エピソード 2ー3 みんなが幸せになるために
セルジオとアカネの仲を取り持つ――と言うか、セルジオが巨乳好きと、貧乳のアカネが誤解しているので、その誤解を解くと約束した翌日。
俺は再びアカネを足湯メイドカフェに呼び出した。
「アカネに胸の谷間がある……だと?」
先にvipルームでくつろいでいた俺は、あとからやって来たアカネを見て驚愕した。ブラウスの少し開いた胸もとに、見事な胸の谷間が出来上がっていたのだ。
「どうや? 見事なもんやろ?」
「うむ、たしかに。あの貧乳のアカネがここまで……」
盛れるなんて――という言葉は飲み込んだ。
今までのアカネは、基本的に胸もとを隠すような服を着ていたから詳しくは知らないけど、間違いなくAカップだったはずだ。そんなアカネにCカップはありそうな胸の谷間。
たぶん、胸や脇の脂肪を全て谷間部分に寄せて、見えない部分は全部パットなんだろうけど、その辺りの事情を知っているからこそ、逆に凄いと思ってしまう。
化粧もそうだけど、女の子って恐いなぁ……
「なんや、例によって失礼なことを考えてへん?」
「いや、今回ばっかりは、純粋な感想だと思うぞ?」
「まぁ……な。自分でも、ここまで見事な谷間が出来るとは思ってへんかったわ。ただ、セルジオの反応が、思ったのと違うんよ」
「違う……どんな感じに違うんだ?」
もちろん、セルジオがどんな勘違いをしたのかは知っているので、アカネにはどういう風に映ったのかを聞こうと思っての質問だ。
「なんや、妙に悲しそうな感じやったんよ。もしかして、涙ぐましい努力をしてるとか、哀れまれてるんやろうか?」
「あはは……」
なるほど、そんな風に受け止められていたのか。これはちゃんと正しておかないと。俺が切っ掛けで、くっつくはずの二人がすれ違うとかは申し訳なさ過ぎる。
「笑い事やないよ……」
「分かってる分かってる。と言うか、大丈夫だ。それは、誤解だから」
「……誤解? それって、どういうことなん?」
「実は……セルジオは、別に巨乳好きじゃないそうだぞ?」
「……え? そ、そうなん?」
すっかりそう思い込んでいたのだろう。アカネは戸惑っているようだ。
商人としてのアカネはいつでも冷静で、出来る女――って感じなんだけど……ホント、女の子は恋をすると変わるんだなぁと感心する。
ちなみに、巨乳好きではないとは言ったが、だからといって、巨乳が好きじゃないとか、貧乳が好きとかと言っている訳でもないのだが……それは言わぬが花である。
「単刀直入に言うけど、アカネは俺のために胸を盛ってると誤解してるみたいだ」
「……それ、ホントなん?」
「うん。まあ……事実みたいだな。と言うか誠に不本意だけど、俺が巨乳好きって言うのは、周知の事実みたいだからな。それで、セルジオが勘違いしたみたいだ」
「それじゃ……まさかっ。セルジオは、うちがにーさんに惚れてると思ってるん!? こうしちゃおられへん、すぐに誤解を解きにいかんと!」
「待て待て待て」
すぐさま部屋を飛び出そうとしたアカネを慌てて引き留める。
「誤解は解いておいたから心配するな」
「解いておいたって……まさか、うちの気持ちを!?」
「いや、それは教えてない。ただ、誤解だと教えただけだ」
「そう、か……」
ひとまず安心できたのだろう。アカネはホッと一息、足湯に浸かりなおした。だけど、ふとなにかを考えるような表情を浮かべると……ジト目を俺に向けてきた。
「なぁ……にーさん。もしかしてやけど、今回の騒動。にーさんが、セルジオが巨乳好きって言うたんが原因なんやない?」
「否定はしないけどな。でも、セルジオが、アリスやソフィアが婚約者だって聞いて羨ましがったのは事実だし、巨乳好きは違うかもしれないとも言ったからな?」
そもそも、アカネの部下を使えば、もっと正確な情報を引き出せたはずだ。
それに気が回らないほど動揺していたのか、はたまた自分の好きな相手を部下に教えたくなかったのかは分からないけど。俺に頼んだ時点で、多少の誤情報は諦めて欲しい。
「……それもそうやね。うちが無理に聞いたんやし、にーさんを責めるのは筋違いやね。ちょっと、冷静さを欠いてたみたいや。……ごめんやよ」
「いや、俺ももう少し考えてから答えるべきだった。今度から気をつけるよ」
恋する乙女に、あんなことを言えば誤解しても無理はない。それくらいは予想して、考慮するべきだったと反省する。
「ところで、うちがにーさんのために胸を盛ってると誤解したんは分かったけど、それでなんで、セルジオがあんな目でうちのことを見てたんやろ?」
もしかして――と言う思いはあるのだろう。アカネの瞳には、わずかに期待の色が宿っている。でも、俺はその問いに、「さぁな」と答えてはぐらかした。
「俺がそれを知っていたとしても、俺から聞くことじゃないだろ?」
「そう、やね。うん、たしかにその通りや。こういうのは、本人の口から話すのが一番良いと、うちもそう思うわ」
「そう、だろ?」
妙に物分かりが良い――と言うか、なにやら含みがあるように聞こえる。なんだろうと、俺は首を捻った。
「よく分からないけど、アカネに世話になってるのは事実だから、なにかあればいつでも相談に乗るよ。またなにか、誤解とか生まれることもあるかもしれないけど……な」
「そう言ってくれると助かるわ。それやったら、さっそく頼みがあるんやけど」
「……なんだ?」
ここに来て、なんとなく会話を誘導されたような気がしてきた。そんな風に感じて警戒するけど後の祭り。
「実は、話を聞いたって欲しい子達がおるんよ」
アカネはそんな風に切り出した。
「……話を聞いて欲しい子達?」
「せや。……そういうことやから、入ってきてもええよ」
アカネが店員のメイドを呼ぶためのベルを鳴らす。
ほどなく扉が開き、メイド姿――ではなく、私服姿のリズ。そして、リアナにティナ。そしてオリヴィアとマヤ、シロとヴィオラが姿を表した。
「なんだ。誰かと思えばみんなか」
商売の話とか、なにか厄介事か――と警戒していた俺は拍子抜けしたのだけれど、vipルームの座敷。俺の横に整列した七人は、その場に正座して頭を下げた。
「……え? おいおい、どうしたんだ?」
いつになく真剣な眼差しで、土下座と言っても差し支えのない態度を見せられて戸惑う。だけど、俺が問いかけても、七人は頭を下げたままでピクリとも動かない。
「おい、ホントにどうしたんだ?」
なにやらただ事じゃない。そう思って不安になり始めたそのとき、リズが「リオンお兄様にお願いがあります」と切り出した。
「……なんだかよく分からないけど、そのお願いを話してくれ。みんなには言葉で言い表せないほど感謝してる。そのみんなが本気で困ってるなら、俺は絶対に力になるよ」
「その言葉は本当ですの?」
「もちろん、嘘偽りはないよ」
俺を、そしてグランシェス領を支えてくれている女の子達。アリス達と他のみんな、どちらかしか救えないと言われたとしても、簡単には切り捨てられない。最後の瞬間まで、両方救える道を探す。それくらい大切な女の子達だ。
だから、本気で助けを必要としているのなら、必ず助けたいと思ったのだけれど――
「では、わたくし達を妾にしてください、ですわ」
続けられた言葉に、俺は硬直した。
「なにを……言っているんだ?」
「ですから、妾です。リオンお兄様が、アリスさんやソフィアさん、それにクレアお姉様を愛していることは知っています。だから、わたくし達を心から愛してくれとは言いません。だけど、せめて、わたくし達にお情けを欲しいんですの」
「え、いや、お情けって……」
「身体だけでも愛して欲しいと言うことですわ」
「いや、意味が分からないわけじゃなくて……えぇっ」
俺はたぶん、いまだかつてないほど混乱している。
だって、シスターズのみんなが俺に想いを寄せてくれているのは知ってたけど、こんな風に妾にして欲しいと迫ってくるなんて思っていなかったのだ。
「どう、して……どうして急に、そんなこと、を?」
俺はカラカラになった喉から、そんな疑問を絞り出した。その直後、今までずっと頭を下げっぱなしだったシスターズのみんなが、一斉に顔を上げた。
そして、どこか必死な眼差しを向けられ、俺はゴクリと生唾を飲み込む。
「切っ掛けは……リオンお兄様が、家族だけのお屋敷を建てると聞いたことです。リオンお兄様が別の家に住んでしまったら、私達と会う機会が今よりずっと減ってしまいます」
「それは……そうだな」
「わたくしは、幸せそうなリオンお兄様を見ているだけでもよかった。でも、それすら出来なくなるのは嫌なんです」
「……リズ」
俺は自分の浅はかさを呪った。
たしかに、俺はリズ達の想いに答えるつもりはないと言う態度をとっていた。けれど、それと同時に、みんなの想いを受け止めるとも言っていた。それなのに、家族だけの家を作って、みんなをのけ者にする。そんなことをして良いはずがなかったのだ。
「他のみんなも同じ気持ちなのか?」
俺はリズへの返答を保留にして、他のみんなに問いかける。そんな中で、赤い髪が美しいザッカニア帝国のお姫様、オリヴィアが「あたくしは――」と口を開いた。
「あたくしは、実質は人質としてこの街にいます。ですから、あたくしが結ばれることが出来る相手は、リオン兄様だけ」
「……つまり、選択肢がないから俺って話なのか?」
「そうとられても仕方ありませんわ。でも……リオン兄様は、あたくしの念願だった、イヌミミ族に救いを与えてくださった。それに、ちょっと強引なところも素敵ですし……あたくしは、リオン兄様の寵愛が欲しいと思っています」
「なるほど……」
寵愛が欲しいというのはたぶん、妾としてという意味だろう。
「じゃあ……ヴィオラは? 俺にそんな感情を抱いてるとは思ってなかったんだけど」
栗色の髪の、俺より四歳年下の女の子に問いかける。
ザッカニア帝国のフェルミナル教の中で、聖女候補と呼ばれていたヴィオラは、ライナス教皇によって、Sっ気を目覚めさせられていた。俺を虐めることに悦びを感じてはいたみたいだけど……それが恋愛感情だとでも言うつもりなんだろうか?
「わたくしの愛を受け止めてくださるのは、リオン兄様だけだと思っています」
「な、なるほど……」
それはたぶん、イジメ甲斐のある相手と言いたいんだろう。分かりたくない愛情だけど、まぁ……言いたいことは分かった。
「なら、シロちゃんは?」
見た目は十歳くらい。実年齢はもっと下の、銀髪が綺麗なイヌミミ族の幼女に問いかけた。
「リオンお兄さんは、イヌミミ族を救ってくれたから」
「……恩返しって意味か?」
「それだけじゃないよ。リオンお兄さんにモフモフされるのが大好きだから。ずっと、これからも、モフモフしてもらうにはどうしたら良いかなって思ったの。と言うか……ね。ボクをモフモフされたくて仕方のない身体にした責任、取って欲しいなぁ」
「うぐ……」
そう言われると、なにも言い返せない。
いたいけな幼女に散々モフモフしたのは俺だからなぁ……
「じゃあ……マヤちゃんは?」
クレインさんの娘。マヤという名にふさわしい、夜色の髪を持つ少女に問いかける。
「私は……リオンにぃさまと結ばれたくて、シスターズに入れてもらったから」
「最初から、目的は一貫してるってことか。でも、そもそも、どうして俺に惹かれたんだ?」
「お父さんが……凄く辛そうだったの」
「……クレインさんが?」
「うん。リオンにぃさまが来る前、グランプ侯爵領は食糧難で、お父さんは凄く辛そうだった。でも、リオンにぃさまが来てから、お父さんが元気になって」
「……マヤちゃんも、恩返しのつもりだったのか?」
「違うよ。お父様を救ってくれたリオンにぃさまに興味を抱いたんです。そして、すぐに、その……好きになったんです」
「そう、か……」
引っ込み思案のマヤちゃんが、きっぱりと俺への好意を口にした。俺は少しだけ、その勢いに飲まれてしまう。
それにしても――と、五人の話を聞き終えた俺は、一度目をつぶった。五人の想いはよく分かった。そして、ある意味で予想通りでもある。
だけど――
「ティナとリアナも、リズと同じ思いなのか?」
シスターズの中では、一番最初からいる二人。最初は奴隷になったティナを救い、奴隷として買われたのだと思い込んでいたリアナを救った。
アリス達と同じくらい、グランシェス領や俺を支えてくれてきた掛け替えのない二人。
そして、そんな二人は、俺に応えてもらえなくても良いと、ずっと俺を思い続けると言い。いつでも、無償で俺の頼みを聞いてくれていた。
その二人が、俺の妾になりたいという。ある意味では、一番予想外だった。
「私と、ティナは同じ思いです。だから、私が代表して思いを伝えますね」
「……分かった。二人の想い。リアナが俺に教えてくれ」
「はい。私達はたとえ抱いてもらえなくてもかまいません。ただ、妾にして欲しいんです」
「……ん? それは、どういうことだ? 抱かなければ、妾とは言えないだろ?」
「いいえ。今の私達は、リオン様の使用人でしかありません。でも妾になればリオン様のモノだって言える。リオン様が築こうとしている。幸せな家庭の末席に加えて欲しいんです」
その説明には少しだけ違和感もある。それがなにかを考えた俺は、その理由に思い至った。
自分よりも、俺の幸せを優先してきた献身的な二人。そのリアナとティナが、自分達の想いではなく、俺との関係にこだわっている。
「……もしかして、なにかあるのか?」
「それは……」
リアナは言葉を濁し、ティナと視線を交わす。やはり、なにかあるのは事実みたいだ。それがなにかと問いかけるが、二人はかたくなに口を開いてくれない。
「……にーさん、二人の立場を、少しは考えてあげた方が良いと思うよ」
向かいの席で、黙ってことの成り行きを見守っていたアカネが口を開く。
「二人の立場って言うと?」
「二人が、他の人達にどう見られているか、と言うことやよ」
「――アカネさん」
リアナがリズのセリフを遮ろうとするが、アカネはそれを視線で拒否した。
「あんたらだって、にーさんのために、ずっと献身的に尽くしてきたんや。少しくらい、助けてもらっても良いと思うよ。……困ってるんやろ?」
「それは……」
リアナとティナが下を向く。
まだ話は飲み込めないけれど、リアナとティナが困っていると聞いては放っておけない。俺はアカネに、どういうことか説明してくれとお願いした。
「二人は今や、リゼルヘイムでもトップクラスの知識を持ってるやろ?」
「まあ、そうだな」
ミューレ学園で優秀な成績を収め、様々な知識を身に付けていった。二人合わせれば、グランシェス家の技術の大半を再現できるレベルで識っていると言えるだろう。
「なら、そんな二人の今の地位についてはどう思ってるん?」
「……今の地位?」
「グランシェス家に仕える、ただの使用人という立場のことやよ」
「それ、は……」
ティナは、クレアねぇの右腕という立場にいるけれど、役職としてはただの使用人。リアナに至っては、本当にただの使用人という立場にいる。
もちろん、それは役職的な話。実際には、相当な給与を渡しているし、使用人という地位を生かして、その都度必要な場所で働いてもらっている。
決して、軽視しているわけではないのだけれど……アカネは、対外的に見て、不当な扱いをしているように見えると言いたいのだろう。
そんなことを考えていると、今度はリズが口を開いた。
「わたくしや、オリヴィアさん。それにヴィオラさんには後ろ盾がありますし、シロちゃんやマヤちゃんはまだ一介の生徒ですし、なんだかんだと後ろ盾がありますわ。ですが……」
「ティナやリアナにはそれがない。狙い目と言うことか……」
もちろん、強引な引き抜きなんて、俺が許さない。
でも、ティナやリアナが望めば、俺に引き留める資格はない。そして……ティナやリアナを、自主的にグランシェス家から離れさせる方法がある。
それは……結婚。
もちろん、俺にそんな話を持ちかけてきたとしても、絶対に受け入れるはずがない。
だけど、二人に個人的にお願いをすれば、俺に介入されることもない。そして、ただの使用人でしかない二人は、断るのに相当苦労するはずだ。
「俺の知らないところで、求婚されてるのか?」
「……はい。中には、正妻の座を用意するという侯爵もいまして……」
「それは……」
リズ達ですら、断るのにはそれなりの理由が必要になるほどの相手。リアナやティナが断るのは、非常に難しいと言わざるを得ないだろう。
「どうして俺に……いや」
相談しなかったのかなんて、考えるまでもない。仕事のことならともかく、プライベートな悩みで、俺に迷惑をかけたくなかったと、そういうことだろう。
そして悩んだ末に、俺の側にいることが出来て、可能な限り俺に迷惑をかけない方法。それが、形だけ俺の妾になるというもの。
そこまで思い至った俺は、ガシガシと頭を掻いた。
「みんなの気持ち、気づけなくて悪かった。みんなが新しい屋敷に滞在するのを認めるし、ティナやリアナの件もなんとかするよ」
「では……わたくし達を妾にしてくださるんですわね?」
「いや、その答えを出すのは、少しだけ待ってくれ」
受けるか受けないか、まずは確認するべきことがいくつかある。それをせずに、決断を下すことは出来ないと、俺は頭を下げた。
「……分かりましたわ。でも、あまり待たせないでくださいね?」
「分かってる、できるだけ早く返事をするよ」
最初にたった一人を選んでいれば悩む必要はなかったけれど、俺はみんなの幸せを願ってしまった。だから、どうするのが俺の、そしてみんなの幸せなのか。それを考えようと思った。
明けましておめでとうございます。
『この異世界でも、ヤンデレに死ぬほど愛される』と、『無自覚で最強の吸血姫が、人里に紛れ込んだ結果――』の書籍化についての情報を、活動報告にあげてあります。
頂いた、異世界姉妹の原画風模写についても紹介していますので、もしよろしければご覧ください。
それと、無自覚吸血姫の方は、連載を再開しています。もしまだ見たことがないという方がいれば、この機会にぜひご覧ください。






