実際はもっと酷い。離れに幽閉されるような扱いを受け、俺に母親と名乗ることすら許されなかった。もしミリィ母さんの方が立場が上だったとしても、キャロラインさんを受け入れたのかと言うこと。
「……そう、ね。たしかに、私とキャロライン様は良い関係を築くことが出来なかった。それはきっと、悲しいことだと思うわ」
「なら、妾を持つのは間違いだって言えるんじゃないか?」
「あくまで、私の場合よ。貴方の奥さん達が、シスターズのみんなを虐めるところなんて、想像できるの?」
「それは……ありえないな」
ありえない。三人は必ず、シスターズの妾入りを歓迎する。そう思ったからこそ、俺も三人には相談せずに、ミリィ母さんに相談しに来たのだから。
「と言うか、前から聞きたかったのだけど、リオンは複数の女の子を愛するのは嫌なの?」
「いや……まあ、俺も男だからな」
自分の母親の前だから言葉を濁したけど、そういう感情は無論ある。シスターズはみんな可愛くて、一途に想ってくれている。
しかも、アリス達とはタイプの違う女の子ばっかりだ。そんな女の子に手を出したくないかと言えば、出したいに決まっている。
「つまりリオンは、アリスさん達のために遠慮してるのよね?」
「……端的に言えば」
「でも、そのアリスさん達は、ハーレムを歓迎しているのよね?」
「ま、まあ、そうなんだけど……」
たしかに矛盾している。
俺は本能的にハーレムを望んでいる。だけど、それを理性で、アリス達を悲しませたくないからと抑ええ込んでいる。それは、日本人の価値観を持つ俺にとっては当然の行動。
だけど……アリス達は、ハーレムを持つことに抵抗を感じていない。だとしたら、俺がハーレムを拒んでいるのは、前世の価値観があるから。ただそれだけ……?
「う、うぅん……」
「まあ、しっかりと考えると良いわ。どちらが正解なんて、誰にも分からないもの」
「そうだな。うん、ちょっと考えてみるよ。ありがとう、母さん」
とまぁ、そんな結論にいたって、その日は床についたのだが――
夜中にふと目を覚ますと、掛け布団の中にソフィアとクレアねぇが潜り込んでいた。
「え、な……なにをしてるんだ?」
「それはもちろん、弟くんに」
「夜這いをしに来たんだよ~」
クレアねぇとソフィアが続けて口にする。その目的を理解して俺は焦った。
「いやいやいや、しばらく考えさせてくれって言っただろ!?」
「たしかに聞いたわね。だけど……あれからどれだけ経ったと思ってるの?」
「そ、それは……」
今までの十年くらいから考えると一瞬。だけど、少し考えさせてくれと言う約束からすると待たせすぎだ。
「それに、ね。前にも言ったはずよ。弟くんがそうしたいというのならともかく、あたし達のためだって言うのなら、あたし達の願いを叶えるべきだって」
それは、シスターズの扱いに迷っていたとき、クレアねぇに言われた言葉。
相手を思いやっての行動でも、それを相手が望んでいないのなら、それは親切でもなんでもない――と言われたことがある。
その理屈は……分かる。
親切の押し売りというのは、いつの世の中にもある。自分にとって、もらったら嬉しいモノでも、相手がそうだとは限らない。
相手の望みを叶えるのが、真の親切。
その理論は分かるし、当然だと思う。思うんだけど……アリスが妊娠してるあいだに、ソフィアやクレアねぇと楽しむというのはなぁ……
「あぁもう、いつまでぐだぐだ悩んでるのよ。弟くんは、あたし達に手を出したくないの?」
「それは……まあ、出したくないことはないけど」
「だったら、やることは決まってるでしょ。ソフィアちゃん、やっちゃうわよっ!」
「うん、クレアお姉ちゃん!」
二人がそう言って、俺の寝間着に手を掛けた――って、ちょっと、なにするつもり?
「もちろん、ナニをするんだよ?」
「ソフィア、また俺の心を読んだな――って、なにぃ!?」
「大丈夫だよ、リオンお兄ちゃん。ソフィアは、アリスお姉ちゃんの経験を、何度も何度も追体験してるから、どうすればリオンお兄ちゃんが悦ぶかバッチリだから!」
「大丈夫だからじゃなく!」
逃げようとするが、見た目幼女で、その実バーサーカーなソフィアは、どれだけ藻掻いても押しのけられない。
「――っ、クレアねぇ!」
思わず助けてくれと視線を向ける。
「えっと……その、あたしはソフィアちゃんみたいに大丈夫とは言えないけど、その……がんばるわ。だから、えっと……ふふっ、思ったよりも恥ずかしいわね」
「そういうことを言いたいんじゃなくてっ!」
って言うか、普段お姉ちゃんぶってるクレアねぇの初心な姿が可愛い。
「リオンお兄ちゃん、なんだか元気になってきたね」
ソフィアが、俺の一部を見てそんなことを言う。どうやら、クレアねぇの初心な一面を見て、身体の一部が反応してしまったらしい。
「い、いや、それはその、最近ご無沙汰だったからっ」
「つまり、したいって思ってるんだよね?」
「いや、だからっ!」
「えへへ、問答無用、だよっ」
ソフィアが、いつものアリスと同じように妖艶に微笑む。その瞬間に俺は悟った。あぁ、これはもう、逃げられない――と。
そして翌日。俺はシスターズのみんなを妾に受け入れることを決めた。
いや、なんと言うか……世の中には、一人では出来ない――いや、二人では出来ないことがあると知ったのである。
――コホン。
それはともかく、俺はその決意をアリスに話した。口では受け入れるようなことを言いながら、実は――なんて心配もしたんだけど、アリスは心から喜んでくれた。
自分だけは長寿だから、寂しくならないようにたくさん家族が欲しかったの――なんて言われてしまったら、もはや悩んでいた自分が間違っていたとしか思えない。
俺はさっそく、シスターズのみんなを足湯円卓会議室へと呼び寄せた。
――という訳で、俺の向かいにはリズ、オリヴィア、ティナ、リアナ、シロ、マヤ、ヴィオラの七人が並んでいる。妾の件とは言っていないけれど、その件についてだと分かっているのだろう。みなは、若干緊張した面持ちだった。
だから――
「たぶん、滅多に手を出さないからな?」
俺は唐突に、そんなことを口にした。
たぶんみんなは、妾にするか否か、その言葉が出てくると予想していたのだろう。整った顔ぶれが揃ってきょとんとなる。そして、わずかな時間をおいて――驚愕に染まった。
「それは、もしかして……私達を妾にして、いただけるんですか?」
最初に口を開いたのは、意外にもリアナだった。
「みんなが望むなら、な」
その瞬間、みんなの表情が笑顔になる。その寸前、俺は「まだだ――」と遮った。
「妾になるのなら、俺はみんなをアリス達と同じくらい大切にする。困ってるのなら手を差し伸べる。みんなで幸せになれるように努力する。だけど――アリス達と同じくらいであって、同じじゃない。もし、もしどちらかを選ばなくちゃいけないような状況になったら……」
物語の主人公なら、どちらか片方しか救えないと言われたとき、それでも両方に手を伸ばして、両方を救ってみせるのかもしれない。
だけど、現実はそんなに優しくないことを俺は知っている。どちらか片方すら救えない。そんな時があると知っている。
だから、みんなが困っているときは、全力で手を差し伸べるけれど、全力でもどうしようもないときは、迷わずアリス達を優先する。
俺はそんな、冷酷とも言える言葉をみんなに投げかけた。
「それでも――」
「――それでも、私達は妾になりたいです」
リアナが即答し、他のみんなも一斉に頷いた。まぁ……見返りを求めず、ずっと俺に尽くしてくれていたわけだしな。いまさらだったな。
「分かった。それじゃみんなを妾として受け入れる。ただし――今回妾として受け入れるのは、リズとオリヴィア、それにティナとリアナの四人だけだ」
俺がそういった瞬間、ヴィオラとマヤとシロちゃんが「えっ!?」と目を見開いた。
「三人とも、いくらなんでも幼すぎるだろ」
三人の中で一番年長のヴィオラですら、ソフィアより年下。シロちゃんに至っては一桁の年齢である。そんな子達を妾にするとか、いくらなんでもありえない。
まあ……ソフィアを受け入れた時点であれなのかもしれないけれど。
「取り敢えず、もう少し大きくなって、それでも気が変わってなかったら、必ず妾にすると約束するから、それまでは我慢してくれ」
「……約束してくださいますか?」
ヴィオラが俺の真意を測るように問いかけてきたので、家名に誓ってと答えた。
「では、もう一つだけ質問です。そのあいだ、わたくしたちの扱いはどうなりますか?」
「新しいお屋敷に好きに出入りしてくれて良いよ。望むのなら……まあ、部屋を与えてもいい。その辺はあらためて決めるつもりだけど、悲しませるような真似はしないって約束する」
「……分かりましたわ。シロちゃん、マヤちゃん。二人も、それで良いですか?」
ヴィオラが問いかけると、シロちゃんとマヤちゃんはそろって素直に頷いた。どうやらこの二人、学園では先生をしていたヴィオラに懐いているらしい。
なんにしても、何年も抱えていた問題がようやく解決した。
あれだけ色々言いながら、結局はみんなを妾にした。そのことを世間に色々と言われるかもしれないけど……俺はなんだかスッキリとした気分だ。
「それじゃ、リオンお兄様。わたくしのお兄様と両親に挨拶してくださいね」
「……は?」
リズにいきなりそんなことを言われ、俺は思わず間の抜けた声を上げてしまう。だけど、俺がその真意を問うよりも早く、
「あたくしの父にも挨拶をお願いいたします」
オリヴィアにそんなことを言われてしまった。
そして――気付く。俺が妾――つまりは、正妻ではない。そんな扱いをしようとしているうちの二人が、この国と隣国のお姫様であるという事実に。
「えっと……その、みんな了承してくれるよな?」
「あたくしは……もともと、人質として一生をミューレの街で終える運命ですから、リオン様と結婚をすると言えば、文句を言われるようなことはないと思います」
「そ、そうだよ」
「ええ。でも、実際は結婚ではなく、妾なので……」
「うぐぅ……」
ま、まぁそうだよな。実質は人質という体でも、表向きは俺の義妹という立場。そんなお姫様を、俺の妾にしますと報告する。
少なくとも、手放しで喜ばれないことだけはたしかだ。
「じゃ、じゃあ……リズは?」
「以前からわたくしの気持ちはお話していますので、ノエルお姉様は許してくれると思います。ただ、お父様やお母様、お兄様がなんと言うかは……」
「あぁ……」
アルベルト殿下はリズを溺愛してたからなぁ。以前、俺がお兄様と慕われていると発覚したときですら決闘を挑まれたわけだし、覚悟しておいた方が良さそうだ。
俺は、これから襲いかかってくるであろう困難を想像して天を仰いだ。






